凛音から聞いたことを総合して考えるなら、シバ・ツカサという人物は恐らくあの「アンシュ」と同一人物であると考えていいだろう。
いくらするか想像もしたくないヒールの靴とドレスと各種コスメ類をお土産に、帰りのリムジンに揺られている中で愛香は思考を整理する。
要するにELダイバー「イリハ」と「チハヤ」は橘大十郎なる政治家に引き取られて、何らかの原因でチハヤ──チィが虐待されるようになったところをイリハが庇って日常的に彼女が虐待されたことで、どこかから足がついて橘大十郎は失脚した。
そんな腐れ政治家の話はどうでもいいとしても、今もGBNにログインすらせず、壊れた心を修復しようとサラや他のELダイバーたちが躯体を新しくした「イリハ」と話し続けているらしいが、一年が経って尚、俯いて一言も話せない程度にはひどいものだということだ。
そして、そんな姉を、姉を虐待する人間を見てきたからこそ、チィはツカサに、アンシュに頼み込んでログイン情報を偽装しつつ定期的なプラネットコーティングの供給を受けながら潜伏していた、ということになるのだが、もしアンシュイコールツカサであったなら、運営側の人間がそんなことをする理由がない。
「もしかして、あのアンシュって人……運営の中でもアウトローなの……?」
アンシュがツカサであるというのは凛音の口ぶりから察することはできたし、ならばそれが真実であると仮定した上で導き出される結論はそれだ。
アンシュもまた、運営に対していい感情を持っているわけではなく、そして同時にELダイバーやGPDに精通している。
ならば、チィが運営とアウトローの彼、どちらに己の命運を託すかと考えれば後者だろう。
虐待を受けたイリハはGBN運営に引き取られ、スタッフの中でも公認G-Tuberとされている人物が後見人を務めているから今のところ更なる虐待の心配はない、と凛音は付け加えていたから、こちらについては今は考えを優先させるべきではない。
ならば、素直に運営を信頼した方が無駄に考えなくて済む分クレバーだ。
愛香はいくつか考えていることを没にするとその数だけ指を折りながら、自身に残された手札、選択肢の数を計測していく。
とりあえずチィが家出、失踪をした理由はわかった、とまではいかないが決定的な手がかりを得られたことは確かだ。
そうなれば残された課題は、チィを見つけること、そして話聞くことと、何より。
「……手続き上、多分チィちゃんの後見人ってあの政治家になってるんだよね」
恐らく宙ぶらりんのまま逃げ出したのだろうが、橘大十郎なる人物がまたチィを手元に取り戻そうと圧力をかけてくる可能性は否定できないし、運営としては一応、公的な手続きの一環としてチィの身柄を確保したうえで、一年前に空中分解した後見人移譲の話し合いをしたい、というのが落とし所になるのだろう。
凛音の口ぶりから考えれば、橘大十郎なる腐れ政治家はどうも裏社会での行動が早いらしく、それについては、愛香は全く対抗策を持たないただの女子高生であるために、事実上自身のパトロンとなってくれた彼女の言葉を信じて夜道でざっくり行かれないことを祈るほかにない。
とはいえ、橘大十郎が道具としてイリハとチィを利用していてその価値を自ら毀損したのなら取り返す理由も薄いのだが──最悪の事態は想定しておくに越したことはない。
ともかく、やるべきことと課題は別物だ。
マストでやらなければいけないのはチィの捜索と場合によっては捕獲、その上で話を聞くことだ。
後見人のあれこれについては正直なところ何もいい考えが浮かんでこないのだが餅は餅屋、一人で考えて行き詰まるよりは、絵理やアキノと情報を交換した方がいい考えは出てきやすくなる。
三人寄ればなんとやらだ。リアルでも連絡用に、と教えてくれたアキノ──涼月秋乃という名前のアカウントと絵理のアカウントに自身のツイスタから、今日凛音に聞いてきたことの大枠を記したダイレクトメッセージを送って、愛香はスマートフォンの電源を切った。
このやり取りも監視されているならもはやお手上げだが、専門的なやり取りの秘匿性に関してはGBNの系列企業が運営して提携している内部ツールであるツブヤキよりも、外国に本社を置く外部ツールであるツイスタの方がやりやすい。
家まで送り出された背中を恭しい礼で見送られる感覚にはどこか慣れなくて冷や汗をかいてしまうが、それ以上に護衛兼荷物運びとして石動が持っている簡易クローゼットに詰められたドレスやピンヒールの値段を考えればそっちの方が精神衛生に良くない気がした。
そう考えると凛音ちゃん呼びは相手が気に入ってくれたからいいとはいえ、攻めすぎたのかもしれないと愛香は冷や汗を流しながら、そんな益体もないことを考える。
と、いうのも、チィに合うといっても、捜索に関する手がかりは未だに五里霧中で八方塞がりであることには変わりない。
石動と、彼についてきた阿久理、二階堂という二人の執事が、愛香のその辺に置いといてくださいという指示に従って「お土産」を玄関先に置くのを見送りながら、愛香は彼に一礼する。
「なんだか色々ありがとうございます、石動さん」
「いえ……僭越ながら感謝をさせていただきたいのはこちらの方です、朝村様。御嬢様の喜びは私の喜び……あのお方が対等な『友』を得られたのは初めてのことなのです。故に私は何があっても貴女とその家族を全力で守り通して見せましょう」
恭しく庶民の自分なんかに頭を下げてくれる燕尾服姿のイケメンというのはある種夢に見るようなシチュエーションなのだろうが、言ってることの前半はともかく後半が物騒すぎて、愛香はあはは、と曖昧な笑いを返すことしかできなかった。
いや、そんななんかあってくれたら困るんですが。
とはいえ凛音があれほど警戒しているのだし、愛香も性格上「最悪」を常に想定して行動するために、どこかではそれを考えておかねばならないのではある。
(まあ、なんかあったら石動さんたちが守ってくれるって信じよう……凛音ちゃんの言葉だし)
次元覇王流がどんなものかはワールドとタイガーウルフの野良試合で見たのだが、あの動きをガンプラじゃなく生身でやれる人間に立ち向かえる相手なんてそうそういるはずもない。
むしろいてたまるかというものだ。
だからその辺りも餅は餅屋として、凛音に全てを任せよう。
お土産の搬入を終えて戻っていく執事たちと石動を見送ると、愛香は机の上に出しっぱなしにしていたクリアプラ板を一瞥する。
「絵理の許可次第だけど……あれならワンチャンあるかも」
そう、問題はチィに会うだけじゃない。
会った後に話す時間を作ることもまた問題なのだ。手を洗って、鉢巻きを締めるかのように自らの頬をピシャリと叩くと、いつも通りに愛香はチャンプとクオンの制作配信を流しながら、型紙に「切り札」の設計図を書き始める。
まずは、あたしにできることから。
その精神で、クリアパーツの切り出しという慣れない経験に愛香は挑んでいくのだった。
「……ってことがあってさ」
「……な、なんていうか、その……」
「うん、色々突っ込みたくなるのはわかる」
翌日の昼休み、いつものように絵理の机に自分の椅子を持っていった愛香はエナジードリンクでもそもそとコッペパンを流し込みながら、昨日のことを絵理へと伝えていた。
一応肝要な部分はツイスタを通じたダイレクトメッセージを通じて発信したものの、彼女が視力をほとんど失っている都合上、読み上げソフト等に頼らなければならないだろうし、そのフォローというのもあれば何より、こういう話は直接しないといけない気がしたのだ。
無論、橘大十郎という名前とタチバナ商会及び凛音の家の都合などは伏せているが、それでも不幸にも何処かから何かがすっ飛んでくる、なんてこともあり得る世界なのが怖いが、それをなんとかできそうな石動たち次元覇王流の体得者も怖い。
「あたしも次元覇王流習っとけばよかったのかなあ、道場どこにあるか知らないけど……」
「……や、やめた方がいいと、思います……なんだか、ギアナ高地とかに……連れて、行かれそうなので……」
絵理が脳内にイメージしていたのは、GBN内の有料コンテンツである映像アーカイブで見ていた「機動武闘伝Gガンダム」の流派東方不敗だったが、概ねそれと違っていないのが事実は小説よりも奇なりといったところだろう。
「まあねー、あたし武闘派じゃないし……っと話逸れちゃったね、とりあえずなんだけど……チィちゃんに関しては、出て行きたくて出てったんじゃない、っていうのは間違いないと思う」
人間に対してのトラウマが原因であるなら、愛香たちはもっと彼女から恨みをぶつけられていたとしてもなんら不思議ではない。
状況証拠からの判断だが、そう考えるのが賢明だろうと伝えるなり、絵理は安堵に涙を浮かべて、ほっと胸を撫で下ろした。
「……よかった、です……わたし、チィさんに……嫌われちゃったのかな、って……」
「……正直あたしもそれが心配だったけど、チィちゃんの言葉を信じるなら……『誠意は言葉じゃなくて金額』だからね」
そのポリシーが嘘でないのは彼女の銭ゲバっぷりを見ればわかる。
誠意は言葉じゃなくて金額。なんだか引っかかる人は引っかかりそうな格言ではあるが、言い換えるのであれば「金を稼げるなら個人の人格や発言には執着しない」というのがチィのポリシーということになる以上、絵理の、エリィの性格や愛香の言動が訣別の引き金になった可能性は低いだろう。
橘大十郎がどのような人物だったかは憶測するしかないのだが、イリハとチィをモノとして扱っていたなら、恐らくチィに金銭の類は渡していないはずだし、引き渡しの日以外で自宅から出られていたのかどうかも怪しい。
そうなれば、大十郎の「誠意」とやらが上っ面だけを取り繕った言葉だけのものであったということはなんとなく想像できる。
まあ、確かめようもないので所詮は邪推なのだが──片目を瞑って愛香はチィがそうしていたように肩を竦めてみせた。
「……それで……チィちゃんと、どうお話しするかなんですけど……」
「うん、居場所については凛音ちゃん……アリアちゃんが色々調べてくれてるけど、あたしたちもアキノさん含めて話し合わないといけないと思うから今はパス、だから、捕まえる方法とその後のことを考えたいんだけど……絵理、GBNで『機動戦士ガンダムNT』見たことある?」
機動戦士ガンダムNT。それは稼働試験中に暴走を起こして行方不明となったユニコーンガンダム3号機「フェネクス」を捕獲するために連邦と袖付きの残党があれやこれやと戦いを繰り広げる話なのだが、奇しくもその状況は今の愛香たちと重なり合うところがあった。
「は、はい……一応……まさか、愛香さん……」
「うん、そのまさか。あたしは……絵理のリビルドウォートにサイコ・キャプチャーを作ってあげたいの、だから……その許可が欲しかった」
そして、連邦がフェネクスを捕まえる「不死鳥狩り」作戦で用いていた装備が、フィン・ファンネルのバリアで自機ではなく他機を覆うようなサイコ・キャプチャーという装備なのだが、これこそが愛香の描いていた必勝への切り札への一つだったのだ。
チィがどんな事情で動いているのかは本人に聞くしかないが、業を煮やしたGBNの運営がいつ懸賞金をかけてでも彼女の身柄を確保しようとしてくるかわからない以上、それを出し抜いて先に接触しなければきっと話をする機会なんて訪れないし、そういう状況を想定してチィが逃げ回っているなら、捕まえるための装備が必要だ。
だからこその、サイコ・キャプチャー。
ディビニダドのフェザー・ファンネルを一枚一枚、高速射出整形機ではなく手作業で切り出し、削り出して貼り合わせていた「クオン」の放送を思い返しながら、それならガンダムベース店頭サンプルのように切り出したクリアプラ板にフィン・ファンネルとの接続ダボを設けて貼り合わせるだけの作業など苦ではない。
「……わかり、ました……こういう時、お力になれなくて……」
「ううん、あたしね、絵理の力を借りたいんだ」
「……えっ……?」
「……あたし、一人じゃきっと何にもできない。チィちゃんのためだって頑張ってるけど……それだっていつ独り相撲になるかわからない。だから……近くにいてくれるだけでいいの。絵理の声を聞かせて。疲れたら、絵理に触れさせて。勝手かもしれないけど……お願い、絵理」
実際今もコッペパンのエナドリ漬けなる珍妙な食べ物を主食にして眠気を押し込めているあたり、愛香が無茶な橋を渡り始めているというのは他でもない、自分自身がよくわかっていたのだ。
最前線で戦うだけが兵士ではない。
それこそ、GBNにおいてチィがそうしていたように、後方支援や、リヒトたちに勝利したときのように激励が力になることがあるのなら、絵理に、いちばん大好きな彼女に「頑張って」と言われれば愛香は二徹だろうが三徹だろうがやり通すだろうし、「休んで」と言われたら躊躇なく休むだろう。
だから、絵理がこの現実で何の力も持ってないなんてことはありえない。
むしろ、絵理だからこそ、絵理がいてくれるからこそ、愛香はその力を全て発揮できるのだ。
絵理の両手を優しく包み込みながら、愛香は必死に頭を下げる。
「……なんだか、不思議ですね……」
「絵理?」
帰ってきた答えには涙が滲んでいて、眦から一つ零れ落ちたその雫が、机の上で跳ねて消える。
それはどこか、絵理の碧眼という空から零れ落ちてきた、小さな星の欠片のようだと、愛香はどことなく場違いなのはわかっていても、そんな神聖さを感じずにはいられなかった。
「……嬉しいんです、ずっと……わたしから、触っていいかどうかって、訊いてきた、ので……愛香さんが、わたしに……触れたいって、思っていてくれたことが……すごく……」
「……ああ、そっか……」
絵理はごしごしと袖口で涙を拭いながら笑おうとしたが、すぐに涙は溢れ出て、きっと彼女の心にまだその爪痕を刻んでいる古傷から、色のない、透き通った血液を溢し続けているのだろう。
分かり合えたつもりだったけれど、それでも分かり合えていないことがある。チィのことだってそうだし、アキノのことだってそうだし、なんなら、絵理だってそれは例外じゃなかったのだろう。
己の見落としと、その優しさに甘えていた部分を恥じて、愛香はごめんね、と、心から絵理に頭を下げた。
「……あ、あの……そ、そうじゃなくて……わたし……」
「ううん、今まであたしが絵理の好意に甘えてて……自分からとか、そういうこと気にしてなかったから……だからやっぱり、絵理には力があるんだよ」
愛香の目線で見えるものと、絵理の感じる世界に映るものは当たり前だが違っている。
だからこそ、一人では生きてなどいけないように、誰もが自分の脆さを抱えてこの蒼穹の下で彷徨い続けている。
そうしてどこかで惹かれあっても、わからないことがあって、次第にわかり合えなくなっていくことが珍しくないなら、今それに気付けたのは幸運だった。
「……愛香さん……ありがとうございます、わたしの力で良ければ……足りないかも、しれないですけど……受け取ってください……サイコ・キャプチャー……お願いします……っ!」
「よし、任された!」
そんな風に快活なやり取りをしていても、クラスメイトが愛香と絵理を特別に見たり、或いは四月ごろのようにどこか侮蔑や好奇の入り混じった目で見てくることはもうない。
慣れた、というのもあるのだろう。
だが、それはきっと、絵理が頑張ってこの席に座り続けてきたからで、そして、愛香が表向きは絵理の親友として、学校を出れば恋人としてお互いにできた心のひび割れを閉じあっていたからこそ、二人の会話は教室における「当たり前」になったのだ。
「二人ともすっかり仲良くなったよね、にゃはは」
「恵美」
「アタシも実はGBN始めたんだよね、まあ仕事絡みだけどさ……だから愛香と絵理にアタシも頼ることあるかも」
「あはは……素人で良ければ相談になるけど」
「……わ、わたし……っ、わたしも、あ、その……わたしなんかでも、何か相談に乗れること、あるなら……恵美さんの、お役に立てるなら……」
「ありがと……愛香、絵理! 持つべきものは友達だよね!」
隣の県から自転車で通ってきている茶髪の少女は向日葵のような笑顔を浮かべて二人の肩をそっと抱き寄せた。
愛香と絵理が変わったのかといわれれば、確かに変わった部分こそあっても、根底にあるもの全てがひっくり返ったわけではない。
それでも回る世界のどこかしらに突き立てた旗を見て、誰かがそこに集ってくれるように、些細な変化を勝ち取って、そんな風に馴染むはずのないと思われる者たちが交わり合うことは日常となった。
絵理は自分なんかが、と卑下する癖は抜けていないが、それは間違いなく彼女の力が勝ち取ったものだし、愛香もまた絵理が頑張ったからというけれど、その手助けをしていたのだって愛香の力だ。
強くなれと、大人になれと人は言う。
それでも、このモラトリアムのカサブタの中でなくとも──弱いままでもきっと、生きていくことは悪いことなんかじゃないのだと、愛香は朗らかに笑うきっと本当の絵理に、絵理はいつも強いけれどどこかで脆さを抱えている、そんな自分と似た弱さまで含めて大好きな愛香に、そして恵美たちは仲睦まじくする二人を見て、そんなことを想うのだ。
例えそれが精一杯の強がりであったとしても、わがままであったとしても、世界がそうであってほしいと、少女たちは願い続けるのだった。
「それで、アイカさんはさっそくエナドリハイになっているのですか……」
「……ご、ごめんなさい……わたしもずっと一緒に起きてて、頑張って、って……」
「うふふふあははは、我ながらよくやったと思うんだけどどうかな、アキノさんっ☆」
「……早死だけはしないでくださいよ?」
絵理の愛情が百万パワー、そこにエナドリ漬けが加わって二百万パワー、そしてGBNのクリアパーツ切り出し耐久配信を頑張っているトップランカーに背中を押された捻りを加えて四倍の四百万パワーだとばかりにアイカは突貫作業ながらも丁寧にサイコ・キャプチャーのエフェクトを僅か二日で作り上げるという狂気を貫徹し、チィが残してくれた500万と共有財産で購入したフォースネストの中をくるくると回っていた。
あの破城槌はとにかく「効く」、多分集中力が必要なプロゲーマーとか、下手したらあのチャンプやクオンも愛用しているのではないかとすら錯覚する。
エナドリといえば独特のえぐみがあるものだがそのえぐみすら「味」に変えてしまったあれは芸術品だと、完全に「ハイ」ってやつになったアイカは熱弁していた。
だが、とうとう暴徒の暗黒面に呑まれたのかと、アキノにはどこか可哀想な人を見るような目で彼女を見ることしかできなかった。今のアイカは完全に様子がおかしい人なので。
それはともかくとして、サイコ・キャプチャーというのは悪くないと、アキノは思っていた。
チィの言葉を信じるのであれば、おそらく彼女は自分たちにも迷惑がかかることを嫌って憎まれ役を演じたのだろう。
それを差し引いてもどこか素直じゃないチィが素直に積極的に応じてくれるとは限らないのだから、こっちから捕まえてしまえという結論に至るのは極めて自然なことだ。
「アイカさん」
「なんですか、アキノさんっ☆」
「……ちゃんと聞いてくれますよね?」
「はい、今のあたしなら一言一句聞き逃しませんよっ☆」
「……いや、それが心配なのですが……まあいいです。アイカさん、私は……貴女に感謝しているのです」
エナドリ漬けになっているのが惜しいのだが、それはいつか言わなければいけないことだったし、そして今でなければ叶わないことだった。
とうとう運営がチィを公開指名手配して、懸賞金をかけ始めるという噂……というよりはほぼ確定した情報がアリアから流されてきた以上、自分たちに残された猶予はそう多いものではない。
「感謝、ですか? それならあたしだって、エリィちゃんだって、アキノさんには感謝してますよ」
「……そう言っていただけるのは、嬉しいものですね。ですが私も……それに負けないぐらいお二方に、そしてチィにも感謝しているのです。きっと『リビルドガールズ』と出会わなければ、私は変わることなどできなかった……なれば、チィもそれは同じだと思うのです」
あの日、グラウカッツェのライブに招かれたときにチィが零していた本音を拾い上げると、この場にいないチィの代わりも兼ねてアキノは深々とアイカたちに頭を下げた。
シルバリィの崩壊と黄金の日々という蹉跌から立ち上がることができたのは、「リビルドガールズ」があったからだ。
皆がいたから立ち上がれた。アイカが笑っていて、エリィが微笑んでいて、チィがニヒルに苦笑している。そんないつもの当たり前に支えられて、ようやく自分は立ち上がれた。
アキノは装いを新たにしたダイバールックの胸元に手を当てながら、銀の妄執に囚われていた日々と、去っていくチィの背中を重ね合わせる。
「アキノさん……」
「きっと……チィも同じです。あの子はこのフォースにいて良かったと、そう言っていました。だから、それは嘘ではないと思うのです。そして……私たちは皆、何か事情を抱えていたからこそ寄り合ったのかもしれませんね。アイカさん、エリィ」
「……はい、きっと……わたしも、アイカさんに出会わなければ……アキノさんに助けてもらわなければ……そして、チィさんに案内してもらわなければ……ここには、いませんでしたから……」
アキノの言葉を肯定して、涙を流すのではなく微笑んで、エリィは彼女と共に、アイカの瞳を真っ直ぐに見据えてそう断言した。
だから、取り戻さなければいけない。
三人じゃ足りない。あたしたちは四人揃ってこその「リビルドガールズ」なのだ。
「うん……なんだかちょっと恥ずかしいけど……チィちゃんのためにも、あたしたちの不死鳥狩り、頑張ろっか!」
「応!」
「……お、おーっ……!」
そこに言葉こそなくとも、三人は心に同じ誓いの旗を立てて、「不死鳥狩り」ならぬ「銭ゲバ狩り」作戦への決意を強く固めるのだった。
きっと、身を寄せる旗を探してたった一人で彷徨い続けている、もう一人の仲間のために。
立ち上がれ。痛みと共に、弱いままでも。何度でも。
【タチバナ商会】……橘大十郎が名誉会長を務めるコングロマリットであり、スプーンからロケットまで様々なものを製造、販売、宣伝等包括的に商売をしているという点では「GHC」と今現在この国で最も競合する会社であり「提督」は橘大十郎の悪辣さと現在の最高責任者であるその息子、橘忠治に対して警戒しつつも手を拱いていたが、桜宮グループとの業務提携によって発覚したELダイバー虐待事件を蒸し返されて、表沙汰にこそならなかったが政財界において決定的に落ちた発言力にとどめを刺される形となって、現在はだいぶ落ち目になっている。
【桜宮グループ】……この国有数の巨大コングロマリットの一つであり、分野として注力しているのは医療機器や製薬といった部門が大きく、総合商社として看板を出しているものの、一般的には医療分野の会社という認識が強い凛音の実家が経営している商会。凛音は父と喧嘩同然の話し合いの末GBNに関する株主としての発言力を手に入れたのだがその条件は「GHC」と手を結ぶという難しさが極まったものだったが、GBNプレイヤーとして、そしてELダイバー虐待事件のスキャンダルを手土産にして凛音は無事業務提携に成功した。会社として扱っている商品がそんなに被っていないので元から「提督」が虎視眈々とその機会を窺っていたのも大きいのだが。