陽の光が葉っぱに当たって緑色が輝いてた。
夕方まではまだまだ遠く、柔らかい陽射しと、ちょっと冷たい風が吹いてる。
花が落ちてグリーンになった桜並木には、下校するJKの群れが流れてて私とアイちゃんもその内のひとつだった。
並んで歩きながら、今日の夕飯は何を食べようかって相談をしてた。どこかへ食べに行くか、何か買って帰るか、一緒に作るか。
「ハンバーグ、パスタ、カレーライス、ドリア」
食べたい物を思い付くだけ言う。宇宙中の誰もが好む、美味しいもの四天王といったラインナップだ。
「う~ん、コロッケ、お蕎麦、唐揚げ、オムライス」
アイちゃんが追加の四天王を繰り出してきた。
「オムライス!」と私は言った。
脳裏に稲妻が走る。まさに今、私が求めてたのはオムライスだったと気付かされた。何を隠そう私はオムライスがめっちゃ好きだ。毎秒オムライスの事を考えて暮らしてると言ったら過言だろうか。
私はもう完全にオムライスを食べる口になってしまった。
「お家で作って食べよ?」と私は言った。
「りょー」とアイちゃんは言った。了解という意味だ。
私は嬉しくなって、アイちゃんの腕に抱きついた。あるいは腕に抱きついたから嬉しくなった。
金曜日の放課後が好きだ。アイちゃんと一緒に夕飯の材料を買ったり、寄り道するのが楽しい。
「日に当たってるとあったかいけど、日陰に入るとまだ寒いね」と私は言った。
「うん。朝とかもちょっとだけ寒い。昼はちょうど良くなってきた」とアイちゃんは応えた。
夜もまだ寒いと感じる。独りで寝るときは特にそう思う。
金曜日の夜はあったかくて好き、と心の中で声を大にして叫んだ。
並木を通り過ぎ、校門から出てアイちゃんと私はバス停へと向かって歩いた。歩きにくいのでアイちゃんの腕を解放して手を繋いだ。
「そろそろ青いデッキを作ろうと思うんだよね。打ち消し呪文とか使ってみたい」と私は言った。
「青いデッキかー。たしかに、1つくらい持ってても楽しいと思う。打ち消しを使うなら、コントロールか、クロパかな。どんなの組むの?」とアイちゃんは言った。
「なんにも決めてない。クロパってどんなデッキ?」と私は聞いた。
「クロックパーミッションってアーキタイプ。例えば、1ターン目に1マナ3/2飛行のクリーチャーを出して、2ターン目から打ち消しを構えつつアタックして8ターンで勝つ、みたいなデッキ。【デルバー】とか【フェアリー】がクロパ」
「もっといつもみたいに格好良く言って」
「時を刻むように命を刻んで、私の許可なく喚かないでね。秘密の探求者、最小の逸脱者、沈黙の鬼札、汝の名は【デルバー・ブレイド】」
「ふふ、ありがと。私そういうの、好き。大好き」
アイちゃんはクールなキメ顔で言ってくれた。私は高揚した気持ちを、握る手の強弱で表現した。
バス停に着いた。結構な人数がバスを待ってて、お喋りの花がたくさん咲いてた。
いろんな娘が居て、いろんな話をしてる。お洋服の話や、お化粧の話。駅前に新しく出来たカフェに、流行ってる漫画、アイドル、ドラマ、新譜。美容と贅肉について話してる2年生のグループと、それに聞き耳をたててる1年生の娘たち。
バス停からちょっとだけ離れた位置で、陽当たりの良い場所に落ち着く。
にぎにぎとアイちゃんの手を揉みながら次に組むデッキについて考えた。
「今回は、あんまり戦闘しないデッキが良いな。今まで使ってこなかった種類のデッキを使いたい」
「ならガッチガチの重コントロールかな。打ち消し、除去、全体除去、ドロー呪文、フィニッシャーが要る」
アイちゃんは握った私の手の甲を指先でなぞったりしながら言った。
「古式ゆかしい青白コン、黒を足してエスパーカラー、白を抜いてディミーア家。青単はむしろ難易度たかいかな」
いつもみたいに楽しそうなアイちゃんと、明るい光。涼しい風が吹いて、たくさんの女の子の笑い声がさざ波みたいに聴こえてた。
「あ、バス来た。アイちゃん行こ」と私は言った。
ぎゅっと力を込めて手を握り直した。
バスの座席は全部埋まってた。
入り口近くに座ってた下級生の娘が席を譲ろうとしてくれたけど、私とアイちゃんはちょっと格好をつけて断った。めっちゃ良い娘なのでその優しさをずっと持っててほしいと思った。
そのまま近くに立ってるのは気まずいので離れた場所まで移動する。バスの真ん中くらい、降り口の辺りで留まる。
バス車内には縦に通されたポールが何本かあり、私とアイちゃんは同じポールをシェアした。私は左手でポールを握り、アイちゃんは右手で握る。
「ふふ、カッコつけ過ぎ」とアイちゃんは小さな声でからかってきた。
「半分くらいアイちゃんのせいなんだよね、格好つけた言い方しちゃうの」
アイちゃんは私の抗議を可愛い表情で受け流した。その表情を言葉に変換するなら、人のせいにされても知りませんが? という辺りだろうか。
これは高度な“誘い”だった。挑発と言い換えても良い。
私がアイちゃんに求めるように、アイちゃんも私に求める物がある。王子様っぽく振る舞う私に口説かれたい、というのは分かりやすい部類の欲求だった。
恋人の喜ぶ顔は私の喜び。私はいつだって全力を尽くす女だ。
私の右手はアイちゃんの左手を取った。私の左手はポールから離れ、アイちゃんの腰を抱き寄せた。
「いけない娘だ……」と私はアイちゃんの耳元で呟いた。
「ふふっ、ごめんなさーい」とアイちゃんは嬉しそうに笑った。
いつもの戯れならここでお仕舞いだった。でも今日は悪戯を思い付いてしまった。
私の右手はアイちゃんの左手を捕まえたまま、その人差し指と中指を摘まんだ。ゆるく揃えて伸ばされた2本の指の間には細くて長い隙間が開いてる。私はその隙間の縁を指の先でそっと撫でた。
「あっ」とアイちゃんは小さな声を出した。
私とアイちゃんからよく見えるように、他の人からは見えないように、2人の手を胸の前まで持ってきた。
アイちゃんの手の甲に被せるように手を置いた。いつもする時みたいに中指のお腹で指と指の隙間を縦にゆっくりなぞる。
けして力を込めず、丁寧に撫でる。本来はとても繊細な部位だから。指と指の付け根、水掻きの部分をそっと押してあげた。空想上の何かをくるくると撫でる。
「いけない娘だ……」と私は呟いた。
「ご、ごめんなさぁぃ」とアイちゃんは応えた。
ちょっと意地悪をされながら躾られたい、というのはアイちゃんが隠してるつもりの欲求だった。
指と指の隙間に捩じ込んであげようかと思ったけれど、おあずけした方が喜んでくれそうなので悪戯を切り上げた。
アイちゃんの持ってる漫画にも描いてあった。切り札は静かに伏せて、致命の瞬間に切れ、と。
左手をアイちゃんの腰からポールに移して、右手はアイちゃんの手を普通に握った。アイちゃんはちょっと残念そうな顔をしてから、焦らされてるのを楽しむように笑った。