ノスタルジー・サマー   作:黒マメファナ

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二桁! 話数二桁ですって奥さん



第十話:確固たるもの

 オレから見て、瀬田薫さんはまた、当時のこころに負けず劣らずのわからないヒトだなぁと思う。とにかく行動が突飛なんだ。奥沢さんは、彼女とこころとはぐみちゃんを纏めて、三バカなんて呼んでるけれど、彼女はその中でも全くの異質だと考える。

 

「ねね、恭介さんって何か得意なスポーツとかある?」

「なんか得意ってのはないなぁ。強いて言うならラケット使う競技? テニスとかバドとか」

「そうなんだ! あ、みーくんがテニス部なんだよ!」

 

 はぐみちゃんは見たまんまの元気っ子。どうやら見た目通りのスポーツ少女なようで、裏の空き地で毎日バットを振ってるのを見かける。家でぼーっと高校野球を見ていて、祖母と色々話し合っていたらそんな反応をされてしまった。

 ──じゃなくて、どうして薫さんについてそう思ったのかってことなんだけど。

 

「薫さん」

「……おや? どうしたんだい?」

「いや、一応みんなに謝っておこうと思って」

 

 はぐみちゃんには楽しいからおっけーだよ! と言われたけれど、ハロハピ的に見ればかなりオレがしてきたことは反感を買うようなものだろう。松原さんもハロハピとしてオレがこころを振り回してしまったことで不都合があったのは否定しなかったし奥沢さんはそれを指摘した側だ。とにかく、なんと言われようと全員に謝るのが筋だと判断したオレは演劇の練習? のようなことをやっている彼女に頭を下げた。

 

「ごめん、ハロハピのこと振り回したりして」

「なんのことだい?」

「えっ」

 

 だけど薫さんに逆に問いかけられてしまい、オレは戸惑ってしまった。冗談や気を遣ってくれてる……とは思えない口調だった。素で言ってるトーンだった。

 だからポカンと口を開けていると薫さんはオレのリアクションについてもなんでもないかのようにここは素晴らしいねとマイペースに言葉を続けた。

 

「山と海が織りなす厳しくも儚い景色……ここは東京にはない自然の雄大さと、その中で生きようとするヒトの強かさを感じるよ」

「えっと? つまり?」

「つまり……そういうことさ」

 

 いやどういうこと? もしかして今オレの謝罪にまったく関係のないこと言ってない? え、マジでこのヒトマイペースとかいうレベルじゃなくない? そう思っていると更にたたみかけるようにして、空を見上げながら薫さんはシェイクスピア曰く、と続けていく。

 

「──後悔こそ、卑怯もののすることさ」

「あの、貶されてる? 本かなんかで簡潔こそが英知の神髄だって引用されてるの見たけど」

「つまり」

「つまり?」

「……そういうことさ」

 

 と、このように会話が成り立たない。でもそれを後ではぐみちゃんと話した時にダメだよ! と怒られてしまった。何故? だがそれなりの時間をバンドメンバーとして過ごしてきたはぐみちゃんとしては読み取れるところがあるようだ。

 

「薫くんはね、難しいモードがあるんだよ」

「難しいモード?」

「うん、何ゆってるのかわかんない時!」

 

 そ、そんなパっと明るい顔でなんてこと言うのあなたは。バンドメンバーの発言に何言ってるのかわかんない時があるって言ったらダメな気がするんだ。でもそういう時は決まって何かを伝えたい時でもあるらしい。その夜、こころにも同じことを話してどうしたらいいのかと問いかけると、いっぱい考えること、と言われてしまった。

 

「いっぱい、考えるか」

「ええ、薫は自分の言葉で自分を表現するのが少しだけ、苦手なの」

「そうなんだ」

 

 どうやらこころは松原さんからここでこれからも課題をやっていることを教えてもらったらしい。毎日やらないと間に合わないからね。邪魔しちゃってるかな? とか松原さんには言われたけどそんなことない。まだ独りはちょっと苦手になってしまっているから、誰か話し相手がいると安心するんだよね。ただこころはちょーっと距離が近いけど。

 

「けれど薫はいつもと違う景色を見れたことを、嬉しいって言っていたわ」

「環境が変わって、新鮮だからってこと?」

「そうね」

「なるほど……すると」

 

 こころからもたらされた情報が基礎となって彼女の迂遠な言葉がパズルのピースのように一つの回答を描いていく。なるほどね、だから最初になんのことだい? って言ったわけね。やっぱり薫さんは変なヒトで、そしてやっぱりこころが選んだヒトだね。

 

「ふふ、でしょう? 薫は素敵なヒトよ」

「こころが補足してくれないと伝わらなかったけどね」

 

 オレと二人でおしゃべりができるためか頑張って起きてきているけど、やっぱり眠そうだ。笑顔もいつもよりもふにゃりとしていて、肩に頭が乗っかっているのを気まぐれに撫でていると眠りへと誘われていくようだった。

 

「眠いなら、寝な」

「んん……まだ、恭介が起きてるから」

「いいよ、先に寝てて」

 

 だけどこころは幼子のように目を擦りながら首を横に振る。寝に行く時は一緒がいいらしく、オレはそんなこころのサラサラの髪に指を通しながらしばらく構っていると、こころが何故かはっと覚醒してきた。じとっとコチラを睨んできて、どうやらオレが寝かせようとしているのがバレてしまったらしい。

 

「寝なさい」

「嫌よ、恭介と一緒に寝るの」

「寝る場所別々だけどね」

「でも一緒に寝るの」

 

 どうやらテコでも動かなさそう。強情な子だなぁと思っていたけれど気分転換にと野菜ジュースを用意しているうちに少し目が覚めたようで後はちょっと課題をやっているのを見て、一緒に星を観に行ってから寝に行くことにした。

 

「おや? どうしたんだい?」

 

 ──その翌日の朝、オレが空き地に行くとやっぱり薫さんはそこにいて、昨日と同じような仕草で同じ言葉を投げかけてきた。パっと見、中性的だけれど微笑むその顔はなんだかとっても美人のそれだった。

 たぶん、このヒトにはありがとうもごめんなさいもなんのことだい? と言われておしまいになってしまうと思う。だから、オレから送る言葉も自然とまた迂遠になっていく。

 

「この景色はどう?」

「ああ、とても儚く……そして美しい」

「オレも、好きなんだよね。最初はなんでこんなところに街作ったんだよって思ったけど」

 

 だって海と山の距離が近くて、そのわずかな隙間に街ができてるんだからね。どうしてこんな不便なところにと思わなくない。しかも雨が降らないクセに夏は暑くて冬は寒い。洗濯物が吹き飛んでしまうんじゃないかってくらい風が吹く。でも、ここから見る景色は街と海を見下ろせるここは好きだった。なにより、じいちゃんとの記憶と一緒にあるのはいつだって、この景色だったから。

 

「だから、ありがとう」

「なんのことだい?」

「そりゃもちろん、この景色を好きになってくれて、だよ」

「……どういたしまして」

「はぐみも、この景色すっごく好き! 走ってていっつもキレイだなーって思うもん!」

「おやはぐみじゃないか、もう帰ってきたのかい?」

 

 はぐみちゃんは腕につけた時計型の端末を操作して、あんまりいつもと変わらないよ? と答えた。スマホで時計を見ると確かに。いっつもはぐみちゃんが帰ってきてシャワーを浴びる時間だった。でもだったらどうして薫さんはもう帰ってきたなんて言ったんだろう? 

 

「……ふふ、はははは!」

「薫くん?」

「いや、私としたことが時を忘れてしまったようだ」

 

 何故だかとても嬉しそうに、薫さんが笑いだしてしまい、はぐみちゃんとオレは顔を見合わせて首を捻った。謎だね。謎なんだけど、伝わったことはある。薫さんは、薫さんもまたヒーローなんだ。というかみんなそう。はぐみちゃんだって、松原さんだって。

 

「はぐみも笑顔のヒーローになれてる?」

「うん、もちろんだよ」

 

 パっと嬉しそうに笑顔の花を咲かせる彼女に、つられて笑顔になってしまう。よくよく考えたらオレ、みんなによく構われてる方だと思う。それは、オレが笑顔じゃないから。身近にいるヒトを笑顔にしようとそれぞれがそれぞれの言葉や手法、哲学を用いてオレに笑顔を届けようとしてくれていた。

 

「ありがとう」

「まだこれから、だよ!」

「ああそうさ恭介……キミに本当の笑顔を届けるのは、私でもはぐみでもない」

「ハロハピで!」

「その通り」

 

 ああきっと、オレは笑顔になる。この呪いは解けて、こころにかけた呪いも解ける。そんな確信があった。当初に比べて随分と増えた会話を繰り広げ、練習へと向かっていく彼女たちを見送って、よしっとまた課題に立ち向かう。

 

「恭介」

「ん? どうしたのばあちゃん」

「あの子は、こころちゃんは十年前から変わらない、恭介のところに現れる妖精みたいね」

「こころが妖精は、ちょっと言いすぎでしょ」

 

 そりゃあ十年前はさ、ふと目を離した隙に煙みたいにいなくなっちゃって、そういう説も流れたけど。あの子はニンゲンだよ、神様でも妖精でも妖怪でもなくて、人間だった。笑うし泣くし怒るし拗ねるし、抱きしめると暖かい太陽みたいなヒトだ。

 

「それに」

「それに?」

「オレを助けに来てくれたのは、こころだけじゃないよ」

 

 はぐみちゃんも、薫さんも、松原さんも。もちろん、奥沢さんだってそうだ。みんなが世界を笑顔にって一つの夢にまっすぐで、だからこそああやって五人みんなで押しかけてくれたんだよ。オレだけじゃない、世界を、だからばあちゃんの笑顔も届けてくれてるんだ。

 

「それじゃあきっと、変わらないなんてことはなかったわね」

「ん? こころのこと?」

「そう。だって、もう一人じゃないのだから」

 

 祖母のその言葉にオレはそうだねと相槌を打った。独りだった彼女のあてのない夢に、今ではあんなにも仲間がついている。理解できないとそっぽを向かずに同じ向きに顔を向けてくれる仲間がいる。

 

「いよいよ明日だね」

「そうね、恭介を笑顔にできるように、全力で歌うわ」

「期待してる」

 

 課題をやってキリがついたらお風呂に入ろうと思っていたらすっかり遅くなってしまい、その結果またもやバスタオルが二枚必要になってしまった。当の本人は全く気にしていないようで、お風呂上りのポカポカした身体をオレに預けて微笑んでくる。

 

「不思議だわ」

「なにが?」

「あの時は、世界を笑顔にしたら恭介が独りぼっちになってしまうって焦っていたのに、今ではなんだかとっても、なんとかなるって思うわね」

「そうかな」

 

 あの時は、オレもハロハピのこころのままだったらいつか、寄り添ってくれたあのこころがいなくなってしまうんじゃないかってことに怯えて、独りが怖くて、いなくなってほしくなくて、呪いをかけた。その呪いにかかったこころは、オレの風呂を襲撃したわけで。あの時とはまったく状況(シチュエーション)が違うってことを言いたいようだ。

 

「きゃ、もう……恭介は甘えん坊だわ」

「こころだって、甘えたがりだよ」

「恭介の方が甘えん坊よ」

 

 そうかもね。だってオレはまだ、どこかでオレの呪いにかかったこころになってほしいと思ってしまうから。太陽なんかじゃない、ただの女の子になったこころを手の中に収めて、独占してしまいたいと思うくらいには、まだオレの胸の傷は癒えてなんていないから。後ろから抱きしめて、このままどこかに、二人だけの世界に行きたいと思ってしまうくらいには、オレは甘えん坊だ。

 

「恭介」

 

 こころはそんなオレをまるであやすように手を伸ばして頭を撫でてくれる。微笑んでくれる。どうしようもなく甘ったれたオレにまるで愛おしいものを見上げているかのような優しい瞳で見つめてくれる。それはハロハピの弦巻こころが放つ太陽の光とはまた、違ったものでもあった。

 

「大丈夫、あたしはもう、()()()()()()()あたしだわ」

「うん……そうだね」

 

 弦巻こころはもう、自分を見失ったりしない。彼女は誰よりも彼女であることを忘れたりなんてしない。だから、オレは彼女を抱きしめる。これでもかってくらいに、夏であることも忘れたようにお互いの体温を確かめ合うように。

 

「恭介?」

「大好きだよ、こころ」

「……あたしもよ。じゃなきゃ、一緒にお風呂に入ったり、そこでのぼせそうになったりなんてしないわ」

「あれは、ごめんって」

「ふふ、恭介なりの大好きを伝えてくれてるって知ってるもの。全然、気にしてなんてないわ」

 

 そうしてまた、眠そうになった彼女を部屋の前まで運んで、最後におやすみと唇を重ねてそれぞれの寝る場所に戻っていく。

 背中で扉が閉められ、もう彼女の声も姿も見ることはない。オレは振り返ることなく布団にくるまり中々寝付けないのを無理やり暗闇に潜り込んで意識を堕としていった。

 

 

 




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