ガンダム・バエル。
現実を揺蕩う「愛香」の身体と意識が解け、電子の岸辺へと押し流されて、「アイカ」へと姿を変えていくその刹那、愛香は昨日のバイトが終わった後に予習として調べていた白亜の悪魔──ソロモン七十二柱、その序列第一位に陣取る悪魔の王たるその名を冠するガンダムに想いを馳せていた。
ガンダム・バエルは特殊な兵装も、目立った射撃武器も搭載していない。
良くも悪くも、バエルについて調べた時、電子の海を漂う文字列は高頻度でその話題を出力している。
曰く、豆鉄砲のような電磁砲と折れないといってるのに実際は折れたレプリカの剣しか持たない情けない機体。
曰く、乗っている奴の頭が致命的にバエっていたのが悪かった。
また曰く、トランザムシステムのような特殊兵装を積んでいないのが悪かった。
あれやこれやと、その極端な仕様と劇中におけるパイロットが滅びの定めを背負っていたからこそあまり芳しくなかった戦績を「自分ならどう改善したか」という話題について、バエルというガンダムは良くも悪くも事欠かない。
では愛香がそれを眺めた時、額面通りに彼女は「ガンダム・バエル」という機体を、弱くて情けないモビルスーツだと捉えたのか。
答えは、否だ。
愛香にとって、ガンダム・バエルとは悪魔の王たるその名に違わず、恐るべき存在に他ならなかった。
それを証明するように、愛香の意識が仮想の海に辿り着き、「アイカ」へと変じた今この瞬間も、アイカはいつものようにロールプレイを開始する、という意味でのセットアップたるルーティーン、「ノゾミ」と同じ決めポーズを取ることなく、バエルという機体の恐ろしさについて考え続けている。
バエルという機体にトランザムを搭載しようという試みは、このGBNにおいてもまたありふれていた。
それは、GNドライヴというパーツがこのGBNにおける環境構築の一部として、何度も下方修正を受けて尚君臨し続けているというのもあれば、古い時代の動画サイトにおいてそのifを実現させた動画を見ていた人間が予想以上に多い、というのもある。
何故トランザムが強いのか、と考えた時、人は恐らく様々な理由を挙げるだろうが、アイカにとってのそれは「機動力」の一言に尽きた。
鈍足の機体がGBNという仮想の海において弱いなどという理屈はどこにもない。
アイカは知らないものの、全身を鈍重な特殊装甲で覆って敵へその印象を植え付けながらもおもむろに特殊装甲全体を一つの武器に変化させることによって、ジャイアント・キリングを実現させるダイバーがいる。
だが、身も蓋もないが、足が速いというのはそれだけで、ハイスピードで様々な情報が画面上を移り変わっていく戦場において大きなアドバンテージとなる。
そして──バエルが恐ろしいのは、ブーストアップを行う特殊システムに決して頼ることなく、シンプルに「足が速く、力が強く、そして硬い」というその性質を持ち合わせていることに他ならない。
多彩な武装と阿頼耶識Type-Eという特殊システムを搭載していたガンダム・キマリスヴィダールの喉元まで食らいつかんとしていたその姿は情けないどころか、もしも自分がマクギリスであったなら確実に諦めている、もいうのが、実際にガンプラを動かしてきたアイカの所感だった。
キマリスヴィダールもキマリスヴィダールで多彩な兵装と時限強化、その手札の多さ故に扱いにはまた違った難しさが要求されるのだが──
「……あ、アイカさん……?」
「ねえ、エリィちゃん」
──勝てるかな。
震える唇でアイカは傍のエリィにそう零す。
バエルという機体は乗り手の腕とセンスを著しく要求する。まさしく悪魔と契約するが如く、その魂を髄まで捧げ切らなければ乗りこなすことはできないだろう。
だが、悪魔はその契約を何よりも誠実に履行する。
あのアリアが言っていたように、アグニカ・カイエルの魂を手にしたその時に、黄金の切っ先は「二桁の魔物」の喉元にも、果ては「一桁の現人神」へと届きうる可能性を、その力を操縦者へと与えるのだ。
エリィは、アイカに返す言葉が見当たらなかった。
アイカは自分なんかより遥かに勇気がある。
彼方より飛来したロングレンジ・ビームキャノンの一撃に、エリィは自身の機体が飲み込まれていくのをただ見ていることしかできなかったが、アイカは剣の切っ先でそれを受け止めるという、一か八かの賭けへと咄嗟に打って出た。
もちろん、分泌されるアドレナリンがそうさせていたというのもあるだろう。だが、あのモヒカンたちに怒りこそすれ恐れることをしなかったアイカが、明らかにあの悪魔の王に怯えている。
それがどれほど、恐ろしいことなのか。
重い沈黙が二人の両肩にのしかかった、その時だった。
「おうアイカ、エリィ。何辛気くせー顔してんだよ」
「こんにちは、アイカさん。エリィ。定刻通りですね」
フォース用のダイアログからアイカたちのログインを検知したのだろう。人波の中から、チィとアキノがその姿を現す。
バレェ・ダンサーのような格好をした幼い子供のような背丈のチィと、軍服を思わせる衣装をぴっちりと着こなした、アイカよりも頭一つ分背が高いアキノのコンビはまさしくデコボココンビといった風情だが、今はそんな冗談を飛ばせるほど、アイカの心に余裕などない。
別に、負けて損をするような試合じゃない。
むしろ負けて当然だと見るべきだろう。それで莫大な負債を背負うこともないのだから、それこそ気さくに話しかけてきたチィのように、フラットな気持ちで受ければいいのだろう。
それでも──何かを賭けた勝負事というのは、アイカの中で特別な意味を持っている。
思い出すのは、三年生の先輩が最後だからと枠を譲ってくれと暗に圧力をかけてきても、一年生の身でそのパートメンバーたる枠を奪い取った吹奏楽コンクールと、その結果。
二年生になっても、三年生になっても──アイカは、いや、「愛香」はその魂を燃やして、それこそ悪魔と契約を交わすが如く己の全てを捧げるつもりで努力を重ねてきたのだが、果たしてそれは全国への切符に届くことは一度としてなかった。
その悪夢が、生々しく今もアイカの中で諦めの棺に押し込められて眠っていたはずの「愛香」に滂沱の血涙を流させる。
「……なあアイカ」
「……ん、ごめん。ちょっと考え事してた。どしたのかなっ、チィちゃん☆」
「お前もしかして、あの暴走お嬢様に負けると思ってここに立ってんのか?」
ロールプレイを思い出しながら極めて明るい声を作って答えるアイカに対して、チィの声は極めて冷ややかだ。
「えっ……」
「わりーけど、それなら降りろや。あのお嬢様は怒り狂うだろうが腹壊したとかそういうことにしてチィがなんとかしてやるし、アイカの分の金だって分捕ってきてやる」
言葉こそ厳しいが、溜息混じりに唇を動かすチィの言葉を要約するなら、「別に嫌ならやめてもいい、その分他の三人でなんとかするし、それで勝ってもアイカの報酬に自分が手をつけることはしない」ということになる。
相変わらずの口の悪さと、そしてドライで遠慮しないチィの態度にアキノは少し呆れ返りながらも、それを咎めることはしない。
フォースリーダーが降りるというなら、それがメンバー全員であろうがリーダー自身であろうが、手足でありその一員にすぎない自分はそこに異論を挟まない。
それが、アキノの信条だった。
「言っとくけどな、チィはおめーが何に怯えてんのかとか、何があってそうなったとか、そーゆーことには全然興味ないから訊くつもりもねえ、ただーーチィはな、勝てると思ったからこの賭けに乗ったんだ」
「チィちゃん……」
「チィ一人であの暴走お嬢様とタイマン張れっつわれたらお断りだけどな、生憎こっちは四人いるんだ、三人寄ったら……まあなんやかんやあるって人間言うんだ、だったら四人いりゃなんとかなんだろ」
「……チィの言う通りです。私は……少なくとも、なんとかするつもりでここに来ました」
チィの言葉に全て本心が含まれているわけではない。だが、チィはそれを押し隠して、少なくとも嘘ではない、本気の含まれている叱咤激励をアイカへと飛ばし、アキノもその言葉に追従する。
「……アイカさん」
「エリィちゃんも……」
「……わたし……何もできないかもしれません、役に立たないと思います、でも……でも」
アイカさんを信じています。
例えアイカがその挑戦を受けた理由があの場を収めるためにとりあえず流されたからでも、そして今更になって事の重大さに気付いて、過去のトラウマと重ね合わせていたのだとしてもーーそこにどんな理由があろうと、自分は無償にアイカを肯定する。
相変わらずぼそぼそと小さな声ではあったものの、エリィの言葉は確かな力を持って、アイカの胸にその一矢を突き立てていた。
「……そっか、そうだよね、ごめん。あたしらしくなかった」
「けっ、手間かけさせやがって……それでアイカ、何秒打ち合える?」
「……十秒」
「オッケーだ、聞いたなアキノ?」
「わかりました、以前は不覚を取りましたが……この『リビルドガールズ』の盾として、死力を尽くして護り通しましょう」
やれやれと苦笑しつつも、冷静に確認を取ったチィはその猶予を頭の中に刻みつける。
アイカの答えは最大限の希望的観測だろう。何も考えずにあの暴走お嬢様が真正面から飛び込んできて、鍔迫り合いを挑んできたという前提でも、十秒持てば上出来。
だがそれは彼女が十分に自分を客観視できていることの証だろう。長くもなく短くもなく、今までの戦いとバエルという機体の特性から予測していたそれと一秒たりとも誤差がないその見立てに感心しながら、チィは脳裏で勝利への方程式ではなく、敗北の条件を組み立て始める。
「……この戦い、アイカがやられたら負けだよ」
「どうして? アキノさんじゃなくて?」
「アキノについてはもうそういう話じゃねえ、例え死んでもやられてもらっちゃ困るんだ、ならアキノが死なない前提で話をした上で、完全に勝ちの目が消える条件があるならーーアイカ、おめーの持ってるビルドボルグが潰されるこった」
チィの見立てでは、恐らくアイカの作ったコメットコアガンダムとビルドボルグはAランクか、もしかすればそれ以上に行けるポテンシャルを秘めている。
だが、それにはまだ色々なものが足りてないというのも事実で、それを埋めるのも簡単じゃないということだってまた事実だ。
それでも、例えば作り込まれた戦略級装備を持った初心者がジャイアント・キリングを起こせる確率などというものが天文学的とはいえ存在しているのなら、Aランク以上に届きうる可能性を秘めたその剣は、アキノのIフィールドソードを除けば「リビルドガールズ」で唯一、あのバエルに有効打になりうることに他ならないのだ。
「鉄血に出てくるナノラミネートアーマーはビーム兵器に耐性を持ってやがるから、エリィのビームはわりーけど当てにできねえ。そんでまた……チィのグラスランナーも色々あって、バエルと直接タイマン張れるような武器は積めねーんだ」
一応、アーミーナイフはコンテナの中にしまっているが、ナノラミネートアーマーの厄介なところはビーム兵器に耐性を持っていることそれだけではなく、純粋に装甲として硬く、射撃属性、斬撃属性の武器に対しても軽減効果をパッシブスキルとして備えているところだ。
だからこそ、鉄血の機体はクセの強いトランザムの制動が課題となる太陽炉搭載機と異なり素組みでも扱い易く、またデフォルトで硬いという性質から初心者に好まれる傾向にあるのだが──それは割愛しよう。
要するにチィが棒立ちのバエルを相手にしてナイフを振り回したとしても、ダメージはそれこそたったの一桁程度しか見込めないということだ。
「……あ、あの……チィ、さん……その……この戦い、バエルを……撃破する必要は、ない、んですよね……?」
「おうよ、だからエリィ。お前は戦場を見て美味しいところをかっさらってくんだ」
エリィやチィが考えていた筋書き通り、ステルスや目眩しを駆使して逃げ回ることで宮殿に侵入し、そのままバエル・ソードを奪ってしまえるならそれに越したことはない。
だから、想定するのは最悪の中でも自分たちでなんとかできそうなコースとリカバリー案。三人がどうにか囮になってあの暴走お嬢様とその執事を引き付けている間に、戦場の情勢を観察する力に一番優れているエリィがフィニッシャーになる。
頼むぜ、信じてっからよ。
ぶっきらぼうに背伸びをしながらエリィの肩に手を置いて、チィはかつかつと、高い踵を持つ靴がロビーの床を打ち鳴らす音が聞こえる方へと振り向いた。
「ごきげんよう、『リビルドガールズ』、そしてアイカさん……貴女に会えることをわたくし、一日千秋の想いで待ちわびておりましたのよ」
「あ、あはは……光栄です、アリアさん」
「あまり喋りすぎるとセバスチャンが怒り狂って胃袋に穴を空けてしまいますのと、何より同じアグニカ・カイエルの魂を持つ者同士無粋な言葉は不要……あのヴィーンゴールヴで、わたくしのヴァルハラで、貴女たちをお待ちしておりますわ」
参りますわよ、セバスチャン。
アイカたちが、アリアから提示されたクリエイトミッションを承認したのを確認すると、マスター権限を発動させたアリアと彼女に付き従うミツルギの姿は「リビルドガールズ」より一足先に、ロビーから解けて戦場へと送り出されていく。
アリアは、笑わなかった。
それは取りも直さず、彼女が「本気」であることに他ならない。
じっと、アリアが一足先に解けていくそのテクスチャを見送りながら、アイカはごくりと押し寄せる緊張に生唾を呑み込みながらも、チィとアキノ、そしてエリィの激励を受けたことで大分クールダウンしてきた思考回路を再起動させる。
アリアは、確かに本気で自分たちに挑みかかってくるのだろう。
あの昼休みにエリィと……「絵理」と一緒に描いた勝利への方程式は十中八九崩されて、チィが提案した最後の勝ち筋ですら恐らくアリアは何一つ容赦せずに潰しにかかってくるはずだ。
だが、そこに絶対はない。そして、絶対の不可能に思えるそれを突き崩せる糸口があるのなら。
少し遅れて、アイカたちの意識と仮想の身体もまた戦場たる場所へと再構成されていく。
──あの人は、あたしの名前しか呼ばなかった。
仮想だというのに乾いた感覚のある唇を舌でしめらせて、アイカは己の内側で泣き喚こうとする「愛香」を黙らせるように拳を固める。
それは確かに、小さくとも、微かであっても、人が勇気と、希望と呼ぶものに、他ならなかった。
ヴィーンゴールヴ。北欧神話からその名を戴いたギャラルホルンの本部基地、その中心にミッションの勝利条件であるバエル宮殿は鎮座している。
原作のシチュエーションであれば多くの【グレイズ】やその派生型が侵入者たる「リビルドガールズ」を出迎えるのだろうが、黄昏に包まれたその空は不気味なほどに静まり返っていて、グラフィック班が渾身の力で表現した美しさよりも、むしろおどろおどろしさのようなものを、アイカたちの胸に感じさせていた。
「無線観測機は……なる、撃ち落とさねえってか」
戦場に立つなり、チィはコンテナから展開した無線観測機をバエル宮殿のある方角へと真っ直ぐに飛ばしたが、相手はジャミングをかけるでもなくそれを撃ち落とすでもなく、見たいのであれば見せてやるとばかりにチィの偵察行動を容認していた。
舐めている、という訳ではないのだろう。
恐らくあのアリアの性格から考えれば、対等な条件を提示した上で、最悪不利を背負った上で、それでも勝利することを至上命題にしてあるのだろうから、単純にその非対称性を解消したかった、というだけの話なのかもしれない。
「……舐められたものですね」
「ありがてぇこった、まあ舐めプだろうが真性だろうが……見なきゃよかったなんてことだってあるんだぜ?」
いつもはその手に携えているIフィールドソードを背中にマウントする形で、両手にはシナンジュが持っているビーム・アックスーーではなく、白銀に輝く日本刀のような武器を握りしめているミネルヴァガンダムからの通信ウィンドウに、アキノの少し不満げな顔が映し出される。
「えっと……なんて読むのこれ」
「ターンエーだ。あのミツルギってやつ、ダイバーランクこそDだけど……まあなんつーか、そこはヘルムヴィーゲ・リンカーじゃねえのかよって感じ」
アルファベットのAをそのままひっくり返した数学の記号をその名に冠する、チィから転送されてきたもう一機の敵機、その読み方に困惑するアイカへと冗談めかしてチィは返すが、冗談にでもしないとやってられない、というのが本音だった。
恐らくあの褐色肌の少年、その姿を形作ったアバターはそのガンダムが登場する作品の主人公、ロラン・セアックを意識していたのだろう。
バエルの隣にいるのは、原作から考えればヘルムヴィーゲ・リンカー。その思い込みがチィの中にあったのは確かだった。
だがここはGBNだ。内心で舌打ちをしながら、チィは己の甘さに憤る。
初代ガンダムがネオ・ジオングにラストシューティングを決めて、ジム・スナイパーIIが狙撃銃の代わりにバスターライフルを持てる世界で、ガンダムを知っているが故の先入観はほとんど通用しない。
実際それで先日「名機アルビオン」相手に大火傷をしてしまったわけだが、いかにアリアのキャラがマクギリスになりきっている頭アグニカなものだったとしても、ミツルギについてはその例外だと考えておくべきだったのだ。
アイカは、そのガンダムを知らなかった。
ただ、度々「扱いが難しい機体」として、ガンダムベースシーサイド店におけるフードコート……G-Cafeにおいて、来客がGBNについて語り合うときはよくその話が引き合いに出されたことは覚えている。
曰く、設定的には最強になれる機体かもしれないけれどこれを最強にできるのはGMの垢かそれこそチャンプ、もしくはシャフリヤールが数ヶ月、下手をするなら数年以上の作り込みをした時ぐらいだろう、とのことだ。
シャフリヤールとやらがどこの誰かは知らないが、チャンピオンと並び立てられる名前であるなら凄腕のビルダーであることに違いはない。それほどの人物が時間をかけて、魂を削って作り込まなければその設定通りの力を振るえないガンプラであるなら、付け入る隙自体はあるのかもしれない。
一向に迎撃の気配がないまま、「リビルドガールズ」の四機はバエル宮殿のある区画まで侵入していたが、その時だった。
コンソールが開かれて、通信ウィンドウがポップする。そして──
『お聴きなさい、「リビルドガールズ」の諸姉! 三日ぶりの眠りから……このアリア・ファリドの手によって、バエルは蘇りましたわ!!!!!』
うるせえ。
反射的にコンソールの音量を低くしつつ、アイカはやたらとハイテンションな演説と共に、バエル宮殿の天井を突き破って上空へと飛び出し、原作では三百年、現実では三日ぶりに仮想の海で再現されたヴィーンゴールヴへと再臨した悪魔の王を睨み付ける。
『わたくしがこのモビルスーツを持つということがどのようなことであるのか……アグニカ・カイエルの魂を持つ同志であるならば最早言葉がなくともわかるでしょう!!! ランク、全塗装、ミキシング、素組み……その全てに関係なく、このわたくしにアグニカ・カイエルの魂、その輝きを見せつけなければならないと!!!!!』
今アイカがコメットコアガンダムに持たせていたものがバイト帰りに駆け込みで購入したHGUC陸戦型ジムに付属していた100mmマシンガンではなく、それこそHG鉄血のオルフェンズオプションパーツセットシリーズに付属する大型レールガンであったなら、今この瞬間に即座にぶっ放していたところだろう。
「敵影確認……なるほど、あのターンエーは最後の門番って風情か」
『さあ、もう平穏は楽しんだでしょう! アリア・ファリド、ガンダム・バエル──』
「さっきから一々声がうっせえんだよバーカ!!!!!」
ハイテンションにクソデカ音量で名乗り口上を述べようとしたアリアの言葉を遮るように、チィはコンテナからありったけのスモークディスチャージャーを取り出して、周辺へと一気にばらまいた。
朦々と立ち昇る煙の中にはビーム撹乱幕として高濃度のミノフスキー粒子が封じ込められており、ビーム軽減については役に立たないものの、相手のレーダーを封じ込めるというステルス効果についてはその力を遺憾なく発揮する。
『ほう、撹乱幕……弱者が生き残るために手を尽くす、それもまた戦いの真理』
アリアは朦々と立ち上り、視界を灰一色に染め上げる煙に巻かれても尚、その余裕を崩さず、静かにそう呟いた。
リビルドガールズの斥候にして銭ゲバ、チィという女が搦手を得意としていることは、アイカがビームをビルドボルグで受け止めて果敢に突撃していくシーンをが空くほど見返し、一応全てには一回だけ目を通した「名機アルビオン」との戦いで把握している。
──しかし、哀しいかな。
弱者の兵法。それは強大な壁を打ち破るという条件下において卑怯などと罵るのではなく、最大限に称賛されなければならない。己の知恵を尽くし、絶望を切り開いていく姿は美しいものなのだから。
だが、アグニカ的ではない。
アリアは言葉には出さず舌の上でその言葉を転がすと、何一つ原作における姿に手を加えず、逆に言えば有名アニメーターが全力を尽くして描き上げた、その「バエル」の悪魔の王たる全身に鋭くエッジの立った勇姿を、HGという安全基準が課されたガンプラを芯に徹底的な改修を加えることで寸分の狂いもなく再現していた。
そしてその造り込みは、並のトランザムシステムを置き去りにする「速度」をバエルへと与えている。
煙幕の中を、一筋の閃光、その一矢となって翼を広げたバエルが駆け抜けていく。
アリアが最初に狙いを付けたのは──
『心が躍る……!』
「ひうっ……!?」
「エリィ! クソっ、てめぇ、弱い奴から狙うとかアグニカはどこ行きやがったんだよ!」
煙が覆い尽くす前に立っていた位置から進撃地点を割り出したアリアのバエルは、まずその標的をエリィのヘイズルIIとしていた。
チィは咆哮し、煙幕を張ったことが逆効果になったのを後悔しながらも、自身へとヘイトを向けるためにありったけの侮蔑を込めてアリアを挑発する。
『勘違いしないでいただきたいことですわね。確かに弱者を一方的な暴力で捻じ伏せるのはアグニカ的な戦いではありませんわ、ですが!』
バエル・ソードの一撃が、盾による防御を試みたヘイズルIIの左腕をそのシールドごと一刀の下に撥ね飛ばす。
暴力。吹き荒れる嵐のように圧倒的なその力は、例え相対したのがエリィでなかったとしても同じ結果をもたらしていたことは想像に難くない。
エリィは咄嗟に残された右腕が保持していたビームライフルでの反撃を試みるも、左手の剣はそれを許さずにビームライフルを切り裂いて、大きく体勢を崩したヘイズルIIを無慈悲にバエルは蹴り飛ばす。
「……か、はっ……こほっ……!」
「エリィちゃん!」
『そう、勘違いをしないでいただきたい。この戦いは……わたくしがアグニカ・カイエルの魂を見せる戦いではありませんわ、貴女たちが! わたくしに!!! その魂の輝きを、純粋な力のみが示す可能性とその真実を見せるための戦いでしてよ!!!!!』
自身の方に吹き飛ばされてきたエリィの機体を気遣っている余裕もなく、反射的に構えたアイカのビルドボルグと、アリアが勢いを殺さぬままその両手でX字状に交差させる形で構えたバエル・ソードが交錯する。
──受け止めることはできた。だが、受け止めきれない。
アイカの予感は外れることなく、バエルが誇るその翼状のスラスターから叩きつけられる推進力が、そして強靭な構造のガンダム・フレームが生み出す膂力へと上乗せされて、コメットコアガンダムを弾き飛ばす。
悪魔の王はここに目覚めた。
そう主張するかの如く、立ち昇る黒煙の中で、ガンダム・バエルの双眸が妖しく、その赤い煌めきを放つ。
己に立ちはだかる全ての奇跡を拒絶するように、そして全ての可能性を踏みにじるように、アリアはミラージュ・コロイドを起動して距離を取ろうとしていたガンダムグラスランナーに電磁砲による一撃を加えると、吹き飛ばされて膝をついたアイカの元へと悠然と歩み寄っていく。
『さあ……本当の暴力というものを教えて差し上げましょう……そして……』
「っ、あああああッ!」
『見事にこのわたくしを打ち破り、黄金の剣をその手にして見せなさい!』
アドレナリンが導き出す本能が赴くままに牙を剥き、アイカが立ち上がると共に振るったビルドボルグの一撃を受け止め、アリアはいつになく己の中で高ぶる恍惚に身を震わせながら、凛としつつもどこか愉悦の艶を帯びた声で、そう宣言するのだった。
アリアちゃんさんはアグニカに狂ってないと押し潰されて死んでしまうような人です