シャフリヤール。
ビルダーとしての実力はあのチャンピオン、クジョウ・キョウヤをも超えて世界で一番の存在であると讃える声は非常に多い。
技術だけを見ても、彼の「基本を丁寧に突き詰めて画竜点睛を欠くことなく作品を仕上げる」という誰もが理想としながらもどこかで妥協をしてしまうところにそれを一切許さず、米粒のようなパーツにすら筆を巧みに使い分けてムラなく、はみ出しなく綺麗に塗り分けていく様は以前に取材を試みた、模型誌の記者がメモを取ることさえ忘れるほどに流麗なものだったという逸話が語り継がれている。
本来彼はあまり人前に出ることをせず、その作品だけで己を語るスタイルであったのだがそこはそれ、二年前、ちょうど「ブレイクデカール」なるチートツールが蔓延していた頃に彼の名を騙る偽物が、不届き千万にもほどがあるのだがこのペリシア・エリアに現れて悪事を働いたことから、今は割と積極的に人前に出ているのだ。
とはいえ、彼の姿勢は変わっていない。
愛だ。
一言で彼について記すのであれば、その言葉以外にふさわしいものは何もない。
そして彼もそこに多くを語らない。もし迂闊にも、シャフリヤールに対して「今のガンプラじゃ満足できないから後継機とか考えてくれますか」などと口にしたのなら、それは龍の逆鱗に触れるが如き行いであり、冷たく突き返されてしまうことだろう。
愛とは、己の内に溢れる想いだ。そして同時に他者を、他のところにあるものを想うことで、そして想われることで成立する相互方向の感情であると、シャフリヤールはそう定義している。
もちろん、愛の形は様々だ。それが他人を傷つけるものであったのなら彼は決して愛を暴力に変えることを容赦せず、愛機である【セラヴィーガンダム・シェヘラザード】によって、GBN最上位ランカーたるその所以を見せつけることだろう。
しかし、そんな彼が何故アイカたちの目の前に現れたのかは、彼女たちすらも理解が及んでいない。
名前しか聞いたことのないような有名人とのエンカウントに戦慄し、硬直しているアイカとエリィを他所にシャフリヤールは小首を傾げて、エリィの瞳をじっと覗き込んだ。
「君は……恐らく自分のガンプラについて惑っているね」
「……えっ……? は、はい……そ、その、わたし……」
「だが同時に、君は君のガンプラを愛している。それ故に、君は今深い迷路の中でもがき続けているのだろう。そして、君も」
「……あ、あたし、ですか?」
「愛とは、時に人を悩ませ、狂わせてしまうこともある。しかし……そこに、その愛に物語を、心からの想いを与えたいからこそ、君……アイカも、そしてエリィも、悩み続けているのだね」
自身が作り上げたジオラマと二人の顔を交互に見て、シャフリヤールはそう断言する。
アイカは、確かに悩んでいた。
だがそれはコメットコアガンダムそのものに対する悩みではない。Cランクという、GBNにおいてある種のスタートラインとされている位置に立ったことで解禁された必殺技という要素についてのことだ。
アキノが披露した必殺技は、終了時に自壊するという弱点を抱えた時限強化だった。そして一番最初に見たハマモリのユニコーンガンダム・フルバーニアンもまた、NT-Dの強化という時限強化に関するものであった。
だが、必殺技もGBNにおいては多様だ。武器を強化して必殺の一撃を叩き込むものもあれば、最大出力によるビーム砲であのFOEさんがやっていたような広域殲滅や超絶的な破壊力を実現するようなものもあり、そしてそれが砲撃ではなく徒手空拳から放たれる、というものも存在している。
変わったところでは、ミラージュ・コロイドを応用して一定時間自機のテクスチャを戦場にいた機体のそれに貼り替えるだけではなく、レーダーさえ「敵の味方」と誤認させるものの存在も確認されている。
なればこそ、アイカはコメットコアガンダムにどんな物語を望むのか。どんな必殺技が、自分とガンプラを繋ぎ止めるために必要になるのか。
それがわからないからこそ悶々としていたのだ。
「申し訳ないが、私は決して答えを語ることはしないよ。それは愛を……心の中に踏み入って暴き出して曝け出すという暴力にも等しいからね。だがもしも君たちが深い愛によって惑っているのなら、その霧を晴らす手伝いはできる」
シャフリヤールは穏やかにエリィの鳶色の瞳と、その中心に星が輝くアイカの碧眼を見据えて静かに、そして厳かに語った。
愛。投げかけられた言葉に、エリィは正直なところ困惑している。
確かにあのヘイズルIIにはどこか自分を重ね合わせている部分があって、例えば知らない人から「もっと強い他の機体に乗り換えたらいい」というアドバイスをされたとしても、それを素直に受け入れられたかどうかについて考えれば、他人に遠慮しているからこそ迷うのであって、ヘイズルIIを捨てる、というチョイスは最初からエリィの中には存在しなかったのだ。
だけど、そのままヘイズルIIを使い続けていればきっとアイカたちの迷惑になることぐらいはわかっている。せめてコンポジット・シールドブースターなる武装が揃っていれば、アリアとの戦いで、ある程度の時間稼ぎぐらいはできたのかもしれないが、説明書すら欠品していた以上、それを部品注文することも叶わない。
「……しゃ、シャフリヤール、さん……!」
「なんだい、エリィ?」
だからこそ、エリィは勇気を振り絞ってその名前を呼んだ。
ちらりと横目に見たアイカもまた、シャフリヤールから贈られた言葉に悩んで、小首を傾げている。
アイカが、助けてくれなければ、きっと自分はGBNにも嫌気がさしてやめて、きっと──きっと、この世界の全てに絶望して死を選んでいたかもしれない。
左手で、現実で「絵理」が前髪を留めているものとよく似たそれを探し当てて「エリィ」の髪にも装着したバレッタに触れながら、エリィは己の過去と、売れ残ったヘイズルIIと、そして、きっと廃棄されていく二月十五日のチョコレートを、十二月二十五日のクリスマスケーキを重ね合わせる。
──だいじょうぶ。しんじゃだめだよ、いきてたら、きっと。きっといつか、いいことあるから!
幼い頃に聞いたその声の主が誰なのかはわからない。ただ、絵理が──右眼を、片目を失ったことで、元から眼の色で迫害されていたのに追い討ちをかけるようにいじめられていた時、石を投げつけるガキ大将の前に立ちはだかって彼と殴り合いの喧嘩を繰り広げた女の子が、自分の髪を留めていたバレッタを外して、その言葉と共に贈ってくれたからこそ、今日までエリィは、「絵理」は歯を食いしばりながら生きてこられたのだ。
なら、きっと売れ残って劣化したらワゴンに叩き込まれて、それでも売れなかったら捨てられてしまっていたかもしれないこの子を、ヘイズルIIを見捨てないで、アイカさんたちの役に立つためのヒントがあるのなら、わたしはそれが欲しい!
エリィは、眦に涙を浮かべながらも真っ直ぐにシャフリヤールを見つめ返して、その言葉を口にした。
「……少し前に、君たちと同じアドバイスをしたことがある」
「……同じ……?」
「このGBNなら、いつか彼と君たちが巡り会うこともあるのかもしれないね。さて……話が逸れてしまったね、すまない。本題に移るとしよう」
「……」
「エリィ。アイカ。君たちは……足元を、そして隣を見ているかい?」
どこか愛おしそうに、何かをそこに思い返しながらシャフリヤールは問いかける。
足元。下を一瞥しても見えるのは靴と自分の影だけかもしれないが、彼が言っているのはそういうことではないのだろう。
一瞬だけ下に向いた視線を戻して、アイカはシャフリヤールが言った通りに横を見れば、そこには決意にあふれた表情で凛としてーーと、まではいかなくとも、涙を堪えながら、必死に彼と向き合っているエリィの姿があって、その鳶色の瞳は、同じように自分を覗き込んでいて。
──ニコイチ。
そんな言葉が、はたとアイカの脳裏に溢れて落ちる。
遥か昔、二個のプラモデルからそれぞれ好みの形状のパーツをミキシングすることで一つのプラモデルを作り上げる技法をそう呼んでいた時代があった。
しかし、プラモデルやガンプラ自体が多様化したことでサンコイチヨンコイチ、といった手間と暇と金が最大にかかる改造が主流化していく中でその言葉はいつしか廃れてゆき、複数のキットをつなぎ合わせて一つのガンプラを作り上げるそれは「ミキシングビルド」ないし「ミキシング」という言葉に置き換えられていったのだ。
正確にはミキシングという言葉にもコンパチブル、という別種の定義があるのだがそれは割愛しておこう。なるべく共通規格が採用されるようになってきた昨今、コンパチもミキシングもそのハードルを引き下げたのは間違いなくガンプラの版元の企業努力に他ならないからだ。
ならば何故、遥か昔に廃れたはずの言葉をアイカが知っていたのか。
その答えは簡単だ、女子高生たちの間で、「二人で一つ」を意味する言葉として、「ニコイチ」という単語は現代に蘇った。
ニコイチ。ミキシング。二人で一つ。
脳裏に浮かぶ三つの点は、それぞれに震えて微かに線を成そうとしていた。
──グリップが、ビームサーベルと同じだったら。
瞬間、何かが鋭く閃き、空間を裂くような音がアイカの脳裏に響き渡った。
そうだ。考えてみれば、簡単なことだったのだ。
「……ヘイズルIIと……」
「何かを……」
『ニコイチにする!』
正確にはニコイチではなく複数を利用したミキシングになるのだろうが。
アイカとエリィは互いに手を取って、全く同時に浮かんだ結論に表情を明るく輝かせる。
そうだ。何も乗り換える必要などどこにもないのだ。
組み立て済みだからとゲート処理が甘い部分は再処理すればいいし、幸いなことに四肢は万全の状態で揃っていて、元となったTR-6ウーンドウォート自体が拡張性に優れているから、候補には事欠かないだろう。
「晴れたようだね、エリィ、そしてアイカ」
「はい! ありがとうございました、シャフリヤールさん!」
「……ありがとう、ございます……!」
「それは何よりだ。愛ある者の旅路に幸多きことを願うよ」
一刻も惜しいとばかりに現実へと解けていく二人を見送りながら、シャフリヤールはそこに、かつて遭遇して己にヒントを問いただし、同じように凄まじい速度で解答を見つけてしまったELダイバー……「リゼ」の姿を重ね合わせながらひっそりと苦笑する。
必殺技についての悩みもどうやら解けたようだし、それを使うのに迷ったなら自ずと彼女たちならあれのところに辿り着くだろう。
久しぶりに、技術を称賛するのではなく込められた想いに涙まで流してくれる者が現れてくれた幸運と、そしてその誰かの心を揺さぶることができた自身の愛の結晶として生まれてくれた作品に感謝をして、シャフリヤールは宮殿の中に引き返していく。
少し、ファンサービスをしすぎてしまったかな。
そう呟く彼の言葉に応えるものはいない。だが、いつだって、自分の生み出したものが、心が、誰かのそれと触れ合って繋がっていく感覚は。
有名無名を問わずして、ビルダーにとっては何物にも代え難い、至上の喜びに他ならないのだ。
GBNからのログアウトをするなり、愛香は絵理と家路を共にしながら、スマートフォンでヘイズルIIとその系列機について調べ上げる。
ハイザックIIだとかダンディライアンだとかガンダム・インレだとか、画面の中に出力される複雑怪奇なAOZ──アドバンス・オブ・ゼータ、ヘイズルIIの出典となる外伝の情報量に頭はパンクしそうだったが、どうやらヘイズルIIという機体、というよりコンポジット・シールドブースターを失っている絵理のガンプラは、その中でも「素体」に近い位置付けであることは理解できた。
「絵理はさ」
「……は、はい……」
「どんな感じのガンプラを……ううん、絵理はあのGBNで、どんな風に飛んでみたい?」
弱視の絵理には、愛香が差し出してくるスマートフォンの画面に表示されている画像もぼやけて映る。
だからそこにどんな文字列が並んでいて、どの機体が、どんな特徴を備えているのか、その精細なディテールもまた判然としない。
だが、愛香が問いかけてきたのは「どの機体を選びたいか」というものではない。
すぅ、と、小さく息を吸い込んで、絵理はシャフリヤールと言葉を交わしていた時からずっと温め続けていたその答えを、形にする。
「……わたし、目になりたいです。愛香さんの……チィさんの、アキノさんの……皆の、目になって、あの世界を……見たい、です……」
「オッケー、わかった」
ほとんど目が見えない絵理にとって、GBNの世界は救いだった。
最初こそ救いを感じる暇もなくモヒカンに襲撃されたりと散々だったが、愛香に助けられて、いつの間にか自分がきっと一生作ることができないと思い込んでいた、仲間と呼べる存在ができて、そして今日は、普通の高校生みたいに、その景色こそ仮想だったけれど、風景を楽しみながら何気なくジュースを頼んで、一緒に散歩をするという、ずっと憧れていたことが、憧れている愛香と一緒にできたのだ。
きっとこれに勝る幸せはない。
GBNと同じ位置にあるバレッタに触れながら、幼い頃に贈られた言葉を思い返して、そっと絵理は涙ぐむ。
嘘だと、生きていたって何もいいことなんてないと、ずっと、心のどこかでは疑っていた。
だけど、その言葉を捨てることはできなかった。だってそれが本当に嘘だったら、わたしは何のために辛い思いに泣いてきて、何のためにそんな思いを背負いながら生きてきたのか、わからなくなるから。
でも、本当だった。
ーーわたし、生きててよかったって、報われたって、ちゃんと思えたんです。
左眼からはらはらと涙を零しながら、絵理はその幸せを噛み締めつつ、名前も顔もわからないバレッタの少女に感謝を捧げる。
「ねえ、絵理」
「……ぐすっ……あ、愛香、さん……?」
「あたし、集中しすぎると周り見えなくなるんだ」
それはずっと、愛香の悪癖として人生につきまとってきたものだった。
陸上も、吹奏楽も、手芸も、全て一人の力で何とかしようと一人で死力を尽くしていたものの、それは空回りするばかりで、何一つ身を結ぶことなどなかった。
当然だと、今ならばそう思える。それはGBNと、絵理と、そしてチィとアキノに出会えたからこそ振り返れることで、アリアとの戦いをその出会いが生んだ絆がきっかけとなって乗り越えられたからこそ、こうして俯瞰することができても、当時の愛香にとって自分の努力が身を結ばなかったというのは人生さえも否定されたのに等しかったのだ。
誰の助言も、聞き入れてこなかったにもかかわらずだ。
小さく苦笑しつつも、愛香は絵理の両手を包み込むようにそっと握って、彼女が振り絞った精一杯の勇気に、そして彼女が捧げ続けてきた厳かな祈りに少しでも寄り添えるよう、真っ直ぐにその瞳を覗き込んで愛香は宣言する。
「GBNで、絵理があたしの……あたしたちの目になってくれるなら、あたしは現実で絵理の目になるよ」
「……っ、あいか、さ……」
「だから物は一つ提案なんだけど……明日、あたしの家に泊まらない?」
一応愛香の家にも古いタイプで、バトルをするのには堪えないスペックでこそあるものの、ログインしてモデリングを確認するだけなら十分なVR端末と、正月だったかにお年玉でそれを買い換えた新型の二台がある。
自分は古い方を使えばいいとして、端末が二台あるなら絵理にダイバーギアを持ってきてもらうことで改造途中のガンプラをスキャンして、格納庫で姿を確認してもらうといったことも可能になるだろう。
ガンダムベースで製作ブースを借りながら時折ゲームブースでその作業を挟む、ということもできなくはないのだがそこはそれ、出費が凄まじいため、ミキシングの材料として絵理が口にした「目」という言葉から連想したキットを幾つも買い込む必要がある以上、避けられるものは避けておくに越したことはない。
「……え、あ、その……い、いいんですか……?」
「何が?」
「……え、えっと、その……ガンプラの、お金とか……って、いうか、その……そもそも、わたしが……愛香さんの家に、お泊まりすることも……」
「どっちもオッケー、言ったでしょ? あたしが絵理の目になるって。それにさ」
──あたしは、絵理の味方だから。
絵理の身体を抱き締めて、愛香は耳元でそっと、しかし何よりも力強くそう囁いた。
「……っ……あいか、さ……あいか、さん……っ……ぐすっ……うええええ……んっ……」
「よしよし、それじゃ明日、学校終わったら一緒に帰ろっか」
「……ぐすっ……えぐっ……」
嗚咽に塗れて言葉にこそなっていなかったが、絵理は何度も首を縦に振って、愛香の言葉を肯定するのだった。
さて、今日は大分札束が飛んでいくことになりそうだ。
また日が高いうちにガンダムベースを出てしまったが、ガンプラは色んなところで買えるのだ、そのAOZとやらのガンプラが具体的にどの辺まで商品化されてるのかはわからないけれど、スマホで調べて店をローラー作戦で片っ端から探していけば見つかるだろう。
絵理と分かれて、家とは反対方向の、電気街を目指してその方面へと向かうための電車に乗りながら、愛香は一人苦笑しながら、諭吉が飛んでいく覚悟と、改めて絵理のために、親友のために全力を尽くす覚悟を固めるのだった。
愛です。愛ですよ、エリィ