フォースフェス「グラン・サマー・コンテスト」、その午前の部が大いなる歓声と共に迎えられたのならば、午後はまた違う熱狂が参加者たちを待ち受けている。
午前の部終了を告げるアナウンスと同時にステージが撤去され、ガンプラが格納庫へと転送されると、ビーチの中央には表彰台が、そしてその右側には解説者と実況者を招く席が現れる。
一応アイカたちにとっては午前の部の結果発表は聞いても聞かなくてもいいのだが、そこはそれ、それはこれ、祭りであるのだから最後まで波に乗らねば無粋というものだ。
いつの間にか出現したパイプ椅子を四つ、慣れた手つきで確保しながらアイカはそれぞれ買い出しに向かっていたエリィとチィ、アキノを手招きして着座を促す。
「おーい、皆ー! 席取ってたよっ☆」
「おっ、特等席じゃーん? やるねアイカも」
「私は食糧を確保しました、仮想世界であるとはいえやはり食という行為は人に戦の前の高揚感を与えてくれます」
「……あ、アキノさん……さっきも、焼きそば……食べてたような……」
相変わらず焼きそばを全員分に加えてもう二パック買ってきたアキノと、かき氷を人数分買ってきたチィと、ラムネを、全員分買ってきたエリィはアイカに促される形でそれぞれ席につくと、運営スタッフと、おそらく「GHC」のフォースメンバーと思しき人間があれこれと人員の手配についてと思しき言葉を交わしながら走っていく姿が横目に見えた。
「やるねぇ『GHC』の連中も……確かリアル企業ベースだからフェスの手伝いでも給料出るんだっけ?」
「……ならばチィはそちらの方がちょうど良かったのでは?」
「かもね。でもまあハムスターみてぇに焼きそば口に詰め込んでるアキノとかいう何万BC分かわかんねーもん見れたからチィは『リビルドガールズ』でよかったよ」
チィが指摘した通り、焼きそばを頬袋を作ってまで猛スピードで消化しているアキノの姿はさながらハムスターで、エリィのちまちまと削っていくような食べ方とは別な面でその生き物を連想させる。
普段が普段四角四面な性格をしているだけに、アキノのこういう一面は確かに希少かもしれないと、アイカもエリィも言葉に出さず同意をして、エリィが買ってきてくれたラムネを開封する。
「GBNだと溢れなくていいよねっ☆」
「……はい……わたし、リアルだと……上手く開けられないので……」
「手もベタベタになっちゃうし、そう考えるとラムネってあんまりいいものじゃないのかもしれないけど……つい買っちゃうんだよね」
祭りというのはとにかく人の財布の紐を緩めるのに適している。
そう考えれば、リアルタイムで放映されて画面の中で活躍をしているガンダムがプラモデルとして発売されるというサイクルを繰り返すのは、毎週お祭りが開かれているようなものなのかもしれない。
熱心な趣味を持つが故の充実感と苦労、そして現実に嵌められた枷を脱して、手をベタつかせることもなく、こぼれることもなくビー玉を押し込む爽快感だけをフィードバックしてくれたそれをアイカは、苦笑と共に飲み下した。
──ああ、夏の味だ。
電気信号が想起させる擬似的な味覚なのはわかっている。だが、語らずとも脳裏をよぎるそのラムネの甘さは否が応でもそこに夏の小さな思い出とノスタルジーを連れてくる。
「……これが、ラムネの味……けぷっ……」
ちょっと炭酸が苦手だからかむせて喉に空気を詰まらせていたエリィも可愛いな、などと思う傍で、アイカは、これが彼女にとっては初めての「夏の味」になるんだろうかと、そんなことを考えてしまう。
リアルできっと行きたくても行けなかった分、エリィは電子の海のヴァカンスを恐らく人一倍楽しんでいる。
──幸せに、本物と偽物などない。
鉄血のオルフェンズ本編ではガエリオ・ボードウィンによって否定された言葉だが、マクギリスの遺志を継ぐように、アリアが高らかにそう謳いあげたことを思い出す。
ならばきっと、エリィの脳裏に刻まれた夏の味も、ラムネがきっとこれから連れてきてくれる思い出も、本物に他ならない。
「けほっ、けほっ……どうしたんですか、アイカさん……?」
「ううん、今日もエリィちゃんは可愛いなぁって、そして今日は特別気合入って可愛いなぁって思ってただけ。水着もめっちゃ似合ってるし」
「……か、かわいい……わ、わたし……そう、見えて……えへへ……一人で……頑張って、アイカさんが旅、してる時……水着を……探してよかった……」
てれてれと頬を染める絵理はやっぱり可愛い。というかあの二日間をずっと水着選びに費やしていたのかと思うと自慢の彼女の愛しい姿に、アイカは胸の奥がきゅんと、柔らかいものに締め付けられるような感触を、紛れもなく恋がそうさせる甘い窒息感を覚えた。
ああ、本当にあたしの彼女は世界で一番可愛い──
焼きそばを頬張り終えたら大量のトルネードポテトを瞬く間に消化していくアキノのスクショを悪い笑顔を浮かべながら撮っているチィと、いまだにラムネに苦戦してけぷけぷと小さく空気を吐き出しているエリィを一瞥しながら、そんな余韻にアイカが浸っていた時だった。
『さぁ始まりましたフォースフェス、「グラン・サマー・コンテスト」午前の部表彰会! 灼熱の浜辺で咲き乱れる百花繚乱、花々の中から選ぶのが惜しまれるほどに、せやけど選ばなきゃあかんその一本……ミスターアンドミスシーサイドの栄光を掴み取るのは誰なのかァ! 司会はご存知窓辺のモクシュンギク、ミスターMSとォ! 解説は皆ご存知ハードディメンション・ヴァルガの主にして、「ジャバウォックの怪物」をその手で屠るヴォーパル・ブレードたらんとする愛称FOEさん、キョウスケの解説でお送りいたしまっせ! そんじゃFOEはんからも何か一言!』
『僕の通称はFOEさんで固定なのか……? まあいい、ごほん。この度縁あって解説に呼ばれたキョウスケと申します。皆様、今日という夢の一日を精一杯に彩るべく善処する所存なので、何卒よろしくお願いいたします』
『堅い! 堅いってFOEはん! いやしかし、あの戦闘狂のラスト・リゾートの主たらんとする男も戦場を離れればひとかどの紳士、それもまたGBN! そいじゃあ本日の心形……もとい、浜辺に咲き誇る百花の中から計六枠、ガンスタグラムのデータを元に三位から発表していきまっせ!』
やけにハイテンションな、ミスターMSと名乗る男の冴え渡る弁舌が余韻をかき消すように会場へと響き渡り、対照的に冷静沈着なFOEさんの対応すらもそのボルテージを引き上げる材料として、ミスターMSは会場のバイブスを一撃で最高潮まで引き上げてみせた。
余韻をかき消されたのは納得いかないし、あの手のタイプはアイカとしても苦手極まりなかったが、それでもかのミスターMSなる男がやり手である、ということは前後左右から巻き起こるシュプレヒコールの嵐から容易に想像できる。
『まず映えある3位は……ミスター・シーサイド、「キョウスケ」はん! ってこれ解説の人ですやんかーい! どないなっとんねんこのイベント! 気を取り直してミス・シーサイドの第三位は……おっと? これまた奇妙な縁っちゅーもんですな! 個人ランク第十三位にしてFOEはんの終生のライバル! 「終末を喚ぶ竜」の端末系G-Tuber、「クオン」はんでっせ! 三位とはいえ激戦を勝ち抜いた勇者、FOEはん……は解説やから表彰台に行けへんですが、クオンはん、表彰台へどうぞ! そしてFOEはんからも何か一言!』
『……どうして僕が選ばれてるんだ……? いや、その理由はわからないが……ありがたい限りです。そして僕がいつか乗り越えるべき壁として挑み続けている竜人の彼女と同じ場所に……土俵が違えど立ったのは光栄だと感じます』
二人の解説を背に受けて、翼や尻尾を生やした、竜と人のハーフを思わせる少女がゴシックな夏の装いにこれまたゴシックな日傘という出で立ちで、優雅に表彰台へと登っていく。
なんだか慣れてるなあ、などとラムネとかき氷を交互に摂取しながら、作業配信の折にはお世話になった「クオン」をアイカは見送りつつ、交互にFOEさんと呼ばれている青年に視線を送る。
確か、記憶が正しければあのクオンという女の子は巨龍のようなガンプラを使っていて、FOEさんはクアンタを聖騎士のように改造した機体を使っているはずだ。
きっと、「インディア・エリア」で見かけた二人のように死闘を繰り広げる友と書いてライバルと読む間柄なのかそれとも単なる好敵手なのかはわからないが、二桁同士の戦いともなればそれはもう災害どころかディメンションがひっくり返る勢いなのだろう。
あんまり想像したくないその人外同士のガチバトルを、かぶりを振ることで脳内からかき消しつつ、優雅に日傘を構えて表彰台へと登った第三位のミス・シーサイドに、アイカは仲間たちと同様の声援を送る。
『さぁて飛ばしてきましょか! 輝く第二位は……ミスター・シーサイド! ご存知先進気鋭のダイバーにして、ELダイバーの救世主としても名高い先駆けの英雄! あの「ビルドダイバーズ」のリクはん! そしてミス・シーサイドは……資本こそ力! せやけど使いどころでは惜しまない! GBNきっての大所帯をまとめ上げる男の愛妻にして、真夏に煌めくダイヤモンドダスト、「コンゴウ」はんでっせ!』
『夫婦で広告塔とビジネス担当に分かれているのはシビアなビジネスマンとしての顔を感じさせますね、そして……リク君に関してはもはや僕の言葉など不要でしょう、栄光ある皆様は表彰台へお願いします』
湧き起こるシュプレヒコールを受けながら、GBNきっての有名人である二人は堂々と表彰台へ登っていく。
その中でもリクに一際強い声援を送る青紫色の髪をした少女──サラは控えめな夏の出で立ちにその身を包んでいて、おそらく彼女の代わりに彼が出たんじゃないかと、チィは溢れる耳年増精神を発揮しながらそう推察した。
「へー、あれがビルドダイバーズのリクねぇい、まあいい男なんじゃねーの?」
「穏やかな物腰ですが、その目に溢れる闘争心は本物……私も見習いたいものですねもぐもぐ」
「食うのかしゃべんのかどっちかにしろやアキノ」
「……」
「食う方優先かよ……」
漫才じみたやりとりだが、なんだか妙に息のあっている二人にアイカは苦笑しつつ、かつて「ボルケーノ」の連中に因縁をふっかけられた間接的な原因である「ビルドダイバーズ」を統べる、今もっともチャンピオンに近い男と資本主義の化身にして太陽のように無邪気な笑顔を浮かべる巫女装束モチーフの水着に身を包んだ人妻の登壇を見送る。
目を見ればわかる、というのは誰が残した言葉だったか知らないが、それがBランクに上がることでアイカにもわかるようにはなってきた。
あの「ビルドダイバーズのリク」も、「GHCの比翼連理」も、「ジャバウォックの怪物」も「FOEさん」も、この束の間のヴァカンスにあって尚一人の戦士だ。
どんなに笑顔を浮かべ、振りまいていてもその目からは滾る闘志が灯す炎が消えることはない。
むしろこれが終わったらフリーバトルしませんか、と今にも持ちかけそうな、一触即発の雰囲気さえ、表彰台へと並んでいる面子と解説の席に座っている青年からははっきりと感じ取れる。
そこまで自分が行けるようになるのかはわからない。
密かに拳を固めながら、アイカは先駆けの英雄たちを静かに、目を離してしまわないように、瞳へとその姿を焼き付けていく。
「あはは……遠いなぁ」
「……遠い、です……でも……」
「でも?」
「……アイカさんなら……ううん、アイカさんと、わたし……チィさんと、アキノさん……四人なら、いつかは……」
「……そっか。ありがとね、エリィちゃん」
「えへへ……アイカさんに撫でてもらえるの、だいすき……です……」
彼女からの激励に、アイカが感謝と共にその銀髪をそっと撫でれば、エリィはまるで猫のように目を細めて頬をアイカの肩にすり寄せてくる。
ずっと寂しかったのもあるのだろうけれど、きっとそれがずっとできなかったから、今精一杯に甘えているのだろう。
それでも微かな不安を残しているエリィの控えめな頬擦りにアイカは大丈夫だよ、と、差し出された手にかけられていた錠を自らの手首にも進んでかけるかのように、耳元でそう囁くのだ。
『そんじゃあ……名残惜しいんやけど、午前の部を締め括る栄光の第一位を発表させていただきまっせ! 皆はん! 心の準備をよろしゅうな! それでは……おほん、咲き乱れる夏の花々、そのどれもが綺麗で目移りしてしまう中で、まずはシーサイドの頂点に立った漢から! もはやワイも何も語りません! 説明不要! 「AVALON」のリーダーにして解説不要のチャンピオン、「クジョウ・キョウヤ」やぁぁぁッ! そして! そして! そして! 何とミス・シーサイドは奇跡が起こった! 運営委員と議論もさせてもろたんやけど、そこはそれ、繰り下げなんて無粋なことはしないで栄冠を分かち合うという決定をしてくれたGMはんには頭があがりませんわ! そんな特例中の特例……同率一位になったのは、ご存知ジャイアントキラー、アグニカ・カイエルの魂を継ぐ女! マクギリスの生まれ変わりこと「アリア」はんと、先進気鋭、別な大会でも活躍中のダイバー……「フユ」はんやああああッ! 栄光の一位を手にした三人に、盛大な拍手をお願いしまああああすッ!』
解説も、言葉は不要だとばかりに柏手を打って、それを皮切りに万雷の拍手が人で埋め尽くされたビーチに轟き渡る。
信じてこそいたが、こうして知った名前が一位の栄光を手にするというのは複雑ながらもやはり嬉しい。
だからこそ、アイカもまたアリアの名前を呼ぶ無数の声援の一つとなって、彼女が手にした「バエル」にして「バエる」の栄光へと惜しみない祝福と声援を飛ばすのだ。
チャンピオンは相変わらずチャンピオンだなあと、すっかりGBNに染まってきた思考で当然の如くフォースフェスにも参加して、きっちり新たなる愛機と共にその爽やかな笑顔を振りまいていた強いんだ星人に苦笑を浮かべながら、アイカはいつまでも鳴り止まない拍手を、その熱が引いていくまで続けるのだった。
隣で控えめに手を叩く、最愛の彼女と共に。
「午前が終わったってこたぁチィたちの本番はこっからってわけだな、気合い入れてくぞアキノ!」
「ええ、どのような競技であろうと全力を尽くす……それが私のポリシーです」
チィは肩をほぐすような仕草を見せながら、同じように仮想空間だというのに律儀にストレッチをしていたアキノへと呼びかける。
午前の部を終えたフォースフェス「グラン・サマー・コンテスト」はその様相をガラリと変えて、観客席があった辺りのパイプ椅子は撤去され、代わりに十八メートル級MSに合わせたビーチバレーのコートが展開されていた。
キャノンボール・バリボー、サマービーチ・エディション。
それが午後に行われる競技の名前であり、平たくいえばガンプラに乗ってビーチバレーをするというゆるい感じの競技なのだが、ガンプラを使う以上ガチで勝とうと思う人間は決して少なくはなく、「リビルドガールズ」を代表して出場したチィとアキノの周りにもそういう人種が集まって、その瞳から火花を散らしている。
この「キャノンボール・バリボー」のルールは単純だ。
普通のツーマンセルで行うビーチバレーのそれをガンプラに当て嵌めただけなのだが、当然ガンプラは人にはできない機動ができる以上、通常の試合と比べてブーストゲージがかなりの制限を受けるという特殊なルールが適用されていることこそ、真髄だといっていいだろう。
無限に対空して超機動でスマッシュを打ち返すなどという無粋な行為は通用しない。
あくまでも鍵となるのは浜辺という足場が悪い条件で自由に駆け回る機動力、そしてブーストゲージをいつ、どのように使うかという判断力こそがこのゲームの醍醐味なのだ。
そういう意味では常時滞空するタイプのリビルドウォートが着陸脚だけで走り回るのは難しいし、アイカは「諸々の事情で」今は愛機が使えないということで白羽の矢が立ったのがチィとアキノのコンビというわけだった。
「称号の『ビッグバンズ・ビーチボーラー』には興味ねえが……賞金の10万BCはもらって行きたいよなあ? しかも出すのは運営じゃなくて「GHC」の協賛金なんだ、金持ちの懐からそんなはした金抜いたって痛まねえだろうよ、けけけ」
「チィ、笑い方が完全に悪党のそれですよ……しかしフォースの名を背負って出場したのなら私とて金銭や称号に興味がなくとも勝ち上がりたいと願うのは必然」
インベントリから取り出したハチマキを額に締めて、アキノもまた闘志を燃やして、コックピットへと乗り込んでいく。
Aブロックの第一試合という文字通りの先陣を切ることになったチィとアキノだが、相手にとって不足はない。
対戦相手となった「宇宙水泳部」が操るのはゾノとアッガイという、浜辺での戦いでは鉄板となる水陸両用機だ。
『いきなり噂の「リビルドガールズ」に当たるとは運が悪いのかいいのか……』
『弱気になるな、シモムラ。我らとてマイヨール殿には及ばなくとも水泳部を愛する者の端くれだ、浜辺での戦いでは負けられん』
「おーおー気合い十分だねぃ……それじゃあチィの懐をあっためてもらうためにここでご退場願おうか、アキノぉッ!」
「任されました!」
審判役のGBN-ガードフレームが投げるジャンプボールによるサーブ権を、敵の二機より高い背を生かして当然の如くもぎ取ると、アキノはミネルヴァガンダムのサイコ・フレームを起動して、その右手に力を込める。
「最初から……全力で飛ばさせていただきます! はああああッ!」
キャノンボールの名に恥じることなき、全力で放たれた必殺のサーブが相手コートの左端、ラインギリギリを狙って放たれるが、見た目に似合わず機敏な動きを発揮した、シモムラの操るゾノが滑り込んでそれを受け止めようとした──の、だが。
『うおおおおっ!? う、腕が……』
『これがキャノンボールの怖いところよ……だが球は拾った、後は俺に任せるんだ!』
文字通り決死の覚悟で骨を折って拾い上げ、空中に浮き上がったボールを、お返しだとばかりにアキノたちからすれば右端の方に狙いをつけて、腕を伸ばしたアッガイが全力で打ち下ろす。
それは直線的な軌道を描き、アキノのブロックによって阻まれようとしていたはずだった。
だが、ブロックのために飛び上がったミネルヴァガンダムを嘲笑うかのようにその両手を迂回する軌道を取ると、当初の予測落下点からはかけ離れた、しかしアウトにはならない際どいラインを目掛けてボールは飛んでいく。
『どうだ! 我ら水泳部秘伝の陸戦泣かせスマッシュ! 後衛がすばしっこいSDとは考えたが、その手足の短さでは届くまい!』
アッガイを操る男、ダイバーネーム「ブリッツェン」は追いかけ始めたチィの機体を一瞥して、勝利を確信した高笑いを浮かべた。
しかし、通信ウィンドウに映っているチィの表情は決して暗いものではなく、むしろ何かを企んでいるかのようにニヒルな笑みを崩していない。
「そうだな、これがただのバレーボールならチィは諦めてらぁ、だが……こいつはキャノンボール・バリボー! 球が地面に落ちなきゃなんだっていいんだぜ!」
チィはコンテナの中から咄嗟にビームマシンガンと接続するためのロングバレルを取り出して展開すると、ブリッツェン自慢の陸戦泣かせスマッシュを、それをバットにする形で高く打ち上げる。
そう、キャノンボール・バリボーはブーストに制限こそかかり、球を破壊すればその時点で失格となるが、それ以外は何をやってもいい。
バンデッド・レースと奇しくもよく似通ったバーリ・トゥードぶりにアキノは苦笑しながらも、チィが打ち返したトスを、今度こそ相手を葬るために高く跳躍し、ブーストを使っての全力スマッシュを打ち下ろした。
『うおおおお!? や、やらせはせん、やらせは……ウボァァァァッ!!!!!』
『ブ、ブリッツェーン!?」
強いて敗因を挙げるなら、それをレシーブで返そうとしたのが間違いだったということになるのだろう。
伸ばした腕ごとアキノのスマッシュは勢い余ってアッガイのコックピットを撃ち抜いて爆散せしめていた。
勿論これもルール違反ではない。故意にコックピットを狙えば失格だが、ブロックやレシーブに失敗しての機体の破損は相手の責任だ。
そして、コートに立てる者がいなくなったと判断された瞬間に、このゲームは問答無用で決着する。
「……相変わらず狂ったルールしてやがるぜ」
「まさかコックピットを撃ち抜いてしまうとは……」
【Winner:リビルドガールズ】
無機質な機械音声の通知と共に、アキノとチィは順風満帆かどうかはともかく、次の試合に駒を進めるのだった。
アイカたちが「それ」と遭遇したのは、ちょうどAブロックの試合が全て終了して、Bブロックへのインターバルに入っていた時だった。
長い金髪を、額をあえて出すような髪型にセットした、黒い布テープを全身に巻いているといった風情の奇妙な夏の出で立ちをした男が、アイカを名指ししてコンタクトを取ってきたのだ。
「失礼、キミたちが『リビルドガールズ』で……キミがリーダーのアイカちゃんでいいのかな」
「確かにあたしたちは『リビルドガールズ』で、あたしはアイカですけど……ナンパとかエリィちゃんにちょっかいかけに来たとかなら通報しますよ」
「おっと、こいつは手厳しい……まあ、ステージ衣装のままだったからね。誤解を解いてくれると助かるんだが」
「……す、ステージ、衣装……ですか……?」
「ああそうさ。オレはグラウカッツェ。流しの歌歌いにして……ファイターさ。オマエはこれだけで要件が分かる目をしてるだろ、アイカ?」
「ああはい、バトルの申し込みですね……」
グラウカッツェと名乗った自称歌手はその衣装のアレな感じと噛み合わない、爽やかで気障でこそあるものの、嫌味のない言葉でアイカへと単刀直入にフォース戦を申し入れてきたが、彼が評する通りそれを目だけで察することができるようになった辺り、自分がこのゲームに染まってきたことを自覚して、アイカは複雑な表情を浮かべてしまう。
「今はチィちゃんがいないから条件の相談とかは後日メッセージで送ることになると思いますけど……どうしてあたしたちなんですか?」
噂のだから、とかそういう理由で絡まれるのにはそろそろうんざりしてきたので、相手がそれを口にしたなら即座に棄却するつもりで、アイカはグラウカッツェへと問いかける。
「そうだな……パトスを感じた、これじゃあダメかい?」
「……パトス、ですか……?」
「オマエたちがガンスタグラムに上げたスクショ、魂が込もってたぜ。噂のってだけじゃあオレは、オレたちの『イグナイターズ』は戦う気なんて起こしやしねえ。噂にはいいのも悪いのもあるからな。『ボルケーノ』とか知ってるだろ? ああいうのはノンノン、ってこった」
あれ見られてたのか。
アイカはどうせ見る人なんて自分ぐらいしかいないだろうと、エリィとのツーショットや、チィが撮ったアキノのスクショなどを思い出代わりにアップロードしていたのだが、やはりアクティブ二千万は侮れないというべきなのだろう。
それが、グラウカッツェの呼び水となったのだから。自らの軽率さを深く反省しつつ、アイカは問い返す。
「じゃあ、あたしたちのどこにその……パトスが?」
「オマエたち、この世界が大好きだろ?」
「っ……!」
「オレも仲間もこの世界を、ガンプラを愛している。だからさ、ランクだの順位だの勝率だのにこだわる奴のことも悪くねえとは思うが、オレたちはそういう奴らとパトスをぶつけ合うことを最上の喜びにしてるんだ」
それじゃあいい返事、期待してるぜ。リビルドガールズ。
そう言い残してひらひらと気障に手を振りながら、グラウカッツェの姿は雑踏に溶け込んで……も尚、どこか異彩を放っている。
「パトス、か……」
彼の言っていることはアイカにはよくわからなかったが、それでもこの世界が、エリィが色んなものを見て笑えることのできるこの仮想郷がアイカは大好きだと迷いなくいえるし、愛してもいる。
「……アイカさん?」
「エリィちゃんは、どう?」
「……わたしも、大好きです……それに、きっと……この世界を好きな人に、悪い人は……いませんから……」
「そうだよね、それじゃ……あとでチィちゃんたちに相談しよっか」
アイカは記憶の引き出しを、玩具箱をぶちまけるようにひっくり返して思い返す。いくつもの出会いと、そこにあった想いのことを。
エリィとの出会い。チィとの出会い。アキノのとの──仲間との出会い。
ハマモリ、アリア──好敵手たちとの出会い。
シャフリヤール、リゼ、ユユ、キョウスケ、ワールド、タイガーウルフ、そしてあのアクセサリー屋とパーツ屋の果てに待つ、クジョウ・キョウヤという、天高く聳え立つ、いつかはきっと目の前に立ちはだかる壁たちとの出会い。
いいことばかりじゃなかったかもしれない。だけど悪いことばかりでもなかった。
そして、まだ見ぬもう一つの、未来の出会いを脳裏に描きながらアイカは静かにそれを噛みしめるように目を伏せる。
なら、自分と同じようにこの世界を好きな人たちとの戦いで出会うのは悪くない。
「待っててね──」
そうして、アイカはその出会いに名付けた、未完の可能性へと込めた想いの名前を、そっと、静かに呟くのだった。
きっちりとどんなイベントでもエンジョイするチャンプ、そしてリアルではプロデューサーさんをやっているので実はスタッフ側として参加していたのに貴重な休憩時間をユユちゃんの撮影会に使われた、珍しく被害者なFOEさん
【キャノンボール・バリボー】……ビーチバレーをガンプラに向けてアレンジした球技であり、基本的なルールはビーチバレーに準ずるものの武器を使って球を打ち返したり蹴り飛ばすのも認められているバーリ・トゥードな競技。通常15ポイント先取、デュースありとしているがその前に機体が爆散したり腕がもげたりするので中々そういう真っ当な試合は拝めない過激なガンプラスポーツ。
【グラウカッツェ】……フォース「イグナイターズ」の主であり、普段は流しの歌手として各ディメンションをメンバーたちと共に放浪してはバーで歌ったりストリートライブをしているAランクダイバー。どことなく気障な男だがその態度は誠実かつ真摯であり、自身と同じように「GBNを愛している」人間としかバトルをしないという信念を持ち合わせているため昇格は遅いが、それでも凄腕であることには変わりない。