かつて、重い誇りにその身を包み、猛き歌と共に戦場へと赴く騎士たちがいた。
かつて、その機体のどこかに「銀」の意匠を取り込むことで己の忠誠と秩序の番人たらんという覚悟を示し、GBNを破壊せんと試みていた悪党を撃ち破る破邪の聖銀とならんとしていた騎士たちがいた。
ブレイクデカール。
それは二年前にGBNで流行した、忌々しいチートツールの名前だ。
使用した痕跡をバックログに残すことなく、一度発動すれば素組みの旧キットですら丹念に作り込まれたガンプラを一撃の元に屠るほどの力を使用者に与えるその禁忌の力は、忌避されて然るべきものなのだが、広くダイバーたちに受け入れられてしまった。
その理由は様々だ。
例えば自分の弱さがフォースの足を引っ張っていることを自覚して、お荷物にはなりたくないという理由でブレイクデカールに手を出し、かの「ビルドダイバーズのリク」との戦闘中による説得で改心し、運営に自らブレイクデカールを使用していたことを自白した女性がいた。
例えば、別にガンプラを愛してなどいないし雇われたから適当に組み立て済みのキットをオークションで購入し、それにブレイクデカールを貼り付けることで売人からの意向を達成しつつチートによる全能感に酔いしれようとした者がいた。
例えば、どうしても勝てない──「三桁の英傑」、「二桁の魔物」、そして「一桁の現人神」たちという強大な壁がすぐ目の前にあって、それらを自らのガンプラと操縦技術では撃ち破ることができずに苦悩していたところで、売人からブレイクデカールを購入し、愛を持ちながらも苦悩ゆえに禁忌の力に手を出してしまった者がいた。
確かにチートツールの使用は利用規約に反している。その事実を知られれば石を投げつけられても文句が言えない、という程度に「同じ土俵でゲームをしない」という行為はゲームを嗜む者にとって最大限の侮辱であり、だからこそ「チート」という言葉を褒め言葉として利用する昨今の風潮に異を唱える者も多いのだが、それは割愛しよう。
だが、チーターに石を投げながらも、人々は心の奥底ではその気持ちにわずかな理解を示していた者たちが大半だったと言っていいだろう。
──楽をして勝ちたい。圧倒的に勝利したい。気持ちよくなりたい。
それはPvPを前提としたゲームにおいて、逃れることのできない欲求だといってもいい。
楽をして勝ちたい、については賛否が分かれるだろうが、「圧倒的に勝利したい」「気持ちよくなりたい」という言葉は、「俺の愛するガンプラで立ちはだかる壁を打ち破り、俺が世界で一番ガンプラバトルが上手いんだと、俺のガンプラは世界一なんだと証明したい」という、ダイバーの根源的な欲求に通じるものである。
だからこそその「壁」との差を埋められるブレイクデカールは、「愛」を確かにその心に持ったダイバーですら、罪悪感を抱きながらも、自らの行いが間違いであることを認めながらも、手を出してしまうほどに魅力的だったのだろう。
だが、彼らはそれを許さなかった。
銀色のメタリック塗装が施され、両手には日本刀のような武器──Cランク高難度ミッション報酬である「ビルダーズカタナブレード」を、ガンダムベース本店の製作スペースにある高速成型射出機で出力して制作したそれを両手に持ったシナンジュ・スタインが、F91の頭をジェムズガンの物に換装し、ヴェスバーの代わりにジャベリンのショットランサーを、そして脚部をガンダムエアマスターのものに変更した【GMF91】三機との連携で、氷海に浮かぶ白銀の大地に朦々と黒いオーラを立ちこめさせるガンプラを追い込んでいく。
黒いオーラ──ブレイクデカールを使用したガンプラは、高い精度を誇って完成されていた。
プロモデラーの作品をリスペクトし、原型機では「セブンソード」の如く格闘武器が多かったところを自分好みの射撃兵装に差し替える形で製作された、リバーシブルガンダムをルーツとするその機体、【リヴァーサルガンダム】を駆るダイバーは禁忌の力を振りかざし、自身の後方から接近するGMF91、その三個小隊を瞬く間に壊滅させ、更に左右に潜んでいた狙撃型のGMF91をも両手に装備したGNツインバスターライフルで撃滅したが、そこには隙が生まれてしまった。
『今です、全機突貫! 不埒なマスダイバーに……銀の鉄槌を今こそ下すのです!』
『了解! 我らが銀の誇りとその翼に懸けて!」
『アイ・アイ・マム! マスダイバーには銀の鉄槌を!』
『GBNに秩序と安寧を! 我らはその剣となる!』
銀色のシナンジュ・スタインによる号令を受けて、後方に控えていたGMF91の三機は互いのビームシールドを連結し、弾切れと見るやGNフィン・ファングを正面に展開しての迎撃を試みるリヴァーサルガンダムへと突撃していく。
『クソっ! なんで倒しても倒しても湧いてきやがるんだ! 消えちまえよ、お前ら!』
マスダイバーは忌々しげにそう叫び、ブレイクデカールによって強化されたGNフィン・ファングを躊躇いなく最大出力で発射する。
ブレイクデカールによる強化と、その効果は甚大だ。
だったらこの一撃ならば、あの「二桁の魔物」さえ、忌々しくもFOEなどという渾名を頂戴して「ジャバウォックの怪物」をその手にかけんとし、俺のことなど見向きもしなくなった憎きあいつを倒せるんだ!
リヴァーサルガンダムを駆るマスダイバー、「アクセル」は暗い笑みをその顔に描き、引きつる唇を三日月型に歪める。
だが。
『すまないアキノ、手間取った!』
『遅いですよリヒト、では参りましょう!』
『『サイコ・フィールド!』』
もう一機、アクセルの仲間を倒したと思しき銀色のシナンジュ・スタイン──こちらはナラティブバージョンだった──が、アキノと呼ばれた女性ダイバーが狩るユニコーンバージョンのそれと手を取り合って叫ぶと、不可視の力場が突貫するGMF91三機を包み込み、その連結ビームシールドをより強固に補強していく。
サイコ・フレームの共振。二人が選んだ必殺技により鉄壁の盾を得た銀の騎士団、その先鋒はマスダイバーのビームを見事にはじき返しながら、その機体を壁に叩きつける。
そして。
『あんたにどんな事情があるのかはわからない、だが──ブレイクデカールなんてチートに手を染めたことは恥じるべきだ!』
上空から、光の翼を広げて急接近してくる銀色のクロスボーン・ガンダム──クロスボーンガンダムにV2アサルトとM91をミキシングした、【クロスボーンガンダムX0 アサルトゴースト】を狩る男はアクセルに哀れみを寄せながらも決してそれを許さないと、毅然と言い放って展開した「クジャク」と「バタフライ・バスター」による二刀流で、ブレイクデカールによって強化されていた筈のその腕関節を一撃の下に斬り伏せた。
アサルトゴースト。その機体こそ、同じくマスダイバー狩りを生業とするダイバー「アインソフ」と並んで恐れられている、
『クソっ……畜生、畜生っ! お前もあいつみたいに、キョウスケみたいに俺を否定するのか! わかってるさ、あの二桁の魔物になれる才能がないやつはGBNをやめちまえってことなんだろ!? お前だってそう言いたいんだろ、ビーティス!』
アクセルは、個人ランキング124位という、一千万人以上いるとも噂されるアクティブユーザーの中でも最上位に位置する男だ。
彼は断じて弱いわけではない。今こうして追い詰められているのは、ザ・シルバリィが得意とする人海戦術、そして死をも恐れずに突撃する、GMF91を駆る、その魂と命さえシルバリィに捧げ切った勇敢な騎士たち──早い話が下っ端たちの犠牲を積み上げることで成り立っている状況だ。
『アクセル、あんたほどの男までこんなものに手を出すなんてな』
『うるさい! 二桁にいるお前にはわからないんだ、二桁に上がれない苦しみが! 同じ時期にGBNを始めたのに、もう39位なんて場所に行った奴を知ってる苦しみが!』
ビーティスの個人ランキングは94位、二桁の中でも下位の方に位置しているが、アクセルが嘆いているように、まず下位であろうが上位であろうが、「三桁の英傑」と「二桁の魔物」の間には、天まで聳え立つほど大きな壁が存在しているのだ。
故に魔物。三桁こそが人間に行ける限界範囲。
だからこそ、ダイバーたちは怖れと畏れ、そして羨望と少しの嫉妬を込めて、二桁のダイバーを「英雄」ではなく「魔物」と呼んでいるのだ。
『……どんな事情があっても、銀の騎士団は……ザ・シルバリィはこのGBNの秩序を守るために作ったフォースだ。お前の気持ちはわかってやれるかもしれない、だが、許すわけにはいかない!』
『畜生おおおおおッ!!!!!』
滂沱の涙を流し、憎悪に染まった咆哮をあげながら残り少ないエネルギーで散漫な迎撃を繰り返すアクセルの攻撃を全てその光の翼が生み出す機動力で回避して、ビーティスは介錯とばかりにリヴァーサルガンダムのコックピットにはクジャクを突き立てて、バタフライ・バスターでその首を跳ね飛ばした。
『凄いな、流石はビーティスさんだ』
『ええ……私たちも、秩序の番人として恥じることがないように、彼に追いつきたいものですね』
二年前のアキノは、その光景を見て湧き上がった感慨を確かにリヒトと分かち合っていた。
そして、マスダイバーやマナー違反を駆逐しきれば、自分たちの望む理想のGBNが訪れるのだと、信じて疑わなかったのだ。
※※※
「……っ、夢……」
地毛で赤みを帯びた長い髪の毛で、GBNで使っているアバターと同じお下げを作った女性は、自分が机の上に突っ伏していたのだと気付いた。
どうやら課題のレポートをやっている内に眠気が限界に達してしまったらしい。
自らの未熟さを恥じつつも、女性──涼月秋乃は立ち上がって、冷蔵庫に保管してあるエナジードリンクを取り出すと、寝ぼけ眼でそのプルタブを持ち上げる。
かしゅ、という小気味の良い音と共に、炭酸が弾けるそのケミカルな液体を迷うことなく喉に流し込んでいき、これのどこが美味しいのだろう、と訝りながらも確かに眠気覚ましとしては格別に「効く」それを、秋乃は一息に飲み干した。
夢を見ていた。二年前、黄金の時間を過ごしていた、そんな夢だ。
机の上には今更手書き以外は認めないと古臭い頭をアップデートできていない教授から課された課題と、その隣には「今」アキノが愛機としているミネルヴァガンダムが佇んでいる。
結論から言ってしまえば、チィが言っていたようにザ・シルバリィは解散した。
第一次有志連合戦──アキノたちも参加した、マスダイバーにブレイクデカールを供給していた黒幕の潜むディメンションを、チャンピオンが率いる「AVALON」、そして「智将」ロンメルがその辣腕を振るう「第七機甲師団」を中心に組まれた有志たちが強襲する作戦によって、そしてあの「ビルドダイバーズのリク」が奇跡を起こしたことによって、ブレイクデカールは確かにGBNから根絶された。
──狡兎死して走狗煮らる。
そんな古い諺がある。戦いが終わった時、役目を終えた英雄は用済みとばかりに処分されることを示すものだ。
そして、ザ・シルバリィはその通りになった。
マスダイバーの根絶という目的を果たしたことで、ビーティスは自らフォースの解散を宣言し、メンバーはそれぞれに道を歩むこととなった。
ある者はGBNから去っていった。またある者はGMF91から新たな自分だけの愛機に乗り換えて、GBNを続けていた。
そして、秋乃は乗っていた機体こそ違えど後者だった。だが。
「……シルバリィは……私は、間違っていたのでしょうか……」
ポケットの中で震えていたスマートフォンを取り出し、メッセージアプリに新着のそれがあることを確認すると、秋乃はそれに既読をつけつつも、返信する気力もないためそっと電源を切った。
あの日ビーティスとアサルトゴーストが見せてくれた銀の夢は、例え軍団ならずとも、マスダイバーが去って尚GBNという仮想郷を乱し続ける不届き者たちにその鉄槌を下すキャプテン・ジオンへと引き継がれて、そして今も秋乃の中に息衝いている。
「……ビーティスさん、リヒト、私は……」
だがそれは──「リビルドガールズ」にその籍を置きながらも、秋乃という個人が未だに銀の夢を追いかけ、その夢に惑い続けていること、その証左に他ならないのだった。
高鳴る鼓動は空回りする
【ビーティス】……「クロスボーンガンダムX0 アサルトゴースト」を駆る「銀の騎士団」、ザ・シルバリィの団長にして、元個人ランキング94位に位置していた凄腕のダイバーだった。飄々とした性格で人当たりが良く、アキノ含むシルバリィの団員からも尊敬されていたが、マスダイバーの根絶という目標を達成したことと、リアルで第二子が生まれる都合で第一次有志連合戦を一つの区切りとしてフォースを解散、GBNを引退している。
【ザ・シルバリィ】……元々マスダイバーが蔓延る脅威からGBNを守ろうと、さる巨大同盟連合体(アライアンス)の総帥を務める男の愛娘がマスダイバーからの襲撃によってトラウマレベルの体験をしたという話を聞かされたことで、そのような経験をする子供たちが少しでも減るようにと、ビーティスが個人で設立したフォースで、性質上迷惑をかけることを嫌って、そのアライアンスにも属さず単独でマスダイバーを狩っていたところ、彼の理念に共感する者たちが集まって、「銀の掟」を作り上げ、GBNの秩序の番人として活動するようになったフォース。ただ、本義とするマスダイバー狩りだけではなくちょっとした違反も取り締まるようになっていったフォースの現状に、ビーティスは疑問を抱いていたともされている。
【アクセル】……GBN個人ランキング元124位という高い実力を持ちながらも、一方的にライバル視していたFOEさんこと「キョウスケ」との差が埋められずに苦悩し、マスダイバーとなってしまった歪んだ英傑。本編では「才能がないからやめろ」と言われたと被害妄想を抱いていたがキョウスケもビーティスも、一言も、そして一度たりとて彼にそんなことは言っていない。現在は「ビルドダイバーズのリク」が第二次有志連合戦で放った一言を受けて改心し、血の滲むような努力を重ねたことで、元マスダイバーと後ろ指をさされながらも、その実力だけで個人ランク99位、晴れて二桁に上り詰めた。