ノスタルジー・サマー   作:黒マメファナ

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デート回! イチャイチャしてます!


第七話:初デート

 弦巻こころと恋人同士になった……なったんだよね? 如何せん恋人になりましょう、いいよって手順を踏んでないからね。でもオレを呼ぶこころの声は少し変わった気がした。ピカピカの太陽みたいな元気な声から、甘い少女のそれに。

 

「おはよ、恭介」

「おはようこころ」

 

 こころは線香をあげて手を合わせてから、左右を確認していく。どうやら彼女としてもあの子たちにはナイショにしておきたいようで、誰もいないと判断してからもう一度だけオレの名前を呼ぶ。その甘い響きは、まるでオレの名前が何か特別なものなのかと思うほどだよ。

 

「ん……えへへ」

 

 彼女のおねだりに応えて、唇同士を触れ合わせるとまるで夢見心地といったように目じりを下げて笑う。これをもう三日程繰り返していた。ハロハピの合宿も後一週間、つまりオレがここにいるのもあと一週間となっていた。それを少しだけ寂しいと思いながら見つめ合っているとそこにオレンジ髪の元気っ子がやってきた。

 

「おはよ、こころん!」

「あらおはようはぐみ!」

「恭介さんもおはよ!」

「うん、おはよう」

「はぐみはどこに行くの?」

「ちょっと朝ご飯前にランニング!」

「ならあたしも行くわ! 恭介は──」

「行ってらっしゃい」

 

 はぐみちゃんが来ると、いやはぐみちゃんだけじゃなくて、ハロハピのメンバーが来ると、こころはあっという間に元の太陽みたいな弦巻こころに戻っていく。その後ろ姿に、オレはほんの少しだけ寂しさを抱いてしまう。

 ──あのキラキラ光を反射する背中から抱きしめたら、どうなるんだろうとか考えてしまう。これが嫉妬ってヤツなんだろうか、それとも何か別のものなんだろうか。

 

「……あ、おはようございます」

「おはよう、奥沢さん」

 

 その少し後に、というか五人の中で一番最後に挨拶にやってきたのは奥沢さんだった。普段はもっと早起きなんで休みの日くらいゆっくりしてたいんですよ、とか松原さんに話していた。薫さんはいつも朝の時間は向日葵畑で何かの演技の練習のようなことをしているし、松原さんは居間でのんびりしている様子が見られる。基本的に何かの動画を見ているけれど。オレはテレビを見ながら冷蔵庫から冷えた野菜ジュースを飲み、松原さんと奥沢さんが何かを言い合いながらノートパソコンで動画を見ているところで、奥沢さんに声を掛けられた。

 

「そうそう、ところで」

「なに?」

「こころとはどこまでいったんですか?」

「──ぶふっ!?」

「あ、私タオル持ってきますねぇ」

 

 なんでそんな平気そうなんですか松原さんは。今までのイメージだと動揺してふえぇって連呼してそうなんだけど。何その私は知ってましたよーみたいなリアクションは。え、どこまでってなんの話? 

 

「あれです。ABCで言うとみたいな」

 

 えっと確かAがキスで、Bが……なんだったっけ? そんでCが、と思い浮かべて頬が熱くなってることに気づいた。オレのその反応で何かを察知したらしい奥沢さんはなるほどなるほどとやや半目になりながらグラスの氷をカラカラと鳴らしていた。

 

「もらってきましたよ~」

「ご、ごめん松原さん。取りに行かせちゃって」

「大丈夫ですよ?」

 

 いつもよりも間近なその笑顔に不覚にもドキっとしてしまった。カッコいい系の薫さんに元気っ子タイプで、どちらかと言えばあどけない雰囲気のはぐみちゃんと、同じくらいのこころ、それとなんだかかわいいというか美人と言っていいのかわかりにくい奥沢さんに比べて、ふわっとしていて年相応のかわいらしさを前面に出しているようなそんな印象があるから。

 

「ただいまー!」

「ただいまっ!」

「おかえりなさい、ってふえぇ、二人とも汗びっしょりだよぉ……?」

「あらあら、いっぱい走ったのねぇ。シャワー浴びておいで」

 

 そうこうしているうちにはぐみちゃんとこころが帰ってきたようで、一緒に戻ってきていた薫さんと黒服さんが素早くトレーニングウェアでない私服を脱衣所に届けていた。暑いのにめちゃくちゃ元気だよね、あの二人。

 

「でも、あの元気がハロハピの元気だもん、ねっ美咲ちゃん?」

「まぁ……そうですね」

 

 そこで奥沢さんはオレを見てきた。なんだろうか、その眼はどこかオレを敵視しているようにも思えたけど……気のせいだよな。ちょっとだけ気まずい雰囲気を感じてしまって、どうしようかなぁとスマホをいじっていたらこころが明るい声で今日は探検の日よ! と謎の言葉を発した。

 

「というわけで、今日は練習をお休みにして自由に、この街を見て回ってほしいの!」

「自由に……ならあたしはパス。リミックスやんないとだし」

「私も、美咲ちゃんのお手伝いするから」

「私は少し、散歩をしてみたいね。ここは儚いと思えるスポットがあれば教えてほしい」

「ならはぐみが案内してあげる! ランニングしてる時にね、色々見つけたんだ!」

 

 なら、とこころはオレを見上げてドライブに連れて行ってと笑顔を浮かべた。買い物とは違う、ドライブ。いわば付き合い始めて、初めてのデートということになるのだろうか。オレはいいよと微笑みを返す。

 

「それじゃあ、出発進行!」

「行先は……自由だろうね」

「でも決めるならそうね……遠くに見えていた海のところまで連れて行ってほしいわ!」

「任されました」

 

 ならばとオレは車を走らせる。外は暑すぎて窓を開けることはできないけれど、それでもとばかりにこころは流れていく景色に目を向けていた。楽しそうで、でも言葉がないせいでちょっと寂しくなったオレは信号待ちの間にスマホを操作して無線で車のスピーカーと接続する。最後の方は時間がなくてこころにやってもらったけど。

 

「なるほど、スマホで操作した音楽が流れるのね!」

「そそ、こころにはちょっと退屈? かな?」

「そんなことはないわ! これが恭介の好きな音楽なのね!」

 

 そこから流れるのは英語の歌詞たち、雑食で色んなロックを聴いてるけど車に乗るとやっぱり疾走感のある曲がいいよね。流石にそれでスピードを上げたりなんかはしないけれど。じいちゃんが好きで、それに影響されたから、やっぱりどうしても聴きたくなるんだよね。

 

「どうしたのこころ?」

「なんだか身体が動いちゃう曲ね! 歌詞はわからないけれど、そこに込められたものが伝わってくる感じだわ!」

「そっか」

 

 楽しそうに身体を左右に揺らしながら、こころは興味深そうにオレのスマホから選曲されたものたちに瞳を輝かせていた。それは、いいことのはずなのに。

 ──なんだか、おかしいな。キラキラ光るこころにモヤモヤしてしまう。きっとハロハピのことを考えてるんだろうなって顔なんだけど、それが嫌だなんて感じてしまった。

 

「あ、ごめんなさい恭介」

「え、な、なにが」

「さっきのあたしは、恭介といる時のあたしじゃなかったわ……もしかして、いつもこうやって妬かせてしまっているのかしら?」

「あーいや……そこまでは」

「ということは、少しはしていたのね?」

 

 そう言われてしまうと認めざるを得ない。だけどこころはオレのそんな浅はかな不満で空いてしまった隙間を唇で埋めてくれる。赤信号の間に、そっと静かで優しく。離れながらちょっとだけ恥ずかしそうにはにかむこころが溜まらなく愛おしかった。二週間くらい前にはそんな気持ちになるだなんて考えもしなかった。むしろ、理解できなくて嫌いで、二度と関わり合いになりたくないとすら思っていたのに。今では、ずっといてほしいくらいだ。長い盆休みが終わってしまったら、毎日会えない日々が始まるだなんて考えたくないくらいに。

 

「とりあえずここの駐車場に止めて」

「後は歩きましょう?」

「うん」

 

 海辺のパーキングに駐車して、こころとオレは海に到着した。暑いからと帽子を被せると、嬉しそうに、まるで解放されたようにオレの傍にきて抱き着いてくる。一通りはしゃいで、パーキングの近くに併設されていた簡単なお食事処でご飯を食べて、またはしゃぐ。

 

「こんなことなら、水着を持ってくればよかったわね」

「確かに、でも海水浴場ってわけじゃないから着替える場所もないしさ」

 

 オレの言葉の通りに、そこにいるのはサーフィン客ばっかり。それをテキトーに眺めながら肩の上にあるこころの頭を撫でた。こういう何もない時間、暑くて汗を掻いてしまうもののなんでもない時間がとても愛おしかった。じっと、二人の時間を、感情を共有していくようなそんな感覚。しばらくそのままでいると、ふとこころが甘えたような顔でオレを見上げた。

 

「……恭介」

「こころ?」

「ちゅー、して?」

 

 繋がれている、オレの指の間にある自分の指を動かしながらこころは何度も何度もそれをねだってくる。外で、いくら人が少ないからといってこんなところで。恥ずかしくなってしまったけれど、腕の中で確かな温もりと鼓動を感じてしまえば、羞恥よりももっと触れていたいという気持ちが勝ってしまう。

 

「ね……恭介?」

「ん?」

「あたしたちは……恋人、なのよね?」

 

 恋人、なんだろうね。こんな風にもう何度もキスをした。言葉で恋人になりましょうって手順を踏んでないし、恋人という名称を使ったことはなかった。こころはいつもお昼前にハロハピの練習に行ってしまうし、二人きりになれる環境がなかったから仕方がなかったのかもしれないけど。あのお風呂で起こった最初の日以来、オレとこころは朝の短い時間でしか恋人同士になれていなかったのだから。

 

「うん。オレは、こころのこと好きだよ」

「……っ! あたしも! 恭介が大好きよ!」

 

 そうだよ。その不安を抱えていたのはオレだけじゃないはずなんだ。オレだけじゃないからこそ、こころは敢えてわかりきっていることを質問した。不安や不満に隙間を開けていたのは何もオレだけじゃない。その事実がより弦巻こころという存在を大きくした。こころがしてくれたように、隙間を唇で埋めていく。足りない愛をお互いの唇で埋めていく。

 

「……足りないわ」

「え?」

 

 でもこころは足りないと言った。足りないってどういうこと? えっと、もっとすればいいの? そう問うけれどこころは首を横に振る。そして、少し迷って……捉え方によっては恥じらっているような仕草をしながら、まだ時間はあるでしょう? とオレを見上げた。時間はあるね。まだ昼下がりの時間だ。

 

「だったら、また一緒にお風呂に入りたいわ」

「一緒にって……」

 

 それは、オレとこころがこうなるきっかけを作った……()()だろうか。確かにあの日以来()()の片鱗すら見せなかったけど……お風呂に入りたいというのはどういうことなんだろうと考えていると、こころから流れた汗がオレの腕に滴って持っていたタオルで彼女の額を拭いてあげる。座っていても身長差があるせいかちょうど水滴が彼女の胸元に吸い込まれていった。

 

「こういう時、休憩ができるホテルがあるのよね?」

「あ、あるけどさ」

 

 あるけどこころはまだ入れないんだよ。そういいながらクーラーを浴びようと車に戻っていこうとすると、スマホに何かの連絡が届けられ、誰からだろうと思いながら中身を確認すると、何かの場所を示す地図情報だった。続いて、買い取ったのでご自由にお使いください、とのこと。

 ──買い取ったってなに? どういうことなのかわからないんだけど黒服さんはどこにでもいるということはよくわかった。

 

「どうしたの?」

「な、なんか調べたら……おっけーなところが近くにあるっぽい」

「なら……連れて行って」

「わかった」

 

 こころが一緒にお風呂に入りたいってだけなら、オレが頑張って煩悩退散すればいい話だし、それ以上のことを、あの夜の再現を望むならその時はその時だ。だけど、あの瞳の奥にあったものが、単純にお風呂に入りたいだけだとは思えなかった。もしくは、思いたくなかった。

 

「恭介は、こういうところは来たことあるのかしら?」

「ないね」

「そうなのね」

 

 だからちょっと緊張してる。なんかすごいオシャレで、おしゃれなのが逆になんというか、気が引けてしまう。部屋に案内されて……本当に顔パス状態でたぶんめちゃくちゃいい部屋に通されてしまう。枕元には証明やらBGMやらを操作できる虹色に光る機械が置いてあって、こころがここなら二人でゆっくり入れそうだわ! と広い浴槽を見せてくれた。

 

「ねぇ、こころ?」

「なぁに?」

「……先に謝っておくね。我慢できなくなったら、ごめんね?」

「二人きりなのでしょう? 我慢なんて、しなくてもいいわ」

 

 だから、とこころはオレの指に触れた。そして視線を釘付けにして、さっきまでの砂浜でしていたのはまだまだ、こころも我慢をしていたのだとわかるような長い長い、そして深いスキンシップを求めてくる。太陽でもなく、少女でもなく、一人の、オレを愛してくれる女性としての表情を浮かべながら。

 

「もっともっと、あたしを恭介でいっぱいにして? 恭介のことを、たくさんあたしに教えて」

「……こころ」

 

 幸福だった。こころが傍にいてくれることが、オレを見ていてくれることが。

 結局日が暮れるくらいまで、疲れたせいかぐっすりと眠ってしまい、奥沢さんからの連絡で起きたオレはまだ眠そうに目を擦るこころをあやしながら帰路についた。そんな一幕も、幸せだと思えた。

 

 




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