東方独剣録   作:らすこーす

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執筆しているときは、犬夜叉のBGMを流しています。


入門試験

 どうしてこうなった。

 手足は小刻みに震え、背中や額からは嫌な汗が流れている。右手に握っている一本の木刀を握りしめる手のひらは手汗で濡れている。心臓の激しい動悸が、今の俺が過度に緊張しているのだと改めて確認させる。

 俺を囲むように距離をあけて座っているたくさんの人たちは、この綿月道場に通う門下生たちだ。青臭い顔の者から経験を積んだ手練れの者まで、綿月流剣術を習っている人たちのほとんどが今この場にいて、誰もが疑惑の眼差しを俺に向けている。無理もない。いきなり見ず知らずの人間が自分たちがお世話になっている場所に足を踏み込んだのだから。

 そして、目の前で俺と相対するように立っている男は、木刀を両手で構えて睨みをきかせている。見ただけで分かる。彼は今まで相当な訓練を積んできたのだと、俺の直感が囁いている。その立ち振る舞いのどこにも隙はない。

「先生に一目置かれるお前の強さ、見せてもらうぞ」

 男は目に見えるほどの闘志を燃やし、こちらに迫ってきた。俺も慌てて木刀を両手で構える。

 こうして、俺と道場の門下生との一騎打ちの戦いが始まった。

 

 

                    ◇

 

 

「弟子……ですか?」

「そうだ」

 あまりの意外性に驚きを隠せない俺に、綿月団長は言う。

「正しくは弟子というより、儂の道場の門下生だな」

 彼は口元の髭を撫でながら言った。

 門下生……。ちょうど剣術を習いたいなーとか思っていたが、それだって後日こちらから申し込もうと思っていたのだ。道場の方から、しかも創設者がわざわざ俺を指名してくる理由が分からない。

「何故、俺なんですか?」

 怪しみながら聞く俺に、彼は言った。

「貴様は、月夜見に一撃入れたらしいな?」

「は、はい……。運が良かっただけですけど……」

「運も立派な実力の内だ。儂は貴様のような素人が実力者である月夜見に一撃入れたことが信じられなくての。そのような輩は今まで見たことがない。それで貴様に少し興味が沸いての……」

 思ってもいなかった団長の言葉に思わず驚いた。

「それに聞けば貴様、今までも何度も妖怪と遭遇しておきながら全て生き残ってきおったというではないか。妖怪と遭遇して無事でいられた者は滅多におらん。それを考えると、貴様は鍛えると有力な逸材になると思ってな」

「そんなことないですよ……。いつも逃げることしかできないですし、俺が今までなんとかやってこれたのは、全部能力と永琳のおかげです」

 そうだ。俺はいつも誰かに助けられてばっかりで、永琳には迷惑をかけている。能力だって、使いだしてからもう長くなるが未だに使いこなせているとは言い難い。そんな半端な自分が嫌で嫌で仕方がない。だからこそ、この誘いはそんな自分から脱却できる千載一遇のチャンスではないのか。

「……まあ、貴様が自分のことをどう評価していようと勝手にすればよい。儂が知りたいのは、貴様に強くなりたいという断固とした決意があるかどうかだ。自分を変えたいという意思があるのならば、綿月流剣術は貴様を歓迎しよう」

 団長は腕を組みながら試すような口調で言う。それに対して俺は意を決して言った。

「分かりました……。そのお誘い、謹んでお受けします。俺に、剣術を教えてください」

 それを聞いた団長は、顔に笑みを浮かべた。

「その言葉、確かに聞いたぞ。しかしだな、疑り深いようだが言葉では何とでも言えるのでな。貴様に真の覚悟があるのかを確かめさせてもらう」

「はぁ……」

 団長のその言葉を聞き、俺は緊張した心持で次の言葉を待った。

「今から、貴様の入門試験を行う」

 そう言った団長は、何かを楽しみにしている子供のような顔であった。

 ていうか、誘ってくれるくせに試験とか、ちょっと納得いかない。

 

 

                    ◇

 

 

 そして俺は入門試験を受けるため、団長に連れられ敷地内にある大きな規模の道場へと足を踏み入れた。

 入った俺を迎え入れてくれたのは、大勢の門下生たちだった。誰もが俺を値踏みするかのような眼差しで見つめている。

 団長に告げられた試験の内容はごくごく単純なものだった。内容は、指定された門下生一人と一騎打ちを行うことだった。合格条件はその門下生に勝つことで、勝敗の決め手は、どちらかが戦闘不能になること。使用できる武器はお互い木刀一本。試合上のルールは特になく能力の使用も可能だそうで、なんとも自由な試験である。ただ、相手となる門下生はハンデとして能力の使用が禁止される。正直なところ、これから剣術を習おうという素人が熟練の門下生を戦闘不能に追い込むというのは、無理ゲーでしかないと思う。いや、ほんとどうしようか。

 俺と戦うことになった人物は、剛田という名前のいかにも強そうな雰囲気を放つ強面の男だった。今まで稽古をしていたのだろうか、特徴的な坊主頭や着ている胴着からは大量の汗が滲み出ている。そのせいなのか、彼の全身からはマグマのような熱気を感じ、その熱で風景が溶けているに感じた。

 そして今、俺と剛田さんとの試合が始まっていた。

「始めっ!」

 試合開始の合図とともに剛田さんは木刀を振り上げ突撃してきた。俺としては開始早々突っ込んでくるとは思わなかったのでひるんでしまったが、反射的に能力を発動させ光の壁で振り下ろされた木刀を防ぐ。

 攻撃を防がれた剛田さんは、舌打ちをしてすぐに俺の側面に回り込んで攻撃を放った。俺はほとんど反射的に木刀で受け止める。瞬間、剛田さんは軽い笑みを浮かべた。俺は歯を思い切り食いしばりそのまま押し返そうとする。

 しかし簡単にいなされ、バランスを崩した俺はそのまま前のめりに倒れこむ。地面に落ちようとしている俺の体は格好の鴨で、がら空きとなった腹部に蹴りを食らい吹き飛ばされた。

「うぐっっ」

 あまりの痛みに思わず木刀を手放してしまったが、気にする余裕もなかった。蹴られた衝撃で呼吸もままならず、激しく咳き込みながらなんとか立ち上がると、前方には余裕綽々とした体勢で俺を見つめている剛田さんがいた。今の俺には、彼が目前にずっしりと構える堅牢な城壁のように思えた。

「さっきの攻撃を受け止めたのは意外だった。誉めてやろう。しかし、まだまだ甘いな」

 剛田さんがなんか言っているが、今の俺には全く聞こえていなかった。手放した木刀を拾いながらどう戦うのかを考えていたからだ。

 剛田さんは強すぎる。今の俺じゃとても歯が立たない。彼は動きも素早く、攻撃を見切るなどもってのほかだ。できたとしても先程のようにせいぜい反射的に対応するぐらいだろう。ならば、どうするか。幸いにも、この試合において俺は能力の使用が自由だ。ならばその特権を存分に使おうではないか。

 木刀を両手で構え、全力で走る。俺を迎え撃つ剛田さんもようやく来たかといった感じで構えた。俺は木刀を振り上げ思い切り振り下ろす。しかしそれはいとも簡単に防がれてしまった。

「もらった!」

 攻撃を防いだ剛田さんは、俺の木刀を左にいなしそのまま俺の横腹目がけて振り払った。

しかし、そこまでは俺の予想通りだった。

 俺の攻撃が通るなんてもとから思っちゃいないし、攻撃したとしても簡単に防がれてカウンターを食らうに決まっている。それに俺が対応できるとは思えない。だったら!

「全部阻めばいい!!」

 剛田さんが木刀を横に振り払った瞬間に能力によって発動した光の粒子がその動きを阻む。それと同時に振り払われた木刀をすぐに引き戻し、力の限り打つ。それは見事に相手の右肩に直撃した。

「ちぃぃ!」

 剛田さんは驚きで少し動きが固まったようだったが、一撃を打つことしか頭になかった俺はその隙を見逃してしまった。先のことを考えていなかった結果今度は左腕で頬を殴られてしまい、またしても吹き飛ばされてしまった。しかし今度は木刀は手放さなかった。

「ふふ……、やるじゃあないか。この試験で一撃もらったのは久々だ」

 なんか嬉しそうに言っていますけど、もしかして貴方はM属性なんですかね?

 ようやく決めた一撃だったが、彼の鍛えられている体には効かなかったようだ。嘘でしょ? 渾身の一撃だったんだけど。

「さあ、続きといこうか」

 そう言ってどっしりと構えている剛田さんだが、こちらはますます勝てる気がしなかった。あの攻撃を食らってもピンピンしているのでは、俺の攻撃ではまずダメージは与えられない。まさに無理ゲー。

 しかしそんなことは言ってられない。剛田さんに勝って道場に入る為。なにより強くなって永琳を守れるようになる為。無理ゲーでもなんとか攻略しなくてはならないのだ。

「おおおおおおおおお!!!」

 痛みをこらえ、木刀を構えて腹の底から雄叫びを上げて走る。

 絶対に勝つ! 本当の戦いはここからだぜ!!

 

 

                    ◇

 

 

 結論から言うと、あっさり負けた。

 能力で相手の攻撃を防ぎながらなんとかしてこちらの攻撃を加えていたが、案の定どれも決定打にはならなかった。そうしているうちにいつしか能力でも防げれなくなり、体力と霊力の大幅な減少でバてたところを痛恨の一撃をもらいノックダウン。

 勝負は蒼威巧の敗北で終わった。

 気絶した俺は、その救護室に運ばれ手当てを受けたそうだ。現在は目を覚まし、そのまま救護室に手当てをしてくれた永琳と二人でいる。予想通りというか、どうも彼女はお怒りのようである。

「ようである、じゃなくてお怒りよ」

「ですよねー」

 永琳は布団の上に横になっている俺の手を握りながら座っている。その光景は可愛らしいものであるが、手を握る力が尋常じゃない。力込めすぎだって。痛い痛い。痛いぞ。

「いやだから痛いって!」

「うるさいわよ」

 冷たい声で言われた。相当な怒りのようだ。

 これは後で聞いた話なのだが、俺が秘密で試験を受けて敗北したことを知った永琳は、ものすごい剣幕で使用人に迫り俺の居場所を聞き出したという。その際に俺の負傷を知った時の彼女は、屋敷内で修羅のような形相で暴れたらしい。思い出すのもおぞましいほどの光景だったそうな。

「全く……私の知らない間に貴方は何をしているのよ……」

 永琳は眉をひそめて言う。その表情からは俺への心配がありありと見えて、悪いことをしたという気持ちと心配してくれて嬉しいという二重の感情が胸の内に生まれた。そう思うと、自然と顔に笑みが浮かぶ。

「……何にやけているのよ」

「え? いや、なんか可愛いなあと思って」

「!? バカ! 貴方全然反省していないでしょう!」

 顔を赤くした永琳が叫ぶ。握られていた手が離れた。

「してないな」

「っ、もう私、貴方のこと助けたりしないから!」

 彼女は座りながらこちらに背を向けて言った。

「いいよ、別に助けなくて」

「え?」

 永琳は驚いた風に俺の方を振り返った。

「……何を言っているの?」

「いや、別に俺のことは助けなくていいって……」

 そう俺が言い終わる前に、彼女は無表情で光のない瞳で言った。

「何を言っているのかしら貴方は。私の助けがいらないだなんて、もしかしてそんな馬鹿みたいな冗談を本気にしてしまったのかしら? それなら心配はないわ。だって嘘だもの。嘘よ。嘘。貴方が変なことを言うから私もつい変なことを言ってしまっただけ。だから決して貴方を見捨てるつもりで言ったのではないのよ。それだけは信じて。ね? 私は貴方を何があろうと見捨てないし、貴方も私を見捨てない。これは世の絶対なの。それが崩れることはないし、誰にも壊せない。永遠にね。当たり前だけれど、私は貴方を愛しているのよ。誰よりも誰よりも誰よりも。心の底から、誰よりも深く愛しているわ。あの女よりもよ。本当よ? 本当に愛しているわ。だから俺のことは助けなくていいなんてもう二度と言わないで。私がいらないなんて言わないで。傷ついたのなら謝るから。貴方が許してくれるまでずっと謝るから。貴方が言うことならなんでもするから。だから私を見捨てないで!」

 最後には泣きながら俺に抱きついてきた永琳だった。彼女は俺の背中に両手をまわし、痛いほど抱きしめている。その痛みが、彼女の心の痛みの一部なのかと思うと、自分の不用意な発言に激しく後悔した。

「ごめん……嫌なこと言って。俺は永琳が大好きだから。見捨てたりしないから心配すんな」

 永琳は俺がらみになるとよく暴走するが、根は良い人なのだ。さっきの発言も人が聞いたら怖く思えてしまうかもしれないが、俺には可愛く見えてしまうのだから困ったものだ。

「分かってくれればいいのよ……」

 そう言って永琳はさらに体を預けてくる。

「さっきのことなんだけど、あながち間違ってもいない」

「え?」

 永琳がぎょっとする。

「違う違う。さっき永琳が言ったようなことじゃない。だからそんな顔すんなって。俺が言おうとしてたのは、永琳の手を煩わせない様に強くなりたいってこと。昔から俺ってなんかあったらすぐお前に助けてもらってただろ? そういうのってさ、ありがたいんだけど男としては情けないことで、ちゃんと自分で身を守れるようになりたいし永琳を守ってあげたいと思ってるんだ。だから今回、綿月団長のいう試験に参加したんだぜ? まあ、変な言い方したのは悪かった」

「そういうこと……。でも危ないわ」

「危ないのは百も承知さ。ていうか、妖怪とかに襲われる方が危ない。そんな奴らに対抗できるように俺はなりたいんだよ」

「…………」

 永琳が首筋に顔を埋めてくる。

「……本当は反対だけど、貴方の言っていることにも一理あります。貴方が危険な目にあうのは嫌だけれど、これも仕方のないことなのかもしれないわね……」

「そうか」

 彼女は顔を上げて言った。

「この道場に通うのはかまわないわ。仕方なくだけれどね。ただし、駄目だと思ったらすぐにやめること。いいわね?」

「わかったよ」

 剣術を習う上である意味最大の難関かもしれない永琳の説得に成功した俺は、少し舞い上がっていた。しかし、その彼女の次の一言で瓦解した。

「それよりも、貴方負けたって聞いたけど」

「…………」

 そうだったー!! 俺負けたんだったー!! ボコボコにされたんだったー!! もうダメだ……お終いだぁ……。

 思わず起き上がって頭を抱える。俺が起き上がったことで体勢を崩した永琳は、改めて隣に座り直して笑っている。笑っている場合じゃないって。

 そんな項垂れている俺に、声をかける人物がいた。

「それについては心配しなくてもいいぞ。蒼威」

 声のした方に目を向けると、そこには部屋に入ってきた綿月団長がいた。その隣には、試合で戦った剛田さんがいた。二人とも何しに来たんだろうか。わざわざ試験の合否について二人で俺に止めを刺しに来たんだろうか。まさに鬼畜の所業。

「何の心配がいらないんです?」

 そう俺が半ば投げやりに聞くと、団長はものすごく良い笑顔で言った。

「うむ。貴様はこの綿月道場入門試験に合格した。明日からここに通ってもいいぞ」

「…………」

 は?

「ごごご、合格ですか!?」

「そうだ」

 なんでだ? 俺は剛田さんに完敗したのに。

「なんで合格なんですか? 俺、完璧に負けましたよね?」

「それについてだがな」

 剛田さんは一つ咳払いをして言った。

「俺に勝つという合格条件は嘘のものだ」

「は?」

「この試験の本当の目的は、受験者に苦難を乗り越えるための不屈の心があるかどうかというものだ」

「不屈の心……ですか」

「そうだ。この綿月道場には昔から数多くの人々が剣術を学びたいと言って訪れるのだがな、そのほとんどが修行の厳しさに敗れここを立ち去っていたのだ。そんな柔い志では、綿月流剣術は習得できん。故に、どんな難関にも心折れずに立ち向かう者が必要だったのだ」

「なるほど……」

「蒼威。お前は試合中に俺には勝てないと思わなかったか?」

「そりゃ何度も思いましたよ。能力使っても効かないんですもん」

「そうだろう。今までにもこの試験を受けた者は多くいるが、そのほとんどが俺には勝てないと思い、途中で試験を辞退をしたんだ。しかし、お前はしつこいほど俺に立ち向かってきた。その挫けない精神が評価されたのだ」

「そうなんですか……」

「ああ。それにしても、あれほどやられていたのに諦めなかったのはさすがに驚いたぞ」

「さすがは八意博士が懇意にされている男だ」

 そう言って団長と剛田さんは笑っている。永琳はなんだか恥ずかしそうだ。

 それにしてもまさかの事態に驚きと嬉しさを隠せない。今の俺の顔つきは、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のようににやけていた。

「良かったわね」

「ああ」

 隣にいる永琳も微笑んでいる。

「それで、どうするのだ?」

 団長が試すような目で聞いてきた。

「もちろん、やりますよ」

「よろしい。ならば儂ら綿月流剣術道場は貴様を歓迎しよう」

 団長は今日一番の笑みを浮かべて言った。

 




次回は時間がドッと飛びます。
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