書類上というか、3月のうちはまだ高校に所属してるらしい。卒業したのに。
JK最後の週末を、ベニコちゃんたちを呼んで遊んで過ごすことにした。
「おじゃましま~す!」とアヤメちゃんたちは言った。
「いらっしゃい」と私とアイちゃんは歓迎した。
アヤメちゃんとミサキちゃんはリビングに雪崩れ込んで、あっという間にまったりし始めた。
「お前ら、マジか」とベニコちゃんは呆れた顔をして言った。「じぶんちじゃねーんだぞ」
ベニコちゃんはお菓子の詰まったビニール袋を渡してくれた。
「ありがと。適当に座ってて」と私はお礼を言った。
「お茶いるひとー?」キッチンカウンターからアイちゃんが声をかけた。
グラスやマグカップを総動員してお茶を5つ準備した。
お菓子をつまんで、お茶を飲んでお喋りをして過ごす。
「こっから学校近いの?」とミサキちゃんが聞いた。
「うーん、そこそこ、かな。バス乗って20分くらい」と私は答えた。
「お、これおいしいな」
「コンビニスイーツも侮れませんなぁ~」
「侮れませんなー」
「電車乗らなくて良いのは近いね」
「あたしも近いとこに部屋借りれば良かったな」
「おいしいやつどれ?」
「実家出るのめんどくない?」
「自分でごはん作るの~?」
「おいしいやつこれ」
……
◇
「マジックしたい」とミサキちゃんは言った。
その言葉はふとした会話の途切れ目にそっと差し込まれた。
「いいね」とアイちゃんが言った。
「デッキの中身なんか変わった~?」鞄をゴソゴソしながらアヤメちゃんが言った。
「変わった」と私は宣言した。
ローテーブルやソファを動かして、ラグの上を広く空ける。
「グッチョッパで相手決めよーぜ。グッチョッパで」とベニコちゃんが言った。
グーチョキパーという意味だ。
「出た、グッチョッパ。グッチッパの方が分かりやすいって絶対」とミサキちゃんは言った。
「お、なんだぁ? やるってのかぁ?」
「やってやらぁー!」
ベニコちゃんたちはじゃんけんをして対戦を始めた。
「アヤメちゃん。ユーリちゃんと私、どっちとする?」とアイちゃんが聞いた。
「んふふー」とアヤメちゃんは笑った。「アイクロの、本当のデッキとやりたい!」
「本当の……」とアイちゃんは呟いた。
部活で使ってた、ハーフデッキをチューンアップさせたデッキだって本当のデッキだよ、と言いたいけれどアヤメちゃんが言いたいのはそういう事じゃなくてカードパワーマシマシのガチデッキとやりたいって事、って考えてる顔をしてる。
「私もずっと前にやった事あるけど、コテンパンにされたよ」と私は言った。
「今やったら危ういよ」立ち上がりながらアイちゃんは言った。
◇
アイちゃんの使う【黒単信心】は5マナのクリーチャーを頂点にしたマナカーブを描いてる。
手札破壊、マナ拘束がキツい代わりに強力なクリーチャー、除去、ライフと引き換えのドロー、大量のライフドレインという、黒色のやれる事が詰まったアーキタイプだ。
「その4マナの子が無敵過ぎて無理ー!」とアヤメちゃんは叫んだ。
「祝福されし完成をとくと見よ」とアイちゃんは微笑んで言った。
アヤメちゃんのデッキは綺麗に回ってたように思うけれど、全体除去を撃たれて息切れしちゃった感じだった。
かなり良い感じにアイちゃんを追い詰めてたし、入ってるカードも強いのが多かった。
「たぶんだけど、デッキゴージャスな感じになってない?」と私は尋ねた。
「新しい天使いっぱい買った~」とアヤメちゃんは笑って言った。
アヤメちゃんのデッキを広げて3人で眺めてみた。
「わ、《悪斬》めっちゃ入ってる!」と私はびっくりして言った。
「ゆーりんが使ってるの見て強いな~って思ったからいっぱい入れた~」
「プロテクション(デーモン)はホントやだ」と言ってアイちゃんは両手の掌を使って自分の目を隠した。
「アイクロなにしてるの~?」
「見ちゃ駄目。消えてくれるかもしれないでしょ」
「アイクロたまにアホになるのウケる」
◇
「これから、マジックってどこでやりゃ良いんだろ」とベニコちゃんは言った。
適当に相手を変えながらダラダラとマジックを遊んでる。なんとなく小休止を挟んでるときに、ポツリと、なんでも無いような感じでベニコちゃんが呟いた。
「それー」とミサキちゃんが同意した。
「ショップの大会とか出てみる? 近所にショップあるよ」と私は言った。
私とアイちゃんはスタンダードやモダンといった『フォーマット』について説明した。
「私とアイちゃんは先週行ってみたよ。カジュアルな人やガチの人もいて楽しかった」
「たまに買い物に行く場所、って感じだったから盲点だったな」
「それー」とアヤメちゃんが同意した。
「金曜の夜はフライデー・ナイト・マジックっていう、皆で集まって、マジックして遊ぼうっていう、そういうのがあるの」とアイちゃんは微笑んだ。
「近くのショップ、全勝すると景品出るよ」と私は情報を添えた。
「これは行くっきゃなくなくない?」とミサキちゃんは立ち上がった。
「フライデーはスタンダードの大会だから、まずデッキ作らないとね。4月の末に新しいパックが出るからそこから始めても良いかも」と私は言った。
「まあ、とりあえず行ってから考えよーぜ」とベニコちゃんも立ち上がりながら言った。「そんで、ついでにご飯食べに行こう」
「近くにどんなお店あるのー?」
みんな立ち上がってダラダラと準備を進めた。鞄にデッキケースを入れて持つ。玄関に向かって歩き出す。
ゴミは適当にゴミ袋に詰めて、忘れ物が無いか見渡す。たぶん無い。あっても学校で渡せば良い。
「アイちゃん、行こう」と私は振り返って言った。
「うん」とアイちゃんは言った。
「ずっと前ね。中学とか、そのくらい」とアイちゃんはリビングの中央に立って言う。「友達とマジックがしたいな、って思ってた。ショップの大会に出たりとかして」
「うん」と私は言った。
「あの時、ユーリちゃんが話しかけてくれて良かった」
「私だって。アイちゃんに話しかけて良かったって、いつも思ってるよ」
「ありがとう」とアイちゃんは言った。
「どういたしまして」と私は言った。
私は手を差し出して、アイちゃんは握り返してくれた。
おわり