ノスタルジー・サマー   作:黒マメファナ

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第十二話:ノスタルジー・サマー

 ──あの日、オレは太陽に再会した。

 見渡す限りビルまみれの都会の外れにあった公園で、ひまわりと同じ色をして子どもと一緒になってはしゃぐ太陽を見つけた。彼女は見るなり、ただただ眩いばかりの金色の輝きを見せて手を差し出してきた。そして悲しみの雨に濡れていたオレに傘を差すどころか、最後は雲を吹き飛ばすくらいの太陽の輝きで、晴らしてくれた金色の太陽。嵐のように現れて嵐のように去っていった彼女のことは本当に妖怪か、それとも妖精か。そんな劇的で愛おしく、長い盆休みから、一年が経過しようとしていた。

 

「え、泊まれないの?」

「そうなのよ」

「オレ、休み取っちゃったんだけど」

 

 大学三年生になったオレは両親にそんなことを言われて驚きの声を上げていた。どうやら急な予定が入ってしまったために、お盆休み中に帰省先に泊まれなくなってしまったのだとか。じゃあオレも一緒に帰るよとは言うものの、別に遠慮するなと言われてしまった。

 

「一周忌の時にやってくるから先に行って準備を手伝ってくれ」

「わかったけど……なんか隠してない?」

 

 隠してないぞとは言われるものの、怪しいね。母さんは父さんより隠し事が上手だから追及はやめておくけど。とりあえず気を遣ってるわけじゃないよね? オレはもう前に進めるから。いつまでもくよくよしてたら、それこそすぐに何もできずに死ぬ時が来てしまう。この道がいつか同じ死に辿り着くのだとしても、オレはそのいつかに後悔がないように前に前に進んでいきたいから。

 

「じゃあ、チケットは片道? で向こうで買う感じ?」

「いいや、もう往復も……買ってきたからな!」

「そう?」

 

 荷物も届くように送るからとか言われてますますわけがわからない。絶対なんか隠してるでしょ。ただその何かがわからない以上、何を言っても無駄なわけで、怪しみながらその当日を迎えることになった。一年振りのってわけでもない新幹線、四十九日にも百日にも行ったし。その後は新年にもちゃんと行った。そう、そんだけ行っといて、ただの一度だって荷物を送るだとかチケットの往復を買っただとかいった発言はなかった。

 

「ううん、絶対に何か裏がある……なんだろう」

 

 そう考えながら簡単な手荷物と朝ご飯のサンドイッチと紙パックの野菜ジュースを手に暑いホームから涼しい車内へと入り腰を落ち着ける。また一段と暑いけど、向こうはもっと暑いんだよなぁと思いながら外を眺めていた。

 ──あたしは恭介の隣ね! 窓側、いいかしら? ふとそんな空耳に思わず振り返ってしまった。夏に乗ったのは久しぶりだからか、こんなの前にはなかったのに。

 

「まだ一年しか経ってないのに……変なの」

 

 思い出さない、なんてことはなかった。確かに忘れるなんてことはできなかったわけで。あのピカピカの太陽に出逢って、恋をして、救われて。そうやって過ごしてきた夏休みの出来事から一年という節目が、早くもノスタルジーを引き起こしているらしい。

 でもそれっきりでうとうとと眠ってしまい、新幹線のアナウンスに起こされ、バスに乗って。

 

「いらっしゃい恭介」

「荷物は届いてるの?」

「今しがた、ギリギリだったわ」

 

 そんなくすくす笑う祖母の背中を見ながら父さんめと悪態をつき、なんだか荷物が多い気がして首を傾げたけれど、その疑問をさておくとしてとりあえずじいちゃんに挨拶をと仏壇に線香をあげようとして、真新しい線香を見つけてまた首を捻った。

 

「ね、ばあちゃん」

「はいはい」

「誰かいる? あれ、アイツらって当日だけじゃなかったっけ?」

 

 アイツら、とはいとこたちのこと。オレよりも距離が近く、車ですぐ来れるようなところに住んでる。叔母と旦那さんとその子どもたちかなと問うと違うと否定されてしまった。え、じゃあ誰? 他の親戚? 

 

「ふふ、推理が得意になった?」

「……別に」

 

 これもあの子の影響かって言われたらそんな気がする。でもまるで目が良くなったかのように、オレは気づきを得られるようになっていったのは事実だ。おかげでバイト先では余計なことに気づくヒトみたいになっている。余計なことってなんだ失礼な。

 

「親戚と言えば、そうなのかも? 一緒に泊まるのだから挨拶しておいで」

「……え? まぁそうだね」

 

 てっきりオレだけかと思ったけど違うらしい。どこにいるの? と訊ねたらひまわり畑の方に行ったわと返される。りょうかいとオレは暑い、またしばらく雨が降ってないんだろうなぁ、とわかる道を歩いていった。

 ──その前に気づくべきだったんだよ。というか全員グルなんだからそこで何か画策しているって気づくことができなかった。そんなわけないって先入観があったからこその、盲点だった。

 

「こんな暑い中、よくもまぁ……ん?」

「あら?」

 

 そうだよ、ばあちゃんが親戚なら親戚って断言するはずなのになんで言葉を濁すのさ。父さんにしてはやけに段取りがいいのはなんでか、そもそも事情があってってお盆に事情があって出勤しなきゃなんないようなブラックで働いてないもんねうちの両親。おかしいと思えばいくらでもおかしいところはあった。

 ──そもそも、待って。ばあちゃん問題発言だよね。親戚のしの字もないからねこの子は。

 

「こころ……?」

「恭介!」

「うわわ、ちょ」

「久しぶり、恭介!」

 

 相変わらずの白ワンピースに麦わら帽子という、あの時の少女がそのまま大きくなったような彼女は変わらない笑顔で、けれど決定的にオレの名前を呼んできた。一年前のあの日、世界を分けたはずの彼女、弦巻こころは去年よりも笑顔に磨きをかけてオレに向かって突進してきた。

 

「元気だったかしら?」

「げ、元気だったよ。こころは……なんかその、訊くまでもなさそうで」

「元気よ!」

 

 知ってるよ。高校二年生になった彼女は変わらず、けれどなんかますますパワフルになった? それもオレの気のせいなんだろうか、とにかく太陽なのはなんにも変わることがなかった。しばらくひまわり畑でじゃれあってはいたものの、流石に炎天下は暑いということで家に戻ってきた。シャワー浴びてきなさいと言われ、オレはこころを押し込めていく。

 

「一緒に入らないの?」

「入りませんけど」

「いいじゃない」

「よくないよね?」

 

 脱衣所の前で話すのもホントは嫌だしこころとお風呂って床を血塗れにしたとかそういうロクな思い出しかないし、今は恋人でもないんだから。そう言うとこころが黙ったようでシャワーの音だけが浴槽に響いていた。

 

「恭介は、あたしのこと嫌い?」

「……それは、一年前に問われた」

「変わっていない?」

「悔しいことに」

 

 悔しいことに変わってない。オレはこころが好きだ。好きだからこそ別れてそれでいいって思ったよ、最初はね。すぐに寂しくなったよ。ホントに冗談なんじゃないかってくらいにこころの夢を見た。肩に頭を乗せてきて、眠そうに目を閉じるなんでもない夜の日の夢を見たから。

 

「あたしも、好きよ」

「こころ」

「だから、今度は……今度こそ、あたしは──」

 

 シャワーを浴び終えてバスタオルで身体を拭いているらしい彼女の言葉をオレは遮らせてもらった。少し服が濡れてしまうけれど構わない。構わずに脱衣所にやってきてまだ濡れた彼女を抱き寄せた。

 ──それはオレから言うべきだろう。別れようと言ったんだ、だったらオレから言葉にするべきだ。

 

「恋人になってほしい、こころ……今度こそ、世界を笑顔にしながらも、傍に」

「嫌よ」

「……え?」

 

 けれど、拒絶されてしまいオレはちょっと面食らってしまう。あれ、もしかしてミスった? 好きって言われて舞い上がって、脱衣所に突貫して……思わず顔が真っ赤になるくらいに恥ずかしくて、最低なことをしたのだと思い血の気が引いていく思いだった。

 

「あたしは、恭介の恋人にはならないわ」

「……ごめん」

「だって、あたしは今度こそ恭介の苦しいも楽しいも、全部全部、一緒に過ごしたい。中途半端な一緒じゃなくて、もっともっと、一緒に!」

 

 え、どういうこと? 恋人にはならないけど全部一緒に過ごしたい? どういうこと? オレが戸惑っていると今度は反転したこころに唇を奪われてしまった。それは、彼女なりの誓い、覚悟だったのかもしれない。瞳に宿ったまっすぐな光がオレを映し出していた。

 

「恋人じゃ嫌なの」

「えっと、まさか……?」

「そう、あたしと、夫婦になってほしいの」

 

 確かに、オレが後悔していた中には言葉にしてこなかったってのがあった気がする。始まりは、恋人になりましょうだなんて伝えていない。伝えていなかった。だからいつか伝える時があったら今度こそって思ってた。まさかそれが一年後になるだなんて思ってもなかったけど。

 ──だけど、こころはその更に上をぴょんと飛び上がっていった。あまりにも普通からかけ離れていて。

 

「夫婦、か……あのさ」

「なぁに?」

「こころ、まだ高二でしょ?」

「だけど!」

 

 そんな焦らなくていいと思うんだよオレは。確かにこころと結婚するってなったら常識では躊躇う面は解決できる気がする。それがこころの笑顔のためならばって黒服さんも言うだろうし。()()()()()オレは急ぎすぎだと思う。別にもう何年も何年も待ってほしいってわけじゃないけどさ、いきなり結婚はね? 

 

「大丈夫だよこころ」

「なにが?」

「いつか、に怯えなくてもいいんだって、オレはもう知ってるから」

「……恭介」

 

 この様子だとこころも、なんて考えてしまうよ。それも訊いてみてもいいのかな? それよりも先に、流石にここで長話はやめよう。最悪の場合は()()()って言われてしまうからね。濡れ衣を着せられると困るから、もう濡れてるけど。

 

「それで、こころとしては今すぐにでも夫婦になりたいと」

「ええ!」

「元気良く言いますね」

 

 なるほど、さっきばあちゃんが親戚と言えばそうなのかもと濁した理由も判明した。明け透けに恭介と夫婦になるために来たわ! って言ったでしょうあなた。そう言うとそうよ! とまた元気よく返事をされてしまった。

 

「オレは、もうちょっとこころと恋人として過ごしたいな」

「どうして?」

「んー、あの二週間が間違ってたって言ったらおかしいかもしれないけど、逆に恋人として過ごす時間としては、間違っていたかなって」

 

 たぶん初めから間違っていたんだと思う。こうしてもう一度出逢って、想いを確かめ合った今ならきっと、呪いなんてなくてもオレとこころの世界は同じでいいんだって、そう思うための時間がほしい。

 

「それに」

「それに?」

「もう、別れようなんて言わないから」

「恭介……!」

 

 だから、一歩一歩進んでいこうよ。焦って終点を作らなくたって、オレはこころの手を離すことはないから。

 オレはもう一度、こころに手を差しだす。あの日、一年前のあの日に言えなかった言葉、伝えられなかった言葉を、こうして伝えさせてもらうことにする。

 

「オレと付き合ってください」

「……結婚を前提に、よ」

「拘るね」

「そのつもりでお付き合いをしてくれないと、あたしはいいって言わないわ」

「わがままだね」

「恭介は許してくれるでしょう?」

「そりゃあもちろん。あの弦巻こころとお付き合いするんだから、そのくらいの覚悟は持ってるよ」

 

 それなら、とこころは嬉しそうに、嬉しそうに笑ってオレの手を握った。そこでもう限界だったのだろう。目に溜まっていた涙があふれ出し、こころは前に愛を伝えてくれていたようにまるでそれが当たり前だとでもいうようにオレの腕の中に納まった。

 

「大好きよ、恭介」

「オレも大好きだよ、こころ」

「一緒に、いつかの時まで……いっぱい、笑顔を届けましょうね!」

「うん、いつかの時まで」

 

 平均寿命は男女でいうと女性の方が長いらしい。つまり順当に言うと、そのいつかがやってくるのはオレの方が先だろうか。太陽みたいにピカピカなこころでもきっと、今みたいに泣き出してしまうんだろうな。逆にこころが先だったらオレは涙を流さないと思う。愛していたから、大好きだったから、オレはこころのいつもの笑顔のように、笑って笑って、最後まで笑ってから、独りで泣こうと思う。でもそのいつかは、まだまだ先だろうな。そんないつかの悲しみを迎える前に、オレとこころはいっぱい笑って、いっぱいケンカして、愛して、泣いて、そのいつかへの道を二人で歩いていくんだから。

 

「恭介、ねぇ恭介ったら! 今日は動物園に行くわよ!」

 

 とりあえずはこのお盆休みの間に、じいちゃんの車が壊れてしまいそうなので、こころ……というかこころのお付きの黒服さんにメンテナンスかいっそ買い替えかを相談しようと思う。ばあちゃんもよければそのまま持って帰ってもいいよと言うから、これからこころやたくさんの思い出を乗せていけるように、オレは運転席に乗るよ。

 

「さぁ出発よ恭介!」

「……うん!」

 

 ボクはもうきっと、じいちゃんが死んでしまったことで泣いたりはしないだろう。これからもたくさんの法事でじいちゃんのことを思い出すことはあっても、じいちゃんがいないことで涙を流すことはない。

 ──だってボクは、オレは、まだまだ道の途中だから。懐かしいあの夏の日の思い出をアルバムで振り返るのは、もう少し後でいいよね。

 




最終話でした! 是非、感想で批判を受け付けております。お気に入りや評価、感想をいただき、読んでいただけた皆様には最大限の感謝を!
書く、というのはとても難しいことでした。正直なところ、あまり満足のいく反応ではなかったです。バンドリという同ジャンルの同話数で総合評価が四桁の方もいらっしゃり、何が違うのかこれからのためにも考えていきたいものです。そしていつか、またリベンジを果たしたいと思うので、どうぞ感想、よろしくお願いいたします!
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