この一か月は何をしていたかと言いますと、車の免許を合宿でとっていました。長いようで短い二週間でした。四月の下旬には帰宅していましたが、いろいろとばたばたしていたので投稿が遅れました。すみません。
まあ作者の近況などはこれぐらいにしておきます。
この話も割と難産でしたが、お楽しみいただけたら幸いです。
百年という月日は、思いのほかあっという間だった。寿命が限られている種族ならともかく、私達のような万単位での永い命を持つ人間にとっては、それはとるにたらないような時間だった。百年経っても太陽は毎日地上を照らしているし、夜になれば代わって月が出てくる。私は相変わらず診療所の私室に籠って趣味である研究に勤しみ、綿月重三は毎日道場で門下生達に稽古をつけ、十六夜茜は両親の仕事の手伝いをしている。百年が過ぎてもその日常が変わることは無かった。
しかし、そのたった百年間でも人一人が変わるには十分な時間だった。
私、八意永琳の最愛の人、蒼威巧。異世界人である彼は、ここに来た当初とは見違えるほどに成長した。百年前、彼は綿月重三直々の招待により、試験を通過し彼の道場に入門することになった。そこで彼は己を鍛えるために地獄のような修行を積んだ。剣術の腕は目覚ましいほどの成長を遂げ、驚くことに今では道場内で五本の指に入るほどの強さを身につけている。まあ、巧なら当然の結果ね。彼の実力は里内でも有名になっていて、最近では時々外部から護衛依頼などが来る。護衛対象の中には洒落にならないような危険人物に狙われている人間もいて、私は危険だから依頼を受けるのを止めたんだけど、巧は実戦経験も必要だと言って受けている。案の定怪我をして帰ってくることもあり、そのたびに私が治療している。全く以て気が気ではない。本当、巧に怪我をさせた奴をぶち殺してやりたいわ……。
そんな巧が今まで頑張ってきたのにも理由がある。いろいろあるんだろうけど、一番は月夜見のことだろう。私の幼馴染であり、調査団の主要人物である彼は百年前、あろうことか巧に斬りかかったのである。理由は嫉妬だという。綿月重三によると、月夜見は私への多大な好意を抱いており、それが巧の存在によって負の方向に爆発したのだという。正直迷惑な話だ。
私は月夜見のことは幼い時から知っていて、彼に対しては頼りになる友人だと思っている。里の改革時にも、いろいろと手伝ってもらった。だが、言ってしまえばそれだけだ。彼とは恋人だとかそんなことは考えられない。
月夜見は現在、民間人を襲ったとして里の外れにある監獄に幽閉されている。投獄された当初の彼はひどい興奮状態だったらしく、とても建設的なやり取りができるようなものではなかったようだ。
そんな彼と再び会える機会が、訪れようとしていた。
◇
季節は春。この時期の昼ごろは気温が温かく、穏やかな風が体を通り過ぎていく。その心地よさはまるで母親に抱きしめられているかのようで、心を落ち着かせてくれる。
里のあちこちには、ここぞとばかりに美しい桜が咲き誇っている。空高くそびえる樹木からはひらひらと桃色の葉が舞い降りており、その幻想的な光景は多くの人々の視線を釘付けにしている。多くの桜のもとには、その美しい風景につられて様々な人々が花見をしに集まり盛り上がっている。それはまるで甘い蜜の匂いに誘われた蜜蜂のようだった。
そんな彼らを尻目に、俺は桜並木を歩いていた。目的地は俺の師匠である綿月重三が構えている道場である。思えば長い間お世話になっている所だ。およそ百年前のあの日から、俺はそこで辛い修行を積んできた。その成果の一つが、今日はっきりとするだろう。
月夜見。永琳の幼馴染であり、俺を襲った男。里内では有数の実力の持ち主で、民間人である俺に危害を加えたとして今は監獄に幽閉されているのだが、彼の釈放日が今日なのである。少し前まではこの先何百年と幽閉される予定だったのだが、ある日突然今日までということになっていたのだ。あまりにも不自然な決定に、そこに何者かの思惑が関係していることは明らかなのだが、その真相を解明するには至っていない。
俺は今日、月夜見と会うことになっている。名目としては、俺と月夜見の和解のための話し合いということになっている。その際にあいつが再び俺に襲い掛かる可能性があるので、それに対抗するために今まで力をつけてきたというわけだ。ま、戦いにならずに話し合いですむのが一番良いんだけど。
そんなことを考えているうちに見慣れた門番がいる場所に着いた。いつもは厳格な彼らも、この春の陽気に当てられたのかどことなく眠たそうだ。
「こんちゃーす」
「おー、巧か。今日はいつもより遅い出勤だな」
「いやー、昨日はなかなか寝れなかったんですよー」
「おーおー、いきなり惚気か? この幸せ者め!」
「うるさいですよ。 それに五郎さんも人のこと言えないですよ」
「まあな。 うちの家内はそれはもう極上の女だからな! 思い返せばそれは……」
「はいはいそれじゃ」
この人の嫁自慢は一度語りだすと止まらない。夜がいくつあっても足りないぜ。
五郎さんの話を軽く流し、他の門番たちと挨拶を交わしながら門をくぐる。そのまま稽古場へと続く道を進む。師匠のいる部屋は稽古場を抜けたその先にある。遠くから掛け声が聞こえてくる。稽古をしている多くの門下生達のものだろう。最初は少し怖く感じたその声も今では聞きなれたものだ。
そろそろ稽古場に着くという頃に、視界の隅に見慣れた人影を発見した。その影は、庭の隅で剣の練習中のようだ。今も熱心に木刀を振るっている。俺はそこに近づき、影に声をかけた。
「よ! 依姫!」
その人物は声をかけられるまで俺に気が付かなかったようで、はっとして振り返った。
「……巧様ですか……」
振り返った彼女は汗だくで、どれだけ熱心に訓練していたのかがよく分かる。
「お疲れだな。汗まみれだぞ。察するに、朝からずっと稽古してたんだろ? 一旦休憩したらどうだ?」
「もう少ししたらとろうとしていたところです」
「そうかい。早めにとっときなよ」
この仏頂面な女の子は綿月依姫という名前の子だ。彼女は師匠の孫娘で、数年前からこの道場に通っている。彼女とはその時に師匠から紹介されて以来の付き合いだ。だいぶ生真面目な性格で、曲がったことが嫌いなたちである。剣術の修行にとても熱心な子で、門下生達の中では注目を浴びている。
礼儀正しく先輩受けも良い子なのだが、何故か俺には敵対心を抱いているようでなかなか反抗的である。俺自身には彼女に何かしたということは無い。絶対に無い。断じて無い。何もしていないのに嫌われているという理不尽な状況を打破しようと、俺は日々彼女とのコミュニケーションに励んでいるのである。だが、その努力に成功の兆しは未だ見えない。
ちなみに彼女には家庭教師がいる。実はその人物が八意永琳であり、毎日のように彼女は永琳と共に勉学に励んでいる。
過去の業績やその人柄から様々な人から大人気の永琳だが、依姫ちゃんもその例外ではない。彼女も永琳を心の底から敬愛しているのだ。
「……あんまり見つめないでもらえますか? なんだか不愉快です」
「見つめてねーよ」
今の依姫は自身の流した汗のせいで、着ている服がいくらか透けて見える。そのせいでそこそこに控えめな彼女の胸が露わになっているのだ。実を言うとそこをじっと見ていたのだが、それは秘密。
「……あ、私の胸を見ていましたね!? この獣!」
「あ、バレた」
俺の視線の先にあるものに気が付いた依姫は慌てて胸元を隠した。その顔は赤く染まっている。可愛い。
「セクハラですよ! こうなったら、おじい様に言いつけてやります!」
「ぐっ……卑怯だぞ!」
師匠は孫娘である依姫と彼女の姉を溺愛している。その可愛がりっぷりは、あんたそんなキャラじゃなかったろと文句を言いたくなるほどである。
そんな彼女の口から告げ口でもされたら、想像するも恐ろしいことが待っている。実際、俺の先輩に軟派な人がいて、彼が依姫を口説こうとしたことがあった。それを鬱陶しく感じた彼女は、そのことを師匠に相談した。それを聞いて激怒した師匠は、何をしたのかは知らないが軟派な先輩に制裁を加え、次の日から先輩は引きこもりデビューを果たしてしまった。ちなみにその活動は今も継続中である。
「何が卑怯ですか! これは貴方に対する正当な制裁です」
「それだけはあかんで!」
「なんですかその言い方は。ふざけてるんですか!?」
「関西弁を馬鹿にするなあ!」
しかし俺がどう言おうと、彼女にはそれがふざけているように聞こえたようでさらに怒っている。
「ごめんちょっとふざけた」
「ほら! ふざけてるじゃないですか。もうダメですね、私は怒りました。もう許しません」
依姫は両腕を組みながらカンカンに怒っている。目が本気だ。
「後生だ! 師匠にだけは勘弁してくれ!」
「却下です」
そう言って依姫は顔を背けた。くそ。これはちょっとやそっとじゃ許してくれそうにないな。こうなったらあの魔法の言葉を使うしかない。
「そんなこと言わずに! 何でもするから!」
「え? 今、何でもするって言いました?」
その言葉を聞いた瞬間、彼女は水を得た魚のように生き生きとしだした。
「……言った」
「何ということでしょう。巧様が私の為に何でもしてくれるんですよね。楽しみです。さて、何をしてもらいましょうかねー」
依姫は悪い笑みを浮かべながら俺の周りを歩いている。先程までの怒り様からこの様変わりである。俺をこれからどうしてやろうかと頭を悩ませているようだ。
「そのかわり師匠にだけは何も言うなよ?」
「それは巧様次第ですよねー」
ちょっとムカつく。正直どんなひどいことをされるか分かったもんじゃない。しかし、自業自得とはいえ言ってしまったものはしょうがないので、付き合うしかないのだろう。
「まあ、してもらうことなどすぐには思いつかないので、しばらく考えさせてもらいますので、後日またお伝えします。あ、言っておきますけどまだ私は許したわけではありませんからね? そこのところ、勘違いしない様に」
「はいはい」
こんな面倒くさいことになるなら、変に絡まなきゃ良かった。
◇
依姫と別れた俺は、師匠のもとへと向かっていた。
この道場は一言で言うと、巨大な武家屋敷である。その構造自体は他のものと大して変わりはないが、広さが尋常じゃなく広い。広いうえにその分部屋の数も多いので、初めてここを訪れた人は大抵迷う。事実、俺がそうだった。厳密に言うと、初訪問の際は永琳と案内役の人が一緒だったので迷うことは無かったが、二回目の時は一人での訪問だったので迷ったのだ。その時は目的の部屋に辿り着くまでに数十分はかかってしまった。
しかし、ここに数えきれないほど通っている今では、迷うなんてことは一切無い。
通いなれた廊下を歩いていると、先の方から賑やかな笑い声が聞こえてきた。どうも女の声のようだ。声の出どころに近づいていくと、一部屋だけ襖の空いている部屋があった。笑い声はそこから聞こえてくる。
少し気になったので通りがてら覗いてみる。部屋の中には二人の女が座って話しており、その間には長い金髪の少女がいた。
金髪の少女は部屋の入口に立つ俺に気が付いたようで、にこにこしながら口を開いた。
「あら、巧様ではありませんか」
彼女の一声に釣られて、他の女達もこちらを向く。
「あっ、本当ですわ。蒼威様、こんにちは」
「こんにちは~蒼威様~」
「こんにちは。遠くから笑い声が聞こえるなあと思ったら豊姫達だったんですね」
綿月豊姫。綿月道場創始者である綿月重三の孫娘で、依姫の姉である。見た目の雰囲気や性格などは妹とはかけ離れており、依姫が中々懐かず威嚇してくる猫だとすると、彼女は目が合うとこちらにすり寄ってくる甘えた猫のようである。
「部屋の外にまで聞こえていたのですね。恥ずかしい限りですわ」
「豊姫様があんなにおもしろいことをおっしゃるからですよ~」
豊姫を囲むように座っている彼女達はそう言いながら笑っている。彼女たちはこの道場に雇われている家政婦だ。仕事は主にこの道場の掃除や門下生達のご飯を作っていて、毎日汗水流して修行している門下生達を支えている。その姿はまさしく、この道場の母のような存在であろう。
彼女たち家政婦は毎日朝から晩まで掃除洗濯炊事にと忙しいスケジュールを送っているのだが、その役割分担はシフト制となっている。なので、休憩時間は当然あり、昼に帰る人もいれば朝から晩まで働いている人もいる。俺が元々いた世界の言葉で言うなら、彼女達はいわゆるパートさんである。今ここにいる二人もおそらく休憩時間かもしくはもう今日の当番は終了しているのだろう。
「それはそうと豊姫。お前稽古はどうした? この道場にいるってことは稽古の時間なんだろ?」
「あー……、少し休憩中です」
無駄に可愛く言う豊姫。その可愛らしさで誤魔化そうとしてるんだろうが、他の男には通用しても俺には効かない。
「嘘つけ。その間はなんだ? どうせまたさぼってたんだろ?」
「心外です! さぼってんかいません!」
「じゃあその脇にいっぱいある菓子袋はなんだ!? そんな数は少し休憩したくらいじゃ食いきれねーぞ。明らかにさぼって食ってんじゃねーか!」
「うぅ……」
俺の追及にあっさりと論破され狼狽える豊姫であった。
彼女は妹の依姫と同じくこの道場に修行の為通っている。しかし、妹の方はやる気満々なのだが、姉である彼女はやる気の欠片も見受けられない。しょっちゅう稽古を抜け出して遊んでいる。稽古が嫌なんだろうけど、腕前は悪くないはずなんだけどな。
ちなみに、彼女にも家庭教師がいて、その人物は妹と同じく永琳である。
そんなことを思っていると、突然豊姫が立ち上がりこちらに向かって歩いてきた。
「まあまあ、巧様もこちらにいらっしゃいな。楽しくお話ししましょう?」
彼女はそう言って俺の腕を取り、その一目で分かるほど豊かな胸に抱え込んだ。そうすると俺は豊姫の体と自然と密着することになり、俺より頭一つ分ほど低い体からは女性特有の匂いがしている。その甘い匂いに思わず酔ってしまいそうだ。
「……おい」
「なんです?」
こっちを見ているその笑顔には、何の邪気を感じさせない。天然というやつだろう。
「胸が当たってるぞ」
「うふふ、当ててるんですよ」
ホント、マジで揉んじまうぞ。
少し興奮してきたが、紳士である俺は何事もないように振る舞うのだ。
「はいはい」
「むー、つれない方ですね。男の人って大きな胸には弱いと聞いたのに……」
「頼むからそこらへんの男にこんなことするなよ?」
そんなことしたらすぐに襲われてしまうぞ。
「あら、じゃあどんな男の人にならしてもいいのですか?」
「そりゃ、好きな人とか」
「それなら大丈夫ですよ? 私は巧様のこと好きですから」
「…………」
……なんだろう。こんなに真正面から好意をぶつけられると何も言えなくなる。こんなところを永琳に見られてみろ。とんでもない目にあうぞ。あいつは無駄に嫉妬深いところがあるからなあ。
豊姫は前からよく天然な子だと言われているけど、たまに狙ってやってるんじゃないかと思う時がある。本当に天然だとしたらこの子は天性の男殺しだ。
「まあ、そう言ってくれるのは嬉しいけどな。俺には恋人がいてだな……」
「それぐらい知っていますよ。八意先生でしょ? この里じゃ有名だもの」
少し困った風に言う俺に彼女はそう言う。
「確かに巧様には恋人がいらっしゃいます。でもだからといって、私が貴方を好きになってはいけないということはないはずです」
「まあ、そうだろうけど……」
「巧様。貴方は私に言い寄られて八意先生に罪悪感を感じているんでしょう? しかしですね、こういう時は考え方を変えるんです」
「は?」
そう言って彼女は、俺の片腕を抱えている状態でさらに迫ってきた。それとともに豊姫の胸の感触がよりダイレクトに感じられる。
やめろ! 本当にまずい気分になりそうだ! 人が見ているのに!
「こう考えるんです。恋人を増やしちゃってもいいさ、と」
「わーお」
なんてこったい。恋人や伴侶とする人は一人だという今まで当たり前だと考えていた既存の常識をぶち壊しにきたぞ。なんて子だ。堅物でくそ真面目な依姫とは似ても似つかない! 確かにハーレムは男の夢だけどな! だがそんなことをするとマジで永琳に殺される!
「駄目だっての!」
「いけませんか? 名案だと思ったのですけど。恋人というのが不服なら、愛人でも私は構いませんが」
「俺が構うっつーの!」
「巧様は我儘ですねー」
「お前がな!!」
彼女の言動に振り回され、段々とツッコむ気も失せてきた。豊姫は相変わらずにこにこしている。楽しそうだなあ、ホント。
そんな俺と豊姫のやり取りを見て、傍では彼女と談笑していた家政婦さん達が笑っていた。
「ほ~んと、豊姫様と蒼威様は仲がよろしいですわね~」
「ねえ? 息がぴったりだわ」
「まるで本当の御兄妹のようですわ」
それを聞いた豊姫は、頬を赤らめながら言った。
「ですって。お兄様」
その物言いと微笑みに心が高鳴ったが、俺は悪くない。
最後まで読んでくれたあなたに感謝です。
この先も不定期更新となりますので、今回のように投稿が長い期間遅れるかもしれません。しかし、完結は絶対にします(ここ重要)。なので気長にお待ちいただけたらなと思います。