あなたは何のためにゲームをしますか。
そんなことを問いかけられた時、理由を大雑把に括れば人類の概ね大半はどんな御託や綺麗事を並べようと「自分が気持ち良くなるため」と答えるに違いないと、アイカはそう確信している。
故に、クソゲーとは忌むべきものである。
時折、何かに取り憑かれたかのようにクソゲーの蒐集と打破に命を賭ける人種も存在しているし、現に名前こそ覚えていないがアイカの学校にもクソゲーハンターと名高い少年がいるのだが、まあ、それ自体が一種のバグのようなものだから割愛しよう。
クソゲーは三種類に分けられる。
そんなモノローグと共に、アイカは脳内で戦闘機が飛び交う映像と共に、インタビューを受けた兵士が指を3本立てて順に折っていくのを幻視する。
一つはバグまみれのやつ。ファイナルな感じの剣と魔法の世界で動く床になったら床だけが動いてプレイヤーが落下死したり、テキストボックスを持ち出してテクスチャの裏側に侵入できたり、果てはゲームとして成立しているかも怪しいようなものだ。
もう一つは、純粋につまらないやつ。シナリオが退屈だとかシステムが単調で苦痛だとかレベルを上げて物理で殴ればいいとか、ゲームへの介入がただお祈りするだけという絵のついたおみくじみたいな、そういうあれだ。
そして、今は──
逃避していた思考が炸裂音と共に仮想現実へと引き戻される。
アイカは今、エリィとハードコアディメンション・ヴァルガなる場所で納品ミッションを受けている最中なのだが、目の前に展開されているのは世紀末もかくやという地獄そのものだった。
『ヒャッハー!』
「今時テンプレ悪役ですらそんなこと言わないよね!?」
「あ、あぅ……わわ……っ……!」
攻撃用途なのか趣味なのか、ハリネズミのようにスパイクを生やしたガンプラたちが、世紀末な奇声とともにビーム砲やら火炎放射器やら思い思いの得物を手に、アイカの【コメットコアガンダム】と、エリィの【ヘイズルⅡ】を追いかけ回す。
初心者向けのお使いミッションを受けたらモヒカンの集団に襲撃された。
単純に今の状況を言語化するならこうなるのだろう。操縦桿型のコントローラを握り締める手に汗が滲む嫌な感覚に、アイカは眉を潜める。
「……変なとこまでこだわってるんだなあ」
「……か、感心してる、場合……じゃ……」
「うわっ、と!?」
『ヒャハッ!?』
五感のフィードバックはフルダイブMMOにおける、技術的な面でも倫理的な面でも大きな課題だが、どうやらGBNは挑戦を選んだらしい。
無駄な感覚に辟易して、溜息とともに捨て台詞を零している間にも、どこかから飛んできた流れ弾をアイカが回避したことで、射線上にいたモヒカンの一機が爆散する。
「たまやー☆」
汚い花火だ。そうじゃなければ天誅だろう。
天誅と言っておけば概ねこんな感じのリスキルや袋叩きが許されるクソゲーがあるなんて、巷で聞いたことはあるが何かの冗談に違いない。
スラスターを吹かしてモヒカンから逃げ回りながら、アイカは何度目ともしれない溜息をつく。
「にしても、逃げるだけなら結構なんとか……」
スタート地点が市街地だったのは、不幸中の幸いだった。アイカの機体もエリィの機体も、標準的なガンプラと比べれば小柄な方だ。
対して、モヒカンカスタムのガンプラ群は無駄な装飾で大柄になっている。
それだけではなく、自動二輪や或いは四輪型のサポートメカを携行しているなど、市街地という障害物や遮蔽物だらけの場所で戦うには制約が多い。
加えて、集団で固まっている以上、誘爆や誤射を恐れて範囲攻撃も制限される。
それに、嬉々として数の暴力で初心者をつけ狙うような相手だ。お世辞にも個々のスキルレベルが高いとはいえない。
逃げ回るだけ、という条件をつけるのであれば、アイカとエリィでもなんとかなる範囲ではあるのだ。
「ねえ、エリィちゃん」
「……な、なんですか……?」
「GBNって全体的にこんな感じなの?」
基本的に戦闘狂が上位を占めるゲームだということはアイカも事前に調べて知っていたが、今の状況は明らかに常軌を逸している。
「……あ、あの……その。ご、ごめんなさい……わたし、なにがなんだか……っ」
「だよねっ、あたしも変なこと聞いてごめん……」
涙をこぼしながら、エリィはしどろもどろにアイカの問いへ答えた。
思わずエリィに問いかけていたが、彼女も紛れもない初心者だ。このゲームの内情についてなんて、詳しく知るはずもない。
アイカたちは知る由もないが、このハードコアディメンション・ヴァルガという場所は所謂プレイヤーキル行為が許可されている、超が付くほどの危険地帯だ。
MMOにおいてプレイヤーキルは大きなペナルティを課される重罪だが、そのスリルを楽しんでか、或いは弱い者をいたぶる嗜虐行為に酔っているのか、それとも単にバーサーカーなのかはともかく、それでも、あえてその罪を犯す道を選ぶプレイヤーは絶えない。
GBNにおいては、通常のディメンション内であれば相手にバトルの申請をして、受諾された場合のみ戦闘行為が認められており、無許可での攻撃や撃墜に関しては重いペナルティが課せられることになっている。
当然、プレイ人口が多ければ多いほどこの問題は深刻化し、アクティブユーザー2000万人以上を抱えるこのゲームなら言わずもがなだが──一言で済ませるのなら、このディメンションが作られた理由は事実上運営が匙を投げたのに等しい。
要は隔離だ。PK行為を合法化する場所を作って、そこにそういうプレイヤーを収容しておけば通常ディメンション内において運営が介入せざるを得ないほどの事態は避けられる。
もちろん、ユーザーからフリーバトルが可能な区域を作ってほしいという声があったのも確かだが、ハードディメンション・ヴァルガの成立にはそういった後ろ向きな意図があったことは否定できない。
当然、アイカたちには、いや、おそらく彼女たちを追いかけているモヒカンたちにさえ知り得ないことだが──
「エリィちゃん右!」
「は、はい!」
乱立するビル廃墟群の隙間を縫うように、アイカとエリィはモヒカンたちから逃れていた。
ミッションの目的である花が存在する座標からは遠ざかっているが、まずはこのモヒカン共をどうにか振り払わなければ先には進めない。
ざっと見積もって十数機。横目に見たレーダーで明確に自分たちを追いかけている数は概ねそのくらいだった。
敵対を示す赤い点は各所に腐るほど配置されているが、アイカとエリィを示す青と黄色の点を追いかけているのはそれぐらいだ。
遭遇当初はもっといた気もするが、恐らく流れ弾に巻き込まれて消えたのだろう。
数が減ったことで解禁されたのか、飛んできたミサイルポッドの弾頭を頭部バルカンで迎撃しながらアイカは考える。
(……まずい、かも)
コンソールの右側に映ったエリィも、同じことを予見していたのだろう。その眦には涙が滲んでいた。
市街地は当たり前だが迂回路が多い。
ビルとビルの隙間や狭い場所、遮蔽物が多いという条件は二人の逃走には有利に働いていた。
だが、動き回らければ確実に撃たれる以上、いつまでも身を隠しているわけにはいかない。
このまま逃走経路を維持すれば、アイカたちの行き着く先は開けた交差点だった。かといって迂回を選べばそこには自分たちよりは少なくとも腕がいい、三人以上で固まっているモヒカンを撃破しなければいけない。
恐らく、仕向けられていたのだろう。
──してやられた。
ぎり、と、奥歯を噛み合わせながら、ひび割れた道路を蹴って、スラスターを吹かして。
二人は、見事に交差点へと追い込まれた。
『派生機とはいえウーンドウォートだ、兎狩りって風情だな』
天までそびえる赤いモヒカンに、今まで通信ウィンドウに割り込んできた連中より一段豪華な金色のエングレーブが施された男が舌舐めずりをしながら哄笑をあげる。
トゲやリベットまみれになっていて原型はわからないがザクⅢの派生機なのだろう、男の狩るカスタムモデルを中心に、残存するモヒカンカスタムたちは背中合わせになったアイカとエリィを包囲するように円の陣形を組む。
「誘われてた、ってこと?」
『そうよ、囲んで殴るのはこの手のゲームの常道だからなァ……』
物言いこそ荒っぽいが、見た目より切れるやつだ。アイカはエリィに聞こえないように、小さく舌打ちをする。
恐らくあれがモヒカンたちのリーダーなのだろう。多産多死を前提とする魚類の産卵か、そうでなければミツバチの蜂球のように、流れ弾や反撃による脱落者を前提にしながら数で圧殺する。
なぜそこまで初心者狩りに熱意を上げているのかはわからないしわかりたくもないが、戦術としては極めて合理的だ。
「あ、ああ……っ……うぅ……」
そうなれば、囲まれているのがスズメバチならいざ知らず、同じミツバチかそれ以下の小虫に等しい自分たちなら最早未来は決まったも同然だ。
それを察してか、単にモヒカンたちに怯えてているのかーーエリィは操縦桿から手を離し、はらはらと涙をこぼしていた。
だが。アイカはじりじりと格闘武器を構えながらモヒカンたちがにじり寄ってくる間に、コンソールを一瞥する。
元々この機体は戦うために作ったものじゃない。
そもそも、戦いたくてGBNに来たわけでもない。それでも。
それでもこのコアガンダムだって、今は星屑にも満たないコメットコアガンダムだって、ガンダムだ。
頭部バルカン。右手に保持しているコアスプレーガン。そして背部に二基装備されたビームトーチ。
どれも、あの重装甲で覆われたモヒカンたちを撃破するには足りないだろう。
だとしても。
「……あたしはいいよ」
『うん?』
「理不尽とか報われないとかバカを見るとかそういうの、割と慣れてるから。でも……」
通信ウィンドウに映るエリィはへたり込み、子供のように泣きじゃくっている。
別に、この子に何か義理があるわけじゃない。
知り合って数分の間柄だし、初心者狩りだってオンラインゲームなら是非はともかく風物詩だ。今泣いていても、それがいつか笑い話になるなんて、誰かは言うのかもしれないけど。
「初めてのGBNがこんな、泣いてる女の子を囲んで殴るクソゲーであっちゃ堪んないのよ!」
GBNは、こんな場所じゃない。
アイカは咆哮し、コアスプレーガンのトリガーを引く。
ただの主観で、感情論だ。事実としてこのディメンションでの無差別攻撃を運営は容認している。
それでも、きっとあのエリィという子も、何かを求めてここに来た。そして今怯えて泣いているということは、こんな戦いを望んでいないという十分な証左たりえるだろう。
アイカにはアイカの理由がある。そしてきっと、エリィにもエリィの理由がある。
お節介かもしれないけれど、この子は泣くほど怖がっているのだ。なら、そんな恐怖に彼女の理由が押し潰されていいなどという道理はない。
トリガーを引く。引く。引く。激昂に任せて、アイカは右手の指を動かしていた。
果たして、真正面にいたザクⅢのカスタムモデルに、コアスプレーガンから放たれたビームは確かに全弾直撃した。
だが、その全てが胸部装甲に弾き返されて、虚しく宙へと霧散していく。
『へっ、何かと思えば中二病かい、フルダイブだろうがゲームはゲームだ』
楽しんだ奴が勝つ。それがどんなに最悪で、倫理や人道に背いても、多くの人間に嫌われたとしても。
そうだろう、とばかりに全てのビームを弾き返し、モヒカンたちの哄笑の中、リーダーとその愛機は背負っていた巨大なヒート・ホークを構えてアイカたちの前に悠然と歩を進める。
弾は尽きた。それ以前に全て弾かれた。
アイカは反射的にコアスプレーガンを投げ捨て、背部のビームトーチへと右手を伸ばしていたが、コメットコアガンダムの出力では、あの大斧と切り結ぶことは不可能だろう。
(……やられるしか、ない、か)
だとしても、一秒でも長く。
絶望し、頽れたエリィの機体を背に、アイカもまたモヒカンたちの元締めを睨んで前へと歩を踏み出した。
『やるってかい、いいねェ……そういうの、久々に活きがいいのに会えたァ。おいお前ら、そっちのヘイズルⅡはやるから見とけ』
『わかりやした、ボス!』
無駄なタイマン。スプレーガンを避けなかったように、恐らく装甲差と攻撃力の差を見せつけて絶望させようとしているのだろう。だが。
アイカはビームトーチを構え──それを思い切り投擲した。
『あン……?』
相手は装甲による防御へ頼り切っている。
それがアイカの見解だった。そして、答えを示すように投擲したビームトーチに対して、モヒカンリーダーの反応は一瞬だけ遅れた。
機体を傾け、頭部を狙って放たれたビームトーチをモヒカンリーダーは回避する。
が、刹那。
「これでぇっ!」
『何……ッ!?』
アイカの機体から放たれたビームが、敵のメインカメラを焼く。
スプレーガンで威力が足りないなら、ライフルを撃てばいい。
頽れたエリィのヘイズルIIが取り落としていたビームライフルを構え、コメットコアガンダムは頭部を失った敵機を毅然として睨み付けていた。
『く……ッソ、てめェ!』
メインカメラを失ったことで視界が不安定になったのか、やや怪しい挙動で正面に向き直りつつ、ザクⅢのカスタムモデルが手にした大斧を振りかぶった。
避けられる。
大振りな一撃で、相手のメインカメラも破損しているなら、尚更だ。
だが──
「……ぐすっ、えぐっ……うぅ……」
アイカの後ろにはエリィがいる。
泣いている彼女を見捨ててまでこの男と戦いを続けたいわけじゃない。
ただ、キレた。我慢ができなかった。それだけのことなのだから。
ふっ、と自嘲するようにアイカは笑って、通信ウィンドウを開く。
「エリィちゃん」
「……ご、ごめんなさ、わた、わたしの、せいで……っ……!」
「泣かないで、次はちゃんとロビーでミッション受けよっか」
一緒に。
せめてもの償いに、と、優しく微笑みかけながらアイカは振り下ろされる死を受け入れることにした。
だが、その瞬間だった。
『……ミネルヴァ・ブラスト!』
どこかから、凛とした叫びが聞こえると共に、豪炎がアイカたちの眼前を走る。
『なん……ぐああああっ!?』
『ぼ、ボス! うわあああっ!』
しかし、巻き起こる炎はアイカとエリィを包み込むことなく、彼女たちを包囲していたモヒカンだけを的確に舐め、そしてその重装甲をも焼き尽くしていく。
ばらつきはあれど、全てのモヒカンが灰になるまでの時間は平均しておよそ五秒もかからなかっただろう。
炎が走った方角を振り返り、アイカはごくり、と生唾を呑み下した。
『守ろう心の南極条約……初心者を狙って囲むなど、恥を知りなさい』
一瞬通信ウィンドウに映った、長い金髪を左右で編み込んだ女性ダイバーはそう吐き捨てると、機体のスラスターを全開にしてアイカたちの間を通り過ぎていく。
「す、すごい……です……」
一瞬のことでよく見えなかったが、巨大な剣を携えるあの女性の機体は恐らくシナンジュをベースにしたのだろう。
真紅のボディカラーに、各所のスラスター。アイカの中にあるガンプラの記憶と多くの特徴が合致していたが、唯一剣以外で違うところがあるとすれば、頭部がモノアイではなく俗にいうガンダムフェイスに換装されていたことだ。
「あはは……」
捨てる神あればなんとやら、クソゲーの中にも一抹の輝きがあるように、助ける理由のない人を助ける物好きも世の中にはいるのだろう。
どっと押し寄せる脱力感に、操縦桿へと突っ伏しながらアイカは曖昧に笑った。
いつの間にか、周囲を飛び交う弾幕砲火も収まり、乱戦のエリアは市街地から遠ざかりつつあるようだ。
無数の赤い点が市街地エリアから南下している──一応ではあるが、受けたミッションの目標地点から離れているのを確認し、アイカは気を引き締め直すようにぴしゃりと軽く自分の頬を叩く。
「いたた……こんな感覚もフィードバックされるんだ」
「……だ、大丈夫……ですか……?」
「うん、大丈夫。それより今がチャンスみたいだし、早くこのミッションクリアしちゃおっか☆」
「は、はい……!」
運悪く流れ弾に当たって死ぬかもしれないけれど。飛ばした冗談に、エリィは涙を拭って小さく微笑む。
──ああ、よかった。
何がなのかはわからない。だが、アイカたちは主戦場から離れる形で北進し、その後何事もなく納品用のアイテムを採取した時、アイカの胸にあったのはそんな安堵と高揚感にも似た感覚だった。
【Mission Success!】
クリアを示すウィンドウが開かれ、アイカたちの体は光に包まれてロビーへと転送されていく。
とりあえずあの男は運営に突き出そう。押し寄せる脱力感に身を任せながら、アイカは、そしてエリィは。
初めての勝利と、その凱旋を果たしたのだった。