ノスタルジー・サマー   作:黒マメファナ

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聞いてくれ、お気に入りが一ミリも変動しなかったんだ。おかしいね


第六話:ただの女の子

 少女五人との奇妙な共同生活は続いた。人間慣れればなんとかなるもんで、最初は風呂上りのメンバーにドギマギしたりだとか、うっかり夜中に寝間着姿の松原さんにバッタリ会ってしまったりだとか、そういうラブコメでいうテンプレ的なハプニングはあったものの、それで嬉恥ずかし距離縮まりだなんてことにはなることなく、三日が過ぎようとしていた。

 

「おはよう、じいちゃん」

 

 こころはいつも、オレがこうして線香をあげるのを待って、いつもオレの左隣に座って手を合わせる。それからオレに向かって輝くような笑顔を向けてくれる。まるで昔からそこにいたかのように自然な笑みで、朝の挨拶をくれる。

 

「おはよう恭介!」

「うん、おはよ、こころ」

 

 外をふと見る。今日も暑くなりそうな空に、窓越しに聴こえるセミの声。それを一緒に見ながら、こころはまた金色の笑顔をくれる。それがオレにとってはなによりの太陽のような気がしていた。今日も晴天、雨はまだ降りそうにない。

 

「それじゃあ行ってくるわね!」

「うん」

「ええ」

「ん……?」

 

 そうして朝ご飯を食べ終わると、松原さんと奥沢さんが祖母と一緒にお弁当を作ってからバスに乗り、こころが借りたらしい小さなホールを使ってバンドの練習に行く。今日はオレもどこかへ散歩でも行こうかなとぼーっと考え事をしていたところで、こころは顔を覗き込むようにしてじっと何かを待っていた。犬みたいだな、なんて失礼なことを考えちゃったよ。

 

「あー、()()()()()()()()

 

 パっと笑顔に変わる。行ってらっしゃいって言われるのを待ってたのね、そういうところもなんだか犬みたいだ。思わずぎゅっと抱きしめたり、頭を撫でたくなるような。

 ──って、何を訳の分からない思考をしているんだろうオレは。

 

「恭介」

「はいはーい」

「出かけるなら、はい」

「……ばあちゃん、オレもう子どもじゃないって」

「いいのよ。バイト休んで来てるんでしょう?」

 

 そりゃそうだけど、と言いながら押し切られる形でもらったのは五千円札、更に子どもじゃないとは言うけれど大人になっても孫は孫、だなんて言われてしまう。ばあちゃん、なんだかんだ言いながら大学生になったオレにお年玉くれるしなぁ。でも、もらったぶんはちゃんとしてあげたい。これからこの家に一人っていうのはきっと寂しいだろうから。

 

「よし、安全運転で行くとするかな」

 

 まだおっかなびっくりにはなるけれど、一週間で随分この車の使い方にも慣れてきた。けど慣れた頃が一番危ないって教習所でも習ったからね、こういう時こそ安全運転。大きくないからあの子たちを全員車には乗せてあげられないけれど、一緒に生活してるんだし、どこかに連れて行ってあげたいなぁとは思う時もある。それができない分、オレができることはこれくらいだろう。

 

「あったあった……うわ、やっぱ高いなぁ。後はんーどれにしよう」

「──夏目様」

「おぉわ!? な、な、なんすか!? ってかいたんですか!?」

 

 いました、と言われてオレはなんで? と更に問いかけを重ねていく。そこにいたのは黒服さんの一人、いやアヤシイなそのカッコ。そう思うものの、そもそもこころがいないのに何故ここにいるのかが気になるんだけど。もしかしてオレはお嬢様に近づく不届き者だから要監視対象、とか? 

 

「いえ、これを」

「スマホ……なんで?」

「こちらのアプリでお支払いください」

 

 あー、なるほどキャッシュレスの時代だもんね……って違うね? いやなんで弦巻家の方々にお金を借りなきゃならないんでしょうか? え、貸付? 金利幾らですか? 

 ──当然のようにその問いには黒服さんは首を横に振る。そして、こころ様の笑顔のためですと言い切った。

 

「昨晩こころ様がおっしゃったものを買いに行くのだとわかったから、ついてきたのです」

「……いらないお世話ですよ」

「あなたにとっては、ですが」

 

 確かにそうだよ。昨日の晩御飯を食べてからこういう時に言っていたでしょう? それで、どうせならサプライズしてやりたいじゃん。あのでっかい目が、更に大きくなってキラキラ輝くのとか、見てみたいなぁって思うでしょ。

 

「……じゃあ、受け取っておきますけど、返してと言われても嫌ですからね」

「承知しております」

 

 そこは承知しておくところではない気がするけれど。まぁいいや、ありがたくもらって、使う予定だった分はあんまり釣り合ってないけど服とか新しいイヤホンにしてしまおう。オレ個人のものとして買えばいいんだもんな。そう言いながらオレは買い物をして、出先で昼を食べてから夕方には家に戻っていった。

 

「はぐみ! 何か置いてあるわ!」

「これ! ゲーム機だよ! ウチの兄ちゃんもほしいって言ってたヤツ!」

「コントローラーもちゃんと複数ある……確かこれも結構値段しますよね?」

「そう、だっけ……? 弟に買ってあげた気がするけど」

「色んなパーティゲームも取り揃えてあるね」

 

 奮発した。というかどれがいいかわからないってぼやいたらこうなった。ソフトもコントローラーも高いのなんの。これ、黒服さんがついてきてくれなかったら人生ゲームとか買ってたレベルだったよ。そんな居間ではしゃぐ声をオレは台所で聴いていた。

 

「よかったね」

「……別に、オレだって欲しかったし」

「でも、持って帰らないんでしょう?」

「一人で遊べるようなのも買ってきたよ」

「……全く」

 

 これは流石に実費で買った。ばあちゃんシュミレーション系好きだって言ってたから、時間がある時にでも遊んでくれたらそれでいいよ。少し、ほんの少しだけど今までもらってきたものに何かを返せているなら、それで。

 

「あ、恭介! ご飯の前にお風呂行ってくるわね!」

「そっか、行ってらっしゃい」

「ええ! 恭介も一緒にゲームしましょうね」

 

 屈託のない笑み。まるでこっちの意図を見透かしているような、先回りをしているような言葉。はいはい、後でねと流そうとするけど、彼女にはそれが通じないようでまるでフグのように頬に空気をいっぱい溜めこんできた。

 

「なに?」

「いじわるだわ」

「なにが?」

「もう、後で絶対一緒にゲームするわよ!」

 

 そう宣言して、引き戸を閉めていくこころにオレは苦笑いをした。するしかないじゃん、だってあれは別に、オレが楽しむためじゃなくてこころたちが、いや他の四人がここでの生活に慣れるために必要なものなんだから。

 

「きっと、恭介もあの子のお友達の一人なのね」

 

 確かに、オレは友達と一緒に遊んでほしいと思って買ってきた。そういう意味では間違ってないんだろうけどさ、そうじゃないよね。でもこころにはそのそうじゃないって感覚がないんだなぁってのを思い知らされた気がした。

 ──オレは、オレはあのキラキラした集団の中に入る勇気がない。だから性格悪く、こころの言いたいことに気づかないフリをして、まるであの子たちを受け入れていないかのようなスタンスを取ってる。自分にバリアを張ってるんだ。

 

「……友達だなんて、オレは思ってないよ」

 

 本当に性格が悪いというか暗いというか、ここでばあちゃんに一番風呂を譲って、あの子たちが帰ってくる直前くらいを狙って風呂に入ってしまうんだからもう、自己嫌悪すらしてしまう。これで諦めて部屋に引っ込んでいてくれると助かるんだけど。

 

「──恭介」

「こ、こころさん? なんでここに……」

 

 と、思ったけど全然諦めてなんてくれてなかった。なんとこころが脱衣所のところに陣取ってた。それじゃあ出られないってことをわかってやっているよねそれ。そう問いかけるとそうねといじわるな跳ね方をする声音がドアの向こうから返ってきた。

 

「困ってしまうわね?」

「そうだね」

「あたしも、丁度困っていることがあるの」

「……まぁわかりきってるけど一応訊ねておこうか」

「恭介にいじわるをされているの」

「それを訴えに来たと」

 

 ここならオレが聞き流すことも逃げることもないから、出入り口に陣取ったわけだ。中々の策士だと言っておこう。

 じゃあ逆に聞き返すけれど、どうしてこころはそうまでしてオレとゲームをしたがるの? もうはぐみちゃんたちと楽しめたでしょう? 

 

「そうね、とーっても楽しかったわ!」

「それなら」

「美咲はね、とってもルールを理解するのも、ゲームに勝つ方法を見つけるのも早いのよ! 花音はすぐ慌てちゃうけれど、確実に一個一個考えるものはすごく強いの!」

 

 唐突にどうした? と思うけれどそれが何かを意味するのならとオレは黙って耳を傾けることにした。こころはいつだって世界を笑顔にすることにまっすぐだ。まっすぐなはずなだけに、浴室に反響する言葉たちは、どこかこころのものではないような苦味さえあるようだった。

 

「はぐみはすごく大胆なの! 失敗しちゃう時はしちゃうのだけれど、後はきっと勝負を楽しめるといいわね! 薫はすごく素直なの、でもはぐみと一緒で勝負所ではすっごい集中力を発揮するのよ!」

「そっか」

「……あたしは、恭介のことをもっと知りたい、もっと……もっと、一緒にいたい」

「こころ……?」

「みんなが来てから、恭介はずっとずっと、いじわるだわ」

 

 それは、ハロー、ハッピーワールド! がこころの居場所でしょう? こころが見つけた世界を笑顔にするための仲間たちであり、居場所なんだから。その中にオレが踏み入ってしまうのは、よくないことだよ。オレはハロハピじゃないし、ハロハピにはなれない。世界を笑顔になんてできないし、そんなこころたちに関わろうとも思わない。

 

「だから、オレは」

「──それじゃあ」

「こころ?」

「それじゃあ、今だけは、あなたと一緒にいる時だけは……()()()()()()()()()()()()()。あたしは、あなただけの弦巻こころでいるわ」

 

 そう言うなり、こころは突如として背中を向き合っていたはずの()()()()()()()()()、後ろから体重をかけられて、左肩に金色の髪がサラリとオレの胸元まで落ちて、白くて細い、けれど健康的な腕が首に巻き付いてきた。

 

「え……えっ?」

「教えて……恭介」

「ちょ、ちょちょちょちょ──っと!?」

 

 オレ裸なんですけど、と引き剥がしながら服が濡れる! と言おうとしたところで、オレはその心配がないことに今更気づいた。布感しないなーとは思った、思ったよ? だからって、なんで()()()なの? 

 

「服を着ていたら濡れちゃうわ」

「あーなるほど……ってなると思ってんの?」

 

 慌てて追い出して近くにあったバスタオルを被せていく。足許に転がっていた寝間着の残骸やら、そもそも色々見えてしまった気がするけれど気のせいだ気のせいだと邪念を追い払っていく。その衝撃で吹き飛んでしまったけど、こころの言ったことは、まるでそれまでのこころ自身を、太陽のようでいつもピカピカしている彼女のことを否定しているような宣言だった。

 

「あたしは、恭介を笑顔にしたいの。世界の全てを放っていったとしても、恭介に、恭介だけには笑っていてほしい」

「……こころ」

「一緒にいさせて」

 

 オレは、自分の雫に濡れ、零れ落ちた彼女の涙のような言葉を掬い上げる。掬い上げて、それを唇に戻し、二人を繋ぐ橋に変えた。

 結局その日は時間が遅くなってしまったからゲームはしなかったけれど、それはまた明日と約束をしておくとして、問題はバスタオルが二枚必要になったのをどうやってばあちゃんに言い訳をしようかな。

 

「ねぇ恭介?」

「なに?」

「ふふ、いーっぱい、あなたの笑顔を見たいわ」

「それなら、どれだけでも」

「あとね、やっぱり誰かと一緒に入るお風呂は、なんだかあったかいわ」

「それは……オレもそう思う」

 

 まぁ、なんとかするしかないさ。もう、過ぎてしまったことは戻せはしない。

 ──このキラキラの太陽は地上に堕ちてきてしまったのだから。だったらせめて、彼女が迷子になって泣かないようにオレが傍にいよう。大好きだと彼女に胸を張って言えるようになるために。

 

 

 

 




というわけで裸の付き合い(?)を経てこころと恭介は恋人同士になりました~! ここからはイチャイチャいっぱい書けるといいなぁと思います。

お気に入り、感想や評価もお願いします! 頑張って書きましたけど、やっぱりそれがモチベなんだもん!
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