放課後の部室。自販機で買ったホットココアはまだあったかい。高そうなヒーターもぬくい光を放射してる。
窓から忍び寄る冷気は入ってこれないみたいだった。
私はデッキをシャッフルしながら『軍拡競争』について思いを馳せてた。
外国が武装すると、それに対抗するために自国の装備を強化して、それに対抗するために外国はさらに軍備増強する、というヤツだ。
およそ3週間というめっちゃ長い間、ベニコちゃんのデッキが部内最強だった。マナ加速から次々と繰り出されるドラゴンの軍勢を止めるのは難しく、私たちは対策を迫られてた。
ミサキちゃんは打ち消し呪文を増やしたし、アヤメちゃんは回復呪文を増やした。
私はアイちゃんに相談した。アイちゃんは私に綺麗で残酷な天使を紹介してくれた。
「5マナ」と私は厳かに宣言した。
「そのデッキで5マナだと、《セラの天使》か《オジュタイ》か? オジュタイはまずい」とベニコちゃんは悩ましげな表情を浮かべた。
「天使だよ! 《
「お、新しいカードだ」
私はカードの上下をひっくり返してベニコちゃんがテキストを読みやすいようにした。サンキュ、と言ってベニコちゃんはテキストを読んだ。
おぉ、えぇ? と呟いてベニコちゃんは頭を抱えた。ベニコちゃんの隣に座ってるアヤメちゃんも顔を寄せてカードを読む。
「5/5、飛行、先制攻撃、
【絆魂】は与えたダメージと同じ数値を回復する能力。クリーチャーで戦うビートダウンデッキに対して強力に働く。
【プロテクション(ドラゴン)】はドラゴンからダメージを受けず、能力の対象にならず、ブロックされないという能力。もちろんドラゴンデッキに対して強力に働く。
「うおぉ、いったいどうすりゃ……」とベニコちゃんは唸った。
私ならどうするだろう。私なら、ドラゴンを並べてから一斉に攻撃すると思う。そうされるのが一番嫌だから。
ベニコちゃんが悶えてる間に、私は何ターンか先の事を考える。私が勝つためにはどうすれば良いだろう。
このままにらみ合いを続けて手札を溜めて、ドラゴンが場に並んだら全体除去を打って一気にアドバンテージを稼ぐ。このプランが良さそうに思える。
「ふふふ、長きに渡ったベニコちゃん王朝も、もはやこれまで。納税タイムというわけよ」年貢の納め時という意味だ。
「いやだー。税金はらいたくねー。なんとか誤魔化してぇー」
「脱税じゃん」
しっかり取り立てた。
数ターンかけて並べたドラゴンたちを全体除去によって失ったベニコちゃんは、それでも粘って戦った。私は《フェアリーの集会場》でコツコツ攻撃しながら打ち消し呪文で後続のドラゴンを捌いた。
「負けたー」とベニコちゃんは天井を仰いだ。
「待たせちゃってごめんね」と私は言った。
「……? どーいう意味よ?」とベニコちゃんは言った。
「勝つのは楽しいけど、勝ってばかりだとつまんないでしょ?」
「おぉ? ……あー、確かにそうかもしれねーな。いや、確かにそうだわ。なるほどな」
デッキを調整するのは楽しくて、勝ててるならデッキをいじる必要は無くって、同じデッキを使い続けると飽きちゃう人もいる。
「次からその天使どーすっかなー。プロテクションがどーにもなんねー」
ベニコちゃんは机の上にデッキを広げてマナコスト順に並べた。
除去呪文は最低限しか入ってない。2マナ3点火力にオマケがついた《龍詞の咆哮》が4枚。あとは《栄光をもたらすもの》が持ってる能力だけ。今まではそれだけで十分だった。
「《悪斬》を除去できるカードを入れるか、《悪斬》を出される前に勝つか。5点火力入れるのが良いと思うけど。なるべくプレイヤーにも撃てるやつ」と私は所見をのべた。
「それか色を足すかだねー」とアヤメちゃんが言った。
「あー、色を足すのもありだねー」と私は同意した。
足す色は何が良いかを3人で喋った。とりあえず明日、ショップ行ってから考えるわ、とベニコちゃんが結論をまとめた。
すっかりぬるくなってしまったココアを飲み干し、椅子から立ち上がって伸びをする。
部室内にはずっと使ってた長机と、新しく用意された4人がけの机がある。私とベニコちゃんが対戦してたのは新しい机の方で、長机の方には6人が座ってる。
アイちゃんとミサキちゃん、山内先生がそれぞれ後輩の相手をしてた。
後輩ちゃんたちの使ってるハーフデッキは少しだけ改造されてる。デッキ間のパワーバランスを調整するためにカードを選んで足した。
強過ぎなくて、弱過ぎないカードをアイちゃんと山内先生が吟味してくれた。赤いハーフデッキに《栄光をもたらすもの》を足すのは、おそらくやり過ぎだったという反省を活かした。
良い感じに勝ったり負けたりを繰り返して楽しそうにしてるので調整はうまくいったんだろう。
考え事をしながら対戦を眺めてたら山内先生とセッカちゃんのゲームが終わった。
山内先生は緑のデッキを、セッカちゃんは白いデッキを使ってた。お互いクリーチャーを並べあって、セッカちゃんは飛行持ちで削ってたけど先生は大型クリーチャーですり潰すように押しきった。
「ハーフデッキをしっかりと使いこなしていますね。地上はタフネスの高いクリーチャーで固めて、空から攻撃を重ねるという堅実な立ち回りでした」と山内先生は言った。
「何度か遊んでると、飛行を持った子が強いなと思ったので」とセッカちゃんは言った。「ただ、緑の子たちは力持ちが多いので受けきれませんでしたけれど」
「ええ、その通りです。素晴らしい。飛行は強く、緑のクリーチャーはサイズに優れます。ハーフデッキ同士の戦いでは緑のデッキが勝ちやすいでしょう。そろそろ次のステップに進んで良いかもしれませんね」と先生は微笑んだ。
「次のステップ、ですか?」
「新しいカードを手に入れてデッキを改良していきましょう。他のハーフデッキを足して60枚のデッキにするのも良いと思います。もちろんお小遣いを使って購入するのも良いでしょう。
お気に入りのカードを選んで、得意な戦術を見つけて、デッキとプレイングを洗練させていく。私達はそのお手伝いが出来ます。どうでしょう、やってみませんか?」
山内先生は人と話すとき、しっかりと目を見て話すタイプだ。ちょっとだけ茶色に染めた髪を肩まで伸ばしてて、顔立ちは少し幼い感じもする。そして意外に目力が強い。真っ直ぐ見つめられると、視線が惹き付けられるような不思議な力が働く。
「あっ……。や、やってみます」消え入るような声を出してセッカちゃんはうなずいた。
セッカちゃんが先生に口説かれてる間にチカちゃんとアカネちゃんもゲームを終えた。
アカネちゃんはアイちゃんとの感想戦に夢中のようだった。静かに淡々とアイちゃんを質問責めにしてる。
チカちゃんとミサキちゃんは2人とも青いハーフデッキを使って対戦をしてたみたいだ。どっちが勝ったんだろう。
「先輩の威厳キープ! セーフ!」
「同じデッキなのになんか強い!? 先輩すごい!」
「日頃の行いが良いからね! 運だよ!」
「運なんですか!?」
「同じデッキなら運が良い方が勝つよ! イェー!」
「そうなんだ! イェー!」
仲良くハイタッチをして楽しそうだった。
私のマジックはハーフデッキから始まった。ベニコちゃんたちもそうだし、後輩ちゃんたちもそうだ。
卒業したらもう私たちはいないけど、新しく入ってきた娘がまたハーフデッキからマジックを始めて、後輩ちゃんたちが先輩になって、それが続いてく。
新しい娘たちが作るデッキにはその娘が気に入ったカードが使われてて、そういうデッキが人の数だけあって、悩んだり祈ったりしながら遊ぶんだろう。
同じようなサイクルがぐるぐると繰り返されて、でもちょっとずつ形を変えて続いてく。閉じた円ではなくて、螺旋を描いて進む。
そうなったら良いな、と私は思った。