ガンダムビルドダイバーズ リビルドガールズ   作:守次 奏

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リライズ25話がクッソ面白かったのとリライズロスが怖いので初投稿です。


第十話「新たなる剣〜愛香は廃人と化しかけたがさしたる問題ではない」

 剣。人類が有史以来発明してきた、柄の先端に長めな刃を備える手持ち式の武装を指して人はいう。

 その単語を聞いた時、大多数の人々が一般的にイメージするのは恐らく片手持ちかつ両刃の西洋剣、ロングソードという名前で様々なファンタジーRPGに登場するそれであろう。

 だが、一口に剣といっても様々な種類が存在する。ロングソード、ブロードソード、バスタードソード、ショーテル、ジャマダハル……羅列していくだけでもキリがないので割愛するが、種類が異なればその特性も使用感も大きく異なるものであり、一概に「剣をメインにした構築を考えているんですが何かオススメはありませんか?」などとビルド構築スレで相談を持ちかければ、まず間違いなく「どの剣?」と聞き返されるように、GBNにおいてもその種類と運用の幅は段違いに広い。

 店長からのアドバイスを受けて、家に帰るなり「ガンプラ 剣」という初心者丸出しなキーワードを検索エンジンに打ち込んだ愛香であったが、吐き出された情報の暴力は彼女の頭を抱えさせるのに十分なものだった。

 まず、剣を自分で作るのか、それとも既存キットから流用するのか? そして、流用したキットの装備をそのまま使うのか、改造するのか?

 GBNにおいて装備の選択を行う場合は、まずそこからスタートしなければならない。

 他のフルダイブMMOと比較して、GBNが特異だとされているのは、スキャンしたガンプラが別なゲームにおける「装備」と「プレイヤーキャラ」という両方の性質を持ち合わせていることと、ゲームで規定された素材を利用して規定された性能の装備を作り出す「生産」と異なり、ゼロベースで「製作」することも現実的な手段としてあり得ることだ。

 一応、今はガンダムベースで高速射出整形機が貸し出されているため、設計データさえ存在するなら昔のようにプラ板を一枚一枚丁寧に切り出して貼り合わせていく、という工程は簡略化することができる。

 だが、ゼロから作る──フルスクラッチを行うのであれば、プラ板積層と呼ばれる昔ながらのスクラッチ手法を用いるにしろ高速射出整形機を利用するにしろ、どのキットのどの武装がどんな特性を持っていて、という細かな把握は必要なくなるものの、作り手のセンスや刀剣に対する知識が問われることには変わりない。

 一方で流用を選べば、前述した通り様々なガンプラとその武装の特性を把握しなければならない。

 正直なところ、バイトである程度ガンダムの名前と顔は覚えてきたものの、まだまだ全てが一致するわけではない。

 一応ガンダムと剣で検索して出てきた全てのガンプラのスクショを撮って、それらをガンダムベースで探して購入した上でコメットコアガンダムに一つ一つ持たせて性能を検証する、という手段も考えたが、主に金銭的な面でほぼ不可能に近い。

 厄介なのは、GBNにおける「剣」は、何も愛香がイメージしていたステレオタイプのような実体剣だけではなく、ビームサーベルもそこにカテゴライズされることだ。

 

「剣……剣……うわ、なんかノイローゼになりそう」

 

 愛香は頭を抱えてそう呟く。

 よく考えたらそもそも仕事帰りだし、これ以上考えるのは脳に良くないはずだ。うん、そうに決まっている。

 そう断定するなり検索エンジンでの調べ物を打ち切って、スマートフォンからGBNへの簡易ログインを行い、現実逃避をするようにG-Tubeで新着のおすすめ欄を茫洋と眺めていた愛香だったが、奇しくもそのサムネイルに映っていたのは機体の八割に匹敵する長さの実体剣を装備しながらも、つま先からどす黒い、風化しかけの血液みたいな色をしたビームサーベルを発振したガンダムが、相対する敵機を奇妙な動きで戦闘エリアの壁際に追い詰めて轢き飛ばす光景だった。

 

「……剣ってなんだろう」

 

 あれだけ大きな剣を持っていれば、弾き飛ばされたオーツー……ゼロゼロ……ではなく、00と書いてダブルオーと呼ぶガンダムを一方的に破壊できそうなものだが、あの赤いガンダムが決め手にしていたのは爪先のビームサーベルと、身を捩らせながら横回転をかけて体当たりをするとしか表現できない奇妙なマニューバだ。

 剣。確かにわかりやすく強力で、ファンタジーRPGや小説、漫画、アニメの主人公が持っている確率が高い武器。

 だが、武器だけで戦闘の勝敗が決まるわけではない。考えてみれば当たり前のことだ。

 いつの間にかタップして、再生していたその動画で00ガンダムに勝利を収めた赤いガンダム──アルケーガンダムというらしい──のファイターは勝利の瞬間には悪役レスラーが行うポーズの如く挑発的に左手を手招きさせていたが、戦いが終わった後はダイバー同士互いにお礼をして、握手を交わしている。

 アルケーガンダムを操っていたダイバー……ダイバーネーム「ヒロシ」は見事に悪役、といった感じのボサボサの長髪に無精髭を生やした風体だが、00ガンダムのダイバーに接する態度は極めて温厚で真摯だ。

 そういうのが、演じる役柄が善であれ悪であれ正しいロールプレイのあり方なのだろう。

 先日遭遇したモヒカンたちとは雲泥の差なヒロシの態度に関心しつつ、愛香はヒロシと00を操っていたダイバー、「マモル」が仲良くツーショットを撮ったところで動画を閉じる。

 

「そうなると、あたしは……」

 

 店長の言葉が、愛香の脳内でリフレインする。

 ──小柄な機体が、あえて大型の武器を振り回す。

 そしてこのコメットコアガンダムそのものの出力は、決して他の十八メートルクラスのガンプラに劣っているわけではない。

 スマートフォンの隣で足を伸ばして寛ぐような姿勢を取らせていたコメットコアガンダムを人差し指で突きながら、愛香は頭を使いすぎたせいか、押し寄せてきた眠気に船を漕ぐ。

 ねえ、もしも君が喋ったなら。

 どんな剣を、選んでくれるのかな。そんな夢ともうつつともしれない言葉は、唇が紡ぎ出したのか、愛香の脳裏で溶けて消えたのか。

 それさえ曖昧なまま、愛香は眠りに落ちていくのだった。

 

 

 休日出勤。この国で嫌いな言葉はなんですかと訊かれればおよそ八割ぐらいの人間がそう答えるであろう読んで字の如くな四字熟語だ。

 欠員が出たからその穴埋めとなる存在が必要になる。

 それは当たり前のことで、頭で理解していたとしても、世間がやれゴールデンウィークだやれ盆休みだ、挙げ句の果てには土曜日日曜日だと浮かれている傍で死んだ目をしながらエナジードリンク一つを友にして、会社に出勤し続ける企業戦士が存在しているのは当人たちからすれば不条理極まりないことであろう。

 怒りに満ち溢れた身体が闘争を求めてロボゲーの新作が出る、というわけではないが、それでも日々ガンプラは新作や再生産の如何を問わず、絶え間なく世に送り出される。

 愛香もまた、欠員の存在により人々が謳歌している日曜日にガンダムベースへと、仕事で足を運ぶことになっていた。

 救いがあるとすれば、午前中のヘルプ要員として呼ばれたことと。

 

「まあどの道来なきゃいけなかったんだけど……」

 

 バイトの存在に関わらず、近い内に足を運んでおかなければならなかったことだろうか。

 そういう意味では休日出勤とはいえ、ガンダムベースに来る口実ができたのは喜ばしいことなのかもしれない。

 業務を終えて、店長がしているのと同じ、ガンダムベースの店員が纏う制服みたいなものであるハロプリントのエプロンを解いてロッカーに仕舞い込み、タイムカードを切る。

 あるかどうかはわからないが、タイムカードRTAがあったら記録を狙えるんじゃないかと自賛したくなるほど一連の動作を素早くこなしながら、愛香は休日の昼間ということもあり、人でごった返している店内に今度は来客として足を踏み入れた。

 

「大きな剣となると意外と持ってるガンダムって少ないんだよね」

 

 愛香が脳裏に描いていた新たなる剣の姿は、奇しくも寝落ちしかけながらも見届けたアルケーガンダムと同様に機体の身長ほどの長さと大きさを持つバスターソードだった。

 土曜日を使って、大剣だけに絞り込んでガンダムとの組み合わせを調べていたが、出てきた中で代表的なのは機動戦士ガンダムSEED DESTINY──奇しくもシーサイドベース店の守り神として聳え立つエールストライクガンダムが出てくる作品の続編である──の主人公機であるデスティニーガンダム、そして先ほどのアルケーガンダムと、同じ作品に出てくる00ガンダム、その後継機であるダブルオークアンタ、そしてガンダムSEEDの外伝である「ASTRAY」に出てくる、ブルーフレームセカンドL辺りだった。

 難儀なのは、愛香にとって「大きな剣」という定義が愛機であるコメットコアガンダムにそのまま当てはまるとは限らないことだ。

 十八メートルクラスの機体にとっても「大きな剣」であるなら、それはより小さな体躯のコメットコアガンダムにとって、「超大きな剣」になってしまうことだ。

 一応、二回目のハードディメンション・ヴァルガへのダイブでモヒー・カーンのザクⅢへとトドメを刺した時には、恐らくブルーフレームセカンドLの剣をベースとしたアキノの武器を使わせてもらった形になるが、あれは剣自体が推進装置と遠隔操作機能を組み込んでいたため、アキノのアシストがあってようやく運用できたという趣が強い。

 それに、あくまであれはアキノの武器だ。彼女の癖に合わせたそれは彼女自身が使った方が強いだろうし、実際、マニュピレータが損傷していなければそうしていただろう。

 他人の剣に対して譲ってくれ、頼む、だとか、殺してでも奪い取るとかそういう選択肢が存在するゲームもあるが、NPCを相手にするからできることであって、間違っても人間相手にやっていい行いではない。

 何より、愛香にアキノの剣を借りるというチョイスは最初からないのだ。

 でなければ、わざわざガンダムベースに足を運んだりしないのだから。

 作品ごとに分けられたエリアを散策し、とりあえず目につけた、HGCEデスティニーガンダムの箱を手に取って、愛香は小さく首を傾げる。

 

「うーん……大きさ的には多分許容範囲だし、折りたためるのはいいけどどうやって機体に付けよう」

 

 アロンダイト。決して折れない伝説の剣を名前の由来に持つ対艦刀ーー実体剣とビームサーベル双方の性質を持つその剣は、愛香が採用しようと思った第一候補だった。

 先ほど呟いた通り、刀身を折り畳めるというのが何よりも魅力的だ。コメットコアガンダムは小柄なのもあって、武装を持たせたとしてもそれをマウントするレイアウトにも気を払わなければいけない。

 そうなると、確実にどこかしらに改修を加えなければならないのだが、いざキットの箱を手にしてみれば、あれほどイメージしてきたはずの、アロンダイトをその手に持ったコメットコアガンダムの姿が思い描けないのだ。

 

「うーん……」

「……もし、なにかお探しでしょうか?」

 

 そよ風のような声が耳朶に触れたのは、頭から煙でも噴き出しそうな勢いで愛香が首を捻っていたその時だった。

 声がした方に振り返れば、そこには車椅子に腰を落ち着けた、全体的に儚く、そして「薄い」印象を抱かせる女性が、愛香に微笑みかけている姿がある。

 絵理とよく似て、真っ直ぐに伸ばされた髪の毛は色素が薄く、黒というよりは紫に近い印象を受けるし、その瞳も同様に、角度によっては薄紫に見えなくもない淡い色彩を湛えていた。

 決定的に違うのは、彼女が車椅子に乗っているのと、その目には儚くも確かな光が宿され、焦点を結んでいることだろうか。

 色素の薄い長髪をまとめたリボンが、全力稼働する空調にふわりと揺れる。

 

「あ、すみません……邪魔でしたね」

「いえ、そのようなことは決して……何かお探しの様子でしたので……よろしければ、わたくしもお手伝いいたしましょうか……?」

 

 これでもわたくし、ある程度ガンダムは嗜んでおりますので。

 全体的に薄い感じの女性は儚げに微笑みかけると、愛香へその右手を差し伸べた。

 ガンダム好きは良くも悪くもお人好しが多い。

 彼らがまくし立てる専門用語やモビルスーツに対する細かい造詣は、知らない人間に対して純粋な善意での解説を行っているのだと愛香たちのような「知らない」側の人間も認識しているが、そもそもガンダムとザクの違いすらわからない人間にグフだのドムだのヅダだのと種類を並べられても、パンクしてしまうからすれ違う。

 ぶつけ合い、傷つけ合うことを望んでいないはずなのにすれ違いがその痛みを生み出してしまう。儚い世の摂理だ。

 嗜んでいる、と控えめな言葉を使っているものの、ガンダムベースを訪れる利用客たちを観察する愛香の目には、その女性の瞳は間違いなく「ガチ」のそれだと映っていた。

 

(まあでも、店長の時もそれで正解だったし……餅は餅屋だよね)

 

 バイトを始めた時ならいざ知れず、今の愛香はある程度であればガンダムの知識を備えている。

 目の前にいる薄く儚い感じの女性がそんなことを喋る光景を想像するのこそ難しいが。例え濃いトークをぶちまけられたとしても日頃の接客スキルを活用すれば対応自体は可能なはずだ。

 これらの打算を二秒に満たない間に済ませ、愛香は女性の出してくれた助け舟に乗ることを決めた。

 

「えっと、あたし、剣持ってるガンプラを探してて……」

「それなら、鉄血のオルフェンズに登場する機体はいかがかしら……? 主役のバルバトスルプスが持っているソードメイスも剣と定義できるものですわ、それに……ガンダム・バエルが持っているバエル・ソードは有名でしてよ……?」

 

 こほっ、こほっ、と、長広舌を一息にぶち撒けたせいなのか、女性は軽く咳き込んでしまう。

 

「えっと……ありがとうございます、大丈夫ですか?」

「ええ……わたくし、どうにも身体が弱いもので……ごめんあそばせ。咽せてしまっただけですわ……」

「なんていうか、ごめんなさい……」

 

 バエル・ソードについても一応愛香は調べていた。奇しくも「折れない剣」という言葉にアロンダイトと縁を持つその武器ではあったが、同じ作品に登場する武器、それこそ先ほど女性が挙げたソードメイスなどと比較して軽量であることも含めて、恐らく近距離での取り回しを優先したのだろう。

 標準的なサイズであるバエルと比較してもその刀身は決して長いとはいえず、剣そのものがダメージディーラーとしての要なのではなく、翼を象ったスラスターが生み出す推進力とその機動力を活かして懐に飛び込み、手数で圧倒することこそがバエルという機体の本質なのではないかと、愛香は考えている。

 一応、目指している戦闘スタイルそのものは近いため、バエルとコメットコアガンダムをミキシングする案も考えてはみたが、可愛くないということでシンプルに却下していた。

 と、そこまで詳細に語ったわけではないが、軽さは確かに求めているけれど刀身のサイズが短い、といった具合にお茶を濁す形で、女性へと自身が求めている剣について愛香は語った。

 

「なるほど……刀身、となると残念ですが、バエル・ソードは短めですわね……そうなってしまいますと……」

 

 女性は残念そうに細い眉を八の字に歪めるが、しばらく考えこむように小首を傾げると、車椅子の肘掛け、その左側に提げていたトートバッグに手を入れて、ごそごそと中身を探り出す。

 

「けほっ……ああ、ありましたわ……ならば、このキットはいかがでしょう……?」

 

 女性が取り出したのは、単色刷りの小さな段ボールのような材質のパッケージにガンダムアストレイ……アキノが使っていた剣の元ネタである武器の持ち主とは別の、恐らくレッドフレームと呼ばれるそれが印刷されているものだった。

 

「これは……」

「カレトヴルッフ……昔に雑誌の付録でキット化されたものですわ、ですから、こほっ……塗り分けは難しいかもしれませんが、長く、軽い……そして大きな剣ですわ」

 

 カレトヴルッフ。立体物としては一番最初に、模型誌の付録としてキット化されたそれが現在、市場においてどれほどの価値を持っているか愛香はわからない。

 だが、昔の付録というのは得てしてプレミアが付きやすいものだ。それをこの女性は、愛香が勘違いしているのでなければ惜しげもなく差し出そうとしているようにも見える。

 

「いや、あの……あたしの勘違いだったら申し訳ないんですけど、その……これを、あたしに?」

「ええ……貴女、剣を探していらっしゃるのでしょう?」

 

 となれば、GBNを嗜まれていらっしゃるのですわね。女性は少し咳き込むと、朗らかに、しかし儚く薄い笑みを浮かべながら腰を浮かせて、右手に持ったカレトヴルッフの箱を愛香へと差し出す。

 

「わかっちゃうもんですか」

「特定のパーツを探す方は、あの遊戯を嗜まれている傾向にありますの……そして、わたくしもまた嗜んでいる身……同じダイバーが困っているのであれば、よしみで手を差し伸べるのも、やぶさかではありませんわ……」

 

 それに、蔵を掃除していただいた時に出てきたものですので。

 差し出されたカレトヴルッフを受け取りつつ、愛香はさらっと飛び出してきたスケールの大きな単語に、引きつった笑みを浮かべる。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 蔵ですか。声にこそ出さなかったが、内心愛香は押し寄せてくる恐れ多いような、申し訳ないような、なんというか小市民そのものな自分と生きている世界が違うような感覚に、手にしたカレトヴルッフの箱が鉛に変わったかのような重苦しさを覚える。

 純白のワンピースといい、いかにも深層の令嬢といった出で立ちだが、カレトヴルッフの市場価値に頓着しないことも含めて、この人はガチのそれなのだろう。

 

「貴女、お名前は……?」

「あたしですか? 愛香。朝村愛香です」

「そう、愛香……美しく、素敵なお名前……わたくしは凛音…… 桜宮(さくらのみや)凛音(りんね)と申します。もし、ご縁があれば……どちらの世界でも、また、あいまみえたいものですわね……けほっ……」

 

 桜宮凛音。彼女が持つ「もう一つの名前」が名乗ったそれと同じなのかどうかはわからないし、凛音もまた愛香と読みを同じくしつつも意味を異にする「アイカ」という名前を尋ねることはなかった。

 

「御嬢様、僭越ながら……」

「ええ、石動……元々これを組み立てるだけのつもりで作った時間が、素敵な出会いに変わる……これもまた、一つの革命なのやもしれませんね……」

 

 うわ、と、愛香が驚愕に声を上げる間もなく、さながら人々の影に溶け込んでいたかのように何の気配も音もなく、石動と呼ばれた、燕尾服を身に纏う長身の男性はその場に突然現れた。

 恐らくは凛音とのやり取りをずっとどこかで、いや、気付かなかっただけですぐ近くで見ていたのだろうが、身のこなしは見た目から連想する執事どころか暗殺者のそれだ。

 目を凝らして注意深く辺りを窺えば、凛音と付かず離れず、何かがあればすぐその身を盾にできるような距離感で、目立つ燕尾服姿であるにも関わらず気配を極限まで薄くした男性が残り四人ほど愛香を包囲している事に気付く。

 

(下手なこと言ったらあたし、東京湾に沈んでたんじゃ……)

 

 冷や汗が一筋、愛香のこめかみを伝って落ちる。

 改めて凛音へ礼を伝えると、愛香は全力で駆け出して、ガンダムベースを後にする。

 いや、なんというか、濃い。薄いはずなのに、全体的にカロリーが高すぎる。

 考えてみればここ最近、こんなことばかりだ。帰りの電車にまだ石動と呼ばれた男の、こちらを鋭く見定めるような視線が残っている錯覚に、愛香は思わず身を震わせてしまう。

 

「……よし、考えないことにしよう!」

 

 何はともあれ、求めていた剣は手に入った。

 それが全て。凛音さんって優しい人に譲ってもらった。他には何もなかった。あたしは何にも見なかった。

 愛香は呪文のように、声には出さず呟き続ける。

 カレトヴルッフとやらがどんな武器かは調べていないからわからないが、凛音の言葉を信じるのであれば自分の要求に応えうる武装なのだろう。

 まだ鉛のようとは行かずとも、どこか重さと圧力を感じる、単色刷りの箱を胸元に抱き寄せて、愛香はその中身に想いを馳せる。

 数十分後、凛音が「塗り分けが難しい」と、大剣であるにも関わらず、「軽い」と評していた理由の根幹である真っ白なランナーに頭を抱えることになることを、この時の愛香はまだ知る由もないのであった。




【桜宮凛音】……GBNを運営する会社の大株主を務める商家のご令嬢。生まれつき身体が弱く、一日のほとんどを病室で過ごしているが調子のいい時はガンダムベースに足を運んでいる。GBNのアカウントも保持しているらしいが……?
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