人類が他人と共生せざるをえない時、真っ先に気にするものは何か。
それは人によって様々なのだろうが、とりあえず身近な範囲に、マンションだとかアパートだとかに限定して考えるのであれば、その答えは間違いなく「音」の問題に違いない。
曰く隣人が睦言を囁きながらスプリングを軋ませる音がうるさいから、音圧を割れるまで高めた、今はなき鎌とハンマーの国がそのテーゼとして掲げていた歌を流していたら壁を殴られただの、今年も申年だと盛り上がっていたら壁を蹴られただの、そんな逸話は電子の海を泳げば掃いて捨てるほど漂っている。
それに関してはGBNも全く同じで、つい最近まで運営も一日何百通と届く勢いのお怒りメールボムに頭を抱え続けていた。
ディメンション・シュバルツバルト。
永遠に太陽の光が差すことのないそのディメンションは、鬱蒼と茂った空と同じ色をした漆黒の葉に飾られた樹海と、中心部に聳え立つ毒々しいまでの虚飾、地上に人類が灯した文明の星によって瞬くメガロポリスなどで構成されている。
問題はそのメガロポリス──「ハイウィンド・エリア」において、主に発生していた。
異星から来訪した電子生命体「アルス」によるGBN襲撃から数週間、未曾有の危機はもう一つの「ビルドダイバーズ」と、「マギー」が帆を掲げ、「キャプテン・カザミ」の漕ぎ出した船へと乗り込んだアルゴノーツたるダイバーたちとブチ切れたGMの手によって解決されたのだが、それでもアクティブ二千万を抱えるゲームで細々とした不安が消えてくれるわけではない。
その苦情は丁度、全世界を覆った未曾有の電波障害──公表こそされなかったものの、「アルス」によって三十光年先にある惑星「エルドラ」から発射された超巨大兵器による余波であるとされる──から数週間前から、GMに届く回数が増えたとされている。
きっかけとなったのは、今は運営スタッフとまではいかなくとも運営会社の大株主として君臨する「桜宮グループ」における代表者の令嬢である凛音が、ダイバーネーム「アリア」が行った一つの生放送だった。
バンデット・レース。
山賊の、無法者の名を冠するその競技は「ハイウィンド・エリア」のメガロポリス、その大動脈である「ストレイ・ハイウェイ」を一部のダイバーが不法に占拠する形で細々と行われていたのだが、アリアとその一部のダイバー……フォース「パロッツ・パーティー」の決戦に感化された者が次々と現れて、本来であれば永遠の夜景を楽しむために作られたその都市は世紀末無法地帯と化してしまったのだ。
これにコンテンツ内写真共有サービス、ガンスタグラムを中心として活動するダイバーたちは激怒した。
かの邪智暴虐の鳥頭全身タイツとリーゼントに特攻服という出で立ちの連中を除かなければならないと決意したのだ。
バエルならぬ映えるを求めてガンスタグラムの魂をその胸に宿す者たちにレースの楽しみはわからぬ。
ただタピオカを啜って、百万ドルの夜景をバックに自撮りをすることで暮らしてきた。
けれども彼ら彼女らは自分たちの夜景が変態の編隊に占拠されることに関しては人一倍敏感だったのだ。
バリケードを掲げて、ジム・クゥエルをその背後につけながら「バンデット・レースの開催に抗議する」という横断幕を掲げた彼女たちと問題の鳥頭全身タイツたちは一触即発になった──かと思いきや、そんなことはなかったりする。
確かに「パロッツ・パーティー」の格好は紛れもない変態のそれだ。
現実で遭遇したら二秒で指がエマージェンシーコールから110番へと押されているのに違いないそれだ。
しかし、彼らは誰かに迷惑をかけたいわけではなかった。
ただひとえに、「バンデット・レース」という、リアルでは決して味わうことのできない、この仮想の海におけるバーリ・トゥード(なんでもあり)なルールに則って行われる最速の世界、その魅力を多くの人に知ってほしかっただけなのである。
これに対して責任逃れを十八番にする、運営の上司たる経営陣はまたもや胃痛を患ったGM、カツラギを通してアリアに、というか凛音に直訴したのだが、彼女としてもそんなつもりはなかったのでカツラギと二人で頭を抱える他になかったのだ。
しかし、金の匂いがそこにあれば、群がってくるのが銭ゲバというものだ。
ほとほと困り果てた凛音──アリアが、「リビルドガールズ」のフォースネストを訪れたその時、「いい案がある」とばかりに手を挙げて積極的に名乗り出たのは案の定その
『んふふ……チィにいい考えがございやすぜ、アリアお嬢様』
『まあ、それは頼もしいですわね、してチィ、貴女の考える名案とはいかに?』
『任してくだせぇ、それは──』
果たして銭ゲバの介入によってバンデット・レースの血筋は途絶えてしまったのか。
一部の、本気でバンデット・レースを憎んでいた者たちにとっては悲報であったが答えは否である。
「さあ張った張ったお客さん方! 今宵走るは未だに敗れぬ常勝の王者、変た……独特なセンスに唯一無二の愛を込めた『パロッツ・パーティー』と、新進気鋭のスピード狂! ヘアピンカーブの事故はハードラックと踊っちまった愚か者、神を名乗る挑戦者、『
チィの快活な営業トークが、「ハイウィンド・エリア」の中心に店を構えているバー「ナハトカイゼル」のホールに響き渡る。
彼女の提案は至ってシンプルなものだった。
なに、あの鳥頭全身タイツの変態が不法に高速道路を占拠している?
──なら、合法化すればいいじゃん。
正にコロンブスの卵、コペルニクス的転回。チィがアリアを通して運営へと提出した対策案としては、まず騒音の原因となる「ストレイ・ハイウェイ」を防音効果のあるビームロープで遮断するというのが一つだ。
これにより、愛の睦言を囁き合うカップルの横で爆発音が聞こえたり、大音量でガンダムの主題歌を流しながら高速道路を突っ走るギガンやガリクソンといった問題は解決できる。
だがそれだけでは臭いものに蓋をしただけだ。根本的な解決にはなっていない。
勿論、それをわからないチィであるはずがない。故にこそ彼女は二つ目の切り札を用意していた。
毎週水曜日及び、土日を隔週で切り替える計二回の定期イベントとしてバンデット・レースを正式に登録し、「ハイウィンド・エリア」で野試合を行う場合は両者が協議をした上で運営へとその旨を申告することを義務とする。加えて、ディメンション・トワイライトの接続人数が少ないエリアに練習用フリーコースを制作する。
それがチィの導き出した必勝への方程式であり、とにかく走りたい者たちと、夜景をバックに星一杯バエたい奴らの需要を同時に叶える、正に悪魔のチャートだった。
元々ディメンション・トワイライトは北極圏や南極圏をモデルにしているため、面積の七割を海洋が占める不人気エリアであり、その中でもとりわけ人がいない極圏エリアに人を呼び込む需要としてのフリーレース場を作る、というのは確かに彼らだけではなく運営にとっても利益がある。
一ヶ月をかけて整備されたチィの提案は、果たして身を結ぶこととなり、「バンデット・レース」は無法者たちの野試合から、最速に命をかけるファイターたちの正式な決闘へと格上げされた。
その無法性を好むのであれば唯一例外的に、「ディメンション・トワイライト」に設けられた、このメガロポリスに極めて近い、というかほぼ構造をコピペした極圏ドーム都市で行えばいい。
かくしてバエたい彼らと走りたい彼らの問題は見事に解決されたのだが、タダ働きをするのであれば銭ゲバなどやっていない。
チィはその功績に対する対価として、「公式開催されるバンデット・レースに賞金及びトトカルチョをつける」ことと、「自分たち『リビルドガールズ』がその胴元の代理人を務める」ことを要求してみせたのだ。
「俺は『神速究愛特攻族』に1万BC!」
「あたしは『パロッツ・パーティーに』3万BC!」
「んふふ……そこの若いお二方、ノってるね? さあさあ若い二人に負けちゃあいけない、ベットは試合の五分前まで受け付けっからじゃんじゃん賭けてってねぃ!」
そして代理人の手間賃として、「リビルドガールズ」というかチィは賭け金総額の一割を授受する。
それこそがチィの編み出した新たなる「稼ぎ」であったし、現実でやろうものなら公権力とヤの付く自由業の方々に沈められかねない蛮行であったが、残念なことにここはGBNだ。
もう好きにしてくれ、と、彼女に借りがあることもあって、GMはどうせ上手くいかんだろうと半ばヤケクソでその案を承認した。
しかし目論見と違ってそれは見事に成功してしまったことで、彼の新たな胃痛の種になったのだが、その成果を鑑みればさしたる問題ではないと断言できよう。
果たして迷惑な鼻つまみ者だったバンデット・レースは、チィの奇策によって音を遮断してこそいるが、一部のバーやカフェでは常に中継されるため、夜景を楽しみつつその過激な最速の世界を垣間見る、というのは「ディメンション・シュバルツバルト」における新たな名物であり楽しみ方となっていたのだ。
『シャバい……シャバい現実をオレは歩いてきた』
『目を見ればわかる。君は……この最速に飢えていた』
『あァ……
『それは私たちとて同じ! ゴッド・スピード・ラヴ! これ以上に言葉が必要かね、特攻族!』
『いらねェなァ……鳥たち!』
試合開始五分前、ベットが締め切られて、画面の中には「ハート」が操るパロットスクランブルと、なんか読みづらい上に独特なルビが振られてるフォースを率いる男、「ピロシキ」の操るΖΖガンダム、というかGフォートレスのハイパー・ビームサーベル部分にV2ガンダムのミノフスキー・ドライブを搭載した改造機、【
「……ねえエリィちゃん。なんていうかあたしたち、どんどんヤの付く自由業めいてない?」
「……そ、それは……その……ごめんなさい、ちょっと否定できないかも、です……アイカさん……」
そんな地獄みたいな絵面の中で目のハイライトをBCの文字に変えているチィを見て、席の隅っこに座ってモニターを眺めているアイカとエリィは嘆息する。
現実でこそ呼び方は変わったが、始まりのGBNではそのままを大事にしようということで呼び方も、決めポーズを取らない以外はロールプレイもそのままにしている二人だったが、苦笑しているエリィはともかく露骨にげっそりしているアイカはそのメッキが剥がれている。
──まあ、いつものことではあるのだが。
「すみません、後で私から言い聞かせておきますので……」
日曜日のゴールデンタイムで昔よく見た、子供が空き地で野球をしていたらホームランで隣家の窓ガラスを割るというのはちょうどこういう感覚なのだろうかと、二人から目を逸らしつつアキノがどこか申し訳なさげに答える。
すっかりげっそりしていた「リビルドガールズ」だったが、その中にはただ一人、賭け金を回収しているチィを、きらきらと目を輝かせて見つめている者がいた。
「チィ……たのしい……?」
チィと瓜二つの顔つきだが、髪を伸ばしてサイドテールを右側、つまりチィと反対のところで括っている少女──彼女の姉である「イリハ」は、さっそくほくほくとした笑顔で「リビルドガールズ」の座る席に戻ってきたチィへと語りかけた。
「ん、最高に楽しいぜイリハおねーちゃん。やっぱ世の中金だよ金、けけけ」
「チィ、たのしい……おかね、わからない……でも、イリハ、たのしい……」
声音こそよく似ているものの、チィと違って辿々しい喋り方で言葉を紡ぐ姉を、チィは金だよ金と言っていたのが嘘のような、さながら聖人のごとく清らかな笑顔で見つめている。
ああ、よかった。
運営公認G-Tuberの女性が後見人になっていると聞いた時は不信感を抱いたものだが、「サラ」や「メイ」も話し相手になってくれたらしく、そのおかげでほとんど元の人格を取り戻したイリハは、今度はバンデット・レースが中継されるモニターを見て無邪気に笑っている。
「……お前は四六時中こんな調子なのか?」
そして、「リビルドガールズ」の隣に、イリハの後見人というか保護観察者代理としてついてきたことで腰掛けていたメイが、呆れたようにチィへとそう問いかける。
「メイねーちゃんがバトルしたいって思うのと一緒っしょ?」
「まあ、それもそうか」
「あ、それで納得しちゃうんですね……」
アイカが呆れた通り、メイはチィの言動をさして気にする様子も見せず、他の観客と同じく闘争の気配に満ちた画面を注視していた。
アイカのコアガンダムを通じた奇妙な繋がり、そしてイリハとの繋がりから「BUILD DiVERS」と関わることとなった「リビルドガールズ」だったが、概ねこの調子で平行線というか、特別親しい間柄というわけではない。
「ふふ……イリハ、たのしい……いきてる……たのしい……」
「ちょ、泣かないでってばイリハおねーちゃん!」
「だいじょぶ……イリハ、かなしく、ない……チィとまたあえた……だいすき……たのしい……」
チィが手玉に取られているというのも珍しい。
涙ぐみながらも確かに笑っているイリハに翻弄されるチィを見つめて、「リビルドガールズ」の三人とメイはどこか、世話の焼ける子供を見ているかのように苦笑する。
穏やかで、それは永遠に光の差さないこの「ディメンション・シュバルツバルト」において、木漏れ日のような優しい温かさを、自分たちの胸に運んでくれる気がした。
──画面に映る、暴走族と変態の編隊の決戦を除けば。
一瞥した画面の惨状に観客たちが歓声を上げるのにアイカはなんともいえない表情を浮かべながら、再構築された姉妹の愛をそっと見遣るのだった。
愛は誰かを救う、それが変態の編隊であっても──
【バンデット・レース(公式レギュレーション)】……仔細は野試合と変わらないが、毎週水曜日、奇数週は土曜日、偶数週は日曜日の週二回開催されること及び賭け金が認められることになった公式版バンデット・レース。レース開催時は「ストレイ・ハイウェイ」周辺がビームロープで遮断されるため防音もバッチリだが、乱入ができないという文句を想定したため、旧来の「場外からの攻撃以外なんでもあり」な野試合を楽しみたいもののために、不人気ディメンションだった「ディメンション・トワイライト」にメガロポリスをコピペした「極圏・ドームポリスエリア」が作られたためそこでも盛況している。