都合上、あと数話はこれぐらい長いかもしれません。
それは遥か遠く、昔々の出来事だった。
その子供は物心の付き始めた頃、自分が周囲の”大人たち”から強い憎悪の目を向けられていることに気が付いた。
そういったものから自分を守ってくれる”大人たち”も居たが、既に頭の中に内包されていた未来の記憶との折り合いも付けられていなかった彼にとって”身に覚えの無い事”で訳のわからない悪意を毎日のように浴びせられる日々に、当然の事ではあるが疑問や恐怖を感じずにはいられなかった。
言うに及ばず、少年が暗い幼少期を過ごしていた事は誰の目から見ても確かであった。
そして——普通の子供になど向けていい筈が無いほどの悪意は、彼らに手の付けようもない程の広がりを見せていく。
大人が向ける視線に影響された同年代の子供たちからすら無邪気かつ心無い言動を受け始めた頃。幼かった彼は自分自身の運命をこう思った。
◼️◼️◼️
一瞬だけ、意識が遠のいていた。
「…………」
明滅する意識を手探りで押さえ込みながら、卯ノ花
随分と——懐かしい記憶が開いた気がする。
あの頃はまだ自分がどういうモノなのかも分かっていなくて、世の中が窮屈で仕方がなかったな。
(なんで、こんな事考えてんだっけ)
鼓動が脈打つ。脳の奥底が弾けるように熱い。これは戦いの感覚だ。自分の中で戦意は未だに煮え滾っているんだと確かに分かる。
なのに、何故だろう。
この青い空の真ん中から照りつける日差しに感光したものだろうか——瞼の裏に映り込んだあの時の記憶が、妙に頭から離れない。
いや。
(いいか、どうでも。そんな事は)
そう。結局のところ僕にとっては自分自身の事などどうだっていい。やらなければならない事が、まだ他にあるから。
思考を切り替え、現実に引き戻す。地面に倒れ込んだまま身体の具合を確認する。
あばらを何本か
だけど、これ以上は持ち堪えてもいられない。
そろそろ手札を切る時か——。
(
自身の脚が輔忌の身体を砕いた感触を確信しながら、しかし
(
否、仕掛けることが出来なかったと言うべきか。
霊圧の上昇は死神同士の戦闘において最も重要な意味を持つ。輔忌が何をしたのか、あるいはしようとしているのかが不明な現状、杞憂であるなどと考えはしない。
圧倒的に優位な状況にあるからこそ、ここで無理に攻めた所で得はしない。
そして何より——吼翔は輔忌の斬魄刀、酌牽蜥蜴の能力を
彼自身が戦闘専門部隊の副隊長として幾多の戦場を駆け巡り名声を轟かせてきた一方、輔忌はここ十余年の間全くと言って良いほど戦闘行為に関わって来なかった。
斬魄刀の能力に目覚めてから程なくして件の戦争に巻き込まれたという輔忌の実力は誰の目にも晒される事が無く、その理由の実態を知る数少ない一人である吼翔ですらも例外ではない。
(出し惜しみなんぞしていられる状況でも無し。二刀の特性を発現しただけの
その斬魄刀に何らかの『底』があるならば、それを出してくるのはこの場面をおいて他に無い。警戒を新たに、ゆっくりと立ち上がる青年の一挙手一投足を見逃すまいと注意深く観察していると——、
(あ?)
ふと、気付く。変化しているのは霊圧の強さだけではない。
過去の心傷によるものだろうが、輔忌はこの戦いが始まってから常に息を少しだけ乱し続けていた。加えて肋骨を数本折った影響もあり、肉体、精神状態は共に最悪に近いだろう。
だが……今の彼はどうだ?
滝のように流れ落ちる汗——良いだろう。
苦悶に満ちた表情——この状況、そしてダメージを鑑みればそれも道理だ。
しかし、その”息”だけが何処か違う。
平常時と比べて明らかに大きくなっているのは確かだ。だが、その、最早一切の乱れを見せないほどに規則正しく整った、
「な」
一瞬、だった。
敵の動きに応じて思考を切り上げる、といったプロセスを踏む間も無く。
吼翔権十郎の目の前に、既にして斬魄刀を振り上げた状態の輔忌が姿を現した。
「ッ
言い切る隙さえ与えられなかった吼翔は即座に鞭のような斬魄刀を振るうことで攻撃を防ごうとし、そして。
「——ふっ!」
下段から薙ぎ払われる、余りにも鋭く重い一撃。
がギぃん! という莫大な金属音が響き渡った。
「ぐあッ……!」
これは如何なる不条理か——質量に何倍もの開きがある酌牽蜥蜴の一振りに、
異常だ。これは——輔忌自身の膂力が上がっている。
飛掛の強みであるリーチの長さは、裏を返せば懐に潜り込まれると本領を発揮できなくなるという事だ。距離を離そうと
しかし、これは。
(速さや力だけじゃねぇ、最初のアレは……瞬歩の”出始め”に気づけんかった!
こんな馬鹿馬鹿しい話があるか、と十一番隊長は思う。霊圧、身体能力、技術……死神としての戦闘能力、およそ全ての要素が一瞬の内にハネ上がっている。
「有り得ん!」
吼翔にはそれが獲物を絡め取る蛇のような、しかし
両者動かず睨み合う事暫し——自身の予想を遥かに上回った輔忌の底力に対して吼翔は問う。
「何故そんだけの力を持っときながら——そいつをたった今まで抑えながら戦っとった……!」
言いつつ、彼も輔忌が敢えて手加減をしていたとは露ほどにも思ってはいなかった。
ただ単純に疑問だった。肋骨の負傷を負う前にこれだけの力を発揮されていたなら、さしもの吼翔とはいえ始解で相手取るには難儀な戦いとなっていただろうに。
「人間の肉体は」
そこで輔忌は淡々と、まるで朗読するかのような平坦な口調でもって言葉を発した。疑問を放ったのはこちらだが、さりとて殺し合いの場で悠長に返答を寄越すほどの余裕があるとも思えず吼翔は眉を
「どう足掻いても”不完全な力”しか発揮し得ないという事を知っているでしょうか。それは自身の全力に骨や筋肉が耐えられないために脳が制限を設けている事が原因ですが、それは魂魄の身に於いても例外ではありません。……いや、自らを容易く害し得る『霊力』という力を孕んでいるだけ、僕達の身体はより強い制約をかけられていると言ってもいい」
生物の脳は常に大量の制約を”無意識の内に”肉体へ強制している。つまり誰しもが身体機能の大半を意識の奥底に封じ込められており、それが『潜在能力』として眠っているのだ。
「しかし唯一、
ありとあらゆる肉体の制約を無視する事によってのみ成し得る『身体能力の最大活用』。
限界の扉を”開く”力——それが、生来の使命に狂う青年の斬魄刀。酌牽蜥蜴の能力だった。
「……成程」
その事実に吼翔は、しかしただ溜息を吐くように言った。
「確かに、恐ろしく強ぇ。細けえ理屈はともかく、要はアタマん中を
「ほんで、お前が今までこんだけの力を使わずにいた理由もな」
「…………」
チラリと目線を動かし、輔忌の腕を見遣る。
先程吼翔の飛掛を打ち崩して見せた青年の両腕がほんの僅かに、しかし
「その腕を見るに、本来はカラダを守る為に”使わない”力を無理矢理使うってのがどれ程の事かはよう分かるわ。それだけの負担を主人に強いるたぁ、全く難儀な刀だよ」
良くて重度の疲労、悪ければ多少の肉離れ——つまりは筋肉の断裂を引き起こしている可能性すらある。それでも剣を手放す気配すら見せないあたり、どうやら継戦の意思は微塵も揺らいではいないらしいが。
しかし、輔忌が起き上がってからのあの一合。あれは後方に下がった吼翔が追い縋られなかったのでは無い。
こうして輔忌から会話を切り出すのも、言ってしまえば少しでも回復の時間を稼ぐ為だった。時間の猶予が必要だったのは吼翔の方では無く、他ならぬ輔忌の方だという事。
こうした会話が長引く事がどちらの益となるかを正しく理解しておきながらも、しかし吼翔は尚も探るような口調で言葉を重ねる。
「……だがそれだけじゃあ出し惜しみをする理由にはならん。消耗が速いだけの手札なら尚更直ぐに切るべきやからな。すると浮かび上がるのは、お前のその能力の『本質』。アタマん中の領域を余すことなく使い倒すっつう事は、一度覚えた事を絶対に忘れることが無いって事だ。……いや、”何を忘れないようにするかを選べる”っつった方が正しいか」
ヒトの脳は何かを覚えることにつけても取捨選択を常に行う。最も分かりやすい例は短期記憶と長期記憶か。耳慣れない言語の単語を覚えたり、初見の折り紙の折り方を習ったり。そういった事は得てして短期記憶、つまりは意識しなければ明日にでも忘れるような儚いものでしかない。
だが、もしも自分の脳を自由自在に一から十まで操ることが出来るとすれば?
さして興味も無い折り紙の折り方や聞きかじったばかりの異国の言語を、それこそ『自分の名前』や『誕生日』のような長期記憶の領域に無理矢理押し込めることが出来るとすれば?
それは、つまり。
「
輔忌が全力を出し渋っていた理由がこれだ。消耗の早い能力の解放を前にして少しでも吼翔の攻撃を『記憶する』。
持ち堪えようによっては逆転も十分に可能ではあったが、たったの二合で本気を出さざるを得なくなったこの状況は青年にとって非常に不味い。
自ずから『切る』のではなく『切らされた』手札は、弱い。
「とは言え」
「…………」
「無理くり俺の懐まで潜り込めるだけの力をお前が手にしてんのは確かや。しかも打ち合う度にお前の動きが良くなって、俺の手札は減らされていくときた。今までのやり方を続けてりゃあ、少しばかりの距離を保って戦う俺の”飛掛”だとキツいものがあるやろな」
そう。弱点を暴いた所で生半可な事ではどうにかなる物でもない、酌牽蜥蜴の無敵さはそこにあった。
だが吼翔の表情は未だに曇らない。何気なく言い捨てながら、斬魄刀を軽く横薙ぎに振るい『固定』する。横一直線、ぴたりと刀身が固まった飛掛を確かめる。
「…………?」
何をする気だ、と怪訝に思う輔忌を他所に。
まるで”面白くなってきた”とでも言わんばかりの声色で。
「ほんなら俺も——ほんの少しだけ冒険しよか」
その柄から手を離したのだ。
「は……?」
輔忌が愕然とするのも無理はない。地面と水平になるよう傾けられた”飛掛”が、ただ両者の間に目線ほどの高さを保ったまま留まっているだけなのだ。
(まさか本当に素手で戦う訳じゃないだろう。しかし何故
奇策。
良く捉えてもそうであるとしか形容できない吼翔の行動は、しかし確実に輔忌を混乱たらしめていた。本来ならば戦いの放棄とすら取れるようなふざけた一手だが、それが吼翔ほどの男にとってどれほどの意味を持つ物なのか、と。
「はよ来んかい。休憩時間は終いやで」
「————っ」
そして短髪黒髪の大男は、そこから一歩たりとも動かなかった。
完全に”待ち”の構えだ。今の輔忌を相手に自分から攻めるのは厳しいと判断したのかは定かでは無いが……しかし輔忌はその誘いに敢えて乗る事にした。
(……いいや、乗ってやる。この能力の消耗は早いが、並大抵の策は容易く踏み越えられる)
強化された速力と技術を以って——ただ地を駆けた。
ごうっ!! と。一瞬にして最高速まで達した体で風を切りながら、些かの
(武器を持ったままの近距離では分が悪いと判断したからこその素手? ……それなら防御はどうする? すべて躱せると踏んでいる訳じゃない筈だ)
絶影を思わせる俊足を維持するのに必要なだけの集中力を注ぎ込み、一方では敵の観察に一切の余念が無い。
身体と思考が切り分けられる。その両方を支配する酌牽蜥蜴の凶刃からは、自らの得物を手放した男に逃れる術など有りはしない
——かのように思われた。
(……!!)
あと一歩で剣が届くという間合いまで迫った瞬間、輔忌の目にはとある”違和感”が映り込んで見えた。本来ならば思考の余裕などありえない刹那の間、しかし加速した思考は寸前でその違和感を看破した。
“飛掛”が、ゆっくりと落下し始めている。
それは即ち『固定』の能力が解除された証。通常の運動法則を取り戻し重力に従ってただ落ちているだけで、それだけならば特に問題は無かったのだが。ただ何度でも言うが、輔忌は
その落下先が、彼の酌牽蜥蜴の太刀筋にピッタリと重なっている事に。
「ッ、く──!」
このままでは不味い。ここで再び『固定』を喰らえば隙を晒す事はおろか、
その結果だけは回避するべく、輔忌が臨んだ対応は迅速だった。
すなわち脱力。極限の反応速度から為されるそれは威力と反動の大幅な減衰と同時に、手首から先への衝撃を急速に受け流す!
(……コレに気付くかよ!!)
からん──という”
(やはり近距離を白打で押さえる気か、防御は宙吊りにした”飛掛”に任せる事で……!)
(だが俺の『固定』はこいつにゃ破れねぇ、防御に回す力も隙も最小限にてめーを刈り取る!)
(それでも甘い! 酌牽蜥蜴は二刀一対、最初から片方が防がれようと意味は——)
(——
時間にして僅か二秒か三秒、それぐらいの一瞬だっただろうか。思考の応酬。ここを制する者が次の攻撃を与える機会を得るだろう。
半端に空中に留まった飛掛をかいくぐり拳の距離まで間を詰めた吼翔へと、向かって右方向より絶死の二撃目が襲い来る!
飛掛の『壁』を潜り抜けたのは吼翔自身、彼を守る物は既に無い。
だが一体、誰が言っただろうか?
飛掛の絶対防御が、『壁』などという一つの形にしか比喩され得ない、と。
「おっ……らァ!」
「!!」
ある前提として。
吼翔は無策で輔忌の前へと躍り出た訳では決して無かった。彼我の間に飛掛の防御無くして接近戦に挑むのは自殺行為だと分かっていたからこそ、潜り抜けた時に『掴んでいた』。
それぞれが個別に固定される十八の刃、その先端の一枚を。ほんの僅かな力で、指に挟んで。
がギン——! 一体何度目だろうか、硬質な音が再び
迫り合いに持ち込めば”必ず”引き分けにまで持ち込める——例え
(まッ、ず──!?)
いずれも必殺を想定していた攻撃を両方とも防がれた事で大きく隙を晒す。そうなれば当然、吼翔の白打はその身に届く!
がすっ、という鈍い音だった。
「ぁ……?」
一瞬、何が起きたか分からなかった。
辛うじて輔忌が目視できた攻撃の像は、拳ではなく『掌底』。大きく身を振りかぶった吼翔が、掌の付け根を用いて体の内部に深いダメージを負わせる事を目的としたそれを横薙ぎに振るうところまでは辛うじて目視することができたのだ。そして次の瞬間、
「あがぁッ!?!?」
ぐらんッッ!! と、まるで天地がひっくり返ったかのような感覚がその身を襲う。
(
酌牽蜥蜴という斬魄刀の性質上、痛覚に訴える類のあらゆる攻撃は無意味となる。思考と感覚を切り分けて行動すらできる輔忌にとって、例え金的を食らおうが目玉を潰されようが即座に反撃に移ることができるからだ。
ならばこの状況、このたった一手分のみ生まれた攻撃の機会をどう使うのが正解だろうか?
(脳を直接叩きに来た、か……くそ。意識、がっ)
それは霊力の源、
「——あああアァッ!!」
「んな……っ!」
絶叫。
本当の際々、もしかしたら偶然とすら呼べるかもしれない反射の動きがあった。
明滅しながらも飛び込んで来た視覚情報を辛うじて処理する事が出来たのは、しかし酌牽蜥蜴の能力によって自我を支えるのに全力を出すことが出来なければ叶わなかっただろう。
当て身を放った吼翔の認識が浅かった。見誤っていたのだ。輔忌という死神が持つ奥底までの限界を。
碌に判別すら出来ていない危機に対して選択したのは——果たして捨て身の対応であった。
ザクッッ!! と。
咄嗟に翳した腕が、上腕が。
「なん……」
「──────、」
飛掛の刃ただの一枚ではこれ以上押し込む事は出来ない。どころか、輔忌を『固定』の能力でさんざんに翻弄してきたその刃自体が皮肉にもこの場に吼翔を縛り付けていたのだ。
そして当然、懐に飛び込んでまで押し通すつもりだった攻撃が失敗に終わった際に食らう反撃がどれだけ
ゆらり——上段へと繰り出された一発の『蹴り』が、対する相手の側頭部へと吸い寄せられるように伸びていく。それを認めた吼翔は半ば無意識的に右腕で頭を覆うが、
「うッ、がぁ……ッ!?」
想定したものを遥かに上回る”衝撃”! ……受けてはいけないものを受けてしまった事に気がついたのは、それが終わってからだった。
(…………あ……)
もはや原形を留めないほどに——破壊され尽くした利き腕だけがそこに残っていた。
身体能力がこの上なく”上振れ”ている今の攻撃を何も考えずに食らって無事にいられる筈が無いのだ。
綱渡りで成功させ続けてきた飛掛の防御の感覚に狂わされてしまったのか。どちらにせよ、脳の領域を最大限に活用できる輔忌との”思考”の遅れがここに来て現れた。
思わず目の端がじんと滲む。人として逃れられない生理現象としての涙だったが、同様に腕を犠牲にした輔忌の目にあるのは純粋な一つの思いだけ——闘志。
体も、力も、命も、彼がただ一人全ての能力を戦いにのみ注ぎ込むことが出来る存在だからだ。その一点はまるで二人の間に介在する”生物としての差”を象徴しているかのように見えた。
「「——おおおおッッ!!」」
だが吼翔も伊達に霊界の頂点、その一角に座す死神ではない。風に揺れるほどひしゃげた利き腕に見切りを付け、次に放ったのは意趣返しとも取れる渾身の蹴り。しかしその矛先は先程のような致命傷を狙う上段ではなく、掬うような下段。
ばすンッ! という、まるで何かが破裂でもしたかのような尋常ではない音を響かせ、足を刈られた輔忌は凄まじい勢いで倒れ込む。
「がっ……」
と——先程の掌底が脳へ与えたダメージは、完全に抜け切ってはいなかった。地に倒れ伏した状態から一瞬、輔忌はほんの一瞬だけ動くことが出来なかった。
だが吼翔はその『一瞬』に勝負を賭けた!
「引っ掛けやがれ……っ」
——その”刀”は常に彼に寄り添っていた。
すぐ背後に存在を感じていた。何故ならそれが吼翔権十郎の——ただ一振りの相棒だから。
宙に散乱した刃など見もせずに、それが自分を斬りつけるなどと考えもせずに。ほんの少しの躊躇もなく後方へと伸ばした左手はまるで計ったかのようにその柄を手中に収め、そしてこう叫んだものだった。
「飛掛ぇぇッ!!」
倒れ伏した輔忌の正中線へと振り下ろされる、正真正銘渾身の一打。
構えも碌に取れていない今、まともに食らえば今度こそ死は避けられないだろう。
(ほんの……少し……)
もう殆ど意識が擦り切れている、朦朧としていると言ってもいい。体力もいよいよ限界に近付こうとしていた。
(少しだけでいい……体が動いてくれれば、あんな大振り……直撃さえ避けられれば……)
だがあと少し、たったの二尺か三尺、それだけでいい。それだけ体を横にずらす事さえできれば、この一回を回避する事さえできれば。
「うご、け……」
それだけの時間で頭へのダメージも回復するだろうという算段が付いていた。
(動け! くそ、動けっ……)
最後の望みだった。希望が残されていた。
それだけはこの土壇場で輔忌の肩を押すものだった。
かくして致命の一撃が振り下ろされると同時——青年は体の奥の奥底から絞り出したほんの小さな、しかし確かな力が四肢に漲るのを感じたような気がした。
「あ、がああああああッッ!!!!」
◼️◼️◼️
自らの運命を名前から悟った卯ノ花輔忌という少年が次に思った事は、何故自分にこのような名が与えられたのか? という疑問だった。
生まれた瞬間、あるいはこの世に生を
ある夜、少年は母親の寝間を訪れた。就寝前の僅かな時間を瞑想に耽っていた卯ノ花八千流は黙したまま静かに子を部屋に迎え入れ、そうしてただ無言で言葉を促した。
少年は話した。憎しみを
長い長い瞠目と沈黙の末、母は応えた。
幼き輔忌には何故母がそのような表情をするのか、当時は理解が及ばなかったが。
憂いを帯びた彼女の顔は、どこか悲しげに見えるようだった。
少年の胸に驚きは無かった。怒りも、嫌悪もそうだった。ただ単純に疑問だったから再び訊いた。
卯ノ花八千流はおもむろに立ち上がり、息子の側へ歩を進めながら言葉を連ねた。
噛み締めるような、吐き出すような言葉だった。
独り善がり、とも取れる。
まるで呟きにも似た抑揚の抑えられた言葉を発し続ける彼女にとって、女の我が身より数段小さい子供が自分の言っている事を正しく理解できているか否かは、あまり気にするべき事柄では無いのかもしれなかった。
だが、ゆっくりと息子の頬に手を伸ばし、撫ぜるように添える——その彼女の表情は翳りに覆われて輔忌には良く見えなかったが、たった一つだけ確かに分かることがあった。
いかなる夜闇にも遮ることの出来ない、悲哀と親愛の情だった。
そっと、名残を惜しむように手を離す。
一人の母はくるりと振り向き、やがて思い出したようにこう言ったものだった。
+36436411451419194545OSP
輔忌くんの勝ちが確定しました(なお)
卯ノ花隊長の名付けグセ、こっちは
しっかし戦闘シーンよくわからんですね……自分で読み返すとシチュそのものはともかく、表現がなんだかテンポ悪く見えてきたりするんですよね。でもどう直せば良いとかが見えてこない……こういうとこで迫力ある文章を前面に出していきたいものですなー。
そういう意味でも感想など頂けると助かります。嘘です。ただ単に欲しいだけです。かーっ、卑しか作者ばい!(自己紹介)