ガンプラの仕様とガンダムの仕様、そしてGBNの仕様はそれぞれ微妙に異なる。
それを聞いた時に大体のダイバーは何を言ってるんだ、と、首を傾げるが、慣れてきた者ほどああ、と渋い顔をしたり、首を傾げた者が自分たちの側に来るところを想像してにやりとほくそ笑んだりするのだが、このややこしい仕様の違いは紛れもなく存在している。
ユニコーンガンダムは、奇しくもその代表例だった。
何ということはない。
ユニコーンガンダムという機体が、原作においてその最大の特徴としているのは、ユニコーンモードからデストロイモードへの変身を可能にしていることだろう。
だが、GBNにおいてメジャーなHGブランドのガンプラにおいてのユニコーンガンダムは、主に組みやすさや安全基準の存在、強度的な懸念など様々な面からの制約があって、ユニコーンモードとデストロイモードが、それぞれ別のガンプラとして発売されることになったのだ。
そして、GBNの仕様というのがまた複雑で、それ故に検証班も日々手を焼いているのだが──極端な話、どこまでシステムがダイバーをアシストしてくれるのか、についての範囲は、極めてわかりづらいものとなっている。
例えば両肩のパーツが外れて、ナックルガードになる、というギミックを採用したとしよう。
ガンプラとして考えた場合、製作者──ビルダーがその武器をガンプラのハンドパーツに持たせたい時は、肩から指で取り外し、手持ち用のグリップを展開するなり別パーツとして持ってくるなりして装備させる必要があるが、ダイバーギアにそのガンプラとジョイントパーツをスキャンさせれば、その工程は概ね自動化される。
恐らく思考を読み取ってその補助としているのだろう。
GBNでは、わざわざマニュピレータで肩のパーツを外して持たせる工程を踏まずとも、ダイバーが操縦桿での入力なり音声入力なりでその武装を起動すれば、両肩のパーツは自動的に外れて両の拳にぴったり収まってくれるのだ。
だが、その思考補助システムにも、システム的な制約は存在するらしい。
ユニコーンガンダムの場合は、変身をギミックとして実現したいと考えたのなら、HGを使用した場合エネルギーの総量を分割する形でユニコーンモードとデストロイモードの二体をダイバーギアにスキャンさせるか、もしくは。
デストロイモードへの変身を遂げたハマモリの機体が、目にも止まらない速さでビーム・マグナムを構えて、牽制射撃でチャッピーの足を止めるチィと、その間隙を縫って、大剣をジム・カスタム高機動型に叩きつけんとするアイカをその視界に収める。
なんてことはない。ハマモリがそのジレンマを解決し、変身ギミックを実現させたのは、RG──HGと同スケールでより細かくパーツ分割され、最初から内部フレームによる変身機構を備えているそれを採用し、さらにCランクから解禁される必殺技という要素を「時限強化の更なる性能強化」という形に押し込めて、ユニコーンガンダム・フルバーニアンが発動したNT-Dは原作のそれに近いスペックを発揮することに成功したのだ。
ハマモリが構えたマグナムが、覗き込む照星が動揺で微かに揺れる。
確かに今マグナムを撃てば、チィとアイカ、そして事実上行動不能に陥っているエリィを一気に撃墜することは容易かもしれない。
そうなれば形勢は一気に自分たちの有利に傾く。
だが、間違いなくチャッピーはその余波に巻き込まれるだろう。
チャッピーの機体は、通信ウィンドウにポップする彼の周囲にレッドアラートが浮かんでいるように、どのみち撃墜されるのは時間の問題だ。
ここでハマモリが彼を巻き込んで撃ったとしても、その戦果が上回っているのであれば不問とする、とハマモリの肩を持つダイバーはいるだろう。
だが、ナンブから受け継いだフォースが、「名機アルビオン」の信念が、ハマモリが抱こうとしたその鉄心を揺らがせる。
一人は皆のために、皆は一人のために。隊は家族で兄弟、互いに助け合うことで戦場で生きていける。
或いはその信念は、猜疑に歪んだ暗い瞳にせせら笑われるものなのかもしれない。嘘を言うなと、心を鉄にして、自分のために死んでくれと味方を巻き込んででも勝利を手にすることこそ至上の目的であると、誰かは言うのかもしれない。
だが、ハマモリにそれはできなかった。
潤沢に弾が残っているであろうビーム・マグナムを放り捨て、ビーム・トンファーを展開した上でユニコーンガンダム・フルバーニアンは、ジム・カスタム高機動型とコメットコアガンダムの間に割って入る形で、アイカへ格闘戦を仕掛けていく。
『負けられない……負けられないんだぁっ!』
「何……っ!?」
「ユニコーン……!? クソっ、アキノが突破されたのか!」
体当たりで弾き飛ばされたチィが忌々しげに舌打ちをしながら、流星の如くバーニアの軌跡だけを残して漆黒の宇宙を駆け抜ける、ユニコーンガンダム・フルバーニアンを睨みつけた。
「RGなら、見たとこ五分ってとこか……?」
「五分って!?」
「あのNT-Dが持つ時間だ! クソ……アイカ、持ち堪えられるか!?」
時限強化武装に対するシンプルな対策は、その時間が切れるまで逃げ続けることだ。
GBNにおいてその環境構築の一部であるとされるトランザムシステムも、完成度によってまちまちではあるものの制限時間が存在している。
一応、リミッターを解除するという形で無理やり稼働時間を延長することも可能だが、それを行えば機体はオーバーロードに耐えきれず自爆してしまうだろう。
そして、ハマモリが勝利を諦めていないのであれば、無理やりNT-Dの稼働時間を延長するという手段は選ばない。
手負いのチャッピーに挟み撃ちという選択肢を取らせないよう、執拗に攻撃を加えながら、チィはそう推察する。
だが、アイカにそれが可能なのか。
ビーム・トンファーの一撃をビルドボルグで受け止めたものの、大きく体勢を崩したコメットコアガンダムに、ユニコーンガンダム・フルバーニアンが追撃のバルカン砲を連射する。
アイカとしては、即座に無理だと答えたいところだった。
あのユニコーンガンダムががむしゃらに振り回しているビーム・トンファーの一撃はあまりにも重い。
加えて、大剣であるビルドボルグの性質上、いかに軽く取り回しの良いものであったとしても、腕そのものが一つの武器ユニットとして機能するビーム・トンファーと比較すれば、手数の多さという点においては大きく遅れをとっているといっていいだろう。
五分。普段であれば何ということもなく過ぎていく時間が、どこまでも重く、薄く、引き延ばされていく感覚にアイカは冷や汗を流す。
膂力で鍔迫り合いを弾き飛ばし、アイカの体勢を崩したかと思えば、ハマモリはそこを追撃するのではなく、今度はチィへと襲いかかり、チャッピーへの攻撃を阻止せんと試みる。
まさしく獅子奮迅といった風情だ。
だがそれは、孤軍奮闘とも、目的が明確に見えていないとも言い換えられる。
左半身を喪失していながらも、撃墜そのものは免れていたアキノのミネルヴァガンダムが、ユニコーンガンダム・フルバーニアンの支配から解放されたIフィールドソードをその手に携えて、接近してくるのをチィは機体のメインカメラをビームの刃に切り裂かれながらも確かに視認していた。
「先程はしてやられましたが……!」
『こいつ、凝りもせず……もう一度ジャックを!』
「させっかよバーカ!」
『なにいっ!?」
瞬間、閃光がチィとアキノ、そしてハマモリの間で爆ぜる。
チィが最後の悪あがきとして腰部ラッチから取り外し、投擲したものはフラッシュグレネードだった。
原作ではNT-Dが発動していれば問答無用でファンネルはその支配下に置かれていたが、GBNにおいてはゲームバランスを考慮して、かざした掌から出るモヤのようなものが発生しなければ、サイコミュジャックはキャンセルされてしまう。
そして、チィの狙いは概ね果たされたと言ってもいいだろう。
左手を掲げようとしたユニコーンガンダム・フルバーニアンのメインカメラを、閃光弾の白が一色に染め上げ、ハマモリもまたその光に目を灼かれ、操縦桿から手を離してしまった。
「おおおおおおおっ!」
『クソっ、こいつっ!』
光が晴れたその瞬間、ハマモリが視界に捉えたものはミネルヴァガンダムが右手で大きくIフィールドソードを振りかぶる光景であり、反射的に頭部バルカンでの迎撃を試みるものの、それらは全て撃ち尽くした後だ。
しかし、半身を失ったバランスの悪い状態で大剣を振るうというのは、さしものアキノとて難しかったのだろう。
Iフィールドソードは、ミネルヴァガンダムとは対照的にユニコーンガンダム・フルバーニアン、その右半身を確かに切り裂いていたものの、コックピットへの直撃には至っていない。
『ハマモリ……クソっ、遅せぇが……俺ぁなあ!』
右腕と右足を喪失し、奇しくもユニコーンガンダム・フルバーニアンと似通った損壊状況となっていたチャッピーのジム・カスタム高機動型が、渾身の一撃を放つも僅かに届かず、大きく体勢を崩したミネルヴァガンダムに肉薄し、残存していた左側のビームサーベルを思い切り振るう。
「アキノ!」
「……っ!」
チィの警告を受けて、アキノは反射的に操縦桿へ回避を入力していたものの、AMBACーー四肢を利用した慣性制動が効かなくなっている上、重量のある大剣を右手に握ったままのミネルヴァガンダムでは僅かに身を捩ることしかできず、コックピットへの直撃こそ避けられたものの、ビームサーベルの刃は損傷していたアキノの機体を切り裂いて、右腕を脱落させていた。
だが。
「あたしが……まだぁっ!」
「いい加減往生しやがれってんだこのヒゲオヤジ!」
有線式の観測機をコンテナから展開することでそれを奪われたメインカメラの代替としたチィがアーミーナイフを構えて、そしてハマモリが硬直していた隙を見逃さずにビルドボルグを突き出したアイカが、それぞれに狙いを定めた相手へと肉薄していく。
チャートが崩壊した時、重要になるのは復帰の道筋を立てるアドリブ力だ。
ハマモリがビーム・マグナムでの立て直しを選ばなかったことは、そういう意味では不正解であったのだろう。
もしも同じ立場にチィが立たされたのであれば、迷いなくその選択をしていた。後でアキノからお説教をされたとしても、アイカとエリィ、GBNに染まり切っていないお人好しから見捨てられたとしても、それでも手にする勝利──はどうでもいいが、金はチィにとってなによりも重い。
だが、チィにハマモリの選択を詰ることはできなかった。
チィが重きを置いているのが金であるなら、彼にとってのそれは情であるのだろうから。
それを理解こそできなくても、踏みにじって中指を立てる正当性などこの世のどこにもなければ、チィにとってその必要性もない。
絆されてハマモリのカバーに回ったチャッピーがもう少し早く、チィの挑発に乗っていなければ、もう少し違う結末もあったのだろう。
そんな世の無情を、人が考えてしまうもしもをニヒルに笑い飛ばしながら、チィは己の仕事であるチャッピーの始末を、その背後からコックピットへとアーミーナイフを突き立てるという形で完遂する。
「殺っちまえ、アイカぁっ!」
「てやああああああッ!」
──討ち、貫け。あいつよりも早く。何よりも速く。
アイカは一心に、チィからの激励も置き去りにして、あのユニコーンガンダムを、その心臓であるコックピットを貫くことだけに思考回路の演算能力、その全てを回して、咆哮と共に全力でブーストを蒸す。
そんなアイカの想いに応えるかのように、コメットコアガンダムの翡翠の双眸が凛と一瞬の光を放って、クロスレンジを飛び越えたビルドボルグの先端は、確かに一角獣の心臓を、そのコックピットを食い破ることに成功していた。
フィードバックされる衝撃に、ハマモリはコックピットの背面へと強くその背中を打ち付ける。息が詰まり、予感した敗北が、彼の視界を絶望に染め上げようとしていたが。
『まだだ……まだだぁっ! ウッキィィィィス!』
あのロングレンジ・ビームキャノンは冷却に時間がかかるという欠点を抱えているが、もう十分だろう。
そして、メインカメラを失ったチィの機体と、四肢を脱落させて事実上行動不能になったのに等しいアキノの機体とエリィの機体、そして今まさに自分のコックピットを食い破った、言い換えれば足を止めているの機体は、乱戦の影響でほとんど一箇所に固まっている。
「……アイカさんっ!」
「……っ、エリィちゃん!」
アイカがこの時抱いていたものは、恐怖などでは決してなかった。
エリィが「見て」いた直感が、そして、ビルドボルグーーあの時、凛音が譲ってくれた、その原型となるカレトヴルッフの性質が色濃く残されているという事実が、仮想の死を予感し、恐怖に震えかけたアイカの胸を掴み、勇気へ向かうようにとその背中を押してくれる。
ウッキースが放ったロングレンジ・ビームキャノンは、果たしてハマモリの狙い通りにフォース「リビルドガールズ」の四機を確かにその射程へと捉え、光の波へと呑み込んでいた。
だが、アイカはビルドボルグの先端となっているビルドナイフをコアユニットから切り離し、爆発を待つだけだったハマモリの機体を両足で蹴り飛ばすと、ビルドカッターだけが残ったビルドボルグ、その刃の部分をビームの奔流へと向けて固唾を飲む。
陽電子リフレクターとは原理が微妙に異なるが、ガンダムSEED、その外伝である「ASTRAY」においては、全身を鉄壁の光に包み込んだ機体が登場する。
その光の壁──アルミューレ・リュミエールに対抗する手段は作中でもいくつか披露されているが、そのうちの一つは対ビームコーティングが施されている実体刃でそれを貫く、というものだ。
アイカは「ASTRAY」を読んだことがない。だが、彼女が取っていた対抗手段は、押し寄せる絶望に抗う解答は、奇しくもそれと全く同じものであった。
照射ビームを受け止める衝撃に、コメットコアガンダムの関節が軋み、その擬似感覚がコックピットのアイカへとフィードバックされ、操縦桿を握る手を離してしまいそうになる。
だが、負けられない。
エリィの反応も、チィの反応も、アキノの反応もロストした。そうなれば、生き残りは自分だけということだ。
そして、エリィが最後に教えてくれたことが、自分の命をまだこの漆黒の宇宙へと繋ぎ止めているのなら。
「負けられないのは……あたしも同じだぁっ!」
歯を食いしばり、アイカは咆哮する。
負けられない。それが何のためになるのかはわからない。
だけど、誰にその勝利を捧げたいかだけは、その物語は脳裏に描いている。
はらはらと涙をこぼし、教室の片隅で常に過去からの侵略に、消えることのない傷が生み出す幻影に苦しみ続けている絵理がいる。
自分が自分であることにさえ絶望して、保健室で一日中泣きじゃくりながら「ごめんなさい」と繰り返していた絵理がいる。
それでも、ビルドボルグが、いくつもの縁を鎚として鍛え上げられたこの剣が手繰り寄せた勝利を掴んだ時、このGBNで「エリィ」は確かに笑っていた。
──だったら。
果たして閃光の矢が駆け抜けたその後に、残っていたものは。
「エリィちゃんのために……死ねええええっ!」
『な、なんだよ!? エリィって誰……うわあああっ!』
ビルドカッターの刃を融解させ、頭部と両足は脱落しながらも、コックピットと両手を残したコメットコアガンダムが、咆哮と共にロングレンジ・ビームキャノン以外の装備を持たないウッキースのジム・キャノンIIへと肉薄する。
メインカメラは潰された。サブカメラもほとんど機能していない。
それでもーーあのハードコアディメンション・ヴァルガで味わわされた地獄は、その射線から狙撃手の位置を割り出すという術を闘争における本能として、確かにアイカへと刻み付けていた。
ビルドボルグは、カレトヴルッフが持っていた銃としての運用を捨てた武装だ。
だが、それは完全に機能を潰してしまったというわけではなかった。
エリィが、絵理が閃いた、ビームトーチの基部をそのグリップとして転用するというアイディアは、偶然でこそあるが、トリガー機能を持つものをグリップにするという意味ではカレトヴルッフとその根幹を同じくしている。
そしてそれは、アイカがグリップの差し替えをオミットしたものの刃を組み替えてマウントするという道を選んだことで、カレトヴルッフが元々持っていた性質を中途半端に残してしまったことで、活用するには極めて角度を限定することになるものの、コアユニットからビームを出力させる機能もまた生き残っていた、ということに他ならなかった。
アイカは剣を突き出すように向けたビルドボルグのトリガーを手当たり次第に引いて、恐らく空間戦闘に不慣れであることと長大な砲身が邪魔をしているのか、もたもたと身を捩ることしかできないウッキースの機体からその関節を、武装を剥奪していく。
そして、そうこうしている内に損傷したジム・キャノンIIのコックピットへと、ゼロ距離まで飛び込んだコメットコアガンダムが構えていたビルドボルグのコアユニットが突き付けられ、無慈悲に殺意を込めてその引き金をアイカは引くのだった。
【Battle Ended!】
【Winner:リビルドガールズ】
ダイアログが見せる勝利の通知。限界を超えて出力が注がれていたことで、耐久値がゼロになったことで爆発したビルドボルグは、最早グリップしか手元に残っていない。
それでも、それはアイカが、アイカとエリィの危うくも脆く、このGBNという仮想の海で再構築された絆が、勝利を手にしたことの証明に他ならなかった。
仮想の身体が解けて、意識と共にロビーへと再構成されていく僅かな間、ノイズだらけのモニターから垣間見える架空の
「いやあ、お見事でした。負けちゃいましたけど……GGです」
「あはは……こっちこそグッドゲーム、お役に立てたなら嬉しいですっ☆」
さっきまでは互いに殺意を交えて戦い続けていたダイバーも、試合が終わればノーサイドの精神で握手を交わしてお互いの健闘を称え合う。
GBNによく見られる光景に倣って、アイカはハマモリから差し出された手を握って、かけられたその言葉へ惜しみない称賛で応える。
実際、どちらが負けてもおかしくはなかった。
ハマモリが味方を見捨てなかったというのは戦術上のミスだったのかもしれない。だが、彼はそのミスを認めた上でも尚諦めずに、今は朗らかに笑っているアイカを、どこか怯えたような目で見つめている、サングラスをかけたフライトジャケット姿の青年──砲手として残していたウッキースがいることを把握し、彼にその勝利を託すというクレバーさでそのリカバリーを見事に図っていた。
もしもビルドボルグを持っていなければ、負けていたのはアイカたちの方だっただろう。
確かにアイカたちは勝利した。ビルドボルグはその決め手となった。
だがそれは、ハマモリのように計算によって生み出したものではない。
様々な偶然が重なったことで、紙一重でこぼれ落ちてきたワンチャンスを掴み取っただけなのだから。
そういう意味では、ハマモリという男は、ダイバーとしては勿論、リーダーとしても自分より格上で、その戦いにおいて自分は負けたのだろうと、アイカは苦笑する。
「リプレイモニターで見ていたぞ、ハマモリ……負けこそしたが、お前はよくやった」
「ナンブさん……」
「……悪かったなハマモリ、俺がカッとならなきゃあこの試合、勝てたもんだった」
「いえ、チャッピーさん。自分も未熟でした。まだまだリーダーとしてオムツは取れそうにないですが……これからもよろしくお願いします」
「へっ、言われるまでもねえ、お前も俺を上手く使えよ」
絆を確かめ合うその光景はきっと何物にも代え難い慶なのだろう。アイカとエリィはきらきらと輝く憧憬を、チィはなにかを考え込むような視線を、そしてアキノはちくりと心臓に針が突き立てられたような切なさを、互いにがっちりと握手を交わしたハマモリとチャッピーへと向けていた。
「あー……感動の場面で悪いんですがね、旦那?」
「えっと……チハヤさん、じゃなかった、チィさん? あれ、でもダイバーネームはチハヤだし、どっちで……」
「チィでいいよ、てか次チハヤって呼んだらチィはキレっからね……っと、それはさておきハマモリの旦那。払うもん払ってもらいましょっか?」
──うわぁ。
ここにいる誰もが、口にこそ出さなかったがそう思っていただろう。
端的に換言すればドン引きだ。にこやかな笑顔を浮かべ、右手の人差し指と親指で輪っかを作るチィに、アイカとエリィは露骨に目を丸くして、アキノはやれやれとばかりに頭を抱えて、そして「名機アルビオン」の屈強な男たちも、思わず後ずさっていた。
「クソガキ、てめぇ面の皮ナノラミネートアーマーかよ!? どうして今の流れで金の話になるんだよ!?」
「誰がクソガキだヒゲオヤジ、あぁん? 元々そーゆー約束でチィたちはアイカの決定に従った上で、そしてあんたんとこのリーダーのハマモリと、オブザーバーのナンブの旦那に許可もらった上で試合やってたんだよ、それがグッドゲームだろうがバッドゲームだろうが終わったら契約破棄してとんずらしますってんなら面の皮VPS装甲なのはどっちだ? んなこともわかんねぇのかてめーは?」
「いやチィちゃん、さらっとあたしを巻き込もうとしないで……」
「その通りですチィ、貴女はどうも報酬が絡むと血の気が多すぎる……すみません、アイカさん。チャッピーさん」
完全にチンピラ同士の喧嘩といった風情で金銭を要求し、一触即発の雰囲気を漂わせていたチィだったが、とうとう痺れを切らして溜息をついたアイカの表情を不憫に思ってか、アキノに頭を掴まれてずるずると引きずられていく。
「はっはっは! 何、構わん。元々そういう約束だったのは確かだ。それを破るのもらしくないだろうよ」
孫のいたずらを見守る祖父のような目でアキノに引きずられていくチィを見守りながら豪快に笑って、ナンブは報酬金譲渡の項目から約束通りの十万BCを、フォース「名機アルビオン」からという形でフォース「リビルドガールズ」の共有財産へと振り込んだ。
「うちのメンバーがすみません、ナンブさん……」
「何、リアルじゃあ俺にも娘がいるからな、将来迎えるかもしれないやんちゃ盛りだと思えば可愛いもんさ、それに」
「それに?」
「最後に……いいもんを見せてもらった。これで俺も……心置きなく老兵としてGBNを去っていけるってもんだ」
ふっ、と、ニヒルに笑ったナンブの瞳に、後悔の欠片がなかったかと問われれば、その答えに代えてアイカは首を横に振るだろう。
ナンブがどんな事情を抱えて、どんな思いで自身がきっと愛していたフォースとこの世界をさっていくのかはわからない。そしてそれは、踏み込んではいけないことなのだとアイカにも理解できる。
「ハマモリも見込み以上にやってけそうだ……負けるなってわけじゃあないが、立派なリーダーになれよ、お嬢ちゃん」
最後に、フォース「名機アルビオン」からの脱退申請をコンソールから選択し、涙を呑んでそれを承認したハマモリたちの敬礼に見送られて、ナンブの姿は現実世界へと解けて消えていく。
彼がアカウントを残すのかどうかはわからない。だけど、きっとこれだけ盛大に見送られるような人間が、潔くチィの条件を受け入れたような人間が、また二日、三日と経った後にしれっとこの電子の海へと戻ってくる姿は、アイカには想像できない。
アキノからお説教を受けているチィと、そして自身の半歩後ろに立ってナンブの別れを見送っていたエリィへ交互に視線を向けて、アイカは自身の中で生まれていた、どこかもやもやとしたような、血管を小さく針で突かれたような痛みを自覚しながら、そのままログアウトを選択する。
だが、意識が解けて現実へと引っ張られていく間に考えても、その感情の名前は、見つけられなかった。
「ねえ、絵理」
すっかり夜の帳が降りた街で、閉店時間を迎えたガンダムベースシーサイド店を後にした愛香と絵理は、いつも通りに駅までの家路を共にしていた。
自身の右腕に左腕を絡めて白杖を突く絵理に、愛香は眉根に深くしわを刻みながら、静かに語りかける。
「……愛香さん……?」
「ナンブさん、幸せだったのかな」
出会いがあれば、いつかはそこに裏返しになる別れが訪れる。
自身のスマートフォンにインストールされたメッセージアプリに残された、中学校時代の同級生の名前と、そして去年から更新されていないメッセージログを思い返しながら、愛香は絵理に問いかける。
「……え、えっと……その……あの……」
「うん、続けて?」
「……あの……き、きっと……きっと、そうなのかな、って……」
しどろもどろに、一語一語が間違っていないかどうかを確認しながら言葉を発するような絵理だったが、そこにある答えは決してあやふやで、曖昧なものではなかった。
「……そっか、ありがと」
「いえ……わたしなんかの答えが……お役に、立つなら……」
絵理は、もじもじと顔を赤らめて俯いてしまう。
まだ、きっとあの電子の海のように笑うことはできないのかもしれない。そして自分たちが前に向けて歩くごとに、それはいつか来るお別れに向けてのカウントダウンを一つ減らしていることに等しいのかもしれない。
それでも、あの電子の海と別れたナンブが、自身の愛していたフォースとその後継者を残したように。
──あたしも、何かを残せるのかな。
あやふやで、曖昧で。今も絶え間なく前へ前へと凄まじいスピードで進んでいく世界に押し流されるかのように、この世界でも、あの世界でも、愛香は、アイカはその中を漂っている一雫の塵に等しいのかもしれない。
それでも、積もった先に何かがあると、そう信じたい。
そして願わくば、それがーーエリィの、絵理の痛みに少しでも触れて、寄り添ってあげることのできるものならばいいと、理由こそ判然としないものの、確かにこの眠らない街とそれを見下ろす月明かりの下で、愛香はそう、強く願うのだった。
生きてる限り、願いは続く