東方独剣録   作:らすこーす

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忘れたころに、やってくる。
今回は書き方を変えてみた。


師弟

 闇の中から得体の知れない雄叫びが聞こえてくる。感じられるのは怨み、怒り、悲しみ、嫉妬、絶望、恐怖、後悔。その悲痛な叫びには、この世のありとあらゆる負の感情が混ぜ合わさっているようだった。常人が聞けば体が震えあがり、心を滅茶苦茶にしてしまいそうなほどだ。

 その叫びは断じて好んで聞くようなものではないが、長い間聞き続けているといつしか生活の一部となり、今では子守唄代わりのようなものとなっている。

 ここで過ごす様になってから、一体どれほどの時が流れただろうか。

 地上からはるか奥深くに存在するこの地下牢獄は、その立地故に太陽の光を見ることさえ叶わない。衛生管理は最悪と言ってもよく、あちこちから大量の虫が湧き、汚水は床を這い、それらから漂う想像も絶する腐敗臭は精神を腐らせる。唯一、ここを管理・監視している衛兵達の部屋が人の営みを感じさせる場所である。

「………………」

 腰かけているベッドがとても冷たい。その横に備え付けられている燭台には、蝋燭が仄かな灯りを灯していた。ここにはそれ以外の家具は無い。独房の壁には、蝋燭の灯りによって生じた自身の大きな影が張り付いている。静かに揺らめいているその影は、じっとこちらを見つめているもう一人の自分のように感じられた。

「………………」

 生きる為の必要最低限の行動以外は何もすることがない部屋にいると、圧倒的な孤独と退屈が襲い掛かってくる。ここに投獄された当初はあまりの環境に発狂し、毎日のように暴れ、叫んだ。決して自意識過剰なわけではないが、僕は地上ではかなり名を馳せた戦士だった。多くの怪物を殺し、人々を守り、里の発展に手を貸してきた。よって戦闘能力には絶対的な自信があった。しかし、この牢獄にはそんな僕にも手も足も出ないような強力な結界が張られている。それは文字通り隅から隅まで、牢獄全体を囲う様に何重にも張られており、囚人の脱走を不可能にしている。

 無論、投獄された頃は脱出する気でいた。殺したい奴がいたからだ。武器は奪われてしまったが、あきらめなかった。何度も何度も独房の扉や壁を拳で殴り続けた。しかし、どれだけ続けても破壊は無理だった。大した傷すらつかず、怒りと疲労だけが溜まっていった。

 時間とともにそんなことをする体力と精神力に底が見え始め、ただ空虚な日々が過ぎた。そうなると最終的に行きつく先は、思考である。僕は考えた。考え続けた。子供の頃のこと。妖怪のこと。永琳のこと。師匠のこと。遠征のこと。永琳のこと。好きな食べ物のこと。永琳のこと。奪われた愛用の武器のこと。永琳のこと。脱出のこと。永琳のこと。永琳のこと。永琳の隣にいた男のこと。永琳のこと。隣にいた男のこと。永琳のこと。男。永琳。男。永琳。男。永琳。男。永琳。

 考えた。考え続けた。考えに考え続けた。思考の激流は脳内を駆け廻り、いつのまにか時間というものを忘れてしまっていた。気が付いた時には長い時間が過ぎており、僕はこの地獄のような牢獄から解放される日を迎えていた。

 この時をずっと待ち続けていた。あの男にもう一度会えるこの時を。永琳を奪ったあいつを、僕は絶対に許さない。

 思い出すのは、いつか聞いた忌々しい名。

「蒼威……巧……ッ!!」

 

 

                    ☆

 

 

 なんだかんだで豊姫達と話し込んでしまった巧は、師匠との約束の時間がせまっているのに気が付き、豊姫達に見送られながら慌ててその場を後にした。豊姫は名残惜しそうに、また後で会いましょうと言っていたが、彼にはこれから一仕事があるので、恐らくそんな暇はないだろう。

 巧は急ぎ足で目的の部屋へと向かった。途中何度か知り合いの門下生に声をかけられたが、ただでさえ豊姫達とのやり取りで大幅に時間を失ってしまった彼にとっては、いちいち相手にする暇はなかった。かけられた声に適当に返事をしながら足を進め、目的の部屋へは間もなく到着した。

「ふぅ……」

 だいぶ慌てて走ったせいで少し服装が乱れてしまったので、服装を整えながら息を正す。

「師匠。蒼威巧、参上致しました」

 そう部屋の外から中へ声をかけると、すぐに聞きなれた声が聞こえてきた。

「巧か。入れ」

 入室を許可する一声を聞き、返事をしておもむろに襖を開けながら部屋に入る。部屋の中央に、未だ衰えない鋭い眼光を放つ男が座っていた。巧の師匠である、綿月重三その人である。

 襖を閉め、巧は彼と向かい合うようにして座った。そして、重三がおもむろに口を開いた。

「いよいよ……と言ったところだな」

「そうですね……。俺としては、気が付けばって感じですが」

 もともと寿命が百年あるかないかという生物の感覚としては、ここで過ごしたおよそ百五十年という時間は、とてつもなく永いものだろう。

 しかし、人間という生物は、何かに熱中すると時間を何処かに置き忘れたかのように、物事に集中することがある。それは読書であったり、遊びであったり、会話であったりと、熱中する内容は千差万別である。巧の場合は、剣の腕を磨くことであった。

 実際、この百年間の彼は、強くなるという思いだけで生きてきたようなものだった。ひたすらに剣を振り続け、自らを高めてきた。百五十年という時も、彼にとってはあっという間であった。

 巧のその言葉に、重三は何かを思い出すかのように目を閉じた。

「……貴様がそう思うのも少し納得のいく話だ。ここに入門して以来、貴様は我を忘れたかのように剣を振り続けてきた。病的なほどにな」

「確かにそうです。とにかく無我夢中で、他のことなんて全然目に入りませんでしたよ」

「そうだろうな」

 重三は腕を組みながら頷いた。

「無我夢中すぎて、いろいろと無茶をしたもんです……。おかげで、永琳には随分と心配をかけました」

「常に冷静沈着の彼女が、貴様のことでああまで取り乱すのは、恐らく誰も見たことが無かったろうな。それほどまでに貴様は想われているということだ。これ以上、悲しませるようなことはするなよ」

「分かっています」

 重三の説教じみた小言に、巧はばつが悪そうに頷く。

 途切れた会話によって、二人の間にはしばしの沈黙が訪れた。

『思い返してみれば……随分と泣かせてしまったなあ…………』

 手持無沙汰になった巧は、過去の記憶を思い出してみた。

 

 

                    ☆

 

 

 剣術の修行に励みだした当初の巧は、特異な能力を持っていたとはいえ、肉体の基本的なスペックは一般的なものであった。そんな彼が入門したのは、里の中でもトップを争う実力を持った男が教える剣術――綿月流剣術――である。

 それは非常に攻撃的且つ実戦向きの技術で、対人戦、対妖怪戦と、己や市民達に危害を及ぼすような輩と戦うためのものとして考え出された。

 しかし、その性質故に、極悪人等が使用するととても厄介な代物となるので、道場では入門前に性格診断や基礎実力審査等の試験を設けており、それらを突破した者が見事入門できるようになっている。もし半端な気持ちを持つ人間が入っても、大抵は非常に厳しい訓練に耐えきれず、途中で自主的に道場を去るか、破門されている。そうやって真に使い手に相応しい人物の育成を目指しているのである。

 当然、巧にとっても非常に辛い修行の日々であった。毎日朝から晩まで稽古漬けであった。そうなってくると、必ずどこかで肉体的にも精神的にも限界が訪れる。巧はそれが特に顕著であった。

 門下生達は基本的に道場に移り住むが、少数ではあるが自宅からやって来ている者もいる。巧の場合は後者であった。毎晩体に鞭打つように帰り、間もないうちに布団の中で死んだように眠る彼を、恋人である八意永琳は大層心配であった。

 八意永琳という女性は、同居人である蒼威巧に多大なる愛情を抱いている。少しでも彼を助けようと、体調を整える薬や筋肉や神経と言った体自体を強化する薬、果てには様々な傷を短時間で治す薬を開発するなどと、終始巧をサポートしていた。ちなみに、こうやって生み出された数々の薬たちは、とんでもなく画期的な効果を及ぼすものばかりであり、里中から永琳に向けられる数多の羨望の眼差しは、ますます洗練されていった。

 そして月日は流れ、辛く厳しい訓練を着実にこなしていった巧は、確実に実力をつけていった。

 そんなある日、巧は己の実力の更なる向上の為に、修行の場として道場の外へと目を向けた。外部からの依頼である。

 綿月流剣術道場では、実力がある程度認められた者は外部からの依頼をこなせるようになる。巧はいくつかの試験を突破し、見事その権利を手に入れた。そして、更なる力を求めて積極的に依頼をこなすようになる。

 綿月流剣術は、その攻撃的な性格から、依頼の内容も戦闘に関わるものがほとんどである。主な内容としては、妖怪の討伐や犯罪者の確保、要人の護衛などがある。巧が受けた依頼も、例に漏れなかった。

 ある時、巧はとある妖怪の討伐任務を請け負った。その妖怪はなかなかに強力で、当時何人もの犠牲者が出ていた。すでに先駆者として討伐に向かった者がいたが、返り討ちにあった者も何人かいたほどである。彼はそんな相手に無謀にもたった一人で立ち向かったのである。彼には、僅かながらも強くなっていく自分に酔っていたのである。

 結果的に、巧は妖怪の討伐に成功した。しかし、案の定と言うべきか、瀕死の重傷を負ってしまい、救急で永琳の診療所へと運ばれた。その際、人が見れば血の気が引いてしまうような状態の彼を見て、永琳は誰もが聞いたことのないような悲痛な叫びを上げた。大粒の涙を流しながら泣き叫ぶその姿からは、愛する者を失うかもしれないという恐怖と絶望が感じられた。

 ひどい錯乱状態にあった永琳であったが、周りの人間による必死の声掛けによりなんとか正気に戻り、巧の治療にあたったのであった。

 彼女の治療により、巧は見事に回復した。絶対安静ということで、彼は永琳に短期間の自宅での療養を、有無を言わさず強制された。体の傷はほとんど完治したとも言っていい状態であったが、死線を潜った際の重い疲労は取れなかったのである。なので、巧はしばらくは横になる状態にあった。

 そんな巧に、毎日彼女は寄り添い、世話をした。静かに泣きながら、まるで彼の存在を何度も確かめるように抱きしめた。巧は永琳の愛情によって癒されていくとともに、強い罪悪感を感じていた。自分は今まで周りが見えていなかった、彼女の愛に慣れすぎていて蔑ろにしてしまっていたのだと感じたのである。

 謝罪と共に改めて想いを告げた巧は、永琳をより深く愛すると共に、彼女を悲しませない戦いをすると決意した。

 それから彼は、勇気と無茶は違うと知った。己に酔った戦いは、自身を滅ぼすだけだと。

 

 

                    ☆

 

 

 「いつまで呆けている」

 かけられた声によって、巧は思考の渦から舞い戻ってきた。

「えっ」

「そろそろ頃合いだ。行くぞ」

「あ、すみません!」

 気づかぬうちに重三は既に支度を終え、部屋を出ようとしていた。巧は慌てて立ち上がり、彼に追いつく。

 そして二人は歩き出した。

「八意博士は先に向こうにいると聞いているが」

「はい。俺もそう聞いています」

 通り過ぎていく二人に、何人もの門下生達が挨拶を交わしてくる。

「……違和感が無いことも無いな」

「なんでです?」

「彼女はあれほど貴様を慕っておる方だぞ? 気を悪くするかもしれんが、言ってしまえば病的なほどにな」

「そんなことは……まあ、ありますね」

 特定の人物と一世紀以上長く共にいるということは、様々な出来事が起こるものである。それと共に、八意永琳という女性は、非常に特徴的な性格をしている。

 この二つの要素は意図せず絡み合い、強大な力を発揮する。端的に言えば、永琳と共にいた巧の約一世紀半は、それはもういろんな出来事が起こった。そしてそれらから導かれるものとしては、八意永琳は蒼威巧という男を異常なほど非常に想っているということだった。

「そんな方なら普段ならば、貴様と同行することを希望するはずだと思うがな」

「それは俺も思いましたけど、こんなこともあるかなーぐらいにしか考えませんでしたけど」

「気持ちは分からんでもないが、ましてや今回は相手が相手だ。別に戦いに行くわけではないが、最悪の場合を考えると、あの方は居ても立ってもいられないと思うが」

「……よくそこまで分かりますね」

「あの方の常を知っている者ならこの程度はすぐ推測できるわ!」

「要するに、永琳が何か企んでるんじゃないかって、ことですか?」

「可能性の話だ」

「考えすぎですって」

 彼のその一連の指摘は、非常に的を得た話であった。確かに巧と永琳は深い絆で結ばれている。しかし、彼女と月夜見もまた、浅からぬ因縁を持っている。重三が何かと考え込んでしまうのも無理の無いことであった。しかし彼女に全幅の信頼を置いていた巧にとっては、師匠の推理にあまり危機感を抱くことをしなかった。

 そんな飄々とした彼の様子に、重三は少しばかり焦りを覚えた。

 いくつもの言葉を交わしていた二人であったが、気づけば例の監獄が目と鼻の先というところにまで足を進めていた。

 その監獄は、今は春だというのに鬱屈とした雰囲気を周囲に漂わせていた。まるで近くにいるだけで生気を抜き取られていくようである。それが原因かどうかは定かではないが、近辺には民家等は無く、暗い草原と里へと繋がる一本道だけがあった。

「……なんか、嫌なところですね……」

 そう言った巧の表情は、心なし暗くなっているように見えた。

「儂も幾度か訪れたことはあるが、いつになっても慣れることはなさそうだ」

「俺、やっぱり帰っていいですかね?」

「帰ったら殺すぞ」

 言いながらも歩みは止めない。

「巧」

「はい?」

「緊張するなとは言わないが、心は乱すのではないぞ」

「……わかります?」

「当然だ。何年も貴様に教えてきたのは誰だ? 体が強張っているのがあからさまだぞ」

「マジですか……」

「あまり気負いすぎるな。奴と向かうのは貴様だけではない」

「それは分かってるんですけどね……。事が事なんで、嫌でも緊張しますよ」

「ま、当然と言えば当然か」

 当時、自身の心に深く刻み込まれた月夜見という男に対して、巧は酷い恐怖と劣等感を抱いている。この百年で目指したものの一つに、それらの克服があったが、未だにその傷が癒えることは無かった。

 晴れることの無い不安が、巧の心を占める。

「門が見えたぞ」

 重三の目線の先には、縦横約十メートルほどと見える割と大きな門があった。その前には、警備だと思える人影が数人と、遠くからでもその気品が窺える一人の女が立っていた。

「永琳……」

 巧のその小さな呟きが届いたのか、二人に気付いた女が手招くように手を振る。

 二人の男は、女の手に導かれるように、歩き出した。

 

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