東方独剣録   作:らすこーす

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ついに彼女が登場。


満月の下で

 遠くから、私を呼ぶ声が聞こえる。

それは男性に特徴的な低い声で、若者特有の活発さを感じさせる。声色は、緊張感や焦りを帯びていた。

「博士! ごっ、ご報告です!!」

 宵闇の中、彼はよほど急いで走ってきたのだろう。松明を片手に持ち、火の光に照らされた彼の額からは大量の汗が流れていた。

私を警護している二人の屈強な男が心配そうに彼を見ている。

「博士というのはやめなさい。私のことは、先生と呼べといっているでしょう?」

「すっ、すいません博士! あっ、いや、先生!」

「全く……。まあ、今はいいわ。それじゃ報告を聞きましょう」

「はっ、はいっ! 救出対象は一人を除き、無事に保護しました。各々軽傷はありますが命に別状はないと思われます。今は五名が彼らについており、こちらに向かっております。もうまもなくこちらに到着すると思われます。それと、救出に失敗した一人は一体の妖怪に連れ去られ、現在別の四名が後を追っています。報告は以上です」

 なるほど……。面倒なことになっているわね。幸いにも私がいるこの場所は、里から距離が近くて道が広く一本道なので、防衛しやすいという理由から警備が整っているので比較的安全地帯である。救出した子供達はこのルートに入っているだろうからひとまずは安心だわ。彼らを里に帰して、一刻も早く連れ去られた子を助けないと……。

「……分かったわ。まずは救出した三人を無事に里に帰すのが最優先よ。あなたはここに残って、彼らを送り届ける手伝いをして。警護を一人ここに置いていくわ。私はもう一人と一緒に援軍に向かいます」

「えっ!? 相手は妖怪です! 危険ですよ!? 他の五人と合流してからか、里から援軍を呼んだ方がいいですよ!!」

 彼がそう言うと、警護の二人も同調する仕草を見せる。だが、私は反論する。

「そうも言ってられない状況だわ。子供が一人妖怪の手元にいる。彼女がいつ喰われるかわからないわ。早く助けないといけないのよ? これは時間との勝負です。それに……」

 私はそばにいた馬に跨り、背負っている長年の相棒である弓を見せつけるように言った。

「私のこの弓は、飾りじゃないのよ」

 

 

                    ◇

 

 

 見知らぬ森の中で目覚めてから、幾日か過ぎた。

夜が二回訪れたので、二日経ったということになる。その間、人を求めて俺はずっと歩き続けていた。しかし、まだ一人も見つけていない。この時代にはどうも人がいないようなのである。というのも、歩いている間に人間が存在していると思わせるものを一つも発見できなかったのだ。建造物も、飛行機も、車も、道路も、人々の声も、どれも確認できなかっのである。

 それらともう一つ。この時代に人間は存在しないとする決定的な証拠がある。それは、恐竜の存在である。初めて見たのは昨日の日中のことであった。俺は喉が渇いたので、水を探して彷徨っていた。ほどなくして、遠目からだったが水辺を発見したので近づいていった。すると付近には、俺と同じく水を求めてきたのであろう巨大な生物がいた。その姿は、幼い頃に読んでいた恐竜図鑑に掲載されていた姿によく似ていたのである。俺は物音をたてないように、そっとその場を離れ、そこそこ距離が離れると猛ダッシュで逃げた。マジで怖かった。冷や汗がドッと出たし。

 そして現在、俺は放浪の末彷徨いついた辺り一面ススキだらけの場所で倒れていた。

「……腹へったぁぁぁ…………」

 ただでさえこの絶望的な状況に参っているのに、疲れといい空腹といい喉の渇きといい、身体的なダメージが俺を追い詰める。

 もうほんと詰んでる。マジで。このまま野垂れ死ぬ以外に未来のビジョンが見えない。やばいよ……。ぁぁー……。おっぱい……。何考えてんだ俺。なんでこの状況で性欲が顔を見せるんだ。これも疲れと空腹のせいだ。頭が全然回らない……。

 そうこうしていると次第に眠気が襲いかかり、俺はあっという間に眠りについてしまった。

 

 

                    ◇

 

 

 目覚めたときは、空は深海を思わせるほど真っ暗で、星々は煌めき、雲はなく、大きな満月がよく見えた。月明かりのおかげで視界は良好だ。気温は低く、少し肌寒かった。風は全く吹いていなかった。

夢は見なかった。体力を消耗しすぎて、脳には夢を見る力もないのだろうか。声のないあくびを一つし、上半身を起こす。相変わらず体は怠かったが、寝たおかげか多少元気になっていた。

 違和感に気付いたのはその直後だった。どこからか激しく汚い音が聞こえるのである。

 頭が回らないせいか、その音の正体を考えるのに少し時間がかかった。これは咀嚼音だ。何かが何かを食べているのである。それに生臭い匂いがする。臭すぎる。腐敗臭とも言うべきか。それにしてもきったない食い方してんなあ。そんなにそれを食べたかったんだろうけど、もっと落ち着いて食えよ。ここに親がいたら、みっともないって言われて絶対怒られる。間違いない。あ、やべ。思い出したらなんか泣けてきた。

 ……いい加減現実逃避をするのはやめよう。今、俺に危機的状況が迫っている。何かの咀嚼音は後ろの方から聞こえてくるのだが、距離が結構近い。俺の後方近くで何かが食べ物(音からしておそらく肉類)を食べている。これはどういうことか。つまりは、すぐそばに俺を食う可能性のある生き物がいるということだ。恐竜が生きている時代だ。そんな生き物がいてもおかしくはない。

 これはまずい。マジでヤバい。今までの人生の中で蒼威 巧の最大の危機だ。一刻も早くここを離れなければならない。謎の生き物はまだ俺に気付いてないようだが、もたもたしていたら食べ終わって次の獲物は俺、なんてことになってしまう。今更ながら恐怖で体が震えてきた。震えで体が思うように動かないが、そんなことは言ってられない。まずは謎の生き物がどんな生き物なのか確認する必要がある。姿形が分からないものから逃げようだなんて、無理な話なのだ。極力物音をたてないように後ろを振り返る。するとそこにいたのは、見たこともない怪物だった。

「え?」

 あまりの驚きで、思わず声が漏れてしまった。怪物はこちらに背をむけて座っていた。つまり、俺と怪物は少し距離をあけて背中合わせの状態だったのだ。しかも不幸なことに怪物はその声を聞き逃さなかったようで、奴はゆっくりと反時計回りにこちらに振り返った。

 怪物の容姿は、ただただ醜いの一言に尽きた。奴の体型は人間によく似たものだった。俺と同じく上半身を起こし、足はあぐらをかいている。身長は高いようで、俺とほとんど同じ体勢なのに俺を見下ろしているのである。恐らくだが立ったら二メートル近くはいくだろう。顔は髑髏のようで色合いはどす黒く、その色は全身に拡がっている。表面は所々ひび割れている。歯は何本も欠けており、残っている歯には肉の破片がこびりついている。体は痩せ細り、胸や手足からは骨が浮かび上がっている。全体的に傷だらけで、傷口からは虫が湧いている。指先からは長く白い爪が伸びていて、大量の血が付いている。恐らくその爪が獲物を狩るためのものだろう。その姿は餓鬼によく似ている。

「……ひっ…………」

 恐怖心が限界値を超えているように思う。逃げ出すつもりだったのに、できない。逃げ出そうという思考が恐怖によって塗りつぶされていく。体が動かない。指先は震え、変な脂汗が滝のように出ている。俺は怯え、情けない声を出すことしかできなかった。

 怪物が身をこちらに乗り出す。すると奴が右手に抱えていた、先程まで喰っていたであろうものが鈍い音をたてて血の海に落ちた。

「……ぁ……ぁ…………ぁぁぁ!!」

 落ちたのは、まだ年端もいかない子供だった。手足は切り裂かれ、唯一右手は胴体と繋がっているが、それも皮一枚でだった。はらわたは抉られ、喰いかけの臓器が奴の周りに散らばっている。月明かりに照らされた子の顔は血で朱く染まり、生気の無い眼は、助けを求めるようにこちらをじっと見ている。

「おえっ…………」

 迫りくる嫌悪感に勝てず、地面に吐いてしまった。伏せた顔を上げると、奴がこちらに向かってきていた。

 反射的に逃げ出そうとするが、うまく立ち上がれない。足がもつれて後ろ向きに倒れる。怪物が迫る。最後の抵抗として身構える。体を丸め、両手で顔を覆う。こんな真似しても無駄だろう。怪物が血まみれの爪を構える。俺を殺して喰う気だ。もしかしたら生きながら喰われるかもしれない。目をつぶる。歯をくいしばる。そんなの絶対嫌だ。死にたくないーーー死にたくないーーーーー死にたくないーーーーーっっっっっ!!!!!!!!!!!!!

「うわああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

                    ◇

 

 

 痛みは無かった。

一瞬もう天国に来たのかと思ったが、そうではないらしい。例の血生臭い匂いはまだするし、体中は汗ばみ震えている。なにより、そばで邪悪な叫びが聞こえるからだ。恐る恐る目をあけると、目の前には不思議な光景が広がっていた。

 怪物は目前まで迫っていた。目の前の獲物になんとか喰らいつこうと爪を振り、体をぶつけ、雄叫びを上げている。しかし、それらの行為全てが俺には届いていない。なぜなら俺の前に、不思議な光を放つ壁があるからである。

 その光の壁は、怪物のどんな攻撃もものともしない。攻撃を受けるたびに光の粒子を辺りに撒き散らす。壁はまるで全てを阻む、絶対防御のようであった。

放つ光は温かく、俺を救おうとするように体を包んでくる。不思議と違和感はなかった。まるで、この光はもとから俺と共にいたような――――――。 

 俺はというと、呆けていた。短時間で衝撃的なことが起こりすぎて思考が追い付かない。何が何だかわからない。目覚めたとき以来のパニック状態だ。

 怪物はどうしても俺を襲いたいそうで、攻撃をやめない。だが光の壁がそれを阻む。僅かながらに冷静さを取り戻した俺は、とにかく奴から逃げようとしていた。

 すると突然、一陣の風が吹いた。同時に、怪物の体が青白い光と共に砕け散る。

またしても起こった理解不能の現象に目が点になっていると、どこからか透き通った声が聞こえた。

「そこの人。無事かしら?」

 声のした方に目を向けると、そこには一頭の馬に乗り、大きな弓矢を持ち、腰ほどもある長く美しい銀髪を靡かせる美女がいた。人だ。人がいる。この三日間、あれほどまでに探し、その実在をあきらめていた人間がいる! 嬉しくなると同時に、心にとてつもない安心感が湧き上がった。するとすーっと体中から力が抜け、多大な疲労感と眠気が襲いかかってきた。今にも倒れそうだ。

 薄れゆく意識の中、目に映る彼女は満月を背に立ちどこか神秘的な雰囲気で、まさに救いの女神に見えた。そして彼女は言う。

「八意 永琳よ。あなた、名前は?」

 俺は意識を失った。

 




次回から登場人物が増えるので、やっと会話らしい会話ができると思います。
一話と二話は9割ほど主人公の独白でしたから。笑
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