えーっとそれじゃあ、と黒髪の女の子が横長のテーブルの端っこで口を開いてくれた。向かいには以前チラっと顔を合わせたメンバーが揃い踏みだった。背の高い紫髪をポニテにまとめ、パンツスタイルとシャツがちょっと中性的な女性、その隣にいるせいかやけにちっこく、また小動物みのあるパーカーのオレンジ短髪っ子と、その隣にいるふわふわ水色髪の少女がオレから少し目線を逸らしながら、そのサイドテールとスカートの裾をちょいちょいといじっていた。
「一応、初めましてってことになるんですかね?」
「あ、うん。夏目恭介です」
「夏目さん、ここは夏目さんの祖母の家……」
そこでチラっと黒髪の子は部屋にある遺影が飾られた祭壇を視界に入れた。地域イベントで活躍していた元気な頃のじいちゃんの白黒の写真。色んなヒトと関わることが好きだったじいちゃんらしい一枚と家族みんなで選んだものだ。
「──祖母の家、なんですよね?」
「うん」
「そうですか、えっとあたしは奥沢美咲って言います」
「あ、あの、松原花音です」
奥沢さんに松原さん。こころの距離感がちょっとおかしいくらいだから、ここで急に美咲、だとか花音、なんてフレンドリーに呼び捨てができるほどフランクな性格を送ってきた記憶はビタ一文ない。逆に言えば急に、恭介! だなんて年下に呼び捨てされてしまうのもそれはそれでおおと距離を取ってしまいたくなる。
「私は瀬田薫だ、薫と呼んでくれて構わないよ」
「じゃあじゃあはぐみのこともはぐみって呼んでね! あ、あたしは北沢はぐみって言います! よろしくね、恭介さんっ」
──と思ったらフランクな呼び方を強要されてしまった。えっと、うーん隣で自己紹介をしあっているのを嬉しそうに見てるこころみたいにこころって呼び捨てにするのはなーんか違和感あるからはぐみちゃんははぐみちゃんで、薫さんは薫さんでよさそうだ。ところでみんな高校生なんだよね?
「かのちゃん先輩と、薫くんは一つ上だよ!」
「後はあたしと同じ一年生なの」
「……ふむ」
薫さんの私服姿なんてそうとは思えない、男とも女ともつかないそこはかとない色気を感じてしまうのだけれどフツーに三つ年下らしい。マジかよと思いながら薫さんを見るとフフフと微笑んでいた。うーんイケメン!
「突如押しかけて申し訳ない、というか練習来れないとか言い出すからどこにいるのかと思えば……」
どうやらあらかたの事情はこころと黒服さんで済ませてくれたようだ。だからこそ奥沢さんもちょっと気にしているのだろう。こうやって話し合う前に真っ先に線香をあげたのも彼女だったし、騒がしいのは遠慮したいと思われていたらどうしようとか考えていそうだ。
「賑やかでいいじゃない、ほら恭介、お茶を運ぶのを手伝って」
「うん」
「あたしも行くわ!」
「……じゃあこころも手伝って」
「ええ!」
どうやらこころ的にはお客様側ではないようで、積極的に祖母の手伝いをしてくれる。料理なんかも運んでくれるし、いっつも朝は一番に起きて祖母と他愛のない会話をしているくらいだからね。
「こころがご迷惑をかけてるみたいで、すいません」
「うーん、かけてるようなかけてないような」
その謝罪がもっと前か、もしくはドライブをする前だったらもしかしたら迷惑かけられてるんだからお持ち帰りしてくださいとでも言っただろうか、イヤミの一つくらいは言っただろうか。けど今は曖昧な言い方をしてしまう。それだけ、あの子の人柄というものに引き寄せられたのか、はたまた、十年前のように救ってくれることを求めてしまっているのかは、わからないけれど。
「あー……それと、大変な時期なのに」
「それは大丈夫、ばあちゃん……祖母はきっと寂しかったんだと思うから」
だからこころが呼んでくれる賑やかで華やかな笑顔で、少しでもそれを紛らわせようとしているんだろう。オレには、むしろ来てくれたことを喜んでいるようにも見えたしそもそもいいよと許可を出したのはばあちゃんの方だからね。きっとオレひとりじゃ、ばあちゃんをあんな風に笑顔にしてあげられなかっただろうし。
「笑顔に……なんか、こころみたいなこと言いますね」
「──大事な家族が沈んだ顔をしてるのに、笑ってほしいと思うのは普通だよ」
「あ……えっと、すいません」
気にしないでいいよとオレは手を振って会話を打ち切った。この気持ちを誰かに押し付けるつもりはないし、理解してほしいだなんて思っちゃいない。いつも軽い冗談に笑ってくれたばあちゃんが、わざとらしくものをねだってみたりしてバカ言わないでなんて明るく笑ってくれていたばあちゃんが、じいちゃんの棺が無機質な火葬場の中に入れられた時に大きな声で泣いたことが衝撃だった、なんて気持ちはオレの中だけにあっていいものだ。
「恭介」
「こころ、どうしたの?」
当然と言えば当然なんだけどそんな風に扱ってしまったせいか妙に距離を取られてるな、と思ったその日の夕方、寝室に一人でのんびりとしているとこころがオレのところにやってきた。きっと昼のことを怒りに来たに違いないと身構えてみたものの、どうやらそうじゃないらしい。何も言わずにじっとオレの左側にやってきて、なんだが逆に不気味だ。そう思っていたらこころがいつもより静かな声でオレの肩におでこをくっつけながらつぶやいた。
「あたしも」
「ん?」
「あたしもすごく印象に残っているの。いきなりやってきたあたしを笑顔で、家族みたいに迎えてくれたおばあさんが……わんわん泣いたのだもの」
「……うん」
一昨日の出来事だという以上にやっぱりこころにとってもあれは衝撃だったんだろう。祖母は、ばあちゃんはじいちゃんのような快活な感じじゃないけど、静かで優しい笑みをたたえてくれるヒトで、でも頑張り屋なヒト。ちょっと凝り性で、新しいもの好きなところもある、自慢のばあちゃんだもん。きっと、彼女もたった数日の付き合いでそれを知ってくれているんだろうな。
「ありがと、こころ」
「どうしてお礼を言うの?」
「言いたい気分だった」
あの中でじいちゃんが亡くなったって痛みを、事実を、空虚さを知っているのはこころだけ。それをちゃんとオレに教えてくれるんだ。一人じゃないよってことを教えてくれてるんだろう、だなんてこの時のオレは暢気に考えていた。
──いつの間にか、ゆっくりとオレは彼女の太陽に熱され始めて、彼女がカミサマでもなんでもないただの人間だってことを、忘れかけていることには、気付くこともできなかった。
──大事な家族が沈んだ顔をしてるのに、笑ってほしいと思うのは普通だよ。そういったあのヒトの顔は、あんまり見ていて気分の良いものじゃなかった。こころに半ば強引に連れてこられた合宿だけど……はぁ、帰りたい。
「美咲ちゃんお待たせ……どうしたの?」
「あー、えっと……なんて言ったらいいですかね」
「あの恭介さんってヒトのこと?」
銭湯で髪を乾かして、そのまま降ろしっぱなしのジャージ姿で出てきた花音さんはあたしが言いよどんだだけなのにするりと言い当てられてしまった。察しが良くて助かります。きっとこれは三バカ……今回は一人引いて二人だけど、はぐみと薫さんには訊きようがないし。
「あたしら、しょーじき部外者じゃないですか。ヒトが亡くなったばっかりの家に上がり込んで、生活しようとしてる」
「うん……よくよく考えると、それってよくないこと……だよね」
そうなんですよね。しかもこころの話を聞くにお葬式、告別式が終わったのもつい一昨日って言ってたし、めちゃくちゃ触れにくい環境にあたしらは放り込まれてる。おばあさんのことも、夏目恭介ってヒトのことも、まだ良く知りもしないのに。
「こんな地雷原みたいな空気感の家なんですけど、あのおばあさんはすごい受け入れてくれてるんですよね」
「そうだね、なんだか張り切っちゃってて、今日のご飯とか入るかなぁ……ってくらい準備してたね」
「カラ元気って感じもあるんでしょうけど、少なくともああやって言ってくれた以上はあんまり気を遣わずにいきたいんですけど」
けどなぁ、
──問題は、こころの方だよ。そんなあのヒトに、傾きすぎてる気がする。
「きっと、こころちゃんもショックだったんだね」
「あたしはあのお嬢サマがなーんでまたこんな田舎の親戚でもない家に、ジャストで最悪なタイミングで来ることになったのかなんて聞かされてもないんですけど」
「ふふ」
「……なんですか」
「ううん、なんでもない」
濁さないでくださいよ。あたしはその辺納得できてないんですよ? だってそうじゃないですか。そんな風に言葉を続けている途中ではぐみと薫、それとこころが出てきてしまった。ああもう、タイミングいいなぁ。
「どしたのみーくん?」
「なんもない」
「薫すごいわ! あたしの髪の毛がサラッサラになってるもの!」
「ふふ、こころの美しい髪を更に輝かせることができて、私も嬉しいよ」
「はぐみもね、薫くんにドライヤーかけてもらったの!」
三バカのせいで一気に騒がしくなってしまい、結局あたしの少しのモヤモヤは完全に場の空気というものに流されてしまった。こんなんで合宿は大丈夫なんだろうか、なんてことを考えて、思ったよりもあたし自身がハロハピというものを気にしているフシがあることに気づいて頭を横に振った。別にもう、こころとかハロハピとかどうでもいいから、あの居心地悪い空気をどうにかするためには、言っちゃえばいい。こころに突き付けてやればいい、あの空間はあたしたちにとって毒でしかないんだって。
「あのさ──」
「──見てこころん! 星キレイだよ!」
「本当だわ!」
「都会よりも明かりが少ないから、いつもよりたくさん見えるのかなぁ?」
「美咲? どうしたの?」
文句があたしの喉の奥へと戻っていってしまう。その横顔は、あたしの知らない弦巻こころだった。あたしの知ってるこころは、いつだってバッカみたいに笑顔振りまいて、夜だろうが昼だろうがいっつも太陽みたいに暑苦しくて、眩しくて。だからこそ、世界を笑顔になんて、無理に決まってるような言葉を吐き出しても、まぁこころだしって思える。少なくとも、滑って頭から落っこちないように背中で待機しておくことくらいはできる。
──でも、今ここにいるこころは。その振りまく笑顔をどこかに忘れていっているような感じがした。星を見上げるその瞳はまるで迷子になったように、忙しなく揺れていた。
「しょうがない。これも活動の一環として、トコトンまで付き合うしかないか」
「……美咲ちゃん」
「頼らせてもらいますよ、花音さん。あたしだけじゃ絶対無理だし」
「うん、頑張ろうね……!」
あたしの祖父母の家も、こことはまた違った感じの田舎だからこの空気はあたしも好きだ。あのあったかい雰囲気のおばあさんも、悪くないと思う。だから、あたしはトコトンまでこころに付き合ってみせる。
ハロハピの目標を、そして何よりあたしらが一つのバンドとして成り立ったあの日のあんたの言葉を、あたしは忘れちゃいないからね。
今回は、初めて視点変更を使わせてもらいました!
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