俺は長かった質疑応答を終えて現在、里の中を歩いている。今歩いている場所は商店街であり、目には様々な種類の店が映っている。男女のカップルや母親とその子供、老人の夫婦などたくさんの人々が各々めぼしい物を探していて、なかなかに活気づいている。全員に共通しているのが、着ている服が着物だということだ。周りの店の外装もどこか昔を思い出させるもので、まるで江戸時代にでもいるような気分である。そのくせ、住民の髪型はちょんまげなどではなく、俺が生きていた時代のものによく似ているので、見た目のちぐはぐさに頭を悩ましている。しかし、そういう俺自身も鼠色の着物を着ている。もともと着ていた服は目立つという理由から着衣を禁じられたので、少し前に適当なものを買って着たのだ。
しかし、目立っていないかというとそんなことはなく、周りにものすごく注目されている。その主な理由は、俺の隣にいる銀髪の女性にあった。彼女の名前は八意永琳。職業は医者で、俺を妖怪から助けてくれた人物だ。俺は今、彼女に里の案内をしてもらっている。
「あっ、八意博士だ!」
「本当だ。おーい、八意博士―!」
「あら博士、ごきげんよう。今日もいい天気ですわね」
「博士! 隣にいるこの男は誰ですか!? まさかっ、か、彼氏ですかあ!? ゆ、許さんぞそこの下郎! 汚物は消毒じゃあ!」
里の誰もが彼女を敬愛しているようで、花が咲いたような笑顔で話しかけている。永琳さんも笑顔で彼らと話している。彼らの目には彼女しか入っていないらしく、俺はというと隣で置物状態になっていた。住民の中には若干名、不穏な奴がいたが気にしないことにする。
「私は博士じゃないって前から言っているでしょう? 私は医者なのだから、博士なんて柄じゃないわ。呼びたければ先生にしてちょうだいな」
永琳さんは腕を組み右手の手のひらを頬に当て、少し困った顔をして言う。
「博士は博士ですよ」
「博士って呼ぶ方がしっくりきます!」
「だって八意博士はおらたちにはねえ知識をいっぺえもってますんで」
「博士は【あらゆる薬を作る程度の能力】を持ってますもん! 僕たちみんな博士のおかげで病気もなく生きてるんだよ?」
「そうそう。しかも医療だけでなく、建築や発明の腕も良いし弓の名手なのよ。数字を作ったのも博士なんだから!」
「そうですよ! この里がたった数百年でここまで発展できたのも、全部八意博士のおかげなんですから!」
子供から大人まで、みな永琳さんを褒め称える。それらを聞いて、彼女は困ったように笑っていた。それにしても、今聞いたことは全て初耳だった。中でも、【あらゆる薬を作る程度の能力】というのが一番気になったので、あとで聞いてみることにする。ちなみに俺が彼女について知っていることは、巨乳な医者で、妖怪から俺を助けてくれたということだけだ。まさかそんなにすごい人だとは思ってもいなかった。
しばらくすると、人々は俺に気付いたようで(ようやくと言ったところだが)、俺に変な視線をぶつけながらこそこそと話し出す。その中から一人の男が永琳さんに問いかけた。
「八意博士。彼は一体誰なんです?」
「彼は蒼威巧。噂の異邦人よ」
「なんと! 彼がですか!」
永琳さんが俺を見てそう言うと、それを聞いていた住民たちはわらわらと俺のもとへと群がってきた。大量の手がべたべたと体中を触ってくる。やめてくれ。女ならまだしも、男に触られてもなにも嬉しくないんだよ! 怖いし暑苦しいから離れろ! ていうか、永琳さん。異邦人だなんて言っちゃっていいんですか?
「君が噂の異邦人か。妖怪に襲われたというじゃないか。調子はどうだ?」
「遠くの里から来たんだってね。今度にでもおもしろい話聞かせてね」
「妖怪に襲われて無傷なんだってな! とんでもない悪運だなあ! 博士に感謝しろよ!」
「八意博士と一緒に散歩してたの? 仲いいねー」
「あら? いい顔してるじゃな~い。今夜あたしの店に来なさ~い。とっても良くしちゃうわよ? どお?」
みんな一斉に話しかけてくるので全然対応できない。聞き取れても数人だ。さらにその内容は、俺が旅人みたいなことになっているではないか。あとで永琳さんに問い詰めておこう。それにしても、この里の人たちはとてもフレンドリーだ。永琳さんがいたとはいえ、見ず知らずの俺にこんなに話しかけてくるなんて少しびっくりした。日本は他人に対して基本的に「我関せず」といった態度をとっているので、この人たちはとても新鮮に感じる。ただ最後の奴! てめーは腐ってやがる。とっととどっかいけ!
「まあまあ、あなたたち。彼が困っているから、話すなら一人づつにしてあげなさい。ほら、あなたもまずは自己紹介でしょ」
永琳さんの助けで、俺はやっと暑苦しさから解放された。
「えっと、蒼威巧です……。よろしくお願いします……」
なんのおもしろみのない挨拶により、彼らのマシンガントークの幕が再び上がった。
◇
「疲れた…………」
そう言いながら俺は、大勢の人の襲撃から逃れて人もまばらな道を歩いていた。
「私も少し疲れたかもしれないわ。まさか、あそこまで人が集まってくるなんてね……」
隣を歩いている永琳さんがそう言う。彼女の顔を見ると、その表情はいささか疲れたように見える。
「しっかし、人気者ですね。永琳博士」
「あなたまでそう言うのはやめなさい。……まあ、さすがに今日ほど人が集まってきたのは初めてね」
「外に出るたびあれだけの人数が毎日押し寄せてたら引きこもりになりますよ」
「違いないわね」
俺たちはそんなたわいもない会話を繰り返しながら、とある場所へと向かっていた。
着いた先は里の端にある、どの建物よりも高くそびえる高台の入り口であった。その奥には巨大な壁が立ちふさがっていた。
「ここはなんです?」
「外からの危険や異常を察知するための場所よ。天候とか恐竜とか、妖怪とかね。あの壁は外からの侵入者を防ぐための外壁よ。里の外周を囲んでいるわ」
なるほど。ならばここは里の防衛線というやつだろう。ここに務める者はとても重大な仕事をこなさなければならない。
「さあ。中に入るわよ」
「え?」
永琳さんは入り口の前にいる守衛に軽い挨拶をしながら扉をくぐっていった。俺は慌てて同じく守衛に挨拶して中へと入った。彼女はすでに上へと続く階段をのぼっていた。
「ここに何があるんです?」
ようやく追いついた俺は、彼女にそう聞いた。
「着いてからのお楽しみよ」
彼女は口元に指をあてながら笑いながら言った。その姿を見て、思わず心が高鳴った。そうして俺たちは階段をのぼりきった。
「ここが一番上よ」
そう言って彼女は扉を開けた。くぐった先は人二人分が入れるほどの広さの足場があり、上を見上げると雨風をしのぐための屋根があって、そこには警鐘を鳴らすための鐘があった。目の前に映る景色は、まさしく絶景だった。見えるのははるか高くから見下ろす里の姿とそれを囲んでいる巨大な外壁、その外にある俺が彷徨っていた大地であった。
「どう?」
「……すごい、ですね……」
目の前の風景に圧倒されていた俺は、そう答えることしかできなかった。そんな俺の姿に、彼女は満足げな表情を浮かべていた。
「ここは私の気に入っている場所なのよ」
「そうですか……。いいところですね。俺も気に入りましたよ」
「ありがとう」
そう言って里の姿を見る彼女は、まるで子を見守る親のようであった。その幻想的でどこか儚い雰囲気に、俺は心を奪われていた。その間は、時間の流れがとても遅く感じられた。
そうして長い一瞬が過ぎ、彼女は言った。
「――今年で私が生まれてから、四百年になると言ったわね」
……いきなりどうしたのだろうか。
「はい。聞きました」
「私が生まれる前のこの里はね、今とは比べ物にならないくらいずっと低い文化で生活をしていたの。建物は竪穴式だったし、食べ物は主に狩った動物だった。妖怪にはよく襲われていたし、とにかく危険な生活を送っていたわ。私はそんな生活が嫌だった。なんとかして改善していきたいと思ったの。幸運にも、私には才能があった。私の考えるものは、どれもその状況を打破できるものだったのよ。それに頼れる友達もいたしね。私はそれらでこの数百年間、この里を発展させてきたの。もちろん、協力者はたくさんいたから、私だけの手柄っていうことではないけどね。けれど、ここまで里が変わったきっかけは、やっぱり私だと思うのよ。いわば、今のこの里の生みの親って感じかしらね……。いつも、変わっていく姿をここから見ていたわ」
「……だからこの場所がお気に入りなんですね」
「そうね……。ごめんなさい。いきなりこんな昔話をして」
彼女が今までどう生きてきたのか、漠然とだが知ることが出来た。なるほど、やはり彼女はすごいひとだった。原始時代のような狩猟生活から、ここまでの文化レベルまで成長させるとは。里の人々が彼女のことを博士と呼ぶのも頷ける話だ。今の彼女の瞳には、数百年間の里の移り変わりが映っているのだろう。しかし、それを出会って間もない俺にするのはなぜだろうか?
「いえ……。それはいいんですけど、なぜ俺にするんです?」
「あなたはこことは違う世界から来たと言ったわ。しかも突然にね。しかも帰る方法もわからない。それはとても心細く、不安だったことでしょう。さらに妖怪にも襲われてるという死の危険にもあった。目の前で子供が食い殺されているのを見たでしょう? この世界では、常に死の危険と隣り合わせよ。正直なところ、あなたがこうして無事に生きているのは奇跡だわ。元の世界に戻る手段がわからない以上、あなたはこの里で生きていかなくてはいけない。それには里のことをよく知ってもらう必要があったから、里が一望できるこの場所まで案内したのよ。それに、あなたはこれから私の家で暮らすのよ? 同居人のことは少しでも知っておいた方がいいんじゃないかしら?」
そう言って、彼女は同意を求めるようにこちらを見る。
「………………」
……彼女がここまで俺のことを考えてくれていたとは夢にも思わなかった。こんな身元不明・正体不明な男のことをだ。目の奥が少し熱くなった。正直、この世界に来てから不安だらけだった。外の大地を彷徨っていたときは、自殺を考えたほどだった。だって、そうではないか。人もいない。ろくな食べ物もない。水を飲むのにも命をかけなければならない。夜は獣を恐れておちおち安心して寝ることも出来なかったのだ。そんな状況で、自殺を考えない奴はいない。永琳さんに助けてもらってからは、見知らぬ人々の中で生活をしていける自信がなかった。だから、彼女にこうも言ってもらえたのは、本当に嬉しかった。
「…………ほんと、なにからなにまで、すいません……」
そう言うと、彼女は呆れたような顔で言った。
「私はあなたにあやまってほしいわけではないのよ? こういうときは、口にするべき言葉があるんじゃないかしら」
ほんと、そうですね……。
「永琳さん……本当に、本当にありがとうございます!!!」
「ええ」
彼女は、花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。
◇
永琳さんの家への帰り道を、俺たちは雑談を交わしながら並んで帰っていた。帰るついでにこれから必要となる日用雑貨や食料を購入していったら、空の模様は気づけば夕暮れとなっていた。購入した内容は、主に俺関連の品々である。着物や下着を数着と枕などなど。服は、当分の間はこれらをローテーションを組んで着ていくことになるだろう。大量に購入したので、袋からあふれだしそうになっているほど満杯になっている食料は、重いので俺が運んでいる。服などは比較的軽いので、永琳さんが運んでいる。どの世界のどの時代でも、力仕事は男のものであった。
ようやく家の前に着いたところで、彼女は言った。
「ようこそ。八意家へ」
「これからお世話になります」
今日からここが、俺の家になるのだ。永琳さんには、手助けをたくさんしよう。そう思いながら俺は玄関へと足を踏み入れた。玄関で靴を脱ぎながら、俺はふと思った疑問を彼女にぶつけた。
「永琳さん」
「なに?」
「思ったんですが、なんでここまで俺に良くしてくれるんです? 考えてみたら、俺たち今日会ったばかりですよね」
「ふふっ」
俺の質問を聞いた彼女は、何を言っているんだという風に笑っていた。
「……私、言ったわよね?」
「何をです?」
なんのことかさっぱりわからない俺に、彼女はこう言った。
「――――私、あなたにとても興味があるのよ、ってね」
彼女は魅惑的な笑みを浮かべて言う。その言葉と表情に、俺は釘付けとなっていた。
永琳さんはまだ巧に惚れてないのです。
あくまでも興味があるだけなのです。