電脳迷宮「アキバ・ラビリンス」。
それは往年の電気街をモチーフとしながらも、入り口である第一層を抜ければ次第にその街並みは崩れてゆき、第三層ともなればポストアポカリプスが訪れたこの国の姿を思い描いたのではないかと錯覚するほど退廃的なものに景色は変わっていく。
さるダイバーがあるディメンションの実に八割という面積を買収し、そこに打ち立てたフォースネストを実に二年という歳月で巨大な電脳迷宮として仕立て上げたこの「アキバ・ラビリンス」はそのダイバーが自らの引退を彩る花道として作り上げたものであり、難解な迷宮をクリアされたその時こそ残り全ての財産を譲渡し、自身はリアルに戻っていくという覚悟の表れだった。
しかして、事情は知らんが金が欲しい、金はいらんが名誉が欲しい、そこにダンジョンがあるから潜りたい──それぞれに考えを持ってこの迷宮に挑んだダイバーたちは、入り口に等しい第一層から迷宮の主たる者の想いが伊達ではないということを思い知らされる。
特殊なミラージュ・コロイドによる絶え間ない風景の欺瞞。
それが、実に3000億BCという黄金の輝きに目を眩ませて、この迷宮へと足を踏み入れた者を出迎える最初の洗礼だった。
さっき通ったはずの道に戻ってきて、違うルートを選んだのにまた同じ場所に戻される。
なんとなく散策目的で歩行者天国を歩いていたら、それが遥か昔の風景にいつの間にか変わっていた。
リアルにおけるアキハバラの地理をよく知っているからこそ踏破は容易だと踏んでいたら、地理的に絶対接続されるはずのない地点が接続されるという不可思議な状況に遭遇する。
こうした、シンプルながらも凶悪なトラップは盗掘者たちのマッピング作業を遅延させるのに極めて効果的に作用した。
だが、得てして不可能を可能にし、見えないデータを白日の元に曝け出すのが検証班と呼ばれる熱心なプレイヤーだ。
チィはWikiにアップロードされた第一層のマップを元に迷うことなく白昼の霧とでも呼ぶべき入り口を突破して、第二層へと突入していた。
「この辺はズルかろうがなんだろうが後発組の強みだよねぃ」
先駆者に与えられる、初見で難解なギミックを読み解く名誉などチィは必要としていない。
チィはただ、報酬が欲しいだけだ。ダイバーポイントもダイバーランクも関係ない。増えて嬉しいのは持っているビルドコイン、減って悲しいのもまた持っているビルドコインなのだから。
そんな銭ゲバだからこそ、チィは誇りや栄誉など犬にでも食わせた上で先駆者たちが血反吐を吐いて攻略した情報を頼りにして、今最前線組がこぞって足を止められているボトルネック──第六層を目指しているのだ。
誰が呼んだか、この「アキバ・ラビリンス」は迷宮ならぬ天廊、いや、電廊である。
入る度に景色が違い、なんなら入っていても目まぐるしく景色を変えるこの迷宮は、確かになるほど不思議なダンジョンであり、かつて一世を風靡したオンラインゲームにも存在したコンテンツとよく似ていた。
それは恐らく、作成主が初心者でも挑戦できるように、とした配慮なのだろう。
千変万化の景色という霧に惑わされるだけでなく、そこに凶悪なトラップが混じり始める第二層から現れるものは、単なる危険だけではない。
完了したマッピングを頭の中にインストールして、チィは第二層を一気に駆け抜けるのではなく、ジグザグに、敢えて二者択一のうち、ハズレのルートを選んでから正解のルートに復帰する、という道筋を辿って第二層を攻略している。
その理由は極めて単純かつプリミティブなものだ。
第二層からは、宝箱が迷宮の中にスポーンし始める。
ハズレの道にぽつんと置かれていたそのコンテナを開封し、中身として封入されていた3500BCを懐に収めながら、チィは儲けたもんだとほくそ笑んだ。
どうやったらこんなクソでかい迷宮を作って、しかも入る度に報酬が復活する宝箱の設置なんて、運営からすれば迷惑極まりない仕様のクリエイトミッションを通したのかはわからないが、そこはそれ、蛇の道は蛇というやつなのだろう。
恐らく引退するというこの電廊の主が運営と懇意な人間か、運営サイドの重役スタッフだという推測を立てながらも、チィは懐に収めたビルドコインが現在の数値に加算されたのを確認すると、すぐさま浮かんだ考えを破却して、トラップを回避しながら迷宮攻略へと復帰する。
「別にこれ作ったのが運営だろうがその仲良しだかお気に入りだか知らんけど、そんなのでも別にチィにゃ関係ねーしな」
この第二層までなら、初心者もトラップの配置とその対処さえ覚えていれば簡単にクリアできる。
金策として、宝箱を取りつくしたら自らデストラップにダイブしてミッションをリタイアし、何度も挑戦するのも悪くはないだろう。
もっとも、金が入っているかどうかは乱数の神様の機嫌次第なのだが──二層で全て開けた宝箱の中に入っていたランクの低い武装データやパーツデータという無用の長物を数えながら、割と渋い稼ぎにチィは顔をしかめる。
だが、焦ることはない。
この手の迷宮攻略ミッションは、奥へ行けば行くほど戦利品のうまあじもその難易度に比例して上昇していくのだ。
ラスボスに匹敵するような敵を倒して得られるものは、伝説の剣でなくてはならない。
嫌がらせのごとく150BCと銅の剣をそんな、苦労して追い詰めた強いボスから渡されたらプレイヤーは何と思うのか?
シンプルにクソゲーだ。
努力は必ず報われるとは限らなくとも、費やした時間に見合った副産物があれば、人はまたいつか挑戦に向かおうという気持ちになれるが、その副産物すら見込めずに、ただ必然としてお祈りを伴う苦行じみた作業を何時間も何時間も続けられるのなら、そのプレイヤーには悟りを開いて現世から解脱できる素質がある。
第三層のテクスチャに描かれた電脳のアキハバラは、その前評判に違わず荒廃しきっていた。
ビルは崩れ、アスファルトにはヒビが入り、現実の駅周辺に伸びている高架橋は真っ二つになって、風化した電車の残骸が野ざらしになっている。
痛ましい光景だ。だが、ゲームであるなら風景と理由は必ず直結する。
ガンダムグラスランナーの背部コンテナから無線観測機を飛ばして、チィはミラージュ・コロイドを展開しながら慎重に、慎重に、第三層から現れ始める「壁」を警戒しつつ、第二層では二者択一となっていた分かれ道が四者択一に増えた中で、宝箱がある「当たりのハズレ」であるルートを丁寧になぞっていく。
『なんだこいつ……黒い……ダブルオーライザー!? うわああああ!』
『こっちはνガンダムとF91だ! 畜生、どうなってんだ!?』
同じく金に目が絡んで引退予定者の遺産をその手に取ろうとしていたお仲間の断末魔が、無線観測機を通して、グラスランナーのコックピットへと雪崩れ込んでくる。
そう、第三層から現れ始める「壁」は、徘徊ボスとでも呼ぶべき強力なNPDの存在だ。
そして、四択の中から正解と宝箱以外の道を選べば即座にその徘徊敵の中からランダムで選ばれた機体との強制戦闘に突入し、退路は光の壁で封鎖される。
光の壁は通過不可能オブジェクトではなく、「機動武闘伝Gガンダム」の地球を覆うビームロープがその正体であるため、恐らくIフィールドを搭載したガンダム・グシオン辺りならば重傷を負いながらも無理やり逃走することは可能だろう。
だが、鈍重な機体が満身創痍でステルスもなしに歩いていればどうなるかなど、容易に想像がつく。
たった今、不幸にも徘徊敵と遭遇してしまった「お仲間」のシグナルが途絶えてしまったように、黒く染まった各種ガンダムの主役機、そのいずれかの餌食になって電海の藻屑と消えるだけだ。
「16800BC……三層から万単位の額が出るってこたぁ、四層以降で足を止めてた連中の気持ちもわかるってもんだな」
忘れがちではあるが、万単位の金額というのは駆け出しのダイバーからすれば何度もミッションをクリアしなければ稼げないレベルのものだ。
拾えるものなら、シケてやがると文句こそいうものの1BCだってストレージに加算されるのは嬉しいチィだが、それはそれとして、三層という、「初心者でも頑張れば突入できる」エリアで拾える額が莫大であるというのはとりも直さず、「この先はもっとヤバい敵が出てくる」ことの証明に他ならない。
確かにストレージに金が増えるのは嬉しい。そしてこのクリエイトミッションは受注料金も必要としない以上、失敗しても持っていかれるのは機体の損傷を修理する時間と、せいぜい悔しいといったぐらいの話だ。
だが、それと警戒を怠ることは全く別の話だ。
チィが宝箱を開けた音を感知したのか、徘徊していた、黒と赤のツートンカラーに染められた「ガンダムバルバトス・ルプスレクス」がキョロキョロと周辺を警戒し、五分ほど分岐路に佇んでいたが、チィはじっと、ミラージュ・コロイドの展開限界と睨めっこをしながらそれをやり過ごす。
果たして幸運だったのは、ルプスレクスが諦めてくれたことから三十秒の猶予をもって、一度目のミラージュ・コロイド展開が終わったことだろうか。
ダクトから排熱を行いながら、展開していたグラスランナーの肩が元の形を取り戻していく。
(……こりゃあ、悠長に宝箱を漁ってる時間はねえな)
平時であればもっと粘っていたのだろうが、あくまでも今回の目標は第六層の偵察だし、何より。
「いくら死んでも損がないからって、無駄に死ぬのはナンセンスなんだよな……っと」
無線観測機の一機が撃ち落とされたのを確認すると、チィは躊躇いなくレーダーで徘徊敵との距離を確認しながら、一目散に第三層の出口を目指して機体を走らせる。
そうだ。犬死というのは、そこに一文も得がない。
あくまでもチィが価値判断の基準としているのは、儲かるか儲からないかというシンプルなものだ。
だからこそ無謀な挑戦は受けないし、挑まない。
勝算があってかつ負けても損をしないチャレンジ以外はしないに越したことがない。
まごついている他の盗掘者──恐らく、幸運にも第三層までは辿り着くことのできたであろう初心者を尻目に、チィは出口へと向かうために、それとなく困惑した様子のペイルライダーへと呼びかける。
「出口探してんならこっちだぜ、あとついでに、多分にーちゃんが逃げてきた敵だけど、出口探してるチィを追っかけてきてるからどうすっかはにーちゃんが決めな!」
『ええっ!? 急にそんな……ってマジだ、クソッ! 黒いクアンタとかカッコいいけど敵に回すのは絶対嫌だ!』
どうするかは初心者であるペイルライダーの主……ダイバーネーム「ローエ」に任せるとして、とりあえず警告だけは残すような形でチィは出口へと疾駆する。
これで彼が着いてきたとしてもよし、徘徊敵とのエンカウントを嫌って逃げてくれることで、「より近くの目標を優先して叩く」という第三層独特の救済措置である思考ルーチンに引っかかってチィにとっての時間稼ぎ役になってくれてもよしと、WIN-WINの関係だ。
にやりと唇をニヒルに、三日月の形へと歪めたチィは、果たして狙い通りにゴールへ向かうのではなくエンカウントを嫌って逃亡したことで相対距離が「近く」なったことでローエが徘徊敵に目をつけられたことを、レーダー上に蠢く赤い点の動きで把握すると、迷いなく第三層を突破した。
「一緒に逃げてたら助かったのにね……っと、まあ別にチィは悪くねーからいいや」
ローエという初心者に対して同情するところもあるが、判断を下したのはあくまでも彼だし、チィは包み隠さずに出口の存在とそこに向かっていることを伝えたのだ。
そして、一緒に来るというならそれを拒むつもりだって毛頭なかった。
今までのアキハバラを再現した景色と打って変わってメカニカルな、例えるなら格納庫がどこまでも続いているような第四層に、チィは足を踏み入れる。
恐らくこの迷宮は、第六層までの現段階の情報を総合して考えるのなら、基本的には三層構成で出来たそれをつなぎ合わせているのだろう。
第四層の攻略所感として、掲示板のダイバーたちが「三層より楽」「相変わらずハズレルート多くてクソギミック満載だけど徘徊敵も迷ってる分死ぬ確率は低い」という言葉を残している辺り、第四層は第五層への登竜門でありチュートリアル、つまるところ第一層と同じ役割を持っているのだと、チィはそう判断を下した。
そして、その予感は正しかった。
先駆者によるマッピングがなければ、どこを歩いても代わり映えのしない、無機質な壁にぼんやりと薄緑色の照明が浮かんでいる以外は明かりすらもない、迷宮のストロングスタイルとでもいうべきシンプルな構成は、それ故にチィをも惑わせていただろう。
一応、検証班の調査によればこの層も「ハズレ」のルートとなる迷路の四隅には宝箱が配置されていて、Cランク相当の装備やパーツデータ、3万から5万ちょっとのビルドコインがその中身として封入されている旨が記されていたが、回収している余裕はない。
ランダムエンカウントする敵は大型化したダナジンで、両手にハルバードと大楯を持っているその機体に設定された思考ルーチンはBランク上位からAランクぐらいのものでこそあるものの、パワーはSランク、そしてなによりも「出口近くにいる敵から攻撃する」性質を備えているという厄介な仕様だ。
──しかし。
「腐ってもまだ序盤、ってことなんだよな」
迷路に引っかかって遭遇することは少ないと記されていたそれと、屑運を引き当てたことによりエンカウントしてしまったチィだったが、即座にダミーバルーンを展開すると、竜人の騎士とでも呼ぶべき出で立ちをしたダナジンはチィではなく、ダミーバルーンを狙ってその槍斧を振り回し始める。
要するに、まだまだ仕様の裏をかく攻略法は使えるということだ。
ダミーの中に仕込まれていた爆弾でダメージを負ったダナジンを尻目に悠々と、そして最速で第四層を突破したチィは第五層への扉に手をかけ、一気に滑り込んだ。
「さて……こいつが『帰らずの霧』か」
電廊第五層、その景色は果てが見えないどころか、三メートル先の視界すら確保できないほどに濃い霧に覆われて、無機質な壁から放たれている緑色の光が霧へと怪しく溶け込んでいるというものであった。
視界が最悪、そしてランダム徘徊敵がいる中で四層よりも複雑化した迷路を潜り抜けろ、というのであれば「まだ救いがあった」。
この第五層が「帰らずの霧」なる渾名を頂戴していて、長い間検証班の連中からもここがボトルネックだと勘違いされていたこの層が持つ役割は極めて単純だ。
覚えゲー。第四層が「全て」のチュートリアルだと勘違いしたダイバーほど、この霧の中に惑って、何度もスタート地点に戻された上で疲弊したところをランダムエンカウントした先程のダナジンの改造機──【ダナジンリザード】に首を刎ね飛ばされる、という末路を辿ることになる。
慎重に、有線観測機を展開して、レーダーすらも欺瞞するこの霧の中で気休め程度であろうとも周辺の視界や情報を確保しつつ、チィは「それ」が安置されている、地図上では入口から真っ直ぐ進んだところに位置しているその部屋にたどり着く。
そして、その中心で壁と異なる赤い光をぼんやりと放っている、ランプが埋め込まれたモノリスとでもいうべきそのオブジェクトを調べ上げた。
【VWTQ TKIKV CV V2 CPF IQ UVTCKIKV, CPF NGHV VI2 NKTTQVT CV ←, CPF……IQ UVTCKIKV, CICKP. IQ CJGCF.】
文字化けか何かと見間違いそうな文字列だが、書いてあることは落書きでもなんでもなくそのまま直球にこの階層の攻略手順だ。
めんどくさいのはV2とVI2の部分と矢印が示す暗号の部分だが、単純だからこそ欺瞞される情報もある。
あとは単純に攻略班がここに到達するまで、第三層で足止めを食らって、第四層のマッピングにも時間がかかっていたということか。
チィはそう推察し、「一番簡単な条件」で霧の中を通過して、第五層も迷うことなく、そして今回は屑運を引き当てることもなく見事に通過してみせた。
ゴールにも何やら同じようなモノリスが配置されているが、クリアした以上調べる価値はないし、チィはその内容もWikiに事細かく書かれていたものを覚えている。それに──
厄介な仕様は、あの文字化けのようなアルファベットの羅列は「指示に従わなかった場合表記が変わり、十回表記に書かれた指示を間違えるとダナジンリザードが十機編隊で降ってくる部屋に飛ばされる」という仕様で、それがスマートにその条件を解く頭脳派の前に手当たり次第に選択肢を探す脳筋式攻略班を葬り去ってきた要因なのだろう。
とはいえこの手の暗号ネタは、タネが割れればただのおやつだ。
損耗を無線観測機一つの消耗に留めて、ほぼ理想的な形でチィは第六層──検証班が匙を投げ、そしてあのゴール前モノリスを読み解いた人間が「確かにヒントかもしれないけどなんの気休めにもならない」と評した階層、正真正銘のボトルネックへと辿り着く。
そこにあったのは、同じく無機質な合金の地金が丸出しになっている三つの扉だった。
こういう場合、三つのどれかが当たりで、外れた場合はリソースを消耗させる強制戦闘が待っているのがセオリーというものなのだが。
「……まさか、どれもハズレなんてクソギミック突きつけてくるたぁね」
まあ、ボトルネックがボトルネックとして機能するためのギミックなのだから仕方あるまい。
クリエイトミッションスレに書かれていた第六層の内容はどれもバラバラで、曰く左の扉を開けたらまた第五層みたいな場所に飛ばされて、五層と同じやり方で進んだらクソみたいなNPDとエンカウントした、という報告があれば、右の扉を選んだら槍が降ってきたり落とし穴があるだけで通過できた、でもその先にまた三枚の扉があって真ん中を選んだらクソみたいなNPDとエンカウントした、という報告がある。
じゃあ真ん中を選べば当たりなのかと思いきや、扉を開けた瞬間にダインスレイヴ隊が攻撃してきて死んだという報告もあれば、同じように五層と似た迷宮に飛ばされたり、なんかヤバげな、「凍りついた扉」のある部屋に飛ばされて、その部屋の前では撤退を促されたから怖くなって逃げたなど、死屍累々の報告が積み重なっていることに変わりはない。
「まーどうせどれもハズレなんだ、せっかくだからチィはこの真ん中の扉を選ぶぜっ、と……!?」
チィが扉を開けた瞬間、その視界に映ったものは。
──何もなかった。
文字通りの空き部屋で、コンテナがぽつんと置いてあるのと、その奥に更にもう一枚の扉がある以外は何もない、そんな部屋にチィは足を踏み入れていたのだ。
「赤外線センサ駆動、熱量感知、ミラージュ・コロイド展開後に観測機は対象物への攻撃……!」
チィは最大限に警戒した上でリキャストの完了したミラージュ・コロイドを展開して透明化し、センサー類には宝箱から何の異常も感知できなかったことを確認した上で、無線観測機の下部に備えられた、申し訳程度の対人火器である機銃をぶっ放した。
しかしその全弾がコンテナに命中しても、何かがある気配はない。
「開けた時に反応するタイプか……? まあどうせボトルネックだ、トラップだろうがなんだろうがここまで辿り着いたんなら損は……悔しいだけだッ!」
チィはミラージュ・コロイドによる欺瞞を解くと、覚悟と共にそのコンテナを蹴り飛ばす形で中身を開封したが、そこに納められていたものは警戒に対してはあまりにもあっさりした、言ってしまえば拍子抜けなものであり、そしてチィが求めてやまないものだった。
「15万BC……!? ウソだろ、あの鳥どもに負けてスッた金がおつりまで持って戻ってきてくれやがった!」
どうやら屑運の揺り戻しが来てくれたらしい。
そして、嬉々として15万BCをストレージに収めると、チィは意気揚々と部屋の奥にある扉に手をかける。
大金を手にしたことで浮かれてこそいたものの、しかしチィはどこかで疑うことを忘れていなかった。
──この階層のコンセプトは、お祈りあみだくじなのか?
確かに運任せのあみだくじをセットしてその確率を小数点以下まで弄れば、簡単にボトルネックを作ることは可能だ。
なんせ文字通り運がなければ突破できないのだ。ハズレを引いたことで遭遇した「クソみたいなNPD」を倒したとしてまた運ゲーを強いられるようなクソゲーを、「このゲームを味わい尽くして満足したことで引退し、そのセレモニーとしてこんな宝探しを作った」ような人間が果たして作ることがあるだろうか?
チィの脳裏に浮かんだ疑問は、果たして出口たる扉を開いたことで現実となる。
「……あーうん、完っ全に理解した。そーゆーことね」
その先に現れたのは三択の選択肢ではなく、「凍りついた一枚の扉」のみであった。
先行報告にあった通り、システムメッセージが強制的に開かれて、ポップしたウィンドウにダイアログを表示する。
【警告:この先に進む場合はSランク以上のダイバーランクが推奨されます。もしくはAランク、Bランクのダイバーが四人以上集まっている場合も可としますが、そうでない場合は撤退を推奨します。あなたは本当にこの扉を開きますか?】
とはいえ、表示されたのは警告だけで、扉を開くかどうかの選択肢についてや撤退に関してのボタンがない以上、あれを開けるかどうかも、そして撤退するかどうかも、システムが決まるのではなくダイバーが決めるという形を取らせているのだろう。
やはり、このゲームを味わい尽くしたような人間はクソギミックこそ作れどクソゲーは作らない。
チィはその悪意と善意が絶妙に入り混じったメッセージログを一瞥すると、ニヒルに笑ってウィンドウを閉じて、迷うことなく凍りついた扉に手をかける。
「この先に進む場合は……なんて懇切丁寧に書いてくれたってこたぁ、この『凍りついた扉』が当たりなんだろ? だったらまあ……勝てるたぁ思わなくたってチィも今日から検証班の仲間入りだ! やってやんよ!」
そして、ガンダムグラスランナーの指先が、凍てつきながらも力任せに「凍りついた扉」を開いたその先にあったものとは。
強制転移と似た感覚と共に、チィはその部屋へと誘われる。
「……なにこれ?」
絶対零度。もしくはそれすら下回る、水晶の如く透き通った氷に覆われた、一周回って美しさすら感じる光景の中に、その「怪物」は静かに佇んでいた。
──ジャバウォックの怪物。
二桁の魔物がそう呼んで、二桁上位へ上がるための壁として恐れられているダイバーである「クオン」が駆るその、魔物すらも喰らい尽くす終末の竜がいる。
FOEさんと呼ばれ続けて恐れられる、聖騎士のようなクアンタが何度も挑み続けて、その度に、喉元まではその刃を届かせながらも爆心を貫くことができずに敗れ続けているその怪物が、GBNにはいる。
ならば、あれは、なんだ。
チィは部屋と同様に凍りついた思考で、目の前でそのヴェイガン系の頭部センサーに赤く走る光を灯した、「ジャバウォックの怪物」とよく似た巨龍の如き、異形のモビルスーツなのか、モビルアーマーなのかもわからないNPDと、「ボトルネックの門番」と対峙する。
(あっ死んだわこれ)
相手は化物で、加えて立っているだけで、ガンダムグラスランナーの各部関節は凍りついてゆく絶対零度の中だ。稼働限界時間は戦闘機動で発生する熱を考えてもおおよそ三十分といったところだろう。
製作者が想定したクリア条件は、断じて運ゲーのあみだくじを突破する剛運を持つことではない。
この怪物と、門番と三十分以内に最悪の条件下で渡り合った上で倒して、先に進めと、そう言っているのだ。
──第六層は力を試す。勇気ある者よ、第一の関門を乗り越えて先に進むが良い。さすらば求める道へと汝は近づく。
第五層のゴールに置かれているモノリスに書かれた暗号を解いて得られたメッセージが、撃墜までの数秒間にチィの脳裏を閃いて消えていく。
確かに、
「クソゲー!!!!!」
強制的に魔法の数字「十四」を引かされて、ロビーに強制送還されるチィの頭の中に、確かにその言葉と恐るべき「ボトルネックの門番」の姿は刻まれ、製作者への敬意と憎悪が同時に募っていくのだった。
よく来たな、では14へ行ってもらおう
【ボトルネックの門番】……「二桁上位の壁」と称される終末系ダイバー、「クオン」が操る【ジャバウォック】とよく似た構成をした黒銀の竜を思わせる、多分モビルスーツ。素材に贅沢にもMGガンダムエクシアダークマター、MGEXバンシィを使用し、更にハシュマル、そしてフルスクラッチしたディビニダド……ではなく巨大化した「エクストリームガンダムレオスVs」の翼をコンバートしたそれはエクシアダークマターのブライニクルブレイドを体内に宿すことで絶対零度を武器とする、クソゲーの化身。
こんなもん誰が作ったんだよとチィはブチ切れていたが、この「アキバ・ラビリンス」を作り上げた主がチャンプや、他ならぬクオンやFOEさんことキョウスケなどトップランカーと懇意にしていたことから、トップランカーたちが真剣な悪ふざけで作り上げた怪物に他ならないのである(原案:クオン、エクシアダークマターを組み込む提案:チャンプ、凍らせるファンネルとかどうよとレオスVsの翼を作った人:キョウスケ)
【アキバ・ラビリンス】……さるディメンションの八割に渡る面積を有する未だに全容が見えないどころか序盤のボトルネックで攻略が詰まっている電脳大迷宮。クリアすれば実に3000億BCという大金とこの迷宮の所有権が与えられるが、クリアできた者は申請を通すためのテストプレイ時に製作者と共に挑んだ、「門番」の制作に関わった人間災害三人組とダイバーランク10位、「半神半魔」の渾名を戴く一桁への最後の壁、「テンコ」と、ブレインとして招聘された「ロンメル」、そして兄についてきたことでパーティに加わった「ユユ」という災害みたいな面子で構成されたパーティーのみである。要するにGBNの全てを楽しみ尽くした上でようやくクリアが見える超絶ハイエンドクソゲー。