東方独剣録   作:らすこーす

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今回は永琳視点。


運命の出会い

 私は駆けていた。

幻想的な雰囲気の満月の下で月明かりに照らされた林の中を、馬に跨り疾風のごとく駆けぬける。それはある少女の命を救うためだ。妖怪は人を喰う。彼らは獰猛で、一度捕まると生還は絶望的だ。妖怪にさらわれた彼女の命は、まさしく風前の灯だろう。そのことが次々と不安と焦りを生み、私をさらに急がせる。木々はざわめき、銀色の長い髪は向かい風に煽られている。額や首筋からは嫌な汗が滲みでていて、着ている着物が暑く感じる。両目は妖怪を見つけようとせわしなく動いている。急がないと。時間は待ってはくれないわ。

「八意先生。顔にだいぶ焦りが見えます。少し落ち着くといいでしょう」 

 そう私に言うのは、妖怪を追撃していた四人の中の一人であった。菜助という男である。詳しい年齢は知らないが、その顔つきは長い年月を生きてきたが故の深みがある。短く整えられた髪と鷹のように鋭い目つきが特徴的だ。今はわけあって彼と二人で行動している。

「大丈夫です。お気遣い感謝します」

 私はこの男が嫌いだ。人を食ったような態度で、昔から私のことを目の敵にしている。そんな男がなぜ、彼が私と同行しているのかというと、彼が申し出てきたからだ。私は少し前に護衛の男に報告に来た青年を託して、私はもう一人の護衛を連れて、妖怪を追った四人の援軍に向かった。青年から彼らが向かった方角は聞いていたのでそちらに馬を走らせていると、二人組になって捜索をしていたところに出くわした。その中に菜助がいたのである。二人から妖怪を見失い、二手に分かれて追っていることを聞いた私は、護衛の者と共に捜索を開始しようとしたが、そこで彼は私との同行を申し出たのである。私は拒否したが、菜助は里の中でも発言力のある人物なので、護衛の男は申し出を拒否することができず、結果的に菜助は私と共にいくことになった。菜助と共にいた男の密かに安心していた表情を、私は忘れない。

「そうですか。しかし、私にはあなたのお顔はとても冷静ではないように見えますがな」

「……私は冷静です。それと、私の顔を確認する暇があるなら、前を向いて妖怪を探してくださいな」

 ほんと、なんなのよこの男は。

 こんなときに一体何を考えているのか。私が冷静でないというならば、それは全部あなたのせいです。

 

 

                    ◇

 

 

 妖怪は強い。人が丸腰でかなうような相手ではない。身体的な能力の差はもちろんのこと、彼らには特有の能力があるのだ。それは妖力と呼ばれるものである。妖力は恐怖や怨念などの負の感情を力としたものだとされていて、彼らは自身の持つ妖力を駆使して、物理的や精神的な攻撃を仕掛けてくる。しかし、打開策はある。妖力・妖怪が共通して弱点とするものが、霊力である。霊力とは、妖怪が妖力を扱うように、人間が扱う力のことである。性質は妖力と正反対で、聖なるものだ。彼らはこれをくらうと、消滅するか弱体化するのである。ただし、これを自在に使えるもしくは持っている人間は少ないのが難点である。幸運にも私は強力な霊力を持って生まれたので、扱うことが出来る。職は医者なので、妖怪退治のために霊力を使ったことがあまりないのだが、心得はある。自分で言うのもなんだけど、医者なのに妖怪退治をするというのはおかしいと思う。

 ようやく妖怪を発見できたのは、それからすぐのことであった。林を抜け、満月の光で美しく照らされたススキが目立つ場所の中にあれはいた。

「見つけたっ……」

 私は馬を止め、背中に背負っていた弓矢を手に持ち、攻撃の構えをとる。体を動かさないように太ももでしっかりと馬を捕まえ、弓を構え、矢を装填する。妖怪との距離は離れているが、だからこその弓矢だ。確実に仕留める。そう思い、矢を撃とうとすると、突然叫び声が聞こえた。

「うわああああああああああああああ!!!!!!!」

 男の声だった。ススキに囲まれていてよくわからなかったが、よく見ると妖怪が進んでいる先には人の姿があった。見るからに襲われている。するとまた突然、妖怪の前に黄金色に輝く壁のようなものが現れた。

「なに……あれ……」

 私はつい構えを解き、その光に見とれてしまっていた。それほどまでに美しかったのである。壁は妖怪の背を超えるほどの高さで、身を丸めている男を護るようにあった。妖怪は壁に壊そうとせんと攻撃を仕掛けるが、びくともしない。加えて、壁にぶつかるたびに悲痛な雄叫びを上げているのだ。その姿は痛みで苦しんでいるように見える。もしかして、あの壁から流れている光は霊力なのではないだろうか。すると、あの男は…………?

「先生!!呆けてる場合じゃありませんぞ!!」

「!?」

 迂闊だった。私ともあろうものが! しかもこの男に指摘されるなんて! 

 すぐに弓矢を構え直し、矢に霊力を込める。霊力は両腕を通じて矢を取り巻いていく。青白い光がとても綺麗に輝いている。そして撃つ。矢は目にも止まらないほどの速さでまっすぐ飛び、妖怪を貫く。妖怪は全身を砕かれ、消滅していった。

 「お見事」

 菜助が私にそう言うが、無視する。そんな無礼な態度をされても、彼の表情は変わらない。

 襲われていた男は、呆然とした表情で私の方を向いた。私は少し驚いた。意識があったのか。てっきりすでに気絶しているものだと思っていたのだ。見たことのない顔だったが、見たところ人間だ。意思疎通はできるだろうと思い、私は彼に言葉をかける。

「そこの人。無事かしら?」

 彼は何も返さずにこちらを見ている。何が何だかわからないというような顔をしている。彼は恐怖によって頭が混乱し、状況が把握できていないのかもしれない。だとしたらまずその固まった思考をほぐさなくてはいけないだろう。

「八意永琳よ。あなた、名前は?」

 瞬間、彼は崩れ落ちた。死んだかもしれないと思った私は慌てて馬を降り、彼に駆け寄る。彼の上半身を抱き上げてみると、呼吸はしているので生きてはいるようだ。私は安心してほっと息を吐く。体には目立った外傷はなく、流血も無い。無事なようだ。

「運がいいわね。あなた」

 意識のない彼に、そう呟く。人間が妖怪に襲われて無傷で済むなんて、恐ろしいほどの悪運だ。

「こちらは運が悪かったようですな」

 近くまで来ていた菜助が言う。そちらを向くと、血の海の中に無残にも喰われた後の死体があった。恐らく、私たちが助けようとしていた少女だろう。間に合わなかったのである。涙は出なかったが、胸の奥で心が締め付けられるような鋭い痛みを感じた。

「里に帰ったら、弔いをしてあげなくては」

「ええ……」

 珍しく菜助と意見が合う。職業柄、なんども死体を見たことがあるが、ここまで虚しいことはなかった。

「それにしても…………」

 菜助が言う。

「この男は何なのでしょう。里では見かけたことのない顔ですな。服装も我々が知っているものと大きく違いますぞ」

「そうですね。私も見たことのない顔です」

「それにここにいたのも、おおかた妖怪がこの少女を喰らったところを目撃して、次の獲物として襲われたというところでしょう」

「恐らくそうでしょう」

 この男と同じ考えというのは癪だが、今思いつくのはそれである。なにはともあれ、この眠っている男は謎だらけだ。きちんと調べる必要がある。

「ひとまず、他の者たちにこの場所を知らせましょうか。菜助さん。連絡、お願いしますわ」

「承知しました」

 菜助はそう言うと、紫色の霊力を球体の形にし、空高くにうちあげる。すると、うちあげられた霊力の球は眩しい光を放ちだした。光は目が眩む速さで点滅しだした。これは霊力を使った合図の一つで、自分の居場所を他者に伝えるためのものである。ただ派手すぎるので妖怪などにも居場所がばれるが、わざわざ霊力のあるところにくるものはいない。

「あとは待つだけですよ。八意先生」

「はい」

 菜助の言葉を適当にいなし、私は改めて腕の中で死んだように眠っている男に目を向けた。霊力の球のおかげで周辺は光で照らされていて、彼の姿がよく見える。よく見ると顔の造形はそこそこ整っているではないか。少し好みかもしれない。

 遠くには、合図を見た他の人達がここへ駆けつけてきている姿が見える。

 この謎の男は一体何者なのだろうか。その疑問を胸に、私はこの日の終わりを迎えた。

 これが私、八意永琳と蒼威巧の運命の出会いだった。

 

 

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