「その様子だとチィの処方箋は効いたみてーだな、何よりだ」
いつも通りロビーの壁にもたれかかって何か金銭的に旨い話はないものかと掲示板に目を光らせていたチィは、自身に向かってくる二つの足音を聞くなり顔を上げて、いつも通りニヒルにほくそ笑む。
視線の先にある愛香の姿は先日会った時は
何よりもエリィが嬉しそうに、まるで親鳥を見つけた雛鳥のような笑みを浮かべてアイカの左手に自身の腕を絡めて頬をすり寄せているのがその証拠だろう。
そこに何があったのかを聞くほどチィは野暮ではないし、何があったとしても基本的に興味はないのだからどうでもいい。
とりあえず適当に見繕ったクリエイトミッションや、Bランク推奨の中でも報奨金がラインより高めなミッションをメモに追加しつつ、復活を遂げたアイカたちをチィは、そしてその横で彼女が皮算用をしていたのを呆れ顔で見守っていたアキノは出迎える。
「あはは……ごめんね、心配かけちゃったけどこの通り復活したから、チィちゃん」
「……わ、わたしも……元気……いっぱい、です……えへへ……」
ねー、とでも言わんばかりに視線を合わせて二人ではにかむアイカとエリィの様子に、なるほどこりゃ本当になんかあったかと先ほどまでアキノが浮かべていたのとよく似ていた呆れを表情に滲ませつつも、自身が送ったアドバイスがそれほど的外れではなかったことに、チィは静かに安堵する。
「不躾な質問ですが……アイカさん、エリィ。何かあったのですか? 以前よりも仲が深まったように見えますが」
「バッ、アキノおまっ……」
復活を喜ぶより先に小首を傾げて自身の疑問を優先させる辺りアキノらしいが、なんというかそれは明らかに地雷だ。
見えてるし看板も立ってるしなんなら有刺鉄線に囲まれてるそれをあえて踏みにいくが如き行いだ。
チィが止めるよりも早く、アキノは質問を完遂して、いつもと変わらないどこか緊張感を漂わせる仏頂面で二人を見つめている。
そーゆーとこだぞ。
チィはつい叫びたくなったものの、そもそも自分はアイカとエリィのママでもなければアキノのそれでもないのだ、だからもうどうにでもなれと、これから起こる惨事を予想して肩を竦めつつそっぽを向く。
「何か……って特別なことは何もないですけど」
精々、ずっとつっかえていた想いと不公平が是正されて、やっと二人で一緒のスタートラインに立てただけだ。
ミラーミッションを終えた夜に突発的に開かれたお泊まり会の出来事を指折り数えながら、アイカは逆に小首を傾げて、一体なんでそんなことを訊くんですかと言わんばかりにアキノを見つめ返す。
実際何もないといえば何もないのだ。
エリィが、「絵理」が泊まりにきた時は食事を自分が用意して一緒にお風呂に入って一緒のベッドで眠る。ただ、眠る時と起きて朝の支度を整えたあとにキスを交わす習慣ができたぐらいだが、恵美曰く女子校じゃ珍しくもなんともないことらしいからさしたる問題でもないだろう。
アイカはそんなことを考えていたし、エリィもエリィで今の今まで色恋沙汰に縁のない人生を送ってきたものだから、それが普通なのだと、自分がアイカから、「愛香」から必要とされている事実がそれ以上に嬉しいから、自分の生活に劇的な変化があったとすれば自分の要因だけだから二人の間に変わったことはないと、そう考えていた。
「ほんとに? ほんとに何もなかったのかおめーらそれで?」
「やめなさいチィ、二人が特に変わったことがないと言ったのだから日常を過ごすうちに仲が深まったのでしょう……それはいいことです」
「しみじみしてっとこ悪いけど、その話題積極的に踏みに行ったアキノには言われたかねーよ!?」
「なんですか全く、ああいえばこういう、貴女の悪いところです」
「ぐぬぬ……クッソ、釈然としねえ……」
漫才のようなやり取りだ。夫婦というよりは親子ほどの身長差がある二人がコメディチックな会話を繰り広げているのがなんだがおかしくて、アイカとエリィは再び顔を突き合わせて笑い合う。
──いやまあ、ごめん。一個だけ嘘ついたんだけど。
アキノに理不尽な説教をくらって渋い顔をしているチィにバレないようにウィンクをして、アイカはちろりと心の中で赤い舌を覗かせる。
ただ、その嘘をこの電子の海に正直にさらけ出す度胸を通り越した蛮勇か、もしくは拗れに拗れた生まれ持った性とかそういうものをアイカは持ち合わせていないし、あの夜のことについては二人の心臓に埋め込まれて、外に出ないし出さないからこそいいのだ。
そして、アイカにも増してシャイなエリィからすれば、たとえアイカに許可を出されたとしても、誰かに語るなど言語道断で、初めてではないお泊まり会で遭遇した初めての夜についてのできごとは、二人の間に交わされた秘密として墓場に持っていくつもりだった。
「でも、チィちゃんの言った通りミラーミッションって自分を見つめ直すのにちょうどいいかもねっ☆」
「……釈然としねーけどまあいいや、そんでどうよ」
「はいこれ、なんかウェーブは四つあったけど、ちゃんと『卒業の証』ばっちりゲットしてきたよっ☆」
アイカはインベントリからミラーミッション唯一の報酬であるその証を選択して物質化すると、空いている右の掌にそれを乗せて、チィへと提示する。
「おうおめっとさん、アイカ。しかしウェーブ四つ……? うわマジだ、検証スレでは四つって書いてあんのにWikiだと三つって表記されてんじゃねーか、どんだけ人気ねーんだよあのミッション……」
「チャンピオンは毎月受けられていると聞きますが……彼は辞典の編集などには手を出していないのでしょうか?」
「さあね、とはいえそれこそ処方箋なんだ、ミッションとしちゃまずあじ極まりねーミッションだからチィは受けたくねえけどな、っと」
加筆依頼をWikiに提示しながら、チィはその「卒業の証」以外報酬がないという、当たり前ではあるが一種狂ったともいえるミラーミッションの達成条件に思いを馳せる。
恐らく、ダイバーの思考データを一番読み取って活用しているのはあのミッションだろう。
ガンプラを操作するのにも思考入力と思考の補助というVRMMOお馴染みの技術は使われているが、「ダイバーの精神状態に合わせてミッションが姿を変えて提示される」というのは中々にぶっ飛んだものだ。
下手に人気が出て不平屋の目に留まる、というのも運営としてはあまり面白くないのだろう。
だからこそ受けたい人は受けてね、ぐらいの自己満足しか報酬として提示しない、というのは銭ゲバの短期的視点では納得できないが、銭を稼ぐ場であるこの世界を維持するため、という長期的視点に立てば合点がいく。
アイカが「卒業の証」をインベントリに仕舞い込んだのを確認すると、チィはぐるりと一望した視界の中で三人が戦いに備えた目をしていることを確認し、今日の稼ぎは店じまいかと、小さくため息を隠すように肩を竦めて笑ってみせる。
「……で、アイカ。ご注文は? チィとしちゃあ宝探しミッションで金稼ぎたいんだけど……今のアイカを見りゃあ戦いたがってるのはわかるし、リーダーがそう言うんならチィは涙を呑んでそれに従いまさぁな」
アイカにはたっぷり旨い思いさせてもらってるしな、と照れ隠しのような一言を添えて、チィはウィンドウに戦い、ということで目星をつけたミッションを提示してみせる。
「ありがとっ、チィちゃん。えーっと……またヴァルガに行くのは勘弁だけど、なんか自分の操縦技術とか振り返りながら長く戦えるミッションとかない?」
とりあえず、コメットコアガンダムの特性を自分の指先に完全に馴染ませる。
それがアイカの掲げた短期的な目標だったし、学校の昼休みにもリプレイを見返すことで自分の「クセ」が出ている部分はメモに書き出して頭の中に入れてきた。
代償として午後の授業の中身はほとんど吹っ飛んだが、板書自体はちゃんとしてるしセーフだろうと頭の中で勝手に結論づけて、アイカはチィへと問いかける。
「長く、色んな奴と戦えるミッションねぇ……ならこの耐久ミッションか、バトルロワイヤルミッションのどっちかだな」
耐久ミッション。それは読んで字の如く、制限時間いっぱいまで無限湧きする敵から拠点を守るものもあれば、逆に千体のNPDを全て倒すか自身が倒されるまではやめることができないというものの二種類に分割される。
そしてアイカの目的が操縦技術の検証とクセの修正であるなら、防衛よりは精神的に余裕を持てる攻略の方がちょうどいいだろう。
「デスアーミーを武装なしで千機倒せとか、リーオーNPDを一万機倒してその後に出てくるボスっぽいの倒せとかそういうのなら耐久ミッションは色々あるけど、どうよアイカ?」
「うーん……なら、バトルロワイヤルミッションの方は?」
「ああ、そっちは簡単だよ、同時に受注してるフォースとか個人とかがランダムに一個の戦場に詰められて、最後の一人ってか最後の一フォースになるまで戦い抜けば勝ちってやつだけど、NPDと違って中身入ってる分ピンキリだよ」
バトルロワイヤルミッション。かつて流行ったデスゲームものの名前をそのまま戴いたそれはそのルール通り、基本的にはソロで参加した上で最後の一人になるまでランダムな相手と戦い抜くという、ハードコアディメンション・ヴァルガのそれに近い内容のミッションだ。
だが、ヴァルガと違うのはいくつかの抜け道と、いくつかのルール的な制約が存在していることだ。
例えばヴァルガではログイン後の無敵時間が切れた直後を狙ってのスポーンキルは容認されているが、例え屑運を引き当てて敵の近くにスポーンしたり、有利な、ゲートから出てくる敵を狙撃できる地点にスポーンしたとしても、無敵時間が切れて三十秒が経過してからでないと攻撃行動は認められない。
言ってしまえば、無敵時間に三十秒を足した準備時間がある簡易ヴァルガ、といったところだ。
そして抜け道というのは、もう一つのルール的な制約とよく似ているのだが、このミッション、参加こそソロで推奨されているものの、フォースでの参加を禁止しているわけではない。
勿論、同じフォースメンバーとも参加してしまえば戦う必要があるのだが、問題はその「戦わなければいけない」という部分に関して何の制約もないことだ。
極端な話、例えばこのGBNにおいて最も巨大かつ多数のメンバーを抱え込んでいるフォース連盟、「GHC」……「グローリー・ホーク・カンパニー」やそれに次ぐ有名な大所帯の「第七機甲師団」辺りが一個大隊単位のメンバーをバトルロワイヤルミッションに口裏を合わせた上で送り込んで、自分たちのフォース以外に所属する敵を撃滅した後に最後の一人になるまで自爆する、という外道極まりない戦術も、ルールには何も違反していない。
だからこそ、ソロ推奨と公式は銘打っているもののその実態は複数フォースによる乱戦、というのが、バトルロワイヤルミッションの現場だった。
「ふむ……確か、バトルロワイヤルミッションは口裏合わせが前提となった事実上の複数フォース戦でしたね、そうなると、防衛戦と攻撃戦を巧みに切り替える必要がありますが……今のアイカさんにはちょうどいいのでは?」
どちらか一方を取るのが耐久ミッションなら、臨機応変にスイッチするのがバトルロワイヤルミッションだ。
そして、これからのフォース戦を想定するなら、より実戦に近いのは後者といっていい。
ならば予行演習としてはちょうどいいだろう、とばかりに提案したアキノの言葉を首肯して、アイカはエリィに目配せをする。
「エリィちゃんはそれでいい?」
「……わ、わたしは……アイカさんと一緒なら、なんでも、どこでも……ヴァルガでも……えへへ……」
「この野郎すっかりボケちまいやがって……まあいいや、とりあえず戦うときにはシャキッとしてくれよ、エリィ? んじゃアイカ受注よろしく」
「はいはーいっ、エリィちゃん、行ってくるね☆」
「い、行ってらっしゃい……です、えへへ……」
相変わらず色ボケしてんなこいつら。
とはいえ戦いになればボケてる余裕はないだろうしキレたアイカと冷静になったエリィはニコイチで互いの弱点を補って戦えるのだから、別に問題はないだろう。
ただ単に、カフェで出されるクソ苦いブラックコーヒーが無性に飲みたくなるだけで。
チィは渋い顔になりつつも、インベントリを開いて所持金の端数を確認する。
「何をしているのですか、チィ?」
「あのクソ苦いコーヒーが飲みたくなっただけだよ……っと、10BC足りねえ」
「……いっぱいあるでしょうに。仕方ありません、この戦いを終えたら私の奢りで差し上げましょう」
「銭ゲバ的には喜ぶとこだけどその台詞、なんか死亡フラグっぽくね」
いや、貰えるもんはありがたく貰うけどさ。照れ隠しをするようにチィはアイカが受注を終えたミッションをコンソールに浮かぶフォースメンバーの受けているミッション、の欄から受注して、足早に去っていくが如く、一足先に戦場へ解けて消えていく。
(──マスダイバーがこのGBNからいなくなったら、一緒に旨い飯でも食べようぜ、アキノ)
「リヒト……」
自らの言葉に、過去の残響がまだ染み付いていたことに顔をしかめつつ、アキノもまた、アイカとエリィが戦場へと赴いたのを確認して同じ場所へと解けていく。
優しい日々だった。
今でもアキノが見ることがある、白銀の夢。道半ばで途絶えて、そのまま誇りだけを身体に纏って今日の今日も彷徨い続けている己の、切り離すことのできない過去。
刹那のうちに蘇った、そんな感傷を掻き消すように、アキノの躯体は即座に解けて、意識は数秒も立たずに戦場で再構築されていくのだった。
ロワイヤルのフィールドに選ばれたのは、ごく平均的な森林地帯だった。
先が見えないほど鬱蒼と茂った森の中には「はじめの三十秒」を活かして斥候型構築──チィと同類のカスタマイズを施したガンプラを狩るダイバーが至る所にトラップを仕掛け、視界不良をいいことに、十八メートルにまで拡大されたガンプラを隠すほどに大きな木々の陰に潜んで、虎視眈々と迂闊に通過した鴨へとヘッドショットならぬコックピットへのワンショットキルを決めるための狙撃手が牙を研ぐ。
全身をビリビリと覆うような緊張感は確かになるほどハードコアディメンション・ヴァルガで見せられた地獄をアイカに想起させる。
だが、隠れ潜むシーカーたちにとっての誤算は、アイカたちが口裏を合わせた相手に、よりにもよって燃焼属性を持つ武装を備えたアキノがいたことだろうか。
『……気は進みませんが私としても望むのは真っ向勝負! ミネルヴァ・ブラスト!』
Iフィールドソードをボウガン型に展開したアキノのミネルヴァガンダムが「はじめの三十秒」が終わった後に選んだのはこの森を躊躇なく焼き払うことだった。
当然、空中にいるアキノは狙撃手たちからは絶好のカモだったが、Iフィールドソードを変形させた時の副産物として展開されるフィールドと持ち前の作り込まれた装甲によりそれらを耐え切ると、コーションが鳴り響く領域まで体力を低下させながらも狙い通りに森林地帯を炎上させることに成功していた。
『嘘だろお前……うわあっ!? 誰だこんなとこにトラップ置いたの、って俺か──』
『クソっ、頭ヴァルガ民かよあいつ!?』
『チンパンは収容所に帰れ!』
隠れる場所やトラップの多くを焼き払われた、恐らくデビューして大分こなれてきたのであろう、シーカー、スナイパー構築のダイバーたちは口々に文句を言いながらパッション属性のピンク髪アイドルの如く炎上する森林地帯をでたらめに駆け抜けては熟練のシーカーやスナイパー、そして乱戦をこそ望んでいたアイカたちのようなアタッカーに切り捨てられていく。
(必要なのはリソースの管理……!)
アイカの癖の根本的な問題は、端的に表現するのなら短期決戦を焦るあまり、持っている手持ちの札を捨ててでも決着にこだわる傾向がある、ということに尽きる。
勿論、短期決戦を狙うのが正解な試合もある。だが試合というのは得てして生き物で、短期決戦を狙ったアタッカーが全て手札を消耗し切ったのを確認した上で後の先を取るカウンターも成立する以上、あまり長く様子見をし続けるのもまた良くないが、使えるものは使うの精神を持っておくに越したことはない。
炎上した倒木から逃れて飛び出してきた、バスターライフル装備のジム・スナイパーⅡへとアイカは、足止めの一点、武器を破壊する二点、そして体制を崩したところに叩き込む三点のリズムで、牽制ではなく撃破目的でコアスプレーガンによるお見舞いを叩き込んだ。
「よっし、行ける……っ!?」
「アイカさんっ!」
だが、誰かが攻撃をしたということは、他の誰かにとってはその背後を取るチャンスとなるわけだ。
そう言わんばかりに炎上する密林と同化していたファイアーパターンのモンテーロがビームジャベリンを構えてアイカに飛びかかってくるが、アイカは武器を捨てての迎撃ではなく、その大振りなモーションが行き着く先を読んだ上での回避を選択した。
反射神経が為せる一秒未満の選択。コメットコアガンダムは、バレエ・ダンスでも踊るような体勢に移行して、しかし体軸は一本の線を通すように意識した動きでモンテーロの圧力を躱しきる。
そして、攻撃を外したモンテーロの背中には、容赦なくそれを「視」ていたエリィのリビルドウォートが放つビームライフルの一撃が叩きつけられ、その機体は哀れにも爆散していった。
「ナイスエリィちゃん、そして──」
今、コメットコアガンダムは左足を軸にしつつも体勢そのものは不安定だ。だからこそ、襲撃者が狙うには絶好の機会。
事前に攻撃が「置かれる」方向を予測してアイカは機体をぐるりと回転させながらコアスプレーガンによる一矢を放った。
『嘘だろ、こいつもしかしてヴァルガ民──うわあああっ!』
果たしてアイカの読み通り、ミラージュ・コロイドを展開して、ランサーダートを突き出すことで背後からの襲撃を試みていたブリッツガンダム──ではなく、その肩を移植した黒いエールストライクガンダムが、置き撃ちのビームにコックピットを焼かれて爆発四散する。
勿論ガードに回す余裕がなかったため、爆風と破片はアイカのコメットコアガンダムへと降り注ぐが、致命傷にはならないような位置を予測しての起き撃ちだったのだから問題ない。
とはいえそれは結果論だ。
なるべく危ないことはしないに越したことはない。エリィに背中を預けながらも、アイカは自身と、そしてエリィの背後を、エリィはアイカの背後と自身と戦場全体を俯瞰しての把握を試みる。
コンソールに飛び込んでくる断末魔は恐らくシーカーたちのものだろう。
チィ曰く漁夫の利天誅、混乱して乱戦に巻き込まれたところから離脱して立て直しを図る機体を、背後からさっくりといただくのが彼女の立てた作戦であった。
そして、一際目立つ行いをしたアキノはそのヘイトを見事に買うことで、自ら乱戦の中心となることで襲い掛かる機体を狙撃手からの盾にしながら、このバトルロワイアルを生き抜いていた。
「……来ます、アイカさん」
「オッケー、右ね!」
チィがいないということで、斥候がわりに飛ばしていたフィン・ファンネルが、エリィのレーダーにそれぞれ四機だった敵機がその攻撃を受けたことで二手に分かれてアイカと自分を挟撃しようとしていることを教えてくれる。
エリィの予想は正しいなら、今回のレッスンは十字砲火への対処ということだろう。
ならば今度はこちらが動いて、「先の後からの後の先」を取る番だ。
アイカは狙撃手や伏兵が潜んでいそうな地点にコアスプレーガンの残弾を撃ち込んで、クリアリングを行ってから、弾を使い切ったそれを腰のラッチにマウントして、ビルドボルグを組み立てながら戦線へと合流する。
『あの機体、「リビルドガールズ」のアイカちゃんか!?』
『おほー、ツイてるわね、蔑んだ目で踏んでもらいたいわ』
『馬鹿野郎、出荷されたくなきゃとりあえず撃て! ファンでも今のアイカちゃんは敵だ!』
──いや、あたしは最高にツイてねえんだが?
どこで噂になっているのか自身の体質がそうさせるのか、またも変なのと遭遇したアイカはげっそりとした感覚を抱きながらも、二機の分隊、その構成を確認する。
恐らくはグフ・カスタムを射撃寄りに改造した、ギラ・ドーガの盾にユニコーンのビームガトリングを隠し、その右手にはヒートサーベルの代わりにギラ・ズールのビームマシンガンを装備し、全身に「袖付き」所属であることを示すエングレーブが装飾されたその機体──【グフカスタムNZC】と、その相方となるZガンダム、そのウェイブシューター仕様の武器をギラ・ドーガのビームマシンガンに変更し、グフカスタムNZCと同様のエングレーブが施された【ZガンダムNZC】は教科書通りに、弾切れと踏んだアイカのコメットコアガンダムを、L字を描くような陣形で取り囲む。
恐らくここで今までの自分ならスプレーガンがないことに慌てて、ビルドボルグを振り回すかとりあえず距離を取るかの二択を取っていただろう、だが。
アイカは弾切れのスプレーガンを敢えて左手で構えて、ZガンダムNZCのコックピットをロックオンする。
『おほーっ、素直な攻撃ね、でもさせないわよ』
アイカの狙い通り、ブラフに引っかかって足を止めてくれたZガンダムNZCはウェイブシューターの機種となるシールドに埋め込んだ、バウのメガ粒子砲でアイカへの迎撃を試みたが。
アイカはノールックで弾切れのコアスプレーガンを後方から狙いをつけてくるグフカスタムNZCへと牽制で投擲すると大きくスライディングの体制をとって拡散ビームを潜り抜け、ZガンダムNZCにそのまま足払いをかける。
「……踏まれたいとかなんとか言ってたけど」
『あっあっ』
「あたしはそんなサービスしてないからね……?」
そうして、グフカスタムNZCからの追撃にZガンダムNZCを盾としてそれを防ぎきると、容赦なく左手で引き抜いたビームトーチをそのコックピットへと突き立てて爆発をグフカスタムNZCへの目眩しとする。
『そんなー』
『ポォォォォク! クソッ、本当に出荷されるバカがいるか!』
爆発の目眩しに動揺しつつも、恐らくは射撃偏重のカスタムを施したことを読んで自身へ迫ってくるであろうアイカへと牽制をかけるつもりで、グフカスタムNZCを狩るダイバー、「アオヤギ」はビームガトリングで散発的な弾幕を張る。
──すごい。コアガンダムが、ちゃんとあたしについてきてくれる。違う。
「あたしが……コアガンダムと、この子と息を合わせられてる!」
小柄な体躯であることを利用して迎撃の弾幕を回避しながら、アイカはアラートを読んで狙撃が接近していることを確認すると咄嗟に身を伏せ、回避と同時にハンドスプリングの要領で前転、狙撃手の潜んでいた射線へとビームトーチを投げつける。
『うおおおっ!?』
狙撃に気づかなかったアオヤギは、見事にガトリング・シールドの爆発によってグフカスタムNZCの左手を脱落させ、そこに意識を持っていかれてしまう。
そして、それを見逃すアイカではなかった。
身を屈めて、反射神経だけで高い位置から放たれるビームマシンガンの弾幕をすり抜けると、ビルドボルグの一閃でグフカスタムNZCの胴体を上半身と下半身に二分割してそのまま、まだ潜んでいるであろう狙撃手を警戒し、爆発しなかったグフカスタムNZCの脚に装備されている動力パイプを握って、ジャイアントスイングの要領で軸をずらしながら、狙撃の飛んできた方向へとぶん投げる。
「射線は左斜め上……奥まで逃げたか、ならあたしは距離を取る……」
『ま、待ってくれ、せめて介錯を──』
「嫌です☆ あとこの武器いいからちょっと借りてくね」
多分バトルが終わったら返ってくるよ。
上半身だけになったことで介錯を頼み込んできたアオヤギのグフカスタムNZCからその願いを却下してビームマシンガンを剥ぎ取ると、アジャストまでの数秒間、ジグザグに軸をずらして逃げ回りながら、アイカはエリィとの合流を図る。
だが、その時だった。
「んっふっふ……隙有りだぜ、アイカ」
「なっ……!?」
ミラージュ・コロイドで姿を隠していたらしいチィのガンダムグラスランナーが現れて、コメットコアガンダムの横っ腹にアーミーナイフを突き立てる。
「少しは周りも見えてきて動きも良くなったけどまだまだ突っ走ろうとする癖は変わらないねぃ、ま、チィからの処方箋第二弾だよ、エリィと散々イチャつかれた分も込めてるからクッソ苦いだろうけど飲み込んでね」
「そ、そんなーっ……」
確かにバトルロワイアルミッションは味方殺しも容認される。
だが、まさか本当に憎まれ役を買ってまで暗殺者の脅威をチィが物理的に教えてくれるなんて思わなかった。
奇しくも「踏んでほしい」などと宣ったダイバーと同じ断末魔と共に、モニターにはノイズが走り、レッドアラートに黒帯での【Signal Losted】の表示がコックピットを埋め尽くす。
やってしまった。
とはいえ、アイカの心に後悔はなかった。
「一回で物にできる、なんて……あたしまた暴走してたのかな。だから……次も一緒に頑張ろうね」
──コメットコアガンダム。
愛機の名を呼びながら、アイカは愛すべき仲間から渡された処方箋を飲み込んで、噛み締め、そのほろ苦さにそっと苦笑を浮かべるのだった。
口裏は合わせた……合わせたが、チィは自ら鬼教官役をやらない、散々砂糖吐きそうになってアキノに理不尽な説教されたのを根に持っていないなどとは一言も言っていないっ……!
【バトルロワイアルミッション】……その名の通り運営の狙いでは簡易ヴァルガのごとく個人が生き残りをかけて戦うPvPを想定していたが、実際は談合オンラインと化して、事実上の複数フォース戦のようなものになってしまったが、「リゼ」の保護者であるダイバー、「テツ」のように一人で生き残る猛者もいる。アイカたちは仲がいいのでそうはならなかったが、談合してもダイバーポイント欲しさでのフィニッシャー強奪などの問題が発生する名物ギスギスオンラインでもある。尚組み合わせは完全ランダムであるため、その性質上屑運を引くと「獄炎のオーガ」「FOEさん」「災害系黒髪ロング妹」ことユユ、「ジャバウォックの怪物」に鉢合わせることも稀にあるとかないとか。