──遅い。
アキノは愛機であるミネルヴァガンダムを挟撃するように襲いかかってくる初代ガンダムとガンダムMk-Ⅱのアナザーカラー、鹵獲やライバルをイメージした色に塗り替えられたNPDの銃撃と斬撃を最小限の動作で回避し、その勢いで接近戦を試みたMk-Ⅱがビームサーベルを握っていた右手を蹴り飛ばした。
大きく体勢を崩したMk-Ⅱもしかして高難度に設定されたNPDであり、名前こそロックオンマーカーに表示されないものの、その反応速度はネームドの上級クラスと比較しても遜色がない。
切り返しに放ったシールド・ランチャーをバルカンで撃ち落としつつ、今度は背を見せたとみるや距離を詰めるべくビームライフルによる攻撃を仕掛けてくる初代ガンダムの速度とエイム、そしてMk-Ⅱと自身と初代の相対距離を一瞬の内に判断してアキノは情報という選択肢を取った。
果たして初代ガンダムのエイミングは、高難度に登場するNPDらしくアキノのコックピットを狙った完璧なものであったのだが、彼に不幸があるとするならその狙いがあまりにも完璧すぎたことだろう。
ちょうど、アキノが壁になる形で覆い隠していたMk-Ⅱは体勢を立て直しての切り返しを図っていたのだが、初代ガンダム、アキノ、そしてMk-Ⅱの位置関係が一つの線で結べるものであったために、上昇したミネルヴァガンダムが回避した敵弾は見事にMk-Ⅱのコックピットをぶち抜いてしまったのだ。
いわゆるフレンドリー・ファイアである。
高難度のNPDとなるとそうそう狙える現象ではないが、「より人間に近い思考ルーチン」というバージョン1.78における仕様の隙間をつく形で、アキノは初代ガンダムが「攻めを焦っている」ことを見抜いた上でそれを誘発していた。
アキノの舌打ちが、狭いコックピットに虚しく響く。
味方を撃ったことに僅かに動揺した初代ガンダムは果たして、キャスバル専用カラーをモチーフにしていながらも搭載されたAIはアムロ・レイの思考や戦闘をラーニングしていたのだろう。
一瞬だけ垣間見せた隙を見逃さずに、アキノは迷いなくIフィールドソードをボウガン状に展開し、ミネルヴァ・ブラストの一撃で逃走経路をも塞ぐ形で、初代ガンダムを破壊する。
遅いと舌打ちをしていたのは、敵の話ではない。
鈍っているのだ。他でもない、自身の反応速度が。
より正確に表すのなら、アキノが鈍っていると感じているのは、アタッカーとしての自分の判断力だった。
G5アタック。今アキノが挑んでいるミッションは、最高難易度クラスの初代ガンダムからνガンダムまでの歴代映像作品の主役機五つを、どれほどの速さで殲滅できるかを競う上級者の遊び場であり、中級者の修練場だ。
噂によれば「ビルドダイバーズのリク」は僅か一分から二分の間で五機の主役を殲滅したらしいが、アキノが最初の二体である初代とMk-Ⅱを倒すのにかかっているのが、それぐらいの時間であると考えればどれほどの偉業を彼が成し遂げたかを理解できよう。
だからこそ、鈍っている。そして、焦っている。
そんなアキノの焦燥と動揺など知ったことかとばかりにはるか遠距離から、極大のビームが閃光の尾を引いて、ミネルヴァガンダムを呑み込まんと撃ち放たれる。
「しまっ……!?」
──完全に、油断した隙を突かれていた。
アキノはとっさに防御を試みて機体に指示を出したが、その入力と反応が間に合っているかは五分五分だ。
機体が押し寄せる波動の閃光に飲み込まれていく中、走馬灯のように脳裏をよぎったのは、アキノがその焦りを自覚した、つい昨日の出来事だった。
電脳の海に浮かぶメガロポリスに眠りは訪れず、それは同時に夜明けが来ないことをも意味している。
ディメンション・シュバルツバルト。一年を通して明けることのない常闇に覆われているそのエリアにおいて、唯一光を灯しているのは、仮想の世界で尚その毒々しさを感じさせる虚飾の星、街の明かりだけだ。
人々が夢見る百万ドルの夜景、ニューヨークとロンドン、パリと東京、モスクワとブリュッセル──要は世界の大都会をイメージした、ディメンション・シュバルツバルトにおいて異彩を放つ区画である「ハイウィンド・エリア」は、その美しさを堪能する場所かと問われればその答えは否である。
この街が持ち合わせているもう一つの側面は、主に大都市の動脈たる、十八メートルに拡大されたガンプラが複数並んでも尚余裕を持つほど、幅もその高さも、何もかもスケールが巨大な高速道路「ストレイ・ハイウェイ」に集中していた。
耳をすませば聞こえてくるのは夜景をバックに語らう恋人たちの睦言ではなく、「殺せ」だの「今だ」だの、「やっちまえ鳥ァ!」だの、山賊が如き激励にして罵詈雑言、そしてハイウェイを切り裂く機体が噴かしているブーストの残響と、時折爆発音といった風情だ。
恐らくこの使われ方は運営にとっても想定外だったのだろう。
今まさに睦言を囁こうとオープンカフェに陣取っていた二人の男女がワイングラスに手をかけて乾杯をしようとしたすぐそばを、あのハイウェイが魅せる高速の夢へと乗り出すために武装した特攻服姿のダイバーたちが列をなして歩いていく。
僕は君が好きだ、と囁こうにもその言葉は全身タイツに鳥の被り物をしている見た目だけなら紛うことなく変態である紳士のオープンチャンネルから放たれる高笑いにかき消され、私もよ、と返そうとすればどこかで何かが、というかコーナーを曲がりきれず高速道路の壁に衝突してそのシミになったガンプラの爆発音がそれを遮る。
このエリアは雰囲気こそいいのに治安が世紀末だ。
詠み人知らずの恋人たちの嘆きが評する通りに、「走り屋たちのペリシア」と呼ばれるこの区画は、命知らずのレーサーたちにとって間違い無く聖地と呼べるものだったが、バトルやレースに縁のない一般人からすれば襲われないハードコアディメンション・ヴァルガと似たようなものだった。
だが、そんなムーディなブルースが流れる空気よりも、爆発や歓声をバックにコアな反骨を好む人間にとって、「ハイウィンド・エリア」はレーサーたちとはまた違った側面を見せる理想郷でもある。
メガロポリス中央街区、現実の大都市であれば時間の如何を問わずして人々が行き交うそのネオンの光に照らし出された大通りも、このエリアの悪評を聞いてかその姿はまばらであり、たまにすれ違う人間もレーシングスーツに身を包んでいたり、特攻服を着ていたりとあの鳥頭全身タイツの同類たちといった風情だ。
「モヒカンよりゃマシなのかもしれないけどさ、これまた世紀末だねぇい」
まあチィは鳥頭以外は嫌いじゃねーけど。
首を回しながらビームを撃ってくるという効率的ながら奇行そのものな彼ら「パロッツ・パーティー」のムーヴに追いかけ回された恨みからか、チィはすれ違う人々を評して肩を竦めながらいつものようにニヒルに笑ってみせる。
「あはは……これ、あたしのせいなのかな……」
そしてその後ろにいるのは、恐らく彼女が呟いた通りあの「アリア」との配信が功を奏したことで「ハイウィンド・エリア」における見た目と精神衛生面での治安を悪化させることに一役買った張本人であるアイカと、アイカの親友にして
相変わらずエリィはアイカの背中に隠れるように一歩引いて歩いており、チィの隣にいるのは恐れを知らなかったり後ろめたい事情を抱えていなかったりする鈍感女なアキノだけだ。
「いえ、アイカさんのせいではないかと。元々あの競技に魅力があって、その魅力に惹かれる層が主に威圧的な外見をしていて、そしてその発掘にあのアリアさんと『パロッツ・パーティー』の戦いがあっただけの話です」
「それふつーにアイカのせいだって言ってるようなもんだぜ、アキノ」
「よくわかりませんね、私は事実を述べただけですが」
小首を傾げて、何って額面通りのことを言っただけだが? とでも言いたげないつも通りの仏頂面をしているアキノに、こりゃダメだとチィは肩を竦めて、お手上げだとばかりに物質化した1BCを指先で弾く。
ぱしり、と左手の甲に落ちたそれを右手で受け止めるが、開く前から結果は分かっているような気がした。
裏だな、と、声には出さずチィは呟く。
そうしてその予感通り、彼女の左手の甲にある1BCは見事に裏面を曝け出していた。
「……あ、あはは……大丈夫ですアキノさん、事実なのは確かですから……」
「……アイカ、さん……その、落ち込ま、ないで……ください……」
アキノがなんというか歯に絹を着せないというかオブラートに包まないことは知っているからそこにはアイカとしても何か思うところがあるわけでもないが、それはそれとして街にリーゼントに特攻服、鉢巻きに着崩した学ランという明らかにヤンキーな出で立ちのダイバーが増えた責任の一端が自分にあるというのはそれはそれとして複雑なのだ。
エリィから励まされなければ即死だった。
何故か好奇心で覗いてみた掲示板でたまたま話題になっていた自分たちの評判が「やべーやつら」「武闘派」「アグニカ・カイエルの魂」「百合とメンヘラをコンクリートミキサーにかけてぶちまけたGBNのゴモラ」だの散々なものだったことを思い出して、涙を眦に浮かべながら、いつもとは逆にエリィから頭を撫でられているアイカは、どうしてこうなったと嘆息する。
大体、「リビルドガールズ」は武闘派でもなんでもなければただの帰宅部の学生が放課後に集まって作った寄り合い所帯のようなものなのに何故かやべーやつら扱いされているのも納得がいかなければ、百合とメンヘラをコンクリートミキサーにかけてぶちまけたGBNのゴモラってなんだよと、これまた身も蓋もない評価に今度は思い出し怒りがこみ上げてきて、アイカの表情はさながら百面相のようにころころ変わっていく。
(あの様子じゃ掲示板でエゴサでもしたんかね)
とびだせエゴサーチなんて素人がやったところで、鋼のメンタルと鉄と蒸気で駆動する、ワイヤーの毛が生えた心臓を持っていなければ毒にしかならない。
チィはそんなアイカが面白かったから敢えていうことはしなかったし、自身も散々な悪評を特定されない範囲で流されている先駆者として、今度は再び消沈の層に変わったアイカに無言の慰めと激励を送るのだった。
ぜってーやだとほざいていたチィを筆頭にする「リビルドガールズ」の四人がこのエリアを訪れていたのは、ひとえにグラウカッツェに対しての義理を果たすために他ならない。
フォースへのメッセージに記されていたその座標と地図上にある建物が重なり合ったのを確認して、アキノが控えめに掲げられた電飾にぼんやりと灯る明かりが作り出すその文字を読み上げる。
「ラング・ド・シャ……猫の舌、ですか」
「なんか美味しそうな名前……」
「灰色の猫が舌を出して牙を剥くってか、中々粋なところを指定しなさるねグラウカッツェの旦那も」
「……らんぐ……? しゃ……? 土砂崩れ……?」
三者三様ならぬ四者四様の反応を見せた四人は、案内された通り地下へと続く階段への入り口に手をかけて、チィを先頭に、今も店名の由来に困惑しているエリィを最後尾にしてその店へと続く階段を下っていく。
フォースネストのように拠点となるような場所を持たないグラウカッツェと「イグナイターズ」だが、彼らがライブを行うときに贔屓にしているのはこのバーだと、メッセージにはそう記されていた。
しかし相変わらず、GBNの作り込みは狂っている。
「エリィちゃん、どっかの言葉で『猫の舌』って意味なんだよ、アキノさんが言ってた通り」
「……そ、そうだったんですか……て、てっきりわたしたち……埋められちゃうのかな、って……」
「……エリィちゃん、たまにとんでもないこと考えつくよね」
「?」
アイカはエリィにラング・ド・シャの由来を説明し、返ってきた、予想の斜め上をいく答えに困惑しながらも、わざわざ迷宮でもないのに地下層を作り込んで、ご丁寧に地下鉄まで再現しているGBNグラフィック班の努力の結晶であり狂気の産物に小さく唸った。
地下への移動を行う際に、戦場へ移行する際と同様のエリア移動処理を挟むのではなく、こうして階段が物理的に地下に続いているという構造を実装するのは中々面倒くさいものだ。
普通のVRMMOであればまずそれを頑張って実装したところで世界観やストーリーに何か影響があるわけではないし、サーバー容量を圧迫すると切って捨てられるそんな普遍性をわざわざ実装しているのは、ひとえに運営もまたGBNをただのゲームに留まらない、一つの「世界」と捉えていることの証左だろう。
アイカがそんなことを考えているうちに、一人分しか幅がない階段の先頭を歩いていたチィは、店の入り口にたどり着いていたようだ。
駆け足でアイカとエリィも先を行くチィとアキノに合流して、グラウカッツェから教えられた「作法」をチィが行うのを待つ。
古い木製扉を三回に分けて四回ずつノックすることが、「ラング・ド・シャ」に客が足を踏み入れるための作法であり符丁だ。
そこに意味は特にない。
ただ、このバーのマスターを務める人物たる「ヴィオラ」という女性はリアルでも同じ職業に就いていて、リアルではできないことをしてみたいと、文字通り採算を度外視できるこの世界だからこそやれる「泡沫の一元さんお断りな店」を作ったという、それだけの話である。
故にグラウカッツェもチィも、「だから気に入った」とでもいうべき感情を抱いたのだろう。
いつになくそわそわとした雰囲気が背中から感じられるチィに、夏祭りの時といいこういう部分は年相応なんだな、とアイカたちは密かに苦笑するのだった。
『貴女たちがカッツェから招かれたお客さんね? ようこそ、「猫の舌」へ。今日はゆっくりと楽しんでいくといいわ』
どことなく妖艶な色香を漂わせる声音と共に古い扉が開かれて、「リビルドガールズ」の四人はその猫が大口を開けた舌の上へと乗せられる。
これで道中にあれこれ注文があったら食べられていたのだろうかと、有名な文学のことがふと、アイカの脳裏をよぎって消えていく。
青いスパンコールドレスに、長い黒髪をお団子状にまとめあげた髪型という出で立ちの女性、このバーの主人たる「ヴィオラ」の招きに応じて踏み入った店内は、決して広い空間ではない。
ライブのためのステージが店の奥にあって、その前に四人がけのテーブルが一つ、あとは六人座れれば上等なカウンターがあるというだけのそのバーで、そして壇上で、約束通りグラウカッツェは「リビルドガールズ」を待ち受けていた。
「来てくれたんだな、『リビルドガールズ』。恩に着るぜ」
「そりゃあこっちの台詞ですぜグラウカッツェの旦那、チィたちの無謀な条件……いわば生意気な心意気にあんだけ出してくれたんなら、これで応えなきゃ女が廃るってもんでさぁな」
「中々言うじゃないの、チィ。そうだな……言葉はいらねえ、無論退屈はさせねえつもりだ。だからこそ……楽しんでけよなお前ら! このイナヅマみてぇな街に響き渡る、オレたちのROCKをよ!」
グラウカッツェの合図に応じて、ベースのギガンツ、ドラムのアッキー、そしてキーボードのパッカーが即興のフレーズを披露する。
それは恐るべきことに、彼らの楽器が音を出している仕組みも、あらかじめ録音したそれにモーションパターンを当てはめるのではなく、現実と同じ仕組みでこのGBNにおいては楽器というフレーバーアイテムも動作していることを示す証だった。
なんでこんなことに凝ってるんだとアイカは半ばそのプログラムとグラフィック班の執念に引き気味になっていたが、エリィは逆に目を輝かせて、一曲目からぶっ飛ばしていくと宣言した通り、バンドアレンジされた「機動戦士ガンダムSEED」の第一クールオープニングをグラウカッツェが高らかに歌い上げる光景に見入っていた。
しかしエリィが目を輝かせるのも無理はない。
アイカも彼の美声と冴え渡る演奏の世界に引き込まれそうになって、無意識にその唇から言葉を紡いでいたのだから。
「すっご……リアルでもプロなのかな、グラウカッツェさん」
「あら? この世界でリアルのことを持ち出すのはナンセンスよ」
「すみません、ヴィオラさん……あ、飲み物ありがとうございます」
「気にしないで、今日はカッツェの奢りだから……ふふ、エリィちゃん、本当にラムネが好きなのね」
「……は、はい……けぷっ……あ、ごめんなさい……その、思い出の、味、なので……」
「ふふ、焦らないで。ゆっくり飲んでいいわ。私もこれ以上は語らない。時間を忘れて……気分だけでも、この街の夜に酔いしれていってね」
宣言した通り、それきり一言も発することはなく、ヴィオラはグラウカッツェのライヴが終わるまで無心にガラスを磨き続けた。
(色々あったが……これでGBNからマスダイバーはいなくなった! おれたちの……勝利だ!)
それは幻聴に他ならない。
それはアキノの過去が、大好きなラムネをゆっくりと啄みながら歌声に耳を傾けるエリィの笑顔に、そんなエリィの傍でイチゴミルクを飲みながらエリィとグラウカッツェの演奏、両方とも楽しもうとするアイカのちょっと欲張りな姿勢に、そして水の入ったグラスを掲げてノリノリでタンバリンを鳴らしているチィの楽しそうな姿に、在りし日の声と在りし日の自分が重なっただけだ。
オレンジジュースが注がれたグラスを指先で弄びながら、アキノはそこに、同じように楽しく、同じように笑い合って、そして最後に訪れた別れのことを思い返していた。
出会いがあれば別れがある。それは当たり前のことで、この世界だけにかまけていられないのは、理由があってGBNにダイブするなら、現実を生きるのにだって理由がいるのはわかっていた。
二曲目の、フリーダムガンダムが蒼天を割ってアークエンジェルの窮地を救う時に流れていた劇伴を今度は打って変わってしっとりと歌い上げるグラウカッツェの技量も世界も、そして楽しげに永遠の夜が魅せる刹那の幻想に浸っている三人も、全てアキノにとってはかけがえのないものだ。
──だが。
「んだよアキノ、辛気くせー顔してさ、こういう時は楽しむもんだぜ?」
ちょうどエリィみてーによ。
いつのまにか仏頂面をしかめていたアキノを見かねてか、サビに差し掛かったところで感動に涙を浮かべているエリィを指してチィはそう言った。
別に楽しんでいないというわけではない。
無意識に心のうちに踏み込まれたような感覚に少しささくれ立った思いを感じながらも、やはり隠しきれずに拗ねた声音でアキノは答える。
「……チィには、そう見えますか」
何も知らないくせに、と言っているのに等しいその皮肉は、ただの負け犬の遠吠えだと他でもない自分自身がわかっていた。
チィはきっとまだ子供だ。金勘定にうるさいだけで、良くも悪くも他人の心にずけずけと踏み入って巧みにそれを刺激するのは、子供が悪戯をするのとそう変わらないはずだ。
わかっていた。だが、アキノは喉の奥に何かがつかえたようなその感覚を、振り切ることができなかった。
「まあな、アキノは変なとこでお堅いからな……なあ、アキノ」
「どうしましたか、チィ」
それでも、チィが彼女らしからず、気にした様子を見せなかったのはグラウカッツェが作り出す世界に浸っていたせいなのか、それとも何か別な要因でもあるのか、水を一息に飲み干してから、チィはぼそりと、アキノにしか聞こえないように小さく、その言葉を紡ぎあげたのだ。
「……チィは、『リビルドガールズ』で……良かったと思う、心からな。そんだけだよ」
──銀の誇りはまだ死んじゃいないんだ!
この世界には、去っていこうとする「銀の幽霊」がまだ必要だと、マスダイバーが「ビルドダイバーズの奇跡」によって根絶されてそのフォースを畳んだ男の背中に縋り付いた少年のことを、アキノはよく覚えている。
アキノにとって、「ザ・シルバリィ」の終わりはそのまま自分の終焉にも等しかった。
だから、あの少年が──リヒトが掲げた新たな旗の下に集う気にもなれず、ただ己の中に燻った誇りだけを微かな燃料として、ハードコアディメンション・ヴァルガで初心者狩り狩りを咎めたり、ロビーで初心者にシャークトレードを仕掛けようとする仕手を運営に突き出すということを徒に繰り返していただけだ。
そんな中で、突如としてキャプテン・ジオンなるG-Tuberが現れて、自らと同じくマナーの啓発をその動画の趣旨の一つに含めていたのは、アキノにとっては「リビルドガールズ」に拾われたことと同じぐらいに、救いをもたらしてくれたはずだった。
そう、だったのだ。
わざわざ彼が公開したジオニックソードの制作講座ではなく原型であるタクティカルアームズから己の思い描くジオニックソードを創造し、サザビーとνガンダムを掛け合わせたような機体をリスペクトして、シナンジュとユニコーンをミキシングした。
それは彼が、自らの中で燻る銀の誇りを、半ばで折れて飛ぶことを諦めていた翼を補ってくれたからだと、アキノはそう思っていたのだ。
だが同時に、心の底から「リビルドガールズ」としての日々を楽しんでいる自分がいる。
自分以外誰も信頼できないあの戦闘狂のラスト・リゾートで、タンクとアタッカーを目まぐるしく切り替えて戦うのではなく、フォースの盾としてタンク役に専念していた自分がいた。
──銀の誇りに懸けて。
幾度となく叫んできたその言葉に身を蝕まれたかのように、アキノはただ奥歯を食いしばることしかできなかった。
リビルドガールズと、シルバリィ。
今の自分は確かにチィが言った通り、リビルドガールズで良かったと思っている。
だが、シルバリィだった過去がその足を掴んで、お前はそこにいるべきではないと今もアキノの脳内で叫び続けているのだ。
「私は──」
そうして呟いた言葉が、アキノの脳裏に浮かぶ走馬灯と現実の境界を曖昧にしていく。
──果たして、その入力は間に合っていた。
展開したIフィールドソード・アイギスモードでハイ・メガ・キャノンの直撃を防ぐと、アキノは咆哮しながらアナザーカラーのΖΖガンダムにそのままビームを押し返すがごとく突撃してその出力を叩きつけると、背後に迫ってきたZガンダムにフレキシブル・スラスターを切り裂かれながらも必殺技の発動を選択した。
「私は……私はぁぁぁぁッ!!!!!」
なんて、取り返しのつかないことをしてきたんだ。
嗚咽を押し隠した叫びと共に振るわれた炎の剣が、アナザーカラーのΖガンダム──皮肉にも地球の秩序と統制を謳ったティターンズ色に染められた機体を焼き払って燃え盛る。
今にして思えば、シルバリィのやってきたことは、秩序の番人を名乗ったあの過剰な取り締まりは、アイカやエリィ、そしてチィたちから、その笑顔を奪っていたことに、あの忌々しいブレイクデカールと同じ過ちを犯していたことに他ならなかった。
最後の増援として現れたνガンダムにその後悔と慚愧を叩きつけるように何度もメインカメラやコックピットを殴打しながらアキノは泣き叫ぶ。
「……私は……私を、叱ってください……チィ……私は……」
無機質な機械音声が静かな嗚咽をかき消すようにコックピットへ響き渡る。
ミッションは果たされた。
だが、立ち込める銀色の霧の中で今も尚、アキノは迷い続けているのだった。
それは過去からの侵略