ガンダムビルドダイバーズ リビルドガールズ   作:守次 奏

22 / 75
なんか静かで街の中にはギャラルホルンもいないので初投稿です。


第二十一話「燃える誇りが奏でる調べ〜執事、アグニカならずとも」

 バッカじゃねーの(ウッソだろお前)

 ステルスさえ咎めて、牽制というにはあまりにも重いダメージを受けたチィは操縦桿に頭をぶつけながら、そんなことを呟いていた。

 獅子は兎を狩るのにも全力を尽くす。

 気高い志を抱く者たちが少なからず座右の銘としている言葉だが、それに対して二兎を追う者は一兎をも得ないんだぜ、とニヒルに返してきたチィだが、走馬灯のように脳裏をよぎっていたのはある掲示板でのやり取りだった。

 

『二機を撃破しようと追いかけてたら一機も撃破できずにやられました、自分はどうすれば良かったんでしょう』

『二機に追いつける足回りや範囲攻撃を持ってなかったことが悪い』

 

 いや何の冗談だと、片追いこそがGBN、ひいてはそのルーツとなるGPD、それより遥か昔のゲームセンターに並べられた、100円を入れてレバーをガチャガチャするタイプのゲームにおいても定石だったが、その質問と回答が出てきたのがハードコアディメンション・ヴァルガスレ(世紀末モヒカン養殖場)であったことを鑑みるなら、ある意味その狂った回答は妥当なものだといえる。

 それが実現できたら苦労はしない。

 誰もが異口同音に叫ぶその言葉を実現してこそ修羅の中の修羅であるヴァルガの住人、そしてその修羅たちすら裸足で逃げ出す二桁の魔物や三桁の英傑たちなのだ。

 駆け抜ける嵐の如く振るわれるアリアの「暴力」に戦慄しながらも、四対一という不幸中の幸いが僅かに作り出してくれている時間の中で、チィは考える。

 

(……ブチ切れて周りこそ見えなくなってるけど思った以上にアイカはやるな、アキノも多分すぐに合流する……んで、隠れても咎めてくるってんなら役立たずはチィの方か……クソっ)

 

 トランザムシステムを始めとした特殊兵装は、当たり前だが使用後の再使用に多かれ少なかれリキャストまでの時間、クールタイムを必要としている。

 その仕様は非常に複雑で、例えば三分間トランザムを発動できるガンプラがいたとして、その機体が二分でトランザムを一旦止めた場合、リキャストは発生しない。

 残り一分という時間に関しては「一回の発動」に含まれているため、内部的には「使い切った」という判定が下されていないためだ。

 では、その三分間トランザムをできるガンプラが、トランザムを発動した瞬間に大きくよろけを取られるなりダウンを取られた場合、残り二分数十秒は即座に発動できるか。

 その答えは否だ。発動モーションが相手の攻撃によってキャンセルされた場合、システムは無慈悲にもそれを「一回の発動」と判定し、非常に長いクールタイムと、トランザムの場合は性能低下というデバフを背負わされることになる。

 GBNの環境構築に、確かにトランザムを使えるGNドライヴの存在は長くその名を刻んでいる。なればこそ、その対策として効果時間が切れるのを待つのではなく、初手でトランザムをキャンセルしてしまえばいい、という選択肢が挙げられるのだから、太陽炉は単純に積み得なパーツだというわけではない。

 チィが発動しようとしたミラージュ・コロイドは何かキャンセルによる後遺症となるデメリットを背負う訳ではないが、発動中に被弾した場合受けるダメージが1.5倍になるという弱点はしっかりと設定されている。

 だが、その間は全ての攻撃の持つ誘導効果を、発動したその瞬間に切るように設定されているのだ。

 それに対して強引に発動のタイミングを見計らって軸合わせと弾速で当ててきたアリアの技量はSランクに相応しい驚異的なものであったといっていいだろう。

 膝を突きながらもダミーバルーンをばら撒きつつ、チィは煙幕の中を駆け抜ける。そして。

 

「アイカさん、スイッチを!」

「……ッ、はい、アキノさんっ!」

『なんと無粋な……!』

 

 アイカはブチ切れていた。

 シンプルに彼女の心境を表すのであればこうなるのだろう。しかし、その怒りをこそ待っていたというように、がむしゃらに叩きつけられるアイカの太刀筋を全ていなしながら、社交ダンスでも踊っているかのような至福のひと時を過ごしていたアリアの恍惚は、乱入してきた二刀流のシナンジュ──の顔とアンテナをユニコーンガンダムのそれに置き換えたアキノの機体、ミネルヴァガンダムによって中断される。

 しかし、Aランクまで上り詰めているというのなら彼女もまたアグニカみがある存在だといえるのだろう。

 ドス黒い怒りに染まりかけた心を落ち着かせるように、しかし無慈悲にバエル・ソードを振るいながら、アリアは乱入者へと荒ぶる太刀筋を叩きつけていく。

 無茶苦茶な勢いで繰り出されているその斬撃は、しかして無軌道なものではない。

 受け止めるたびにガリガリと耐久値のゲージが削れていく自身の愛刀──もとい、かつてそうであったもののステータスが映し出されるコンソールを一瞥し、アキノはこめかみの辺りにじわり、と脂汗を滲ませる。

 暴力とは闇雲に振りかざすだけでは三流、振りかざすべき時を見極めてようやく二流、そして怒りを仮面の下に押し込めて理路整然と振るえてこそ初めて一流。

 アキノとの打ち合いに怒りを覚えながらも、敬愛するマクギリス・ファリドの姿を脳裏に描き、それを落ち着かせながらあくまでアリアは、その刀をへし折ることを目的とした、あえて刃と刃をぶつけるという愚策にも取れる行為へと走る。

 バエル・ソードは不壊不朽の剣である。

 それがもちろんインストに描かれたフレーバー、物の例えであることはアリアとしては百も承知だが、それでも設定的に強靭なレアアロイで鍛えられたその剣は、並の実体剣よりも遥かに耐久値の値が高く、そして摩耗しづらいという特性を持っているのもまた事実だ。

 

『良き太刀筋です、誇りある……貴女の気高き信念をこそ感じさせる真っ直ぐさ、称賛に値します』

「貴女のそれも……無軌道で奔放に見えながら、理路整然と振るわれる。そこに私は恐ろしさすら覚えます」

『あら……光栄ですわね。ですが』

 

 ──より強き、怒りでなくてはわたくしには届かない!

 目を見開き、犬歯を剥き出しにして笑うアリアの姿は、本当にロビーで高笑いと共にむせ返っていた人物と同一のそれであるかが疑わしくなるほどに狂気的な、殺意に満ち溢れたものだった。

 純粋な怒りが、荒れ狂う暴力が黄金の刀身と共に、アキノが携える二本の白銀ーーかつて誇りに包まれた、その証であった刀をへし折って、その刃は無惨にも地面へと突き刺さる。

 

「アキノぉッ!」

『セバスチャン!』

『はっ、お嬢様!』

 

 チィがコンテナからアーミーナイフを取り出し、時間稼ぎのカバーに入ろうとしたその瞬間を見計らって、アリアはバエル宮殿に待機させていたミツルギの∀ガンダムを呼び寄せる。

 流石に、瞬間移動までは再現されていない。

 スラスターベーンに光を灯し、重力に逆らうかのようにふわりと浮き上がって空を飛ぶそのターンエーは、本来持っている得物の一切を捨てて、ヘルムヴィーゲ・リンカーの大剣だけをその手に携え、機体の色も剣の持ち主を意識したものに塗り替えられていた。

 ──訂正しよう、やっぱりこいつはバエルに、マクギリスに狂っている。

 チィは即座に得物を腰部ラッチのビームマシンガンに切り替えて、煙幕の展開時間が切れた戦場へと乱入してきたターンエーへと牽制射撃を放った。

 だが、放たれたその全てを悠然と装甲厚で受け止めながら、乱入者はずしん、と、鈍くも他の機体のそれよりは軽い印象を受ける響きを立てながら何事もなかったかのようにその両足を地面へと着ける。

 はっきりいってしまえば、状況は最悪の一言に尽きた。

 

「エリィ、使え!」

「……は、はい……!」

「アキノとアイカが足止めされてる以上、こいつはチィたちで殺るっきゃねぇんだ!」

 

 二挺あるビームマシンガンの片方を、まだ右腕が生きているエリィへと譲渡して、自身が放棄したアーミーナイフを回収しながら、チィはミツルギの機体に牽制射撃を加え続ける。

 それならヘルムヴィーゲ・リンカーでもいいんじゃないかと問いたくなるほど力任せに攻撃を受け止めながら、地面を深く穿ってクレーターを作るほどの膂力で大剣を振るうターンエーは、チィとエリィにとっては脅威以外の何物でもなかった。

 だが敢えてターンエーをヘルムヴィーゲ・リンカーと同じ色に塗って、同じ武装を持たせるところにあのミツルギという男のこだわりがあるのだろう。

 厄介だし今でも対面にいることが嫌で仕方ないものの、そういうこだわりは──恐らく、理論上最強のガンダムを主人の盾としたい、というガンプラに込められた想いに関しては、チィは嫌うことなどできないし、むしろ好ましいとさえ感じていた。

 それはそれとしてそのバカ力とチンパンムーヴで叩きつけられる大剣は紙装甲を地で行っているチィとエリィにとっては掠っただけでもほぼアウトであるが故に、厄介で厄介でしょうがないのだが。

 

「こんちくしょう、チィは生まれの不幸を呪うぜ……!」

「……あ、諦めないで、ください……!」

「へっ、エリィのお説教とはね……だがその通りだ、悪いが400万BCきっちり取り立てるまでチィはぜってえ死なねえからな!」

 

 幸いなことに、ミツルギはランク通りあまり戦いに慣れていない。

 力任せに大きくて分厚くて大雑把な剣を振るうだけだし、恐らくそれを理解した上で、主人の言いつけ通りにチィをアキノとアイカに合流させまいとしているのだろう。

 ──だが、脳筋を嵌めて殺すのはチィの十八番だ。

 あくまで、エリィを最後まで生かすことを頭に置きながらも、チィは即興で勝利への方程式・アドリブバージョン(ここでオリチャー発動)を組み立てながら、のらりくらりと、あくまでも付かず離れず、アキノとアイカが持ち堪えてくれることを祈りながら、ミツルギの判断力を鈍らせるように回避重視の立ち回りを見せるのだった。

 

 

 

 

「スイッチです!」

「はい!」

 

 輪舞、輪舞、輪舞。

 めくるめく斬撃の嵐の中で、得物をIフィールドソードに持ち替えたアキノとアイカは、バエルが振るう攻撃を交互に受け止めるように、各々が逃げる方向と、攻撃を弾く角度、そして攻撃を与える時のモーションをオーバーヒートを起こしかけている思考回路で瞬時に計算しながら、なんとかアリアの猛攻を凌いでいた。

 スイッチ、という単語を合図にして、バエルと五秒ほど打ち合っていたコメットコアガンダムがバックブーストを蒸して全力で退避し、そこにアキノの機体が大振りな一撃で割って入る。

 不器用ながらもテンポを保った連携は、できて間もないフォースとしては上出来であるといえたし、それはアキノの性格と経歴がそうさせているからこそ自分が生きながらえているのを、アイカは自覚していた。

 だが、このままでは輪舞というより円舞曲だ。

 戦争、平和、革命を終わらない円舞曲と題したガンダム作品がガンダムベースの特撮コーナーに設置されたモニターに時折流されるが、今のアイカたちはさながら防御、回避、攻撃の三拍子を目まぐるしく繰り返している。

 だが、それは決して終わらないワルツなどではない。

 アイカは、憔悴していた。あまりにも集中力を要求されるこのスイッチ戦法による千日手だが、その延命は恐らくあと二から三セットが限界だろう。

 アキノもそれをわかっていて、自身が請け負う時間を意図的に増やしているのだが、大剣と双剣、それぞれが得意とする得物の性質とその違いが、今は不利に働いていることでそれも数十秒が限界だ。

 

『ふふふ……あはは……あーっはっは! 愛おしい、愛おしいですわ、そして狂おしいですわ、憎いですわアキノ・ベルナール! 遅延行為などアグニカからは程遠い! わたくしを失望させないでくださいませ、「リビルドガールズ」!』

 

 何時間も打ち合いを続けているような疲労感がアキノたちを包み込んでいたものの、時間に換算すれば物の数分、疲労など全く感じさせないハイテンションな叫びを上げながら、今度はそのIフィールドソードをへし折ることで絶望の証明とせんと、アリアは口が裂けんばかりに口角を釣り上げた狂気的な笑みを浮かべながら、バエルの赤い双眸に怒りの輝きを灯す。

 

「……っは、はぁ、っ……ぁ、っ……」

 

 ちらりと横目で一瞥したコンソール、通信ウィンドウの中に映っているアイカは明らかに肩で息をしていて、その呼吸も苦しそうだ。

 過度な集中を短時間に強いられているからこそだろう。実際アキノもその時は五感のフィードバックこそ実装されていなかったものの、過去に似たような感覚に陥ったことがある。

 ならば、このまま千日手を続けたところで全滅だ。負ければ何の意味もない。

 決戦前夜に、チィから贈られた言葉を思い返しながら、アキノは素早くコンソールを操作して、「その項目」を呼び出した。

 ──勇気。

 そんなものが、今の自分に残っているのかどうかなどわからない。

 かつての自分はチィが評したように何も恐れなかった。銀の誇りが、その誇りが証明してくれる正義が背中を押してくれたからこそ、アキノは何者をも、それがブレイクデカールと呼ばれる、機体を大きくパワーアップさせるチートツールを使用して、数を頼みに立ちはだかってくるような輩──マスダイバーの集団であっても恐れずに戦い続けることができた。

 ──自治厨。気持ち悪い。なんでそんなことに拘ってるんだ。

 そこに賞賛などありはしなかった。それでも尊厳があったから、正義を信じていたから、戦ってこられた。

 敗北を喫したマスダイバーが吐き捨てるように言った。そんな連中に嬉々として喧嘩を売りに行く自分たちを見て、ロビーを歩く名前も知らないダイバーが言った。

 それでも。

 

「……アリア・ファリド」

『いかがいたしましたか、アキノ・ベルナール?』

「貴女のご期待に添えるかどうかはわかりません。ですが……退屈な輪舞にも飽きたでしょう。なれば……アイカさん、申し訳ありません。私は……賭けに出ますッ!」

 

 アキノはそう宣言して、迷いなく「必殺技」の発動を選ぶ。

 必殺技というのは、Cランクから解禁されるものであり、主に戦ってきたダイバーの思考パターンや感情データを分析することで、ガンプラの完成度と照らし合わせてバランスこそ取るものの、ある程度思い描く形の技を自由に習得することのできる、端的にいえばVRMMOにおけるユニークスキルのようなものだ。

 アキノが以前、「名機アルビオン」と共に戦った際、それの発動を渋っていたのには当然理由がある。

 必殺技の発動と共に、手に持っていたIフィールドソードが解けて、シナンジュが持つサイコ・フレームの光に共鳴する形で、炎のようなエフェクトへと変わり、その全身を包み込んでいく。

 強力な力には当然、その反動が存在する。

 例えば武器を強化する必殺技があったとしよう。それはわかりやすく強力な一撃を放ち、攻撃が通用しないような格上にも当たればワンチャンスをもぎ取れる可能性をガンプラに与えてくれるが、その代償は武器の喪失という形で現れる。

 必殺技中に倒れてしまったものの、ハマモリのユニコーンガンダム・フルバーニアンが抱えていた代償は、機体性能の九割にデバフがかかった上でその試合中は二度とNT-Dを発動できなくなる、というものだった。

 そして、アキノは。

 アキノのミネルヴァガンダム、その全身がIフィールドソードが還元されて出来上がった炎に包まれる。

 

「──モード・ブリューナク……私の、銀の誇りにかけて!」

『素晴らしい……さながら太陽の鎧、守護の女神アテナがごとき勇壮さですわね。ですが……言葉など、戦場では何の意味もなしませんわ、貴女がもしも己の誇りを懸けるなら──』

「わかっていますッ! この剣で示す!」

 

 燃え盛るミネルヴァガンダムが、炎を纏う形で強化されたビーム・トンファーを展開して、振り下ろされたバエル・ソードを受け止める。

 

「せいやああああッ!」

『なんと……ッ!』

 

 挟み込むようにして受け止めた、バエルの右手が持っていた黄金の剣をアキノはそのまま力任せに引きちぎり、刀身を破壊した。

 必殺技によるブーストアップもあるものの、炎上効果を持つそれはただのビーム属性から一時的に脱却したことで、「不定形の物理攻撃」とでも呼ぶべき、ビームと炎の両方の性質を持つものに、変化を遂げていた。

 モニターに表示される時間は、百八十秒から何もせずとも刻々と、そしてアキノがビーム・トンファー改めミネルヴァ・トンファーを振るうたびに浮かぶ数字は大幅に削られていく。

 原理的には、サイコ・フレームがオーバーロードを起こしたことでアクシズ・ショック時における高熱を、シナンジュとそのサイコフレームに宿る彗星の残滓が思い返し、サイコ・シャードと同様の効果によってその、あり得ざる炎を実現させたという設定をアキノは描いているのだが、GBNがそれをどこまで拾ってくれたのかはわからない。

 だが、威力という面においては確実に、システムもその、きっと将来思い返した時に枕に顔を埋めて足をバタバタとさせたくなる、だからこそ魅力に溢れているロマンを理解してくれたのだろう。

 同時にシステムは残酷だ。

 その夢を思い描ける時間は何もせずとも三分間、何かをすれば当然のごとく刻限までの時間は大幅に削られて、まともに稼働できるのは概ね一分が限界だと、アキノは確信していた。

 ならばこそ、その一分にこそ乾坤を賭し、一擲と成す。

 空中に飛び上がる形で一時退避したバエルを、ミネルヴァガンダム・ブリューナクは猛追し、その拳を目にも止まらぬ速さで叩きつける。

 なれど、アリアはクレバーだった。

 バエル・ソードは残り一本。迂闊に潰すわけにはいかず、そしてこのバエルは徹底的な改修と作り込みを得ていることで、ナノラミネートアーマーのビーム攻撃──熱を伴うそれに対して、大きな耐性を得ている。

 しかしながらあの赤きガンダムは、このバエルの肉を焦がして骨まで絶たんとする驚異的な力を見せつけてくれていた。

 ──ああ。

 僅かな焦りに、額へ汗を浮かべながらも、ぞくぞくと下腹部から脊髄を伝って、甘く脳を焦がすような興奮にアリアは打ち震える。

 間違いない。この輝きこそが、乾坤一擲を為そうとするその姿こそがアグニカだ。

 侮っていた。チィという女は最初から論外で、エリィについてはまだよくわからないが、アキノを「アグニカではない」と評したのはあまりに早計だった!

 じぐざぐとその軌跡を焼き付けるように燃え盛り、空を駆けるミネルヴァガンダム・ブリューナクと、その炎に身を焦がしながらも機動力では互角以上に食らいつき、徒手空拳を武器としてバエルは互角に殴り合う。

 

『あ、ああ……嗚呼……ッ!』

「何を……っ!」

『最高ですわ、嗚呼! なんと! 生きていることの素晴らしさ! わたくしは先ほどの非礼を詫びましょう、アキノ・ベルナール! 貴女もまた……素晴らしきアグニカ・カイエルの魂を持つ者ぉッ!』

 

 波濤のごとく押し寄せてくる愉悦に、とろりとその目を熱に浮かせ、まるで愛しい恋人と深いベーゼを交わしているかのように、艶を帯びた声でアリアは叫ぶ。

 劣勢だった。頭部のアンテナは片方がへし折れ、左の翼もあの焔の剣に焼き払われた。

 敗北への予感がアリアの脊髄を伝う。だが、この瞬間こそが、希望と絶望が曖昧になって融け合っていく感覚が、アグニカ・カイエルの魂が自らの心臓と完全に癒着して、マクギリス・ファリドのそれと同じ血液を身体の中へと送り出しているその至福の錯覚こそが、アリアに何よりも深く生きている喜びを与えるのだ。

 ああ、なんと。そのなんと素晴らしいことか!

 声にならない叫びを上げて、アリアはその身を灼かれ、骨を焦がされながらもミネルヴァガンダム・ブリューナクへと渾身の正拳突きを放つ。

 残り時間は、三十秒を切った。

 故にこそ、今が好機。今しかない。

 閃光のように、駆け抜ける光のように、この一瞬にこそ全てを燃やし尽くす!

 アキノは放たれた正拳突きを下から払い退け、バエルの体勢が大きく崩れたことを見計らって、左足での回し蹴りを入れた。

 そして、今ミネルヴァガンダムを燃やし尽くしている彗星の残滓が、サイコ・シャードが作り出す炎の結晶を足場に全力で機体を加速させて、赤い彗星がそうしていたように、炎を纏った全力の蹴りをーー否、機体そのものを燃え盛る一つの槍として、体勢を崩し、距離を離した悪魔の王、その心臓を穿つべくスロットルを全開にする。

 

「ブリューナク! これでええええええッ!!!」

『ああ、何という至福……ッ!?』

『お嬢様あああああッ!』

 

 だが、その幻の炎を纏うあり得ざる槍が導き出そうとした答えは、乱入者の咆哮によって無情にも棄却された。

 すばしっこく逃げ回り続けていたガンダムグラスランナーの半身をもぎ取り、ヘイズルIIの両脚を奪い取るという戦果を挙げたミツルギのターンエーガンダムが、直撃の寸前にアリアのバエルを弾き飛ばして、自身をその生贄とする。

 

『ミツルギ、何を……!』

『……お嬢様、差し出がましい真似をいたしました。しかし、僕は……いえ、わたくしは、貴女が敗ける姿など見たくはないのです……』

 

 衝撃のフィードバックによってコックピットの背面へと思い切り叩きつけられながらも、ターンエーが爆散する僅かまでの間に、ミツルギはそう言葉を残して儚く笑った。

 アリアが、凛音が歪んでしまったのは自分のせいだ。ミツルギは、いつもその後悔を抱いて、主人と共に電子の海を彷徨っていた。

 良かれと思って、ハッピーエンド故にその入り口としてミツルギーー石動が、劇場版機動戦士ガンダム00を、いつも退屈に涙を流し、枯れていく木をスケッチブックに写し取るばかりだった凛音へ、娯楽として勧めたのが、彼女がここまでガンダムにのめり込む原因だった。

 だが、凛音はハッピーエンドを好まなかった。

 過酷な生まれで、無学の身であるが故に破滅していく鉄華団や、友情や愛情を理解しながらも己の過去と、払い続けた犠牲のためにそれを拒み、力によって世界を変えようとしたマクギリス・ファリドの生き様にこそ深く共感し、結果として枯れ木を描くのが「鉄血のオルフェンズ」で描かれた悲劇に祈りを寄せるだけに変わってしまったのだ。

 それでも、GBNと出会った時に、初めて凛音は笑っていた。

 あの「ビルドダイバーズのリク」が見せてくれた奇跡は、確かに彼女を救っていたのだ。

 なればこそ、そんな救われた世界でも凛音が敗北に悔しさを覚える姿など見たくないと思ってしまうのは、執事故のわがままかーー言葉にする間もなく、ミツルギとターンエーのテクスチャは消滅し、そのシグナルはロストする。

 そして、それはアキノも同様だった。

 ミネルヴァガンダムを包み込んでいたあり得ざる焔が焼くのは敵機だけではない。

 必殺技の代償──サイコ・シャードの暴走と機体のオーバーロードによって、ミネルヴァガンダムとアキノは電子の海にその姿を散らしていく。

 

「すみません、アイカさん……仕留め、切れませんでした……」

「アキノさん……っ!」

 

 ああ。なんと自分は無力なのだろう。

 アバターのテクスチャが崩れていく中で、レッドアラートの中心に黒帯が浮かぶ、撃墜状態のコックピットで、アキノは深く傷つけど未だ健在であるバエルへと手を伸ばし、それを戦闘における最後の言葉にするのだった。




彼もまた凛音に、アリアに夢を見ていたのです
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。