ノスタルジー・サマー   作:黒マメファナ

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第一話:ひまわり

 ──あの日、ボクは太陽を見つけた。

 ビルなんて見渡しても一つもない海と山に囲まれた田舎の、花畑でボクはひまわりと同じ色をした迷子の太陽を見つけた。だけどその迷子だったはずの小さな太陽はボクを見るなり、泣きじゃくっていたわけでもなく、ただただ眩いばかりの金色の輝きを見せて手を差し出してきた。

 

「あなた、迷子なのかしら? よければ一緒に道を探しましょう!」

 

 麦わら帽子に白のワンピース。どこかの絵画から飛び出したような太陽はその輝きを曇らせることはなかった。一瞬、それは本当にカミサマか、あるいは座敷童のようなものかと思ったけれどボクが抱えていた夏野菜の数々を見て、お腹を鳴らした彼女は紛れもなくニンゲンだった。

 

「トマトって生で食べてもおいしいのね! あたし、はじめて知ったわ!」

「……そっか」

「あなたは食べないの?」

「いやえっと……」

 

 海が見渡せる、みはらしのいいところに座って、少女にトマトを手渡した。当時のボクはとにかく夏野菜が嫌いだった。ナス、トマト、ピーマン、キュウリ、そんな彩り豊かで瑞々しい野菜たちを憎んでいるんじゃないかというほど徹底して口にしなかった。でも明らかに年下の、小学生ですらないような彼女がおいしそうに頬張るのを見て年上のボクが嫌いだから食べない、とは言えなかった。小学生のプライドなんてそんなちっぽけなものだ。

 

「あら、もしかしてキライなのかしら?」

「ああえっと……う、うん」

「スキキライはもったいないのよ?」

「お父さんやお母さんはそう言うけどさ」

 

 勿体ないという意味がわからない。だって嫌いなものを食べることの方が損した気分になるでしょう? ボクがおいしくないのならおいしくない。食べなくたってここまで生きてきたんだから、そんな捻くれた考えを明らかにしたボクに、彼女は違うわよとトマトを太陽に照らしながら、満面の笑みで教えてくれた。

 

「色んなものが食べられる、ということは毎日のごはんで何を食べようか迷えるってことじゃない! とーってもステキだと思わない?」

「な、なるほどね……いいこと言うね」

「でしょう?」

 

 年下の女の子にそんなことを諭された恥ずかしさからボクは強がりを言った。同時にすっごく悔しくて、ボクは思わずキュウリを手に取ってお父さんが教えてくれたようにヘタの部分を齧って捨てて、かぶりついた。

 独特なツンとした青臭さに少し顔をしかめたけれど、小さかった一口が大きくなり、ボクは夢中でその食感と瑞々しさにかぶりついた。

 

「なるほど……キュウリはそうやって食べるのね?」

「うん」

「じゃあ、あたしも!」

 

 それがおばあちゃんから採ってきてと言われていたこともすっかり忘れ、日が傾くまでその女の子と食べて色々な話をした。

 地元の子じゃない、ってことはなんとなくわかってたけどまさかどうしてこんなところに居るの? という問いかけに探検していたのよ! と笑顔で返されるとは思わなかった。

 

「えっと、おじいちゃんおばあちゃんのうちに遊びに来てる、とかじゃなくて?」

「ええそうね、おじいさまとおばあさまは海外に住んでいるから」

「か、海外……」

 

 と、そこまで話したところで、ボクの帰りが遅いことを心配したお父さんとお母さんが駆け寄ってきた。そして何度口を酸っぱくしても食べなかったキュウリを手にしていたボクを見て仰天しながら何してたの? と尋ねる。紹介しようと思い彼女の方を振り返る、けど……いつの間にか彼女はいなくなっていた。

 

「あれ?」

 

 本当に妖怪か、それとも妖精か。そんなことを考えながら不思議なこともあるんだなぁと腕を組んで関心するお父さんにちょっと呆れたような表情をするお母さんの手を取り家へと戻っていった。ただ本当に不思議と夏野菜が食べれるようになって、妖怪か神様が夏野菜を嫌うボクのために話しかけてきた、というのが通説になっていった。

 ──それから、十年の月日が流れようとしていた。

 

「あっついなぁ……」

 

 十年が経ち、ハタチになった。その過程でいつの間にかオレはオレのことをボクとは言わなくなり、太陽のような少女のこともうろ覚えになり始めていた。でも、夏に採れる野菜たちのことは好きで、新鮮で瑞々しいそれが実るこの季節が好きになっていた。まぁ、暑いことを除けば、だけど。

 

「おお……涼しそう」

 

 夏季休暇中にもあるゼミから帰る途中、大学から家までの道にある公園では、子どもたちが水鉄砲を片手に水遊びをしていた。きゃーきゃーと楽しそうで、ああいう子どもっぽいのが逆にいいなぁと思い自分の子ども時代をふと思い返していると、そこにセーラー服を着た少女が混ざっていることに気づいた。

 

「それ! まだまだいくわよ!」

「わぁ、おねーちゃんすごいすごい!」

 

 ──そんな少女を見た瞬間、オレは目を奪われた。女の子はまさしく、まさしくオレがかつて見た太陽そのものだった。金色の髪をポニーテールに縛り、スカートを翻しながら子どもたちに混ざって水遊びを楽しんでいる。というか身体能力で無双していた。身のこなしがすごい。

 

「きゃ」

「あたった!」

「やったわね!」

 

 ただ、そんな彼女にやられっぱなしではダメだと気づいたのか、男の子三人くらいが同盟を組み、立ち向かっていく。さすがに身体能力が高い、とはいえ三対一では分が悪いのだろう。彼女の髪は水滴を弾ませ、セーラー服が濡れていく。だけど、彼女はどこまでも笑顔だった。もうおぼろげな記憶だったものが刺激される。あの時の笑顔もどこまでも眩しかった、そんなことを考え足を止めていると、ふと金色の瞳がオレを映した。

 

「あら? あなたも水遊びがしたいの?」

「えっ、ああいや、そういうわけじゃないけど」

 

 と、そこでオレはちょっと気まずい思いをしてしまった。白のセーラー服だったせいか、夏服が通気性を重視しているせいか、水遊びで濡れた服が透けて黒いインナー……キャミソールが見えていた。さらに黒とは別の色をした肩紐が見えていて、濡れて張り付いたことで胸部はおそらくブラジャーの装飾であろうカタチが浮き出ていて、オレはあからさまに顔を逸らしていく。

 

「なにかしら?」

「いやっ、なんでもない、よ?」

「おかしなヒトね? なんで顔を逸らすのかしら?」

 

 無自覚で羞恥心のカケラも感じない顔で迫ってこないでくれますか。だが、オレの気恥ずかしさは、こころ様、という声と共に掛けられた大判のタオルによって隠されていく。よかったよかった。女性の身体をジロジロ見た、なんて言ったらもしかしたら通報されるかもしれないし。だけどもっと問題なのはその、黒いスーツに身を包みサングラスをかけた女性だった。ものすごく暑そう。なのにすんごく涼しい顔してる。何者なんだろうか。

 

「……おや?」

「ん?」

「失礼しました」

 

 その三人いる女性の一人がオレの顔を見て何か反応したけど、すぐにいなくなってしまう……忍者ってホントにいたんだなぁ。いや素早すぎるし一体どこから出てきてどこに隠れていったんでしょう。気にしたら負けなのかもしれない。

 

「さっきの子たちは知り合い?」

「いいえ、夏期講習? というのを受けて、その帰りにとっても涼しそうだったから、入れてもらったの!」

「なるほどね……」

 

 ベンチに座って、近くのコンビニで買ったペットボトルの飲み物、オレは野菜ジュースで彼女はミネラルウォーターを口につけながら少し会話を重ねていく。

 彼女の名前は弦巻こころ、というらしい。前髪のナナメカットが特徴的な子で、高校一年生にしてはちょっと子どもっぽさがあるのにどこかお上品さがある、不思議な少女だった。

 

「あなたの名前はなんと言うのかしら?」

夏目恭介(なつめきょうすけ)、大学二年生」

「そう……恭介は野菜ジュース、好きなのね?」

「ん? まぁね」

 

 そうなのね! なんてはにかむ彼女はまだ髪に張り付く雫のようにキラキラと輝いて見える。そのたびに十年前の記憶が揺り動かされるようだった。

 彼女がそうなのだろうか、それとも似たような女性に記憶を押し付けているだけ? 訊いてみたいけど、どう訊けばいいのかわからない。

 

「不思議だわ」

「ん?」

「恭介を見ていると、小さな頃にひまわりがたくさん咲いている場所で出会ったヒトを思い出すわ」

「……え」

 

 こころは歌うように小さな頃の記憶を鮮明に語ってくれる。

 ひまわりがたくさん咲いているところを探検したくてさっきの黒い服の人たちに連れていってもらったこと。そこで、素敵な出会いをしたのだと。

 

「野菜が嫌いなヒトだったのよ? 恭介とは反対ね」

 

 確信した。こころは、十年前の彼女だ。カミサマだとか妖怪だとか散々な言われ方をしていたけれど、彼女は確かにニンゲンで、生きている。そしてこうしてまた出会った。まるで奇跡のような再会だった。

 

「キミが笑顔で教えてくれたら、嫌いじゃなくなったんだよ」

「……そうなのね」

「十年経っても、変わらないね」

「恭介は、なんだかとっても変わったわ」

 

 そりゃあ、外面は変わりましたとも。身長も伸びたし、声も低くなった。だけどこころはそうじゃないわと首を横に振った。彼女の瞳の奥には今でも、十年前のボクの表情が、言葉が鮮明に映し出されているのかなと思うくらいに明朗な口調だった。

 

「今の恭介は、なんだかキラキラしていないわ」

「そうなのかな」

「何かを怖がってるような、とっても臆病な虫さんを胸に隠しているみたい」

「昔のオレは、怖いもの知らずだっただけだよ」

 

 ただ無知だっただけ、あの頃からオレはどこか幼い精神を持っていたのかも。前に何かで聞いたけれど、男性は精神的に年齢より幼くなりがちで、逆に女性は大人びがちなんだって。こころは、その表情や仕草は幼くも見えるけどまっすぐ芯の通った様は年齢以上のものを感じるし。

 

「そうだわ!」

「うん?」

「あなたは、あのひまわり畑の場所がわかるのよね!」

「え、そうだね」

 

 たぶん、こころも黒服さんに頼めば連れてってもらえると思うけど。そう言うとこころは首を振って、ただ行きたいだけじゃなくて場所を知りたいの! とまた金色の光をあふれさせた。まるでお宝が眠る場所を知ってるヒトに出会った冒険家だ。その目には期待と高揚が眩い輝きとなっていた。そして前のめりで顔がちょっと近くて……思わず仰け反りながらしどろもどろになりながら返事をする。

 

「つ、つまり自力で行けるようになりたい、ってこと?」

「ええ、そうね! よければ案内してほしいの!」

 

 案内、というかもうすぐお盆休みだからその際に家族と帰省するくらいだよと説明すると、ならその時に一緒に連れて行ってほしいわね! とまた顔を輝かせる。え、ええっとそれって両親プラスこころってこと? それはどうなんだろう。さすがに実家への帰省に全くの他人を入れることを父や母が了承するかな。

 

「──というわけで、よろしければあたしもご一緒させていただきたいのだけれど、いいかしら?」

「そういうことなら、なぁ母さん」

「うん! 喜んで」

 

 ダメもとで家に上げて事情を説明させたら、なんとまぁあっさり承諾されてしまう。マジで断られる前提だったからオレはびっくり、逆にこころは変わらない笑顔のままだ。

 普通はさ、お盆休みで実家へということは家族で先祖の墓参りだから、赤の他人をその輪の中に入れることを嫌がりそうなもんなんだけど。父も母も気にしない、と嫌がるそぶりすら見せなかった。

 

「それではこの日に駅まで車で、こころ様と共にお送り致します。新幹線の手配等もこちらで」

「すみません」

「いえ、こちらが無理を通している立場ですので」

 

 チラリと窺うと黒服さんたちが打ち合わせをしているのが目に入った。もしかして何かしらで根回ししたんだろうか。どうやらお金持ちっぽいし、そういう対価とかで押し通した? それは、なんだかやるせない気持ちになってしまう。

 

「それじゃあ恭介! また会えるのを楽しみにしているわ!」

「……うん」

 

 オレがそうやって嫌だな、と思ってしまうのは今年のお盆休みが特別だからなのかな。当然、赤の他人であるこころには関係のない話なのかもしれないけど、そうだからこそオレはあんまり嬉しくないのかもしれない。だけど両親がいいと言っているのに、オレがなんやかんやと口出すわけにもいかず、もやもやしてしまう。

 いつもと違う夏が始まる。なにもかもが違っている夏、その中で一番違うのは、彼女の存在だ。

 

「実在したんだね、あの子」

「そうね」

 

 弦巻こころ。オレが十年前に出会った幼い少女は、その太陽のような笑顔そのまま、どこか浮世離れしていて神々しさすら感じたあの頃のまま大きくなったような女性になっていた。

 ──そんな彼女の光が、オレには少しだけ眩しすぎるように感じてしまう。だってオレは、あの頃から随分と変わってしまっているのだから。

 

 

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