『ヒャア! 生き残りがいるから誰かと思えばあの時恥掻かせてくれやがった野郎じゃねェか……!』
通信ウィンドウに割り込んでくる、天まで高く聳え立つ赤いモヒカンヘアーの男──ダイバーネーム、「モヒー・カーン」は視界にアイカのコメットコアガンダムを見つけるなり、青筋をこめかみに浮かべて吐き捨てる。
まずいな、と、口にこそ出さないもののアイカの直感は脳内でけたたましいアラートを鳴らしていた。
よく観察してみれば、あの意味がわからないレベルの砲撃を受けてさしもの重装甲とて無傷とはいかなかったのだろう。
こちらを包囲するように鶴翼陣形を展開して突撃してくるモヒカンたちのガンプラは腕が脱落していたり、頭部が吹き飛んでいたりとそのほとんどは中破以上といった風情だが、モヒー・カーンが駆る、ザクⅢに何やらトゲやらリベットやらを生やした世紀末カスタムモデルの損傷は彼らの中で一番少ない。
「あの意味わかんねー砲撃から生き残りやがったのか……」
『おうともよ! おかげで六十の部下が消し炭になっちまったからなァ……ツケはテメェらの命で払ってもらうぜ!』
呆れたように吐き捨てたチィの言葉に顔を歪めて品のない哄笑を上げながら、カーンのザクⅢは先陣を切って突撃する。
恐らく例の蜂球作戦を防御に応用したのだろう。咄嗟のアクシデントに、犠牲を前提にしているとはいえある程度対応できている辺り、このハードコアディメンション・ヴァルガにおいてカーンは間違いなく慣れたプレイヤーだ。六十も部下を用意してやることが初心者狩りということの是非は大きく問われるべきことだが。
とりあえず、アイカの見立てでは、カーン以外の四機であれば、運が良ければ何とかなるといったところだった。
相手戦力の内訳はカーンのザクⅢモヒカンカスタムを先頭にドーベン・ウルフのモヒカンカスタム、ドライセンのモヒカンカスタム、そしてシュツルム・ディアスのモヒカンカスタム、R・ジャジャのモヒカンカスタムとものの見事に装甲が厚い、第一次ネオ・ジオン戦争期のアクシズ側に属するガンプラで固められている。
とはいえ、ドーベン・ウルフとシュツルム・ディアスはバックパックを損傷し、ドライセンは左腕が脱落し、カーンの機体も含めてその重装甲は砲撃の余波で融解している部分が多い。
あの時と違って相手の装甲が万全ではない以上、装甲が融けている点を狙えばコアスプレーガンによる攻撃も通用するだろう。
だが、万全でないのはこちらも変わらない。
遮蔽物の影にいたとはいえ、巻き上げられた無数のデブリはアイカたちの機体を蝕んでいたし、五体満足でなんとかなったとはいえ逃避行時の攻撃も全て無傷で切り抜けた訳ではなく、掠めたダメージも馬鹿にできないほど蓄積していて、今もアイカのコックピットに浮かぶコンソールはダメージレベルが増加している警告を示す黄色に染まっている。
そして何より問題なのが、この場で一番状態がいいのはカーンのザクⅢである、ということなのだ。
「残弾は……どっちにしろやるしかねえか、ねーちゃんたち、一応言っとくけど」
「うん」
「は、はい……」
「先に謝っとく。ここで死んだら悪かった」
チィがそう零したということは、この戦いに勝ちの目は薄い、ということなのだろう。
ガンダムグラスランナーが直接戦闘向きの機体ではないことを差し引いても、その有り余る支援兵装は最後の生存戦略を組み立てるためにほとんど費やしてしまったし、アイカの武装も遠距離の火力源がコアスプレーガン、そして、エリィは。
確認をする間も無く、ホバー移動でエリィの背後に回り込んだ隻腕のドライセンが、背中のアタッチメントから引き抜いたヒートサーベルで彼女のヘイズルⅡへと切り掛かった。
「……あ、あ……っ……!」
反応が遅れた訳ではない。エリィは左手に装備していたシールドでドライセンの斬撃を完全に受け止めていたが、そんなことなどお構いなしだとばかりにヒートサーベルは受け止めた盾ごと、ヘイズルⅡの左腕を斬り飛ばしてしまう。
「エリィちゃん!」
『おっと、テメェはこの俺様自らぶちのめすって決めてんだ、よそ見してんじゃねェぞピンク色!』
エリィのカバーに入ろうとしたアイカの間へと割り込むように、牽制弾というには重いザクⅢの銃剣付きビームライフルから放たれた一撃が地面を穿ち、土埃を巻き上げる。
包囲した上で、三人の中で一番戦力がありそうなチィには数と、バックパックはともかく五体は揃った連中を、そして、カーンは私怨でアイカを狙う──あのドライセンは消去法でエリィに割り当てられたのだろうが、それでも十分なことは防御が通じないことからも見て取れるだろう。
『可哀想に、素組みの機体じゃなあ……楽にしてやりてェところだが、ボスからできるだけ痛め付けて殺せって言われてんだ、恨みは特にねェが嬲らせてもらうぜ』
ドライセンを駆る、緑色に染め上げたモヒカンに、カーンのそれと比較して装飾等こそないものの造形的には形を同じくするトゲ付きの肩パッドが装着された革ジャンという標準的モヒカンスタイルの男ーーダイバーネーム「モッヒー」は舌舐めずりをしながら、エリィへ無慈悲な宣言を突きつける。
エリィの機体は、全くの素組みーー箱を開けた状態で説明書通りに組み立てて、塗装や追加工作を施さない状態だ。
素組みでGBNをプレイしてはいけないなどというルールは存在しない。現に塗装無し、ゲート処理のみを認めた素組み限定のフォースも存在し、ランキングでは中堅といったところまでコマを進めている事例もある。
だが、作り込みが機体性能に反映されるというこのゲームの性質上、パラメータの面で大なり小なり遅れをとる、というのもまた純然たる事実なのだ。
ヒートサーベルをラックに収め、バックパックから展開したトライブレードをエリィの機体へ投げつけながら、残った右腕に仕込まれている三連装ビームキャノンでモッヒーは、それこそ生皮を剥ぎ取るように、エリィのヘイズルⅡ、その装甲をじわじわと痛め付け、剥離させていく。
「このっ、よりにもよってエリィちゃんに……!」
『余所見してる余裕なんかあんのかい!』
コアスプレーガンによる牽制弾を全て回避し、クロスレンジに紛れ込んだカーンのザクⅢはあの日の雪辱を晴らすとばかりにジャイアント・ヒートホークを振り被ってコメットコアガンダムへと振り下ろす。
大振りで単調な攻撃だ。回避するのは容易いが、恐らく避けられることも計算の上なのだろう。
続いて左腕で腰に増設されたマウントラッチから銃剣付きビームライフルを引き抜いて放たれる牽制射撃にアイカも応戦するが、火力も弾幕の質も大違いだ。
要するに、前に進めていない。エリィのカバーに入らせないというのが、今のカーンが抱いている戦術目標であり、屈辱だが、それが滞りなく遂行されているのはアイカの目にも明らかだった。
「あ……あぁ……っ……うぅ……」
トライブレードによる斬撃を回避した先を読んで、収束モードで放たれた三連装ビームキャノンがヘイズルⅡの左脚を直撃する。
元より装甲が薄く、着陸脚以上の意味を果たしていないウーンドウォート系列の機体だ。例え素組みでなかったとしてもその攻撃に耐えることは叶わなかっただろう。
左脚が脱落し、バランスを崩したエリィの機体は切り揉まれるように回転し、地面に背中から叩きつけられた。
「……か、はっ……!」
その衝撃がフィードバックされ、痛覚が訴えかける痛みに、エリィは息を詰まらせる。
バージョン1.78以前であれば、高高度からのフリーフォールで地面と熱いベーゼを交わしたとしてもそのダメージが反映されるのは機体だけであるため、極端な話、機体が落下ダメージに耐えられるのであればそんな無茶から立て直すこと自体は容易であった。
だが、制限こそあれど五感へのダメージフィードバックも機能として実装されたバージョン1.78ではそんな無茶が効かなくなっている。
そんな仕様をエリィやモッヒーが把握しているかはわからない。だが背中から地面に叩きつけられる感覚をリアルに再現したその痛みにエリィは悶え、苦しみ、はらはらと両の瞳から涙を零してしまう。
「……こほっ、げほっ……! う、うぅ……えぐっ……ぐすっ……」
『可哀想になァ……お悔やみならいくらでも申し上げてやらなくもねェからまあ安心してキルスコアになってくれや』
獲物を前に舌舐めずりをするのは三流のすることだとどこかの軍曹は語っていたが、例え三流であっても捕食者と非捕食者、そのヒエラルキーが成立してしまえば関係はない。
存分に、悶え苦しみ涙を零すエリィを更に追い詰めるがごとくゆっくりと前歩きで接近しながら、モッヒーはわざとらしく唇を舌で舐め回し、右手の甲で口元を拭うという下品な仕草を見せつける。
お前は餌。俺は餌を食べる側。どこまでも品がないが、力の差を散々見せつけた上での無言の宣告はエリィのように繊細な人間にはとにかく「効く」。
「クソっ、テメェらには人の心ってもんがねーのか!」
『MPKやってたテメーには言われたくねえよ!?』
「うるせえチィは悪くねえよ、こんなクソみたいなディメンション作った運営が悪いんだよバーカ!」
モヒカンカスタム三機を相手取り、なんとか逃げに徹していたチィが叫ぶが、その呼びかけが通じる相手であれば最初から初心者狩りに特化した軍団など組むはずがないだろう。
ブーメランそのものな指摘を踏み倒すがごとく逆ギレで返して、ガンダムグラスランナーの腰部装甲から、ガンダムピクシーが用いていたビームマシンガンを手に取ってチィは弾幕砲火を形成する。
幸いとは言えないが、五機のモヒカンはそれぞれ自分たちの優位を確信してそれに甘えている。露骨な遅延──この中では一番装甲耐久値の低いエリィに対してすら嬲り殺しを選択しているのがその証拠だろう。
だったら、穴になるのはそこしかない。
バックパックを損傷したことで、相手は包囲を敷いてはいるが俊敏な機動こそできなくなっている。左手の撃ち切ったビームマシンガンを正面のドーベン・ウルフへと投げつけてから、チィはファイア・ナッツを振り向かず背後に投擲した。
『なっ……』
「隙ありってなぁ!」
チィの背後をとっていたのはグライ・バインダーを喪失したシュツルム・ディアスにトゲやらリベットやらを盛り付けた機体だ。
R・ジャジャとドーベン・ウルフ。それぞれバックパックや機体の一部を砲撃の余波とチィとの戦いで消耗しているが、それでも一番「楽」なのはシュツルム・ディアスだ。
「高機動型から……機動を取ったら何が残るってんだ!」
ハンドスプリングの要領で大きく機体を後方に跳躍させて、チィは機体の右手に持っていたビームマシンガンの弾を、ダメージが残るシュツルム・ディアスの背面へ狙いをつけて全弾惜しみなく叩きつけた。
元からの傷口からビームの弾丸が侵入したのに加え、残されていたサブスラスターにそれが誘爆を引き起こさせることで、シュツルム・ディアスは辞世の句を読む間もなく爆炎に包まれて四散していく。
いかに正面装甲が分厚かろうが、やり方次第でどうにでもなるってことだ。
吐き捨てるチィの目には喜びも哀れみもない。なんの自慢にもならないキルスコアに一つ数字が加算され、ダイバーポイントが僅かに増えただけのことなのだから。
増えて嬉しい数字は所持金だけだ。世の中にはキルスコアの方が大事だと主張する人間も少なくないが、チィはそう考えている。
互いが合意した上でフォース戦において報酬金を設定することは可能だが、ハードコアディメンション・ヴァルガにおいてBCの獲得は原則として見込めるものではない。
つまり人が言うところのまずあじ。チィにとってはミッション以外でダイブするのが憚られる理由の一つでもあった。
恐らくこいつらはまだ、自分たちの勝利を確信している。レーダーから赤い点が一つ消えても尚自分に固執して大振りな格闘攻撃を続けるカーンを睨んで、アイカはそう推測する。
チィの機体がどれだけのリソースを残していて、それが残った二機相手に通じるものなのかどうかを確認する時間はない。
だが、包囲が緩んだということは当初カーンが思い描いていた想定から外れたということだ。
そこで慢心、というよりは自分の面子に拘らず、陣形を組み直して確実に殺しに来たのであれば、この男はクレバーだったのだろう。
だが。
『ちょこまかと逃げまわってんじゃねェ! 死に腐れこのピンク女ァ!』
こいつは、怒りで前が見えていない。
アイカは別になんとも思っていないし、あれはただの偶然として処理しているが、それでも始めたての初心者に自身の機体を傷つけられたというのは、このカーンという男にとっては許しがたい屈辱だったのだろう。
ちらりと横目で伺ったウィンドウに映るエリィの機体は片脚を喪失しながらも、バックブーストを駆使してなんとか距離を取り、延命には成功していた。
──ならば。
『大人しくこのハイパーエクストリームザクⅢカスタムF4000バルバロイの餌食になりやがれやクソ女ァ!』
「ごめん、何言ってるかちょっとわかんない、もう一回言って☆」
『ウルトラスーパーザクⅢカスタムF6000バルバトスの餌食になって死ねってンだよォ!』
名前変わってんじゃねえか。
冷たく吐き捨てたくなるのを堪えて、アイカは敢えて自身の近くまでハイパー……とにかくザクⅢのモヒカンカスタムが寄ってくるように誘導する。
砲撃の余波でその重装甲に収められている武装を失ったのか、単にプライドがそうさせているのか、カーンはあのバカでかいヒートホークによる決着に固執している節がある。
そして、ヒートホークは原理としてビームサーベルとは似ていて異なる質量兵器だ。相手の装甲を熱で溶断する、という一点においては間違いなく共通しているが、しかし。
(落ち着いて、アイカ……要領的にはさっきの弾幕避けるのとあんまり変わんない……!)
自分を鼓舞するように胸の内側で何度も繰り返しながら、カーンのザクⅢと今にも振りかぶらんとする大斧を注視しつつ、アイカはぎり、と操縦桿を握りしめる手に強く力を込める。
果たして想定通り、アイカのコメットコアガンダムを狙って、大上段に構えられたジャイアント・ヒートホークは振り下ろされた。
渾身の力を込めて、その巨体が誇る膂力が振り下ろす一撃は、直撃していればよく磨き抜かれた断頭台の刃のように、容易くアイカの機体を押し潰し、溶断していたことだろう。
だが、アイカはすんでのところで全力のバックブーストを蒸し、強く地面を蹴って宙返りをする要領で、その斬撃を紙一重のところで回避していた。
そして。
『なッ……俺を踏み台にしやがったァ!?』
「構ってる暇なんてないから。ごっめーん☆」
当然、込めた力の分だけ深く地面にめり込んだジャイアント・ヒートホークの柄に着地すると、ホップ・ステップ・ジャンプの要領でザクⅢのモヒカンカスタム、そのモヒカンを模したと思われる大型化されたアンテナを踏みつけ、へし折ってアイカは機体を跳躍させる。
良くも悪くも、二度の絶界行でアイカの動体視力は大きく鍛えられた。決して他人に勧められるような方法ではない荒行だが、並居る上級者たちがここを猿山やモヒカンの巣ではなく修練の場として定義していることはあながち間違ってはいない。
跳躍の勢いをブーストに乗せて、今度はエリィのヘイズルIIに残されていた右脚と右腕を破壊したことで優位を確信して疑わなかったのか、依然としてアイカには背を向けた形なっているドライセンへ向けて、アイカは左のサーベルラックから引き抜いたビームトーチに全出力を集中させる。
「あたしの友達を……エリィちゃんを……苛めんなぁぁぁっ!」
『なっ……!』
背後からの急襲。モッヒーは咄嗟に振り向いて対応しようとするが、ヘイズルⅡの四肢をもぐために三連ビームキャノンの残弾は全て使い切っていたし、トライブレードも先ほど手に持っていた最後のものを投擲して宙へ逃れようとしたエリィを地面に叩きつけたのだ。
それでもヒートサーベルを抜刀しようと反応したのは最後の意地がそうさせたのか。しかしそれは間に合うことはなく、刀身が伸長されたことでビームトーチからビームサーベルへと姿を変えたその粒子の刃はブーストダッシュの勢いを乗せたままバックパックを貫いて、容易くコックピットまで到達した。
アイカのキルスコアに数字が一つ加算され、ダイバーポイントもそれに応じて上昇する。だが今はそんなことを確認する余裕などないし、仮にできたとしてもどうでもいい。
四肢をもがれ、推進器を潰される形で地面に横たわるヘイズルⅡを抱きかかえて、アイカは呼びかける。
「エリィちゃん、大丈夫!?」
「……っく……ぐすっ、えぐっ、うええええ……っ……」
怖かったのだろう。通信ウィンドウに映るエリィは操縦桿から手を離し、コックピットにへたり込んで涙を流していた。
無理もあるまい。ただでさえ厳つい風貌の相手が明確な殺意をもって自分を嬲り殺しにしようとする、なんてシチュエーションを想像すれば、アイカだって恐怖に震えるし、リアルだったら泣いていただろう。
仮想の肉体は死ぬことはない。だが、そこに迫る殺意と、脳が連想する死への恐怖から人間は逃げることなどできるだろうか。
答えは否だ。フルダイブMMOが全盛の現代において反対派が声高に叫んでいる主張の根拠でもあるのだが、そんな連中のことはどうでもいい。
エリィが恐怖に押し潰されて涙を零している。アイカにとって仮想の死は、その理由以上でも以下でもないのだから。
大丈夫だよ、と、泣いているエリィへ何度も繰り返し、四肢を失ったヘイズルⅡをアイカが抱き抱えようとした、その時だった。
『こンのアマ……一度だけじゃねェ、二回もだ、二回もこの俺様に屈辱を味わわせてくれやがったァ……』
「ッ!」
『死ねよやァ!』
復帰したカーンの機体が、懲りることなく大上段に大斧を振りかぶる。アイカは咄嗟に右のサーベルラックに残されていたトーチを抜刀し、応じようとするが──
『ヒャッハァァァ!』
「な……っ……!」
元よりビームトーチとジャイアント・ヒートホークではその質量は元より、出力の違いも雲泥の差だ。
しかし、小型であるとしても、コメットコアガンダムの出力そのものは並いる機体と比較してそう大きく劣っている訳ではない。
だが、今回は、というより今回も相手が悪かった。パワーと装甲に全振りしたと言わんばかりの見た目通りにその膂力を発揮する斬撃は受け止めようとしたコメットコアガンダムのビームトーチ、そして右腕ごと切り裂いて、頭部アンテナの右半分、太腿部と右足をも巻き込んでその半身をもぎ取っていく。
レッドアラートがコンソールを埋め尽くし、大質量が叩きつけられた感覚のフィードバックに、アイカはコックピットの背面に叩きつけられてかは、と乾いた息を吐き出した。
死んだ。厳密には死なないのだろうけれど、肺の辺りに軋むような感覚が伝えられたのは間違いなく本物だったし、ここから何をしようにもザクⅢとコメットコアガンダム、彼我の距離はゼロだ。
操縦桿から手を離してしまった以上、抵抗することは叶わない。詰んだか、と、これから振り下ろされる仮想の死を連想し、アイカはきつく目蓋を閉じる。
『仲良しこよしのお友達ごと殺してやるぜェ……辞世の句でも考えとくんだなァ』
「アイカ! エリィ! クソっ、どけよモヒカン!」
左腕と頭部の一部を欠損させながらもR・ジャジャを討ち果たしていたチィがカバーに入ろうとブーストを蒸すが、眼前に立ちはだかったドーベン・ウルフがそれを見越して、ガンダムグラスランナーに強烈な蹴りを見舞う。
「が……っ……!」
『悪いなあ、ボスはお怒りなんだ、邪魔なんざさせねえよ』
「クソ……がッ!」
地面に叩きつけられたチィの機体を狙って、ドーベン・ウルフの腹部から追撃のメガ粒子砲が放たれる。
無理やり機体を立て直して直撃は回避したものの、武装コンテナは焼き払われて、文字通りチィも万事休す、成す術を失ってしまった。
ゆらり、と、三度大上段にジャイアント・ヒートホークを振りかぶって、カーンのザクⅢが今度こそ雪辱を果たさんと、汚名を返上ーーできるかどうかはともかく、腹の虫を治めようと青筋を額に浮かべながら全力で振り下ろさんとしている。
こいつは、失敗か。
チィが諦め、アイカがきつく目を瞑り、エリィは泣き暮れ、誰もが匙を投げようとしていたその時だった。
「なんだ、飛んで……?」
飛来する"それ"に気付いたのは、索敵能力に優れていたチィだった。
暗雲を裂いて壊滅状態の北部廃墟都市地帯からアラートを鳴らして接近してくるそれの正体に、チィが気付きかけた刹那。
『防楯展開……アイギス、護りなさい!』
凛とした叫びと共に、新たにポップした通信ウィンドウに長い金髪で左右におさげを作り、頭には黒を基調とし、銀のエンブレムや赤の刺繍が施された軍帽のようなものを乗せた女性の姿が映し出される。
果たして飛来したそれの正体は、剣だった。しかし、剣というにはあまりにも大きく、分厚く、取り回しの悪そうなそれは、キャプテン・ジオンが自身の愛機であるν-ジオンガンダムに取り入れていたジオニックソードと形状がよく似ているものの、その性質は大きく違う。
女性の叫びに呼応して、アイカとエリィ、そして今大斧を振り下ろしたカーンの間で静止したその剣は一秒足らずでその姿を盾へと変じさせ、不可視の護りをアイカたちの間に作り出す。
『Iフィールドだとォ!? だが、なんでヒートホークを……!』
『答える必要はありません……そして、私は言いました。初心者を付け狙い、あまつさえ恐怖を覚えさせるような形で倒す……そのような行いに恥を知りなさいと! 守ろう心の南極条約と!』
盾へと変形した剣に遅れる形で戦場へと乱入してきたその機体ーーシナンジュの頭をガンダムタイプのそれへと改造した、そしてエリィが探していたガンダムはまさしく満身創痍といった風情で、アンテナの右半分は折れ、バックパックのフレキシブル・スラスターは片方を欠損し、右腕も肘から先を失っていた。
『ザ・シルバリィの名に懸けて……おおおおおっ!』
それでも決して臆することなく、退くことなどないとばかりに深紅のガンダムを駆る女性は猛スピードでカーンの機体へと肉薄し、残った左腕から発生させたビーム・トンファーでザクⅢの両腕、その関節部だけを的確に斬り捨てる。
しかし、それで限界を迎えていたのか、元よりショートして関節部に火花が走っていた深紅のガンダムの左腕はそこからもげて、爆散する。
ザ・シルバリィ。聞こえたその単語にアイカとエリィは聞き覚えがなかったが、チィは動揺して足を止めたドーベン・ウルフの腹部を目掛けて、アイカがエリィを抱き抱えるときに取り落としていた左のビームトーチを投げつけながら小さく溜息をつく。
(なる、元シルバリィだってんならキャプテン・ジオンのフォロワーになるのも無理はねえか……)
とはいえ、これで目的は果たされた。
投げつけられたビームトーチを回避しようと身をよじらせたドーベン・ウルフに肉薄して背後に回ると、チィは止めとばかりに最後に残っていたファイア・ナッツを投げつける。
『う、うおおおおっ!?』
「汚物は消毒だ、ってな。一丁上がりだ!」
残されたのは両腕を喪失したカーンのザクⅢだけだ。
そして、最大の武装であるジャイアント・ヒートホークも失われ、元のザクⅢが持っていた隠し腕は装甲に埋もれて使えなくなっている以上、使える武器は口部のメガ粒子砲だけになる。
『私の武器を!』
「了解っ、こんの……いい加減、どっか行けええええッ!」
女性は唯一マニュピレータが残されたアイカの機体へとドラグーン・システムを組み込んだことで自律稼働が可能になっている自身の愛剣を託し、アイカと、コメットコアガンダムはその意図に応え、左手を支えに残った足で地面を蹴って跳躍し、全力でスラスターを蒸してその持ち手を握り締める。
『た、タダじゃ死なねェ、テメェも……!』
「うっさい!」
悪足掻きに放った口部メガ粒子砲はビームコーティングが施された金色の刀身に弾かれて、虚しく霧散していく。
これなら、殺し切れる。
奇しくも「鉄血のオルフェンズ」において主人公である三日月・オーガスが抱いたのと同じ確信を胸に、残った推力と全力を大剣に乗せて、ビームを切り裂きながらアイカはその刃を、カーンのコックピットへと突き立てた。
『クソっ、こんな結末……』
「うっさいうっさいうっさい! エリィちゃんを泣かせた時点でもう死刑、あんたの声なんか二度と聞きたくない!」
カーンが残そうとした辞世の句を遮るようにアイカは思いの丈をぶちまけて、コメットコアガンダムは自分が発生させた爆炎に飲み込まれていく。
「……アイカ、さん……!」
エリィは反射的にコックピットの中で爆炎に呑み込まれるアイカとその機体が映し出されるモニターへと手を伸ばすが、できることなどあるはずもない。
愕然と伸ばした右手が空を切り、再びエリィがコックピットにへたり込もうとした、その時だった。
『Iフィールドソード……護ってくれたようですね』
晴れていく爆炎の中にあったのは、ボロボロに刀身が崩れ、その機関部も外部へ曝け出されるという惨状にありながらも、コメットコアガンダムを護り通した女性の愛剣と、その影に身を隠していたアイカの機体だった。
ミッション完了。そこに言葉はなくとも誰もが思い描いた言葉で、満身創痍の四機はそれぞれに帰還を選択し、仮想の機神はテクスチャへと解けていき、ロビーに転送するべくアイカたちもまた、瞬きをするまでの僅かな間、電子の海へと還るのだ。
エレベーターを下っていくような感覚に混じって、どっと、アイカの胸にもエリィの胸にも気怠い疲労が押し寄せてくる。
だがそれは間違いなく、アイカとエリィが二度目の勝利を手にしたことの、目的を果たして帰還したことの証明であり、一つの勲章だった。
予想以上に長くなったのでフォース結成編は次回へ