GBNにおけるキャラメイクの幅は、他の追随を許さないほどに幅広いものであることは周知の事実だ。
同じオンラインゲームでも現実から乖離したキャラクターを操作する際に生じる「違和感」という課題──例えば身長190cmほどもある筋骨隆々とした大男が、二頭身のピキリエンタポーレスにアバターを設定したとしても脳がそれに対して違和感を覚えることなく、仮想の身体を最初から「そう」であったかのように操れるのは革新的で、この仕様で肩を並べられるのは稀代の神ゲーと称えられる、数世代先の技術を独自に搭載したVRMMOぐらいのものだった。
そして、GBNにおけるキャラメイクの多様さは、ゲーム内においてのアバターだけではなく、ガンプラにも適用される。
十字キーとボタンで遊ぶゲームが流行っていた時代、奇しくもGBNと同じように、ゲーム内に用意されたガンプラのデータを組み換えて、色を変えたりしてオリジナルのガンプラを使って戦うゲームが存在したのだが、それと同じく「ガレージモード」において、ダイバーはスキャンしたガンプラに対する配色を自由に設定することができる。
実物を塗装するのに、ぶっつけ本番でやってみたら思ったより色味が違ったからなくなくシンナーに漬けて塗装を剥がす羽目になる、というビルダーは思いの外に多い。
そして、プラスチックを溶剤に浸すというのは劣化やクラックの原因になるため、可能であるならば避けたいというのが、ビルダーたちの本音であった。
だからこそユーザーからの根強い要望を受けて、「現実世界で塗るための案を試行錯誤するための機能」として、ガレージモードは、格納庫内限定で様々なカラーパターンを試せて、そのスクショを持ち帰ることが可能だという形で実装される運びとなったのだ。
エリィに名付けられた「リビルドウォート」のカラーパターンを、アイカは事前にいくつか考案していた。
一つはそのままヘイズルIIや、グリーンダイバーズイメージカラーではないキハールIIと同じく「ティターンズカラー」として親しまれている濃紺を基調とした塗装。
そしてもう一つは、白を中心としたトリコロールカラー、ガンダムタイプによく見られるそれに、エリィっぽい色だと思った水色寄りのコバルトブルーを入れて、さらに差し色としてオレンジ色に近い黄色を使っていくというパターンだ。
単純にアイカの好みだけで塗るのであれば、自身がコメットコアガンダムにそうしているように、温かみが強いホワイトにピンク色とオレンジイエロー、というパターンで塗るのだが、これはあくまでもエリィの機体だからそうもいかない。
コンソールを慌ただしく操作して、取り敢えずは色がバラバラになっていた部分をヘイズルIIに合わせる形で「ティターンズカラー」に染め上げながら、アイカは問いかける。
「この色はどう? あたしは強そうだと思うんだけど……」
ティターンズカラーは何にでも合う。
ビルダーたちが残していった格言であり、実際に機動戦士Ζガンダムにおいても「強そうな色」という理由で設定されたそのコンセプトは、例え武装がビームナイフ一本しかないという極端な機体であっても、ただならぬ雰囲気を漂わせ、逆に主人公機をティターンズカラーに染め上げれば、ヒロイックなその姿はダークヒーローとでも呼ぶべき外連味を漂わせながらも決して王道から外れることのない格好よさを保証してくれる。
まあ、その言葉を残したのは何にでもバーザムの頭を付けようとする、アリアの同類というかバーザムに魂までも捧げ切ったビルダーなのだが──それはアイカが知る由もないことなので置いておこう。
エリィはティターンズカラーに染め上がったリビルドウォートを見上げて、確かにアイカと同じく「強そう」という感覚を真っ先に抱くこととなった。
ヘイズルIIと同じ色であることもポイントが高い。
そして実際に塗装をしてもらう作業をアイカに任せる以上、あれこれと自分が口を挟むのも迷惑になるだろう。
エリィは意を決して、そのプランを採用しようと思った時だった。
──絵理は、あの世界をどう飛びたい?
先日の帰り道に投げかけられた「愛香」の言葉が不意にエリィの脳裏をよぎる。
リビルドウォートは、この世界を飛びたがっている。今もその夢を見て格納庫に佇んでいる。
だがそれは、主人であるエリィがいなければ叶うことはない。
そして、そこに必要なものはエリィの心だ。
シャフリヤールが口にしたように、「愛」という思いは少なからずガンプラに対して影響を、そしてこのGBNという世界においても何かしらの変革をもたらすことは、ELダイバーの誕生によって証明されている。
乗り手の想いと、決して言葉を語れない愛機の心が一致したその時、ガンプラは時に検証班が頭を抱え、GMが胃薬を噛み砕きながらも、確かにあり得ざる奇跡への一矢をその手に手繰り寄せて限界を超えた力を発揮するケースは、確かに存在するのだ。
生まれたい。生まれ変わりたい。
エリィがGBNへとダイブする理由は、その一心だった。
現実では満足に目が見えなくても、フルダイブの世界であれば自分の目はその光を取り戻し、仮装とはいえ広がる世界を、そして人々をこの、光を失った、光を奪われた瞳で見つめることができる。
だから、「絵理」は、「エリィ」になった。
いくつものクソゲーを掴んでその中でも現実と同じように迫害される弱者の側になって、何度もリスキルされながら、理不尽に透明化したボスに殴られながら、テクスチャが崩壊したグラフィックに何故か当たり判定等々が残っている壊滅的なバグを仕様としてリングに上がり続けるカリギュラの剣闘士たちに五体を刻まれながら、そしてようやく辿り着いたのが、このGBNという世界なのだ。
そしてこの世界も、アイカと出会わなければ、あの日ロビーで自称情報屋に絡まれているところを助けてもらわなければ、例えその奥深さが他のゲームと一線を画するような神ゲーであったとしても、エリィはやっぱりいつものことだと諦めて、泣きながら去っていったことだろう。
飛びたい。生まれたい。この世界をこの目で見たい。
エリィにはわからないが、それは確かに今、リビルドウォートが願っていることと同じだった。
──この世界なら、目が見えないわたしは、物を見られる。そうして世界がどんなものなのかを見られて、いろんな出会いがあって、そして今も、大好きなアイカさんがどんな顔をしているのかを、ちゃんと確かめることができる。
──この世界とご主人に出会ったから、売れ残り、捨てられるか、またパーツだけをもぎ取られて売り捌かれるか、ゴミ箱に捨てられるだけだったぼくは、歩き出すことができた。
ならば。
心と心が確かに触れ合い、重なり合ったその瞬間は現実であろうが仮想であろうが、人の目に見ることはできない。
二十一グラム、信じられているその重さが人の心のどこにあるのかなど、誰も知らないし見つけられないのであれば当然のことだ。
だが、二人の間ならその不可視の存在は確かに輪郭を持っていることを信じられる。
決意を固めて、エリィは口を開いた。
「……白に」
「うん」
「……白に……塗ってもらって、いいですか……?」
それは憧れているアイカと、自分に勇気をくれた彼女と同じ色。
どんな風に、電子の海に浮かべられた仮想の空を飛びたいかと問いかけられたのなら、エリィの答えは最初から決まっていた。
アイカさんと一緒に、飛びたい。その隣に立てる色に染まりたい。
おどおどと、頬を染めてどこか気恥ずかしさと申し訳なさが同居して目を逸らしてしまったエリィに、いつも通り「大丈夫だよ」と繰り返しながら、アイカは指先で忙しなくコンソールを操作して、もう一つ用意してきたカラーパターンに、エリィをイメージしたトリコロールにリビルドウォートを染め上げていく。
「ねえ、エリィちゃん」
「……は、はい……その、差し出がましいことを、わたし……」
「ううん、大丈夫。それより見てもらっていいかな。エリィちゃんをイメージした色で塗ってみたんだけど……」
眦に涙を浮かべながら俯く絵理の手を取って、アイカは黒兎がガマの穂綿に包まれ、白く染め上がったリビルドウォートをその指先で指し示す。
「わぁ……!」
目の見えない自分では考えようもなかった。
だが、アイカが提示してくれたカラーパターンは、確かに絵理が脳裏で思い描いていた、「アイカの隣に立つ」という願いと合致するような配色となっている。
これを奇跡というのだろう。今までの軌跡が織り成した、小さな縦糸。エリィとアイカという繋がりあった横糸と編み込まれて、リビルドウォートから伸びるそれは確かに、エリィが伸ばしていたその先端と触れ合って結びつく。
「……う、うぅ……ぐすっ……うええええ……っ、あ、ありがとう、ありがと、ござい、ます……アイ、カ……さ……」
「泣かないでってば。あたしも……徹夜で考えた色だから、褒めてもらって嬉しいし……その、なんかごめん……あたしも泣きそう……」
誰かに喜んでもらうということは、きっと何物にも代えがたい喜びだ。
シャフリヤールやあのプロトタイプガンダムを作り出した老紳士といったビルダーは、確かに己の魂を形にするためにその叫びを心火の炉にくべて、指先を動かす力と、その果てにある作品を作り上げる力となしたのだろう。
それでも──どこかで人は、誰かを求めている。
それは決して悪いことではない。誰かのためにありたいと願うことが、誰かのためを思って手を差し伸ばすことが、例え偽善だと罵られたとしてもその行いは、それでも善だ。
劇場版機動戦士ガンダム00という作品の中で、アレルヤ・ハプティズムとハレルヤが交わしていたそのやり取りをアイカとエリィはまだ知らない。だが、「ガンプラ」が繋いだ二人の絆は、まだ遠いところにあるものの、確かにその言葉と、「ガンダム」と縁を結んでいる。
二人は、理由もわからず格納庫で一頻り泣いた。
それはきっと、リビルドウォートが上げた二度目の産声だったのかもしれない。
この世界に生まれることの喜びと、そして傷だらけになっていた心と心がその傷口を、まるでベーゼを優しく交わすかのように触れ合わせたことで生まれた涙。
未来に誓いの旗を立てるように二人はその涙を、互いに傷だらけの心をより深く寄り添わせるように、仮想の海でその身体を抱き合わせて、ぽろぽろと瞳から溢れ出す涙を、その先に来る日が照る朝を待ち望むように、溢れるがままに流し続けるのだった。
「……なんか、カッコ悪いとこばっか見せちゃったね」
「……い、いえ、そんなこと、は……」
ログアウトして現実へと帰還した愛香と絵理は互いに頬を染めて、こみ上げる気まずさに正座で向き合うという極めてシュールな光景を展開していた。
なんというか、あたしは泣き虫になっちゃったんだろうか。
絵理といると、現実でもあの仮想郷でも、どうしてか泣きたくなるようなことが増える。
でも、それはきっと今まで自分の奥に、心臓の棺に埋め込んだ「愛香」がずっと流し続けてきた涙で、誰かにそれを言うこともなかったのが、親友という、文字通り互いの心を曝け出して話し合える相手を得たからこそのことだから、きっと喜ぶべきなのだ。
愛香はそう結論付けて、ぐしぐしと現実の身体にも滲んでいた涙の残滓を右手の甲で拭いとる。
ちらりと窓の外を一瞥すれば、街は夕暮れの気配を漂わせていた。
いかにコンソール操作で塗り替えられるとはいえ、ブロックごとに分けられたパーツにそれぞれ色を指定していくという行動は、結構な時間を消費する。
GBNではなるべく、学生のプレイヤーにも配慮して多くのディメンションやエリアで暦を現実の時間と同期させ、昼夜や四季を再現しているが、何事にも例外というものはある。
そうした例外の代表であるディメンション・シュバルツバルト、ディメンション・トワイライトといった、いつも夜であったりいつも昼であったりする地帯や、そもそも窓がない格納庫では、時間の感覚が曖昧になりやすい。
そして愛香たちが篭っていたのが格納庫で、そこで一心不乱に作業をしていたとあっては二、三時間といった時間など、あっという間に飛んでいったということだろう。
なんだかんだでGBNにどっぷり漬かり始めている自分に苦笑しながら、愛香は絵理にそっと呼びかける。
「ねえ絵理、先にご飯食べる? って言っても簡単なサンドイッチぐらいしか作れないけど」
「……は、はい……お、お世話になります……」
「気にしないで、そんじゃいこっか」
絵理の手を取り、愛香はゆっくりと、彼女が壁に手をそわせていくのに合わせて、自室からリビングの食卓へと案内していく。
この食卓を数人で囲むのも、何日ぶりだろう。
愛香は母の仕事について詳しくはわからない。そして母も厳重な守秘義務が課せられている仕事についているからこそ、娘に多くを語ることはできない。
だからこそ娘としては、母の仕事について納得したかった。
母はきっと凄いゲームを作っている。もしかしたら、GBNと並んで稀代の神ゲーと呼ばれているあの理想郷と開拓地の名を同時に冠するあのゲームに関わっているのかもしれない。
だったら娘としてこれほど誇らしいことがあるものか。だってあのゲームは、VRMMOとしては極めて独自性の強いGBNと並んで、一番の神ゲーと色んな人から言われている。三番目じゃないんだ。
そこに誇りを感じながらも、やはりというか、どこかで寂しさは拭えなかったのだろう。
愛香はまだ子供だ。人のいない食卓で自炊して、一人で食事を摂るという行為はやはり悲しく、虚しいものだったのだ。
ガンプラを買い込んでいたせいでほとんど中身がなくなってしまった冷蔵庫から、夕食の材料を見繕いつつ、猫背気味になって食卓に腰掛けている絵理を一瞥し、愛香は再び眦に滲んできた涙を拭う。
気合を入れてサンドイッチを作るのなんていつ以来だろう。
賞味期限が近いパンから耳を丁寧に包丁で切り出して、切り出した耳は事前にボウルに用意していた砂糖と牛乳と卵黄の混合液に浸しておいて、今度はまな板の上にレタスとトマト、そして塊になったベーコンを並べて適当な厚さに切り揃えていく。
ベーコンレタスサンド。
普段なら面倒くさくて作らないものだが、今できる最高のもてなしとして、愛香はコンソールを操作していた時のような鮮やかな手際でその具材を調理し、トースターに放り込んでいたパンが焼けるのに合わせる形で、ベーコンをカリカリの少し手前ぐらいに焼き上げるという一連の動作を流れるようにこなしていた。
トマトとレタスの水気をパンが吸ってしまわないように、マヨネーズを天面にコーティング剤代わりに塗ったところに一つ一つ具材を丁寧に敷き詰めて、今度は底面にマヨネーズを塗ったパンで挟んで、長いプラスチックの楊枝を留めピン代わりに利用して固定したところを斜めに切る。
「我ながら上出来……かなあ」
とりあえずはこれでベーコンレタスサンドは完成した。
後はミルクセーキに近い比率の、しかし砂糖を多めにした混合液に浸けていたパンの耳を油の中に丁寧に入れて、ちょうど熱々のベーコンとパンで舌を火傷してしまわない範囲まで程よく冷める時間を利用して即興の節約お菓子を作り上げる。
それらを二人分の皿に盛り付け、両手に持って愛香は、絵理の待つ食卓へと運んでいった。
「ごめん、待たせちゃったかな」
「……い、いえ……なんだか、とっても美味しそうな香りで……」
遠慮がちに絵理は首を横に振ったが、嘘をつくなとばかりにくぅ、と、なんとか我慢して抑えていた腹の虫がとうとう癇癪を起こして鳴き喚く。
「あはは、待ってたんじゃん」
耳まで真っ赤になりながら俯く絵理に可愛らしさを感じながら、頬を染めたまま蚊の鳴くような声で発された、彼女のいただきます、という何年ぶりに聞いたかわからない言葉を噛み締めるように、小さく口元にベーコンレタスサンドを運んでいく姿を見つめていた。
多分、ガンプラも、料理も。
きっと同じなんじゃないかな、と、愛香はそれを言葉にしたらビルダーにも料理人にもなんだか怒られそうだと思いながらも、いつになく、一口こそ小さいもののもくもくと凄い勢いでベーコンレタスサンドを飾る絵理をどこか満足げに眺めながら、自身も作ったそれにかぶりつく。
なんというか、まあ、及第点みたいな味だ。
やっぱりここでもクラスで三番目なのかな、と少しだけ凹みそうになったものの、それでも一心にサンドイッチを啄んでいる絵理を見れば、どこかでそれもいいかな、と思ってしまう。
そう思えることが幸せに他ならないことを、愛香はまだ理解できない。
それでも、胸の内側を温かな綿で覆われていくようなこの感覚が何物にも代え難いものであることぐらいは、わかっていた。
「……おいしい、です……」
「そっか、なら良かった。あんまり自信ないから」
「……そ、そんな……わ、わたしは……愛香さんのお料理なら……毎日、食べても……」
「光栄だけど、それじゃ絵理のお母さん泣いちゃうよ」
「あ、あぅ……」
なんだかプロポーズみたいだな、と背筋に少しのむず痒さと、脊髄を伝っていく温かな電流が駆け抜けるような感覚を覚えて、頬が自然に緩んでいくのを引き締めながら、愛香は平静を装って絵理の言葉に答える。
絵理はとにかく、食べるのが遅い。
昼休みでメロンパンを一個食べ切るのがやっとというほどなのだが、それもこうして次の授業みたいな予定に追われない、時間に余裕のある時なら、あれでも急いで食べていたのに無理をする必要もないだろう。
肩の力を抜いて夕飯を食べる絵理をそっと見つめながら、愛香はサンドイッチを食べ終えて、揚げたパンの耳を少しずつ口元に運んでいく。
──なんだか、ずっと、こういうちょっとだけ気怠い時間が続けばいいのにな。
青春という、ビルとビルの隙間に落ちた影のような時間。
誰も彼も教えてくれることのない正解に惑い続けることからも逃れて、そんなすみっこでそっと過ごしているモラトリアムなのは、愛香にもわかっている。
だけど、好きな子と、大事な親友と一緒にいつまでも過ごしたい、と思うことのどこが間違っているというのだろう。
──幸せに、本物と偽物などない!
トラウマこそ穿り返される結果となったものの、アリアが叫んでいた言葉を思い出しながら、愛香はそっと、苦笑し続けるのだった。
その問題が発生したのは、当然女子であろうが男子であろうが欠かすことのできない入浴という時間だった。
絵理はいつも自分が住んでいる家であれば、構造を完全に把握しているために一人でも入浴することができたのだが、違う家となれば勝手が異なるのはよく考えてみたら当たり前のことだ。
絵理は鞄の中から、愛香はクローゼットの中から取り出したバスタオルと着替えを膝に乗せて、正座をするという形で改めて向き合っていた。
そしてそれは──最後に残された絵理の心の問題と、今彼女の右眼を覆っている眼帯のことと関係していた。
「……」
「……」
重い沈黙が、二人の肩にのしかかる。当たり前だ。今も眼帯を外していないということは、まだそこに隠されている何かにきっと絵理は重い傷を抱えているということなのだから。
気まずさが臨界を突破して、張り詰めた空気が二人の間で静かにとぐろを巻いていく。
だが。
今まで愛香にもらってきた勇気と、助けてもらった恩義と、そして、リビルドウォートを見た時、いや、違う。きっとぶつかって落としてしまったヘイズルIIを拾ってもらった時から、「絵理」と「エリィ」が同一人物だと知っても普通に話しかけてもらった時から自身の胸の内に生まれていた情動に従って、絵理は決意と共に口火を切る。
「……あ、あの……あ、あ……愛香、さん……」
「うん、どしたの絵理」
「……そ、その……えっと……不躾で、勝手なお願いなのは、わかってます……で、でも……その……」
「うん」
「……き、嫌わないで……い、今から……今から見るものは、気持ち悪いかも、しれませんけど……そのっ……嫌わないで、くれ、ますか……?」
切実な絵理の願いに含まれている痛みが、悲しみが、血管を刺す細い針のように、愛香の血液に溶け込んでちくりと、ずきずきと痛みを訴える。
けどそれも、きっとその全部には届かない、一部だけであることはわかっていても、そこにある痛みへ想いを馳せることしか、祈ることしかできないのなら、それが少しでも、絵理の助けになるのなら。
あたしは、そう決めたんだ。
絵理の決意が打ち立てた旗の下に、愛香もまた決意をもってそっと歩んで寄り添うように、答えを返す。
「言ったじゃん。あたしはどんなことがあっても、絵理の味方だって」
例えそれが世界に生きる全てから後ろ指を刺されるような行いだったとしても、愛香は迷いなく絵理の肩を持つと、そう決めていた。
そうして絵理は抱え続けてきた痛みを愛香に零すと決めた。
彼女なら、と、そこに一縷の望みと、人が信頼と、親愛と呼ぶ感情に懸けて、精一杯に言葉を形にしようと、小さく息を整えるのだった。
前後編で完結する予定だったんですよ(ガバチャー)