GBNは、戦うばかりが全てではない。
ここ最近、どうにも自分たちの名前が知れていたのと単純にエリィのリビルドウォートを調整する兼ね合いで積極的にフォース戦を引き受けてきたことでアイカ自身忘れそうになっていたが、そもそもこの世界を放課後の延長線上として利用するユーザーだってアクティブ二千万の中に含まれているし、かくいうアイカもそうなるつもりだったのだ。
しかし気付けば戦いに明け暮れ、Cランクという、GBNにおいては「ここからがPvPのスタートライン」、要するに飽くなき闘争に身を投じる一種の意思表明みたいなランクに到達してしまっている。
別に、ガンプラバトルを忌避している訳ではない。
極めて珍妙な出で立ちの「パロッツ・パーティー」を率いるリーダーである「ハート」と、以前にアイカたちと死闘を繰り広げた、マクギリス・ファリドの生まれ変わりとも噂される暴走お嬢様、「アリア」がかのバンデッド・レースで鎬を削る生配信を、ロビーの外に点在しているカフェの一角で眺めながら、手に汗握る思いでアイカは見守っていた。
バンデッド・レースは競技人口が少ない、マイナーな種目である。
勿論、アクティブが二千万人もいれば、競技人口が少ないジャンルであったとしても対戦に困らない程度に愛好家は存在するが、新規を取り込めず身内だけで完結するコンテンツはいずれ廃れていく。
だからこそ、それを布教したいという理由でハートが自分たちに頼み込んできたために、なんとか協力してあげたいと思ったからあの戦いを引き受けたのだが、やはりネームバリューという点に関しては、ポッと出の自分たちよりも、ハイランカー殺し、ジャイアント・キラーと名高いアリアの方が上というわけだ。
試合の後に送られてきたメッセージで、バンデッド・レースに自分たちはフォースの性格上あまり参加できないが、アリアとのマッチアップを組んで配信したらどうか、というアイカの提案を愚直に受け入れ、そしてアイカの頼みとあらば、とアリアがそれを快諾したことで、実に同接人数14万人というその配信は成り立ったのである。
「……アリアさん、やっぱり凄いです……」
「うん、チィちゃんがいなかったらあたしたち、負けて当然だったわけだよ」
画面の中に映る「パロッツ・パーティー」五機の猛攻を恐るべき反射神経と、そして徹底的に作り込まれたことで原作の勢いに迫る機動性を確保したガンダム・バエルは全て回避し、「紅の彗星」を発動して直線で勝負をかけてきた「チョウ」のパロットスクランブルすら引き離し、その隙を見て自身を奇襲しようと背後に陣取った「ハッシー」へ、ノールックでバエル・ソードを投げつけて撃破するという人間離れした技の数々を、アリアは繰り出していた。
『最速を求める戦い……アグニカ的ではありませんわね、ですが……未だ眠りの中にいる民衆を目覚めさせるのもバエリストたるわたくしの役割。さあ、さあ、さあ! このバエルの機動性に平伏すのです! そして、バエルを操るわたくしが五機を一人で葬りゴールする! その行いこそが、世界を変えるのですわぁッ!!!』
相変わらずのハイテンションで叫びながら、アリアはバエルと更なる同調を試みるべく、その双眸に妖しくも強く輝く光を宿し、残光がウィング・スラスターの軌跡と重なって、メガロポリスのハイウェイに流星の足跡を刻んでいく。
『バエルだ! アグニカ・カイエルの魂!』
『嘘だろ、バエルってあんな強いのか?』
『HGのキット組んだけどあのバエル、関節以外ほぼ別物じゃね?』
『相変わらずアグニカに狂ってんなこいつ……』
『でもこのバーリ・トゥードなレースは中々クールだぜ!』
画面を流れるコメントの数々を流し読みしながら、アイカとエリィは苦笑する。
全身タイツに鳥の被り物の軍団と、バエルに、マクギリス・ファリドにその魂の全てを捧げ切ったお嬢様の戦いというだけあって、最初はイロモノ配信だと思って観に来ていた視聴者たちは、いつの間にか画面の中で繰り広げられる、アリアと「パロッツ・パーティー」のぶつかり合い……純粋な力のみが示すその魅力に圧倒されているのだから、企画者としてはどこかそれが誇らしくもあり、そして変わらないアリアの姿と、「パロッツ・パーティ」のゲテモノっぷりにちょっとドン引きしていたりで、アイカの胸中は複雑だった。
「ん……なんか複雑だけど、でも、悪くないかな」
「……ん、っ……そう、ですね……」
窄めた唇から、クリームが溶け込んだココアの濃厚な、現実と比較しても遜色のない味わいがアイカとエリィの舌を刺激する。
主にチィの交渉のおかげでビルドコインは腐るほど持っているのだが、キングサイズのアイスココアに二つストローを刺すという形で、アイカとエリィは同じ飲み物を二人でシェアしていた。
端的にいってしまえばデートである。
それを提案してきたのはチィだった。
どういうわけか、というよりは今までは待機に徹していたデカいヤマに当たりがついた、とのことでしばらく休暇をもらうついでにと、二人が今までよりも仲を深めていたことを見抜いていたのか、「まあこの世界、戦うだけじゃねーしアイカとエリィも、アキノも休んでみたら?」との言葉を残して、本人は予想通り第六層が最初のボトルネックとなっていた超巨大電脳迷宮に潜っていったのだ。
チィは直接的にデートをしろ、と言ってきたわけではないが、アキノもなぜか妙に気を利かせてくれたのかそうでないのか、「私もリアルがしばらく立て込んでいるのと諸事情があってお暇を頂きます」という言葉とともにログアウトしたので、今日の「リビルドガールズ」は、アイカとエリィの二人で開店休業状態だった。
──だったら、デートでもしよっか。
アイカがそれを提案したのは、半ば勢いに任せたというのもあった。
現実で「絵理」とデートをするときはいつもどちらかの家に泊まって一日中GBNの話題で盛り上がったり、持ち寄ったデバイスでログインしたりしているのだが、それはひとえに「絵理」の視力の問題ゆえだ。
あとは、「愛香」の前では眼帯を外して傷痕の残る右眼を曝け出すことに抵抗こそなくなった「絵理」だったが、やはり他人の前では眼帯が外せないのと、単純に人が多く集まるところが苦手ということもあって、それなら「絵理」であり、エリィをいじめるような人がいないし景色の見えるこの世界でデートをしよう、といった具合で誘いをかけたのだ。
──ふ、ふ……ふつつか、もの、でしゅがっ! よ、よろしく、お願い……しますっ。
デートの誘いを受けた絵理が取り乱しながら顔を真っ赤に染めて、何度も首をぶんぶんと縦に振っていた姿を脳裏に思い描きながら、微かに目を伏せてココアを啜るエリィも可愛いな、と、アイカはすっかり緩み切った頬を無理やり引き締めつつ眺めるのだった。
「……あ、あの……アイカ、さん? わたし、なにか……」
「ううん、エリィちゃんは今日も美少女だなって☆」
「……び、びしょ……びしょう……じょ……あぅ……」
褒められることに慣れていないのか、頭から煙を噴き出しそうになっているのもまた可愛い。
やっぱりエリィちゃんは可愛いし、勿論現実の「絵理」も可愛い。
道行く人々を一瞥すると、アイカはすぐにその視線をエリィへと引き戻し、あうあうと顔を真っ赤にして眦に恥ずかしさから来る涙を浮かべているエリィに微笑みかける。
ああ、そうだ。
このディメンションにいる連中は、エリィちゃんのことは知ってるけど、「絵理」のことは知らないんだ。
アイカは己の中に湧き上がってくるよくわからない感覚が、ぞくりと脊髄を伝って脳を痺れさせていくのを感じていた。
愉悦。あのとき、そして今、開きっぱなしにしている画面の中で最後は純粋なコーナリング技術と、ヘアピンカーブを抜けた先にウィニングランにして最後のチャンス用として設けられた直線を見事に、残ったハートに追いつかれることなく走り切って、バエル・ソードを掲げているアリアが感じているのと、お腹の下からぞくりとくる辺り、きっとよく似た感覚だ。
ぶるりとなれない恍惚と愉悦に身を震わせながら、アイカは開いていた画面から流れる、アリアが剣を掲げると共に宣言する勝利を聞く。
『GBNにおける最速……それを求める真理はここですわ! この配信を見ていただいた皆々様! さあ!!! バエルの元に集うのです!!!!!』
恐らく、この世界にマクギリス・ファリドがいたのなら、そんな彼女の完璧なアグニカムーヴを称賛しつつも、自身の「バエル」を懸けて彼女と戦いを挑んでいたのだろう。
それほどまでに、口調こそ違えどアリアが見せる「ファリド」の名を継ぐ者としての立ち居振る舞いはマクギリスのそれに近い。
販促も兼ねてガンダムベースの店内、そのプラモデルコーナーのモニターから流されている映像で「鉄血のオルフェンズ」二期を見たアイカは、そんなことを思いながら「バエルだ!」と、勝利したアリアを、そして「クールな奴らじゃねえか」「パーティーの会場は決まりだな」と、敗北を喫しながらも検討したハートたちを称えるコメントが流れるのを見送りながら、そっと開いていた画面を閉じるのだった。
「……そ、そ、その……アイカ、さん……」
「なぁに、エリィちゃん?」
さっきまで処理落ちしていたエリィが意識を取り戻したのか、俯いていた顔を上げてもじもじと指先を弄ばせ、耳まで真っ赤になりながらもその目で確かにアイカの瞳を見据えて、唇から言葉を紡ぐ。
「……あ、アイカさんも……美少女、ですっ! から……っ……! 凛と、してて……いっつも、目に、星が輝いてて……そのっ、だから、わたし……そういう、かわいいアイカさんが、大好きです……えへへ……」
「……あはは、してやられちゃった」
エリィはしどろもどろになりながらもはっきりとそう言い切って、とろけるような夕陽とよく似た、穏やかで優しい、そうでなければ窓から差し込む木漏れ日のような笑顔を満面に浮かべる。
なんだかんだで、直球で褒められるのに弱いのは、アイカも同じなのだ。
エリィと同じく顔を耳まで真っ赤にしながら、アイカは倫理コードの関係上GBNでは触れ合わせることのできない唇の寂しさを埋めるようにストローを噛んで、彼女にもそれを促すようにそっと目を伏せた。
そして、アイカの意図を理解したエリィもおずおずと頬を染めたまま目を伏せて、まだまだ中身が残っている仮想のココアを舌先の触れ合いに替えて、二人は一緒にすり減らしていく。
電子の海を旅すれば、きっと色んな景色をエリィは見ることができる。
今回はアリアの配信を二人で見てから、アバターのアクセサリー類を販売している店をウィンドウショッピングしようという約束でデートをしているが、GBNにはあのメガロポリスが存在する常闇のディメンションもあれば、一日中黄昏が続く極圏を再現した白夜のディメンションもあると聞くし、聖地・ペリシアのみならず、日本の街並みを再現した「ジパング・エリア」や、天国に一番近い島と噂される南海の島国を再現したと思われている「アイランド・エリア」など、電子の観光名所には事欠かない。
なんだか自分が戦闘狂になったんじゃないかとアイカは心配していたが、目を細めて必死にココアを啜っているエリィを薄目で見つめてみれば、その心配は揺らぎと共にどこかに消えていき、心配していたことがバカバカしく感じられるほどに別な温かさで満たされていくような気がした。
「……っぷぁ、ねえ、エリィちゃん」
「……っ、ふ……どうしたんですか、アイカさん?」
「エリィちゃんは、GBNのこと、好き?」
「……はいっ。目の、見えない……わたしでも……この世界では、アイカさんの顔を……ちゃんと、見られますから……」
「……そっか。ありがと。あたしも好きだよ、GBNも、エリィちゃんも」
エリィはきっと、GBNに深く感謝しているのだろう。
アイカはそれを否定するつもりはないし、何よりその権利も持ち合わせていない。
見えていたはずの視力を奪われて絶望していた絵理に、エリィとして再び光を与えてくれたのがこの世界なら、アイカだってそれに感謝するのが筋というものだし、実際にそういう感情は持ち合わせている。
それでも、心のどこかで思ってしまうのだ。
ちょっとだけ、エリィからそれだけ想われているGBNがずるいと、そして。
──この、限りなく理想に近い仮想の海では、大好きなひととキスができないことが、とてつもなくもどかしいと。
そしてその仮と理の一文字の間に横たわる断絶が永遠に埋まることがないであろうことがとてつもなく恨めしいと、そう思って、しまうのだった。
エリィとのデートを終えて、現実──日曜日の自宅に解けて帰還した愛香は、ゴーグル型のデバイスを取り外すと、充電器に繋ぎっぱなしにしていたスマートフォンを手に取って、ベッドにその身を横たえる。
エリィであり絵理と仮想の海で濃密なひと時を過ごしていた間は忘れかけていたが、一人になるとそれは途端に押し寄せてくる。
愛香はスマートフォンからGBNに簡易ログインして、自身のローカルデータに保存されている戦いのリプレイを再生する。
相手の視点から愛香の立ち回りを見れば、確かに始めたての頃よりは明らかに無駄なブーストを使うことが減ったし、後の先を取るように大胆なモーションでビルドボルグを振り回すコメットコアガンダムの立ち回りは、自分のものか疑わしいぐらいに上手くいっているものもある。
だが。
「……あたし、この子を上手く使えてるのかな」
視点を変えて、アキノやチィ、そしてエリィの立ち回りを見れば、役割こそ違えど、勝った試合であれ負けた試合であれ、各々が果たそうとしている役目はできたできない、そしてできたか、させてもらったかどうかという細かい違いはあれど、概ね努力目標は達成しているように見えた。
フォース「リビルドガールズ」において、愛香とコメットコアガンダムが背負っている役割は純粋なアタッカーで、他のゲームでいうならAGIとSTR、素早さと力に振った遊撃型DPSという構成が妥当なのだろう。
コメットコアガンダムは、靴を履かせているとはいえ他のガンプラより遥かに小柄だ。
だからこそ愛香は、その体躯を活かして敵の懐に飛び込んで、意識の隙間をつくような太刀筋を刻めるように考えて立ち回ってきたつもりだった。
それでも。
「……ねえ、あたし……君の使い手として、本当に上手くやれてるのかな……?」
あと一歩及ばずに負けた試合があった。勝ったけれど、それは他の三人の力によって成し遂げられて、愛香自身はアタッカーとして警戒されたことで立ち回りを封じられて、撃破されてしまった試合があった。
だけど、それは確実にコメットコアガンダムの、ひいてはそのルーツとなる「コアガンダム」の特性である、「他の機体よりも小さい分、パワーの総量ではどうしても劣る」という特性ゆえに負けたり活躍できなかったりした試合ではないと、愛香は考えているのだ。
小さいから弱い。プラネッツシステムという特性を活かすための前座。
コアガンダムは決して、そのような存在ではないとキャプテン・ジオンは自身の紹介動画の中で力説していたし、今なら彼がやったようにコアジムを作ったり、スーパーコアガンダムのようなてんこ盛りカスタマイズにも挑戦できるだけのスキルを、愛香は身につけているのかもしれない。
だが。
「……可愛くて、それで勝ちたい。そして……君を負けさせちゃったのは、きっとあたしに何かが足りないんだよ」
アイカは机の上で足を投げ出し、寛いでいるような姿勢でダイバーギアに乗っていたコメットコアガンダムを一瞥して静かに呟く。
キャプテン・ジオンの言葉を、そして、自身の抱いている期待と可能性を信じるのなら。
「……あたしに、何が足りてないんだろう」
愛香はその逃れえない課題を口にしながらも、そこから目を背けるように目蓋を閉じて、眠りの淵に落ちていく。
エリィのために。絵理のために。戦うためにGBNに来たわけじゃないけれど。
──あたしは、あたしが可愛いと思った君のことだって、絵理とおんなじくらい大好きなんだよ。
自分の中に芽生えた、「ビルドダイバー」としての飽くなき欲求を持て余しながら、愛香はその意識を、暗闇の中に手放すのだった。
コアガンダムとキマシの塔
【バンデッド・レース】……基本的にはガンプラとガンプラを様々なコースでレースをする形でその速度を競い合う競技なのだが、「場外から」でなければ相手への攻撃やトラップの設置、そして範囲攻撃によるコースの爆破まで、全てが認められている無法者のようなレギュレーションであるため、「バンデッド」の名が付けられたレース。主要な会場はディメンション・シュバルツバルトの「ハイウィンド・エリア」の中心街区であるメガロポリスを一周する巨大高速道路、「ストレイ・ハイウェイ」。ルール及び競技の考案者は不明だが、その熱烈な愛好者としてはフォース「パロッツ・パーティー」の五人組が挙げられる。
【ハート】……デフォルメした鳩の被り物に白い全身タイツという現実世界で見かけようものなら二秒で通報されそうな出立ちをしている、全員が鳥に因んだダイバールックとガンプラを統一して使用する「バンデッド・レース」専門の走り屋フォース、「パロッツ・パーティー」のリーダー。彼がこのような変態極まりない格好をしているのは、あえてイロモノと見られることで注目を集め、そこから真摯に説得すれば「バンデッド・レース」の新規参加者を獲得できると思って敢えてやっているのだが、加減を知らない努力の方向音痴なのと鳥へのこだわりが捨てられなかったために中々イロモノを脱却できなかった。