偵察というのは、最も能動的にして効果的な攻撃手段である。
フォースランキング第二位、「第七機甲師団」を率い、「智将」の二つ名で恐れられているやたらとモコモコしたオコジョ──のダイバールックにその獰猛な本性を包み隠した推定男、ロンメルがGBN黎明期に語った名言として今も語り継がれているそれが、真実なのかどうかは定かでない。
だが、経緯の怪しさはともかくとして、それがフォース戦においても、個人戦においても勝敗ないしアドバンテージを最初に決める絶対条件である、というのはチィも同意するところだった。
漆黒の宇宙空間、星々の微かな光さえも届かない暗礁地帯。
展開された肩部装甲から噴出されるミラージュ・コロイドを機体に纏わせ、チィは静かにその空間で息を潜めていた。
以前遭遇したブリッツガンダムが搭載していたそれを「セコい」と評したチィだが、掌にボールジョイントを搭載し、ブーメランを握りしめていなければGBNでは生きていけない。
偵察、斥候という己の任務を鑑みれば、セコかろうがアコギだろうが、この武装は積み得なのだから。
しかし、偵察という任務は得てして地味なものだ。
故にこそ、人気を博すようなものではない。
自ら進んで引き受けているものの、チィもそれは認めるところだった。
GBNにおける「環境構築」に、偵察やステルス機がその名を連ねたことはない。
その理由は様々だが、まず、いつの時代も「環境」を握るのは他のゲームでいうところのDPS──要するにアタッカーであり、その華々しさに人々は魅了され、アタッカー構築は「環境」に合わせて形を変えながらも戦場の花形として君臨し続けている。
一応、以前に何故かランサーダートの攻撃力や弾速、当たり判定がダインスレイヴと同一のものとして判定されるバグと、ミラージュコロイドが攻撃動作中も継続するバグが発生した時は「ミラコロダインスレイヤー構築」なる暗殺スタイルがランキングに溢れ返ったこともあった。
だが、その天下は当然の如く実施された緊急修正により僅か二日、セミの一生どころか明智何某が築いたものより遥かに短く終わってしまった為に例外だろう。
それに、ランキング二桁以上の上位者となれば透明化していようがなんだろうが、気配や痕跡を問答無用で読み取った先行攻撃で確殺するという人間離れした芸当を当たり前にしているのだからどうしようもない。
現にミラコロダインスレイヤー構築が流行った時だって、上位三桁、具体的には百位ぐらいまでに並ぶ名前は何一つ変わらなかったほどだ。
あれは最早人間の形をした別の何かだと、チィはそう思っている。
だが、ランキングや環境に名を連ねないからといって、このGBNにおいて偵察機は無用の長物なのか?
そう問われれば、答えは否だ。
先程のロンメルが戦略、戦術に重きを置いている、個人の超絶技巧に重きを置く傾向が強い上位ランカーの中では、特異なタイプであることを例外においても、フォースランキング第一位、不動のチャンピオンにして人間災害のような超絶技巧を誇るアタッカーたるクジョウ・キョウヤが率いる「AVALON」も、そのメンバーに偵察を生業とするダイバーを迎えている。
それを鑑みれば、特にCランクからAランクに上がりたて辺りのダイバーがその問いを首肯する行いが、ナンセンスなものであることは明白だろう。
チィが暗礁空間から飛ばしていた、同じくコロイド粒子を纏って透明化していた観測機が、今回の「敵」に当たる存在が潜んでいる廃コロニー内部の映像を、ガンダムグラスランナーのコックピットへと転送する。
「なるほどねぇい……」
チィは観測機が捉えた「それ」の威容に、慄くどころかしてやったりとばかりに唇を歪めてニヒルに微笑む。
敵の正面戦力の内訳は、チィより先に飛び立って今、黒い宇宙に光の花を咲かせている、レドームを背負ったゼータプラスが、「お味方」に転送してくれていることだろう。
ならば、チィが調べるべきことは一つ。敵の「隠し球」を見抜き、その情報を持ち帰ることだ。
そう、どんな犠牲を払ったとしても。
チィは早速、捉えたビッグガン──「機動戦士ガンダム サンダーボルト」に登場する巨大な狙撃砲を構えるザクと、その護衛として残っていたのであろう高機動型ジオングの存在を本陣に伝えるべく、慣性移動で安全に本陣へと帰還しようとした。
だが。
観測機からの映像が途切れる。流石に、チィがビッグガンがはっきり見える距離まで飛ばしていれば、機体から伸びるワイヤーもまた、相手に見えていたということだろう。
そこに不可視の脅威がいることを認めた高機動型ジオングが、ビッグガンの情報を持ち帰らせまいと、ワイヤーが伸びていた方向へとブーストを蒸す。
「これだから有線は……っと、まあ無線ならそもそも透明化できねーからこんなもんか」
観測機が無線か有線かというのにもまたメリットとデメリットが同居している。
一応、チィはその両方をコンテナの中に積み込んでいるが、今回は敵に伸ばしたワイヤーから位置を悟られることより、透明化したそれを飛ばせるメリットを取った。
そして、その選択は十分すぎるほどに利益をもたらしてくれた。
「へっ、今更気付きやがったところでおせーんだよ!」
とはいえ、流石はAランクダイバーとでもいうべきだろう。ワイヤーの伸びていた方向から廃コロニー近くの暗礁宙域にチィが潜んでいることを一発で見抜き、強みの弾幕砲火、その一斉射でデブリを排除しつつ、大型の機体である高機動型ジオングでの侵入経路を確保するという一連の芸当をやってのけているのだから。
だが、その観察力はもっと前に、具体的には試合開始前に活かすべきだった。
ミラージュ・コロイドを切って姿を現したチィのガンダムグラスランナーは、デブリの破片を蹴り飛ばしながら、レーダー上で味方を示す青い点と敵を示す赤い点が団子になっているところを目指して全力で逃走する。
「わりーが、もう一回チィの役に立ってもらうぜ……!」
『この……やってくれた、しかし、逃すわけにはいかないな!』
ポップした通信ウィンドウに映し出される、機動戦士ガンダムに出てくる仮面の男、シャア・アズナブルが被っていたヘルメットとマスクを被った女性、ダイバーネーム「シャルロット」は高機動型ジオングの両腕を分離させ、オールレンジ攻撃でチィを捕らえようと試みた。
その判断そのものは妥当だったといえよう。
だが、機体のチョイスが悪かった。
チィは本体に遅れて射出された高機動型ジオングの両腕ーー有線オールレンジ攻撃の端末となったそれの機動を目視し、最低限の機動で「置かれた」攻撃を予測しながらのらりくらりと乱戦エリアへ退避していく。
別に、高機動型ジオングという機体は悪い機体ではない。敵機に高速で接近し、有無を言わさず得意距離からオールレンジ攻撃を叩きつけるという勝ち筋は、無論チィも警戒するところだった。
あえてシャルロットが誤ったところを挙げるのであれば、その手札を切るのが早すぎたところだろう。
高機動型ジオングは、大型バックパックを装備することでその速力を大幅に強化しているが、腕に追加装備は施されていない。
つまるところ──
『な……っ!?』
「付いてこれねーんだよな」
大幅に上昇した本体のスピードに対して、端末の推進力が追いついていないのだ。
そうなれば、あの機体に追跡を行いながら切ることのできる手札は、口部メガ粒子砲ぐらいしか残されていない。
チィを追いかけることに夢中だったのか、本体に置き去りにされる形でデブリの残骸に引っかかって、線が切れてしまったオールレンジ攻撃端末を一瞥してチィはにやりと笑う。
『こ……っの、Cラン風情が!』
「化けの皮剥がれてんぜ、っと……!」
『なっ……』
シャルロットが怒りに任せ、足を止めて照射した腰部のメガ粒子砲をチィは回避したが、その先にいたものは青い点──つまり、味方側の機体であるジム・ガードカスタムだった。
『てめえ、味方を何だと思ってやがる!?』
「避けないあんたが悪いんだよ、チィは悪くない。ついでに言っとくとチィの仕事はなんだと思ってんの?」
咄嗟にその大楯を構えることでメガ粒子砲の直撃をいなした味方側のダイバー、「ジミー」はチィに対して口角泡を飛ばす勢いで怒りを露わにするが、それもどこ吹く風とばかりにチィは片目を瞑ってせせら笑う。
「はいよ、これがチィの報酬分の仕事だから。敵さんビッグガンであんたらを一網打尽にするつもりだったっぽいよ、多分フラッグ機もそいつ」
フラッグ戦。フォース同士の戦いにおけるメジャーなルールの一つで、どちらかが全滅するまで戦うのではなく、例え数の上で劣勢になっていたとしてもフラッグ機……フォースでの役割はともかく、その試合における大将機の首さえ獲れば勝利できるというものだ。
そして今、そのフラッグ戦で凌ぎを削っていたのはチィの味方であるフォース「ジムの惑星」と、ビッグガンを隠し球にしていた「ゾック・ズゴック・ジョング」だった。
だが、味方であれどチィは「ジムの惑星」に所属していない。
いわゆる傭兵というものだ。事前に規定の報酬を支払った上で外部戦力をフォースに招聘する。
GBNの運営も正式に認めているルールに則って、チィは同じく傭兵であった黒いゼータプラスが囮となって敵の正面戦力を調査している間、隠された戦力を暴き、その情報を持ち帰るという契約で「ジムの惑星」にこのフラッグ戦の間だけ雇われているのだ。
『クソ……っ、礼は言わねえからな』
「別にいーよ、これがチィの仕事だし」
吐き捨てるジミーを横目に見つつ、チィは自身に飛んでくるミサイルだけを両手に持ったビームマシンガンで撃ち落としながらそう返す。
GBNにおける傭兵など、良くも悪くもそんなものだ。
貰った報酬と任された仕事は命をかけてでも達成するが、それ以上のアフターケアは気分と金額次第といったダイバーは決して珍しいものではない。
変わったところでは、傭兵派遣専門のフォース、「セルピエンテ・クー」辺りはアフターケアまで万全にこなした上で己の仕事を達成するダイバーたちで溢れているが、その評判も折り込んで自分たちを売っている以上、雇用報酬として提示される条件も高い。
チィが雇われたのは、「どんな情報もとりあえず生きて持って帰ってくる」という点を買われただけで、「ジムの惑星」のリーダーである男、シン・ショウイもそこに「敵対する脅威の排除」を最初から含めていない。
とはいえ、味方を犠牲にしてでも情報を持ち帰るというチィの姿勢は、決して心証がいいものではないのだろう。
それを示すように、すれ違ったジムからポップした通信ウィンドウに映る、黄色い連邦軍ヘルメットを被った男──そのシン・ショウイ当人は露骨に舌打ちをしていた。
ビッグガンの情報を共有したことで、各個に散開しながら、近くの機体と即席のツーマンセルを組んでは離れるといったことを繰り返し、道中で腕を失っていたシャルロットの機体や、チィにミサイルを放っていたガッシャを排除していく。
だが、あくまでも最低限の脅威だけだ。
後ろから撃たれようと、前に立ちはだかられようと、極端に邪魔でなければ機動力で振り切る。
情報という最大のアドバンテージを得た「ジムの惑星」の正規メンバーたちが見据えているのはあくまで大将首だけなのだろう。
それが、彼らの選択だった。
『冷たいんだな』
「そーゆーあんたもお仲間っしょ?」
『違いない』
だが、そこに黒いゼータプラス……チィと同じく傭兵として雇われていたダイバー、「ディープ・ゼロ」と彼女の姿はない。
皮肉を込めて問いかけてくるディープ・ゼロの言葉に皮肉で返しながら、チィは大きく欠伸をする。
ミッションコンプリート。
コンソールがそれを伝えてくれるのはもう少し後だろうが、チィはコックピットの背にもたれかかり、物質化した1BCを指先で弾きながらそう呟くのだった。
「……ってなわけでごめん、ちょっと傭兵やっててさ」
「傭兵……」
アクティブ二千万人の玄関口であるロビーは、それ相応にフロア面積が広い。
Dランクへの昇格を果たしてすぐ、フレンドへのメッセージ機能で落ち合ったアキノと合流したアイカとエリィはとりあえずロビーにはいると言っていたチィを探し回って東奔西走していたのだが、いないのであれば見つけようもない。
ただまあ、チィにはチィの事情があるのだろう。
少し不満げに眉を潜めているアキノと、広いロビーを歩き回った感覚のフィードバックに息を切らせるエリィを横目に、アイカは合流が遅れたことそのものに何かを問うことはせず、チィの口から飛び出してきた剣呑な単語に首を傾げた。
「おう、他のフォースに一時的に雇われんの。まあ正規ミッション受けるより報酬いいからさ」
Cランク相応のミッションともなればまとまった額を稼ぐこともそう難しくはなさそうだが、座右の銘が「誠意は言葉ではなく金額」である彼女がそう言った辺り、身入りはいい仕事なのだろう。
「全く、貴女という人は……それで、全員集まったわけですが、どうされるのですか?」
「どう、っていうのは?」
「名前です。アイカさん、貴女が代表者となっているのですから私はそれに従いますが、エリィやチィに案があるなら、それを聞くのもリーダーとしての役目です」
普段は猫背気味で目立たないものの、エリィのそれに勝るとも劣らない、きっと下を向いたら地面が見えないぐらい豊満なバストを支えるように腕を組み、背筋を伸ばしてアキノはアイカに凛と言い放つ。
リーダー。
飛んできた言葉に、アイカはしばらく思考が追いつかなかった。
単語の意味は理解しているが、リーダーという役割を紐解くなら、相応しいのは自分ではなくアキノの方だろう。
フレンド申請時に交換したプロフィールカードにも、アキノのランクはA──二千万人の中でも上位に位置することの証明が輝いているし、何より性格的にも物事を取り仕切るのに向いていると、アイカはそう思っている。
「ん? チィもアイカがリーダーっつーか代表者だと思ってたけど……ああ、名前なら何も浮かばねーから適当でいいよ」
フォース、ビルドコインってのは悪くねーかもしれねえけどな。
いつものように1BCを指先で弾きながら、少し意外そうに目を見開いてチィは言った。
「……わ、わたし、も……アイカ、さんに……その……誘って、いただいた、ので……あ、あと……名前も……特に、浮かばない、ので……」
もじもじと俯きながら頬を赤らめ、エリィもチィとアキノに追従する。
「うーん……まあ確かに言われてみれば」
アイカからしてみれば、GBNでフォースを組むまでにのめり込むきっかけとなったのはむしろエリィの方だったし、巻き込まれ事故のようなものではあったけれど、チィとの縁だって彼女が運んできたもので、アキノとの縁は自分たちが手繰り寄せたのかもしれないが、そこに再会を願ったのはエリィの方だ。
とはいえ、人間関係なんてものは角度が変われば色も模様も変わる万華鏡だ。
アイカがそう思っていなかっただけで、他の三人から見れば、この奇妙な縁はアイカを中心にして結ばれたものだったのだろう。
「リーダー、って柄じゃないけど……」
アイカは少し諦めたように苦笑し、コンソールに改めてフォース結成申請を出しながら、今度はエラーメッセージではなくフォース名を入力するフェイズへと正式に移行したそれに、指先で文字を打ち込んでいく。
「フォース、リビルドガールズ……って、どうかなっ☆」
リビルドガールズ。直感的にアイカの頭をよぎっていた言葉だったが、そんなに悪くないものではないだろうかと、これまでの縁を振り返ればそう思う。
GBNという場所で再構築されたエリィとの縁。チィの提案で再構築された自分にとってのGBNという場所、そして、きっとアキノに助けてもらえなかったら、再構築されることはなく崩れていたであろう、自分たち。
「まあ、悪くねーかな」
「リビルド……再構築ですか、確かに私にとってもその言葉は当てはまりますね」
「……え、えっと……わたしも……アイカさんが、いいって思う名前、なら……おんなじ、です……」
反応は三者三様。あまりいい名前ではなかったのかもしれないけれど、それでも三人とも、提案者であるアイカが精一杯考えた名前を否定することなく肯いて、フォースの加入申請を承諾する。
「うん、ありがとっ☆ それじゃ改めて……」
フォース・リビルドガールズ。
ようやく形となった、自分たちをこの仮想の海に繋ぎとめる名前を確かめ合って、アイカたちはそれぞれに笑う。
苦笑。微笑み。ニヒルな笑い。静かで穏やかな、どこか保護者のような笑み。
それさえきっとバラバラだったかもしれないけれど、間違い無くこの瞬間、アイカも、エリィも、チィも、アキノも、きっと向いている方向は同じだった。
「あの……」
そして、改めて一つとなった四人を呼び止める、折り目正しく遠慮がちな声が、アイカたちに新たな予感を運んでくるのだった。
戦隊ひとり(銭ゲバ)