「俺はリヒト……リヒト・フェーンミッツだ。フォース『ノイエ・シルバリィ』、運営の代行者にして秩序の番人として、貴様たち『リビルドガールズ』に鉄槌を下すと同時に仲間を……取り戻しにきた!」
いきなり現れて剣を突きつけてきたそいつに対してアイカが抱いた感情は、概ね「リビルドガールズ」の総意であったといっていい。
何いってんだこいつ。
見てみればなんとなく、アキノと同じ制服を着ていることはアイカにもわかる。
だが、こいつの態度が気に食わない。シンプルなその一言に尽きた。
「リヒト……」
しかし、アキノにとってこのリヒト・フェーンミッツという男は何やら因縁浅からぬ存在であるらしい。
リヒトを見つめる彼女の瞳に悲しみや後悔、一語では言い表せない複雑な感情が渦を巻いていることを見て、鞘に収まっているとはいえいきなり剣を突きつけてくるという蛮行を働いた彼に怯えて、アイカの背に隠れながらもエリィは、そこに何か言葉をかけるべきか迷っていた。
いきなり現れて何を言っているんだこいつは、というのは語気こそ違えど、エリィにとってもそれは「怖い人が怖いことを言ってきた」という認識に違いないのだが、そういう強い言葉をぶつけてくる人間が、何かしらの理由を抱えていることは過去の体験から理解できる。
そう、それが例え一般的には取るに足らない、大したものではなかったとしても。
アイカのドレスの裾をきゅっと握りながら、小動物が威嚇をするような表情でエリィはリヒトを睨みつける。
とはいえ、許せないものは許せないのだ。
そんな彼女の精一杯の抵抗に、成長したなぁと感慨深さを感じてこそいたものの、リヒトを睨むアイカの表情もまたアイドルを参考にしたアバターを使っている人間のそれとは思えないほどに険しい。
チィに至っては最早、呆れを通り越して無になったのか、それとも怒りに震えるアイカとエリィを見て多少冷静になったのか、冷めた視線でせっかく解決しかけた問題を掘り起こしてきた無粋な野郎を一瞥して、鼻で笑いながら物質化した1BCを指先で弾いている。
「アキノ……お前がこの二年間、どこで何をしていたのかはわからない。だけど、俺と同じように正義を愛しているお前なら確実に戻ってきてくれると思って俺は今日までビーティスさんの後を継いできたんだ。そして……お前がヴァルガにいると知った時は喜んださ、やっと帰ってきてくれたんだと」
「リヒト……私は、ただ」
「だが! 今のお前はなんだ! そんな、と、所構わず抱きつきあって、こ、公序良俗を乱している……破廉恥な奴らがいる! そんなフォースに所属して何をやってるんだ!?」
リヒトは口角泡を散らす勢いで剣の切っ先をアイカと、その後ろに隠れつつ彼を静かに威嚇しているエリィに向けて、少しばかり頬を赤らめながら絶叫した。
──はあ?
思わずコインを取り落としていたチィが呟いていたその言葉は間違いなく「リビルドガールズ」四人の総意であった。
確かにアイカとエリィは夏祭り以来「リビルドガールズ」の活動記録としてツーショットのスクショやアキノの姿──撮られることを拒否しているチィを除いて──など、全員の姿をガンスタグラムにアップロードするという活動をしているが、倫理コードに引っかかるような写真なんか当然の如く撮っていないし、撮られた時も精々二人でひっついて頬をすり合わせたり、ミッションクリア記念にアイカがエリィに抱き付いたりだとかそういうスクショだけしか上げていない。
それを公序良俗云々と突っ込まれるような筋合いなどないし、運営からのダインスレイヴが直撃していないのだから倫理的にも問題ない。
それに何より、自分たちの関係にそんな無粋極まる突っ込みを入れる権利がこいつのどこに存在しているのか。
支離滅裂なリヒトの言動に、開いた口が塞がらないといった、もしくはフレーメン反応を起こした猫のような表情をしているアイカと目を点にしているエリィは、幸か不幸かその感情を怒りから憐みへとシフトさせたことで、多少思考回路の演算に余裕ができていた。
ノイエ・シルバリィ。
リヒトが高らかに叫んでいたそのフォース名は、調べるだけで腐るほど悪評が出てくる程度にはよろしくないものだ。
前身となった──というよりは前身にされた──「ザ・シルバリィ」の時点で、ブレイクデカールなるチートツールを使うダイバーこと、マスダイバー狩りという本義から外れた自治活動を始めたことで悪評が立ってはいたのだが、なんだかんだでマスダイバーを狩ってくれるその有用性と、その「銀の騎士団」の団長たる男、ビーティスの実力と人格によって見逃されていた部分があったのは確かだった。
だが、本義として定めたマスダイバーが第一次有志連合戦を境に駆逐され、ビーティス自ら「ザ・シルバリィ」の解散を宣言し、GBNを引退したのは彼がリアルで第二子の出産に立ち会い、しばらく育児に専念するためと公には説明されている。
だが、自身の首を差し出すことで、その過激な自治活動の落とし前とする向きもあったことに違いはない。
当然、「ザ・シルバリィ」の解散に当たっては納得した者もいれば、そうでない者もいた。
ビーティスが口にしたのと同じく、マスダイバーがいなくなったのであればこのシルバリィに、或いはGBNにいる意味はないと身を引いて、リアルに帰ったか或いは別な形で悪評と立ち向かいながらGBNを続ける者たちがいた。
ビーティスの引退とその言葉、そして何より「ザ・シルバリィ」というフォースが打ち立てた栄光を忘れることができず、彼の影を追うようにして、本義から外れた部分の自治活動を、運営の代行者を名乗って始める者たちがいた。
それこそが、リヒトを代表とする「ノイエ・シルバリィ」だ。
曰く、マスダイバーが消えてもGBNから規約違反を犯す者がいなくなったわけではなく、そうしたダイバーを取り締まって運営に突き出すことは必要であると、ビーティスに代わってそれを行うと宣言したリヒトは、彼に賛同する少数の仲間を集め、そこから十五人規模の精鋭を選び抜くことでその秩序の剣とした。
だからこそ、彼はその旗を立ち上げた時に、かつては自身と同じようにこのGBNを守ることを、秩序を守ることを何よりも重んじていたアキノをフォースメンバーに誘ったのだ。
だが、アキノは燃え尽きていた。
マスダイバーはいなくなった。シルバリィもなくなった。ならばこの「アキノ・ベルナール」というダイバーはどこにいればいい。
二年後に「リビルドガールズ」へと加入するまで、シルバリィの中でも特に過激だったリヒト派に属していたアキノを受け入れるフォースなどどこにもなく、彼女は鼻つまみ者のようにGBNの片隅に追いやられて、それでも自身の中で燻る正義だけを燃料に、「初心者狩り狩り」をやっていたのだ。
だからこそ、リヒトはそれを尊重していた。
アキノがまだ迷っているのなら、迷いが晴れた時、再び正義がその胸に宿った時、この旗のもとに集ってくれと頼んでそれぞれに袂を分かったはずだったが、今のアキノは何の因果かメンヘラ公序良俗違反破廉恥の三拍子揃ったフォースのぬるま湯に浸かっている。
それが何よりもリヒトは許せなかったのだ。
大体、秩序を重んじるならゲームの中で必要以上にべたべたとくっついているアイカとエリィは真っ先にしょっ引かれるべきだしGBN-ガードフレームは何故彼女たちを無視しているのかと怒り心頭なリヒトだが、「リビルドガールズ」が、例えメンヘラだろうが公序良俗には違反していないし破廉恥でもない、というのが運営の見解であることに変わりはない。
要するにリヒトは初心なお坊ちゃんだった。
チィは呆れたように肩を落として、このバカにどんな薬をつけるのが一番効くのかと脳内でチャートを組み始めるが、厄介なのはこの純情バカだけの問題ではなく、アキノが絡んでいるということだ。
言ってることは支離滅裂で正しさなどどこにもないのに、アキノは自らを責めるように傷付いた顔をして、僅かに後ずさっているのがその証拠だろう。
うるせーしらねーガンプラバトルネクサスオンラインで済まされそうな案件ではあるが、それがアキノにとって避けられないことであるならば、尊重すべきは彼女の感情だ。
例えどんな過去があろうと頓着しない、というチィの心持ちは、このフォースにおいてはいい方向に作用しているが、それ自体は良くも悪くもドライで他人任せな側面を持っていることに変わりはない。
「大体破廉恥ってなに? 好きな子と抱き合うくらい普通じゃない。女子校のこと知らないの? それにいきなり現れて何言ってんの?」
流石にアイカは我慢ならなかったのか、憐憫の目を向けつつも怒りのポーズを表明して、「リビルドガールズ」のリーダーとして正式に抗議している辺りは自覚が出てきたのだろう。
ミナミコアリクイが人間や猛獣に威嚇する程度だとはいえ、あのエリィが怒りを表しているというのも珍しい。
チィは冷静に状況を俯瞰しつつ、「その話」を差し込むタイミングを伺って、俯くアキノと同様に今は静観に徹していた。
「そのままの意味だ! 運営にもメールしているしお前たちのガンスタグラムは規約違反で通報している! だが取り締まられないことをいいことにお前たちは昨日も……二人で一つの飲み物を分け合ってる写真を上げたじゃないか!」
「素直に恥ずかしがらないで間接キスっていえばいいじゃん! 大体あたしたちが違反してんだったらあんたじゃなくてガードフレームが飛んでくるべきでしょ? それを勘違いしてメールボム送ってるとか、運営の胃袋でも破壊したいわけ?」
「こいつ、言わせておけば……!」
──すごくどうでもいい。
正直なところ論争の相手を買ってやっているアイカも、その後ろに隠れて精一杯、お人好しを体現したような童顔で慣れない睨みつけを行っているせいでぷるぷると震えているエリィも、黙り込んでいるチィも、そして恐らくリヒトたちの仲間も、心の底からそう思っていた。
「それに、本題はそっちじゃない! アキノ、お前は銀の誓いを裏切るのか? お前から正義の心は消えてしまったのか?」
この会話を録音したテープをこいつの自宅に送りつけたらどうなるんだろうか。
額に青筋を立てて、今度はアキノに剣先を向けた上で怒鳴りつけるリヒトを心の中で嘲笑いながらも、チィは後ろ手に隠した指先で収集していた情報から彼のダイバーランクや実力を割り出して、少し警戒の色を強めていた。
(こいつ、アホだしバカだけど実力は本物だ)
アキノの性格上、恐らく「ノイエ・シルバリィ」と激突することは避けられないだろう。
そうなった時に厄介になってくるのが、腐ってもリヒトはSSランクダイバー、この前やりあった「アーマード・ファイターズ」の連中よりも圧倒的に格が上、もしかすればあのアリアと同格とまではいかなくとも彼女に匹敵する強敵として立ちはだかることは避けられない。
奇しくも、その戦い方も二刀流を主体としているためアリアとよく似ていると評価したチィだが、恐らくアリアがそれを聞いていれば間違いなくブチ切れて白手袋を叩きつけてきたことだろう。
「……リヒト、私は……私は、シルバリィを裏切りたいわけではありません」
「ならばどうして俺と共に来ない!?」
「──それは」
「それはどうした!?」
「私が……『リビルドガールズ』の盾だからに他なりません」
アキノの中で、正義や秩序を重んじる心が完全に死に絶えたわけではない。
今でも初心者にシャークトレードを仕掛ける悪質な仕手がロビーにいれば、それが悪質なら運営に突き出しているし、マギーを呼ぶことでその場の仲裁を行ってもらうという軽度の自治活動は「リビルドガールズ」として活動している今でも、アキノは継続している。
何よりフォースを結成するきっかけになったのが、アイカとエリィがログイン初日にして悪質なクリエイトミッションを踏まされて、ハードコアディメンション・ヴァルガに飛ばされるという悲劇だったのだ。
自分にとっては転機になったとはいえ、そんな初心者が引退しかねないような規約に触れずとも悪質極まりない行為があれば、アキノは一つの覚悟を固めた今尚運営へとそいつを突き出すと決めている。
だが、心がどこにあるかと問われれば、先程は答え損なったものの、それはシルバリィという過去ではなく、「リビルドガールズ」という今にある。
それこそが、アキノの答えだった。
「ふざけるな! だったら落とし前はどう付ける! ビーティスさんは……マスダイバーが増えたのは自分が狩りを行ったせいかもしれないと言ってGBNを去っていったんだぞ!? もしもお前がまだ正義を愛しているなら、その落とし前を付けないのはどうなんだ、アキノ!」
リヒトは当然の如く激昂し、今にもその鞘から剣を抜いてアキノに突きつけんばかりの勢いで彼女を怒鳴りつけた。
ビーティスが引退と共に残した言葉は、「シルバリィが疎まれるようになったのはおれのせいかもしれないな、ごめんよ」というもので、そこにマスダイバーが増えたことに関する意図は何もなかったのだが、得てして人間の発言というのは歪曲されるし曲解されて、都合のいいように解釈されるものだ。
ここがもしもロビーではなく掲示板の中であれば間違いなくそう返されていた。つまりはそういうことだった。
だが、不幸にもアキノは超がつくほどの堅物だ。
例え些細な過ちであっても自らを責め続ける、折り目正しく常に安定しているように見えてその内面は絶えず揺らぎ、後悔に荒れ続けているのがアキノという人物であったし、それは彼女の美点でもあり欠点でもある。
人間の長所と短所は大体がコインの表裏だ。どんな奴にもいいところがあれば、どんな奴にも悪いところがある。
チィはそろそろ頃合いかと、指先でコインを弾き飛ばしながら、心の中で表、と、二分の一の問いに答えを賭けた。
「わかっています、リヒト……私は今でも秩序を重んじています。ですが、『ノイエ・シルバリィ』に誘ってくれた貴方の気持ちを裏切ったことになるということには変わりありません、ですから」
アキノは毅然とそう言い放つと、様子を見守っていたアイカたちに向き直って、深々と頭を下げた。
「……ですから、アイカさん。エリィ、チィ。私にその償いをする戦いをさせてください。その許可を出してください。チィ……貴女にとってこれは一銭の得にもならないことはわかっています、ですから報酬は私が持っている全財産、全てアイテム類も売却すれば500万BCにはなるはずです。なので、どうか……この戦いを、リヒトとの決着を、私につけさせてくれませんか」
ぴたりと、チィの左手にコインが落ちる。
塞いだ右手をめくればその面は表、見事にチィは賭けに勝った。
「……この戦い、もしアキノさんが負けたらどうするんですか?」
アイカが問いかけた言葉は真っ当なものだ。
今の言葉でアキノが提示したのは勝利条件だけで、そこに敗北についての条項は含まれていない。
そして彼女が始まる前から価値を確信するような人物ではないことは、他でもないアイカが、エリィが、チィが誰よりもよく知っている。
だからこそ、それを当然であるかのように毅然とした表情を保って、アキノはアイカの目を真っ直ぐに見据えた上で答えるのだ。
「私は……GBNを去ります。向こうが私の引き抜きを勝利条件に提示してきてそれで合意したなら、それに従います。それが……私の落とし前です。いかがですか、リヒト?」
「……いいだろう、アキノ。お前が勝ったら俺はお前のことをすっぱり諦めよう。そして特別に破廉恥女、お前たちのことも見逃してやる。だが、もしも負けたらアキノ……一緒に来てもらうぞ、それでいいな『リビルドガールズ』?」
視線でやりとりを交わしたアキノとリヒトは、ならばこれ以上の言葉など無用だとばかりにアイカへとフォース戦の具体条件を提示したが。
「足りないねぇ」
「は?」
「足りねえ、つってんだよアキノ、そんでリヒト」
チィは敢えて踵を返し、怒りに顔をしかめたように取り繕って、指先でコインを弾き飛ばしながら淡々とそう告げる。
そして、チィがそのフェイズに入ったのなら自分が挟まる必要はないとばかりにアイカは無言で頷くことで彼女へと発言権を手渡して、もう威嚇する必要もないよ、とエリィの頭をそっと撫でながら、チィのネゴシエーションが成立するまでを無言で見守る決意を固めた。
「……500万では、まだ貴女にとって不足ですか? でしたら私は……もう500万死ぬ気で稼いで返済しましょう、これでも足りませんか?」
「バーカ、足りねえに決まってんだろ。大体な、お前の提示した条件はチィたちにとって勝とうが負けようが何の得もねえんだ、そんな敵だけが得する条件出しといて決着つけさせてくださいだ? 何様のつもりだよ、アキノ」
「だがこれは決まった──」
「勝手に決めんじゃねえよ腐れチェリーが!!!」
口を挟もうとしたリヒトを、珍しく本気の怒りで一喝して黙らせると、チィは再びアキノへと向き直って言葉を続ける。
「てめぇの進退賭けるってんだ……なら足りねえのは一つだけだ、アキノ。お前は……どうしたいんだ? 何を賭けるかじゃねえ、てめえが何を望んでるかを訊いてんだよ、チィは」
「っ、それは……」
「今の条件も足んねえけどな、交渉ってのは未来のために話してんだよ、アキノ。てめぇの願いを聞くまでチィはぜってーに首を縦に振ってなんかやんねえからな」
そう言って踵を返してみせる辺り、チィもまた役者なのだろう。
ふっ、と笑みがこぼれそうになるのを堪えて、アイカは震えるアキノがその唇から言葉を、願いを紡ぎ出すのをただエリィと共に黙して待ち続けた。
一瞬がどこまでも引き延ばされて、一秒が永遠にも感じられる沈黙が両肩にのしかかってくるような錯覚に耐えながら、静かにアイカはエリィと頬を寄せ合って、チィはコインを何度も、秒数を数えるように弾き飛ばしながら、その時までじっと、我慢して黙り込んだ。
──そして。
「……私は……私は、『リビルドガールズ』にいたいのです! アイカさん、エリィ、チィ! 迷惑かもしれませんが……迷惑をかけるかもしれませんが! 勝ったなら、今一度私を仲間として受け入れてくれますか!?」
涙でくしゃくしゃに顔を歪めながら、アキノはそう言い放った。
「……その言葉が聞きたかったぜ、そうだろ、アイカ、エリィ?」
「うん! アキノさんを迷惑だなんて思わないし、むしろこれからも一緒にいたいかなっ☆」
「……わたしも……アキノさんが……その、好き、ですから……嫌いに、なりませんから……」
ニヒルに笑ってコインをインベントリに仕舞い込みながら、アイカとエリィ、このフォースを結成するきっかけとなった二人の言葉という追い風を受けて、チィは銭ゲバらしからぬ一世一代の賭けに、その帆を張って乗り出していく。
「おい聞いてっかチェリーボーイ、チィたちは……500万だ! そして、てめーらに負けたら……全員このGBNから出てってやる!」
「なっ……俺にはリヒトという名前が……」
「うるせーしらねー! けどな、交渉ってのは対等じゃなきゃいけねえ……アキノ一人が進退を賭けて戦うだ? その時点で不平等なんだよ、そしてアキノがチィたちを選んだならこの場のイニシアチブはチィたちが握ってる。そんぐれえわかるよなリヒトの坊ちゃん?」
「貴様、どこまで俺を愚弄すれば! そのぐらいわかって当然だろ!」
ああ、やっぱりこいつはバカだ。バカとまでは言わないでやるなら単細胞だ。
見事にチィの口車に乗せられて、「この交渉におけるイニシアチブは『リビルドガールズ』が握っている」という条件を無意識に呑まされたことに、彼の仲間たちも怒りの目を向けるばかりで気付いていない辺り、人間がいうところの類は友を呼ぶというのは本当なのだろう。
チィはにやりとほくそ笑みながら、同時に極めて平静を装いながら、その条件を、改めてアキノの進退を、そして「リビルドガールズ」の存亡をその天秤に乗せた一世一代の条件を提言する。
「チィたちが負けたら、500万とフォースの解散とGBNからの引退、そしてアキノの身柄を賭けてやる。だから出血大サービスでてめぇらが皿の反対側に乗せる条件は……500万とフォースの解散だ。これ以外はぜってーに認めねえ。GBNからの引退をてめーらの敗北に含めなかったのはアキノの顔に免じてると思いな! さあどうだ!」
一世一代の啖呵を切って、チィは言葉の白手袋を激昂して冷静さを失っているリヒトへと思い切り叩きつけた。
「ちなみにこれは……あたしたち『リビルドガールズ』全員の意見だと思ってくれて構わないから。交渉役はチィちゃんで、責任負うのはあたしだから。文句ないでしょ?」
そしてアイカもまた、逃げ場をなくすように追加の白手袋を叩きつけて、リヒトからの返答を待つ。
果たしてそれは、今度は一秒もかからずに口角泡と共に「リビルドガールズ」へと叩き返される。
「いいだろう! その条件で決闘を受けてやる……! 時刻は互いに作戦を練る期間を考慮して明後日だ、そしてステージは公平を期すためにランダムだ! それでいいな『リビルドガールズ』は!」
「上等☆」
「後悔するんじゃないぞ! 行くぞ、お前ら!」
『はっ、隊長殿!』
典型的な捨て台詞を吐いて、リヒトたちはロビーを後にする。
こうして「リビルドガールズ」と「ノイエ・シルバリィ」の決戦、その火蓋は切って落とされた。
「……ありがとうございます、アイカさん……エリィ……チィ……」
「泣くんじゃねえよアキノ、あいつらから500万ぼったくってカツ丼どころか回らない寿司でも食ってやるぜ」
自らの居場所を見つけたことに涙をこぼしているアキノを叱咤しながらも、チィは胸に縋り付いてくる彼女のことを咎めはしなかった。
「……ったく、チィはおめーのママじゃねえんだよ」
呆れこそしているが、どうしてか悪くない。
胸中に一抹の不安のようなものを抱えていることを誤魔化してくれるらしい擬似感覚の、胸に温かな綿を詰め込まれているようなそれに身をまかせながら、チィは脳裏で考えを巡らせる。
文字通り、自分たちの、自分の進退を賭けた、その決戦を勝利へと導く、博打であり黄金律を、優しくアキノを抱きとめながら、チィは組み立ててゆくのだった。
白手袋は「二枚」あったッ!
【ノイエ・シルバリィ】……ビーティスを失って空中分解した「ザ・シルバリィ」の残党の中でも、リヒトのようにあの日の栄光を諦めることができず過激な自治活動を続けていれば、秩序の番人としてのシルバリィが戻ってくると信じている、リヒト含めた十六人の精鋭の集まり。単純に過激派が集まってたら厳選されただけともいう。迷惑極まりないのだがその実力はリヒトを筆頭に確かであり、また彼らも規約には反していないからこそGMも彼ら関連でたまに来る怒りのお手紙に頭を抱えて胃を痛め続けている。