生まれて初めての口付けは、不思議な高揚をもたらした。その柔らかな唇を、自分の唇で感じる。それだけの事が、それだけではない。
アイちゃんはしっかりと目を瞑って、私のされるがまま硬直してた。上手く呼吸が出来てないのかそれとも別の要因か、アイちゃんの顔は赤くなってる。
一旦唇を離した。
「アイちゃん、息吸おう?」と私は言った。
アイちゃんはゆっくりと唇を開いて呼吸を再開した。唇の隙間から白い歯とがちらりと見える。
しばらく、なんとも言えない沈黙が過ぎていった。
「目、開けれる?」
アイちゃんが落ち着いた頃合いで声をかけると、そろそろと目を開いた。顔の距離は近いままだ。アイちゃんの瞳は涙で濡れて光ってる。
「き、きすさりゃた」とアイちゃんは言った。
「したよ」と私は言った。
私はアイちゃんの頬っぺたに添えてた手をゆっくりと動かして、アイちゃんの下唇を指でそっとつついた。
「自覚したの最近なんだけど、私アイちゃんに恋してたみたい」と私は言った。
「こ、恋ですか! わた、私に!」
「うん。なんかアイちゃん見てるとドキドキするし、一緒に居ると嬉しいし、他の女の子とは無理だけどアイちゃんとなら余裕でチューできるなって気づいたら、これ恋じゃんってなった」
「な、なるほどお……」とアイちゃんは唸った。
唇をつついたり、指で摘まんだりしながら少し時間を置き、私はアイちゃんに聞いた。
「それでね、アイちゃん見てたら何となく思ったの。これアイちゃんも私と同じ気持ちっぽくない? って。どう?」
「身に覚えがありすぎるよぉ。そっかぁ、恋ってこれかぁ」
「だよねー。良かった、勘違いじゃなくて」
安心した私は体から力を抜き、押し倒したままのアイちゃんに体重を預けた。アイちゃんの首筋に顔を埋めて息を吐いた。
「だから、私は引いたりしてないよ。好きな人が楽しそうに喋ってるのを見ると幸せな気持ちになるよ」
「そういう話だった。き、キスが衝撃的過ぎて忘れてた」
「あはは、アイちゃんが不安に思うことを吹き飛ばせたなら、嬉しい」と私は言った。
「あぁ~急に格好良いこと言うのやめてぇ。もうダメ好きぃ」
アイちゃんはなんかふにゃふにゃになってた。私はいつもみたいにぎゅうっと抱き締めた。アイちゃんも抱き締め返してくれた。それだけでもうめっちゃ幸せだった。
しばらくアイちゃんを堪能してると、さすがに重そうにし始めたので体を離した。
私たちはベッドの上に正座で向き合う。両思いを伝えあった後でお互いの顔を見つめるのは少し照れくさかった。けれど、伝えるべき事は伝える。
「アイちゃんと恋人同士になりたい」と私は言った。
「ユーリちゃんと結婚します」とアイちゃんは言った。
「順番めっちゃ飛ばすじゃん」
「欲望が漏れました」
「では、まあ、結婚を前提にお付き合いをするということで」
「受け入れるのが早い。好き」
「順番を飛ばすだけで、順番通りにいけばそうなるよね?」
「あ、両思いってこんな感じなんだね。すごい」
「不束ものですが」
「こちらこそ」
私とアイちゃんに恋人と未来の嫁ができた。
お話を終えるとお昼ごはんの時間が近かった。
「今日はオムライスかな。卵使いきりたい」と恋人のアイちゃんは言った。
「卵割るの得意だよ」と嫁の私は言った。
アイちゃんと一緒にお昼ごはんを作って、一緒に食べた。うちの嫁は料理が上手い。
食器を洗って、洗濯機を回し、リビングのソファに座った。アイちゃんは正面から抱きつき、私の膝の上にお尻を置いた。目と目が逢う。
「今日はこっち向きなの?」と私は言った。
「ユーリちゃんの顔見たい」とアイちゃんは言った。
「えっ、乙女じゃん。可愛い」
「うーん、言われてみれば確かに。恥ずかしくなってきた」
「逃がさないよ」
アイちゃんが離れようとしたので、抱き締める力を強くして動きを止めた。
「ユーリちゃん、今日、王子様っぽいムーブするよね」
「え、そう?」
「不安に思うことを吹き飛ばせたなら嬉しい、とか、逃がさないよ、とか」とアイちゃんは具体的に言った。「そういうのアレだよ?」
「アレ?」アレとは。
「胸がキュンキュンするって、たぶんコレの事だよ」
「マジ? あの伝説の胸キュンじゃん」
アイちゃんの持ってる漫画に載ってるやつだ。
「伝説は本当だったんだっていう貴重な体験してる。脚から力抜けるよコレ」
いたずら心が私に囁いた。ここで王子様っぽい事をしたらアイちゃんはどうなるんだろう。見てみたい。いたずら心さんの導きのままにアイちゃんの顎に手を添える。
「可愛らしい人だ」
「はぁ~? ズルいんだけどぉ~?」
アイちゃんは力を抜いて、私に寄りかかってきた。お互いの肩に顎を乗せて抱き合った。
「どこでそういうの覚えたのぉ?」とアイちゃんはふにゃふにゃな感じで言った。
「今のはアイちゃんの漫画」と私は答えた。
「さすが私だよぉ。私の趣味ピッタリだよぉ」
「あっはっは、そりゃそうでしょ」
私は笑って言った。
洗濯物を干して、ダラダラ喋って、そろそろ夕方になり帰る時間になった。着替えて玄関まで行き、鍵を開ける。
「それじゃまた明日」と私は言った。
「はーい」とアイちゃんは言った。
私は両手を広げ、別離の抱擁の儀式に取りかかった。アイちゃんをぎゅっと抱き締めて、アイちゃんにぎゅっと抱き締められる。
「またねのチューして良い?」アイちゃんをびっくりさせないように小さな声で言った。
「良いよ!」とアイちゃんは元気な声で言った。
顔の角度を調節して、私はそっとアイちゃんに口付けをした。
「またね」と私は言った。
アイちゃんは私の後ろを見てた。
「お母さん!?」
ゆっくり後ろを振り返ると、アイちゃんのお母さんが赤い顔で立っていた。
「お、お義母様!」と私は叫んだ。