愛香がそれを知ったのは、マギーを経由して送られてきた一本の動画からのことだった。
何が何やら正体不明、ただし、シークレットミッションとして実装されているらしい、「エルドラ」とやらの大地に立って戦う、もう一つの「ビルドダイバーズ」の奮戦が、何やら「カザミ」と名乗っているダイバーの手によって投稿されていたのだ。
シークレットミッションとなれば検証勢が喜び勇んで食いつきそうなものではあったが、マギーから紹介されるまでその再生回数はわずか一桁に留まっており、新着動画欄はすぐに埋もれてしまうために、愛香もそれに気づくことはなかった。
しかし問題というかなんというか、非常に気まずいのはその「エルドラ」の大地において戦っているガンプラと一人のダイバーが、愛香にとって見覚えのある存在だったということだ。
「……まさかこんなに近くに本当の持ち主がいるとか思わないじゃん……?」
「……あ、愛香……泣かないで、ください……」
「うん、ごめん……でもさ、こうなんかさ……気まずいじゃん……」
元々、愛香が作ったコアガンダムはキャプテン・ジオンがオープンソース化していたとはいえ、別の持ち主がいるというのはあの日屑運なんだか豪運なんだかよくわからないランダムエンカウントで引き当てたチャンプが教えてくれたことだった。
加えて、持ち主がわかれば言わなければいけないことがあるとは愛香もわかっている。
だからこそその決意を固めて今日までフェアライズガンダムに乗ってきたのだし、戦うためだけではなく、あの仮想郷を旅するために愛香はコアガンダムを作ったのだと今でも自負しているのだ。
しかし、その「エルドラ」の大地に立っているダイバーが、コアガンダムを駆るダイバーが、隣のクラスで今も昼飯を食べているであろう存在だとなるとこう、非常に気まずいのだ。
カザミのチャンネルに投稿されている動画を追っていけば、コアガンダムはどうやら新たに生まれ変わって、額や胸部の放熱フィンをクリアパーツに置き換えるなど改良が加えられているようだった。
更に、本家本元というだけあって、ガンプラバトルにおけるプラネッツシステムの使い方も、Aランクに昇格していた愛香が舌を巻くほどだ。
十八メートルクラスにグローアップしたそれは、確かに「可愛い」とはかけ離れているものの、自身のフェアライズガンダム同様に、ただ純粋に戦いを求めてるのではなく、何か背負った「願い」のために戦い続けていたのではないかと、愛香はそう思った。
そこに根拠は何もない。
ただ、強いて言うなら同じ機体を扱っている者同士の直感とでもいうべきものだろうか。
強い「願い」と共にコアガンダムは生まれてきたと、ガンプラの気持ちがわかるチィは以前語っていたし、そういう事情もあって、いざとなるとやはり、二の足を踏んでしまうのだ。
愛香は嘆息しつつ、「攻略方法を皆で考えて」というメッセージと共にマギーから送られてきたクソゲーこと衛星砲破壊ミッションについて、想いを馳せる。
「……これ、絵理はクリアできると思う?」
「……さ、参戦人数四人では、ちょっと……」
「だよね……」
本家コアガンダムがプラネッツシステムでグローアップした、【ジュピターヴガンダム】はタンク役を務めているらしい奇妙な右腕のガンダムを見事に引きつけてはいた。
だが、言い換えるのならそれは時間内における衛星砲の破壊というミッションにおいて足止めを喰らっていたということに他ならないのだ。
しかし彼らも決して腕は悪くない。
すんでのところで残りのメンバーが機転を利かせて食い止めようとしたのだが、連携が上手くいかずに結果としてミッション失敗、という様子がその映像には収められている。
せめて四人以上のメンバーが欲しい、というのは愛香にとっても音を聴きながら脳内にその様子を克明に描く絵理にとっても共通するところだった。
加えて万が一衛星砲が発射されたなら、それを上から叩くだけの手段が欲しい。
しかし、それこそ「機動戦士ガンダムSEED」に登場するジェネシスや、「機動戦士ガンダム00」2ndシーズンに登場するメメント・モリという巨大兵器と真っ向から撃ち合える武器など、GBNに存在しているのだろうか。
「サテライトキャノン積むとか……? いやでも、ここの舞台って月が敵に抑えられてるから使えないのか……」
「……ぷ、プラズマダイバーミサイルも、多分……」
「そうだね、運んでる途中に打ち落とされる」
愛香たちは始める前だったからつい最近まで知らなかったものの、GBNにおいてもこのクソゲー極まるミッションに近いクリエイトミッションが配信されていたことがあった。
ロータス・チャレンジ。
十五分という制限時間の中が課されるその難題は、まず惑星から飛び出して宇宙空間まで侵攻した上で二重三重に敷かれたトラップや迎撃に出る軍勢を掻い潜った上で、ラビアンローズを改造したフォースネスト、ロータス要塞こと【ラビアンクラブ】のコアユニットを破壊しなければならないというものだった。
愛香も、このミッションがマギーから送られてきたとき、それを参考にすべく幾つかアーカイブ化されていた「AVALON」や「第七機甲師団」の挑戦記録等々を見返していたのだが、やはりというかなんというかクソゲー極まっていた。
「軌道エレベーターを使える分は考慮しなくてよさそうだからいいけど……多分これ衛星砲内部とかにもIフィールドとかあるパターンじゃないかな」
「……ですね、恐らく……」
ロータス・チャレンジの厄介なところは、ラビアンクラブの破壊が勝利条件なのではなく、コアユニットまで含めて破壊しなければならない、という一点に尽きる。
だからこそ多くのダイバーは五連サテライトキャノンやプラズマダイバーミサイルとコロニーデストロイヤーの合体攻撃、果てはキマリスヴィダール五体を並べてダインスレイヴ鶴瓶撃ちなど、思いつく限りの戦略兵器を投入した。
だが、その全てを嘲笑うかのように難攻不落の要塞はIフィールドを筆頭とした様々な防衛手段を尽くしてそれらを事前に食い止めてきたし、先述のダインスレイヴ五連射も直撃こそしたがろくにダメージを与えられず、素の装甲値まで高いというその鉄壁ぶりを、多くのダイバーに極限の絶望と共に見せつけてきたのだ。
これならエクストリームガンダム七機と一斉に戦わされる公式超難度ミッションの方がまだマシだったとか、「終末を喚ぶ竜」こと当時は「ジャバウォッキー・ジャバウォッカ」の名で呼ばれていた高難度クリエイトミッションの方が正攻法が通じるだけまだマシだとか阿鼻叫喚になっていた様子だったが、それでもこの衛星砲破壊ミッションよりは幾らかマシだと、愛香も絵理もそう感じていた。
「まず参戦人数四人ってとこが厄介だよね、足並み揃えて突破しなきゃいけないから、一人だけ重火力盛ったって置いてかれて蜂の巣にされる」
「……だけど、あのSDの方が使ってた武装よりも更に出力が高いものがなければ衛星砲は壊さない……」
「うーん……四人が分担してそれこそハイパーメガバズーカランチャーみたいな、そうじゃなきゃローエングリンランチャーみたいなののパーツを持って衛星砲に肉薄すればなんとか……?」
愛香にも、呟いた案が現実的なものではないことはすぐにわかった。
例えば、もう一つの「ビルドダイバーズ」が全員コアガンダムを使っていたのなら、あるいはそれは可能だと言えるのだろう。
だが、見る限りメンバーの構成は件のコアガンダム、そしてインフィニットジャスティスから全身の武器を取り払って防御特化にしたような機体、ガンダムアストレアをモチーフとしたのであろうSDガンダム、そしてウォドムを小型化した機体──の中に入っているモビルドール、チィの同輩であることを考えれば、全員の規格に合わせた巨大砲のパーツ組み立て及び分割の考慮など現実的ではない。
そして、化物には化物をぶつけるんだよとばかりにこちらも巨大砲を作るのであれば、どうしてもその砲身は長大にならざるを得ないし、そうなれば重量も嵩んで、ジュピターヴガンダムやアストレアをモチーフにした【ヴァルキランダー】の機動性は殺される。
まさにあちらを立てればこちらが立たず、といったところなのだ。
声が聞こえたのは、校庭の花壇に腰掛けて、愛香たちがああでもないこうでもないと「エルドラ」の攻略ミッションに頭を抱えていたその時だった。
「……ごめん、それ……エルドラの動画?」
以前、GBNでフィードバック酔いから危うく車道に転びかけた愛香を助けてくれた、そのぶっきら棒ながらも優しい声は、間違いなくコアガンダムの主──クガ・ヒロトのものだ。
愛香は、それこそ絵理のようにびくりと肩を震わせて、ぎぎぎ、と軋みを上げる首を無理やりヒロトの方に向けるが、やはり居た堪れなさが消えてくれるわけではない。
「……えっと、うん。ヒロト君だよね? こんな難しいミッションやってたんだ」
にこやかに愛香は問いかけるが、絵理にとっては優しくともぶっきら棒なその声は正直なところちょっと苦手だった。
だからこそ、愛香と「リビルドガールズ」の前以外では眼帯を装着して彼女の背中に隠れる癖は変わっていない絵理はびくびくとしながら制服の背を掴んで縋り付いてしまう。
そんな絵理を宥めつつも、愛香はここまで来たのだからと腹を括って、ヒロトから言葉が返ってくるのを待った。
「……まあ、うん。それ、どこから?」
「マギーさんから回ってきたんだけど……ヒロト君とマギーさんって知り合いなの?」
「いや……俺は違う。メイ……えっと、俺の仲間、なんだけど、その子がマギーさんと知り合いだから」
「なるほど」
以前にマギーの店でオフ会を開いた時、彼女もまたELダイバーの後見人を務めているということは知らされていたし、それ故に秋乃がチィを養うにあたっての事細かなアドバイスを受けていたこともまた愛香は覚えている。
そしてもう一つの「ビルドダイバーズ」に所属しているウォドムの改造機の中からモビルドールが飛び出てきたということは、その「メイ」という少女が、チィの仲間なのだろう。
──俺たち以外見てなかったから、不思議だと思って。
急激に伸びた、一桁から百万の大台にまで成り上がったカザミの動画、その再生数を指してヒロトはなんともいえない表情を浮かべてぽつりとそう呟いた。
「バズるってやつなのかな……マギーさんって、すごい人なんだね」
「それは……俺もそう思う。知り合いではないけど、GBNやってればあの人についての話は色々聞くから……ごめん朝村さん。ただ、驚いただけで」
「ううん、大丈夫。ヒロト君」
どこか何か、決して言葉には出さないけれど確実に胸の内へと感慨を抱いて去っていこうとするヒロトの影を縫いとめるように、愛香はその背中に向けて呼びかける。
「えっと、何か?」
「……一つ話があるんだけど、今、時間あったりするかな」
「……時間は、あるけど」
「じゃあよかった。手間は取らせないから……一つだけ、どうしても言いたいことがあったんだ」
愛香は律儀に足を止めてこちらに向かってきてくれるヒロトに感謝を捧げつつ、いざという時というか何か盗まれたりしたら嫌だから、いつも持ち運んでいる学生鞄の中からタッパーを取り出した。
そして、梱包されているフェアライズガンダムから一つ一つのパーツを取り外して、元のコアガンダムへとその姿を帰していく。
愛香の手にあるのは、フェアライズガンダムへの改造によってサーベルラックを増設したことで、への字スリットがないのと、庇を削って目を大きく見せている以外は原型機とその姿を同じくする、コアガンダムそのものだった。
流石にヒロトも困惑したのか、あるいは怒りを抱いたのか、眉根にシワを寄せると首を傾げて問いかける。
「えっと……何?」
「……あたし、ずっとコアガンダムってキャプテン・ジオンが作ったものだと思ってた」
「ああ……」
ヒロトもコアガンダムについて、カザミが憧れているG-Tuberが配信していることは最近把握していた。
把握したのが最近でなければ内心は荒れに荒れていたのだろうと俯瞰しているが、それでも彼のフォロワーとしてコアガンダムを作り上げたビルダーがこんなに近くにいたことには、さしものヒロトとて驚きを隠せない。
コアガンダムは、ヒロトにとっては自身の思い出と切っても切り離せない大事な、否、そんな言葉でさえも足りないほどに思い入れのあるガンプラだ。
その姿が【コアガンダムII】へと変わっても、心核は決して変わることはない。
そして脈々と受け継がれてきた思い出が、その似姿として目の前にあることに対して、ヒロトが何か思うところがないかと問われればその答えは否である。
それでも、ただそれを見ただけで判断を下すのは早計だと、そう思ったからこそヒロトは、愛香の口から言葉が紡がれるのを待ったのだ。
「……えっと、その。あたし、どうしてもヒロト君に謝らなくちゃいけなくて……本当の使い手がいるって、チャンピオンから教えてもらって、その……ごめんなさい!」
あれこれと言葉を並び立てるよりは、ただ頭を下げるのが最善だ。
だからこそ愛香は深々と頭を下げて、もう二度とコアガンダムを使わないでくれと言われたら、その通りにする覚悟で彼に謝罪した。
知らなかったでは許されないからこそ、文字通り全てを差し出すように、その掌に愛香のコアガンダムを乗せて。
「……朝村さん」
ヒロトは顎に指をやってしばらく考え込むような仕草を見せると、意を決したように愛香の苗字を呼んだ。
どこか刑死を待つ罪人のような面持ちで愛香は顔を上げて、ヒロトの顔を見上げてみれば、そこにあったものは。
「いいんだ……だけど一つ聞かせてほしい」
笑顔にはまだなりきれないけれど、それでもどこかにその名残を持っている欠片が、不器用に三日月を描く口元に、そして穏やかな湖面のように澄んだ彼の瞳には存在している。
そうして、投げかけられた問いを愛香は無言で首肯した。
きっと、その答えこそが自分に必要な言葉であるべきだから。
かくして今度は恐れと誇り、その間に立つ勇気でヒロトの目を見据えて、愛香は彼からの問いかけを待った。
「……朝村さんは、何のためにコアガンダムを作ったのか、聞かせてほしいんだ」
ヒロトにとって、コアガンダムは相棒であり、恋人とまではいかなくとも仲睦まじく過ごした思い出の相手が願った、祈りの化身だ。
だからこそ、戦いを共にこそしているものの、それだけのために──否、最初はそのために作り上げたのかもしれないが、最後に残った願いはそれとは全く違うもので。
「あたしは……GBNを、大好きなあの世界を、大好きなひとと……そして大好きな仲間と一緒に旅するために、コアガンダムを、そして……この『フェアライズガンダム』を作ったんだ」
そうして愛香はずっと伝え損ねていたことを、勇気と共にはっきりと、物語るように、或いは心の内を全て曝け出すようにヒロトへと宣言する。
そうして、外していたパーツが組み込まれれば、そこに出来上がったのは、ヒロトの作ったプラネッツシステムとは趣を異にしているものの、確かに彼女の願いに、そして、ヒロトの、イヴの願いに重なり合うガンダムの姿だった。
「……そっか、なら、大事にしてほしい」
「ヒロト君……」
「なんていうか、俺……よくわからないんだ。でも、思い出のガンプラを、俺と同じように大事にしてくれる人がいて……そして、朝村さんがもう一度、コアガンダムのおかげで翔べたなら、こいつも喜んでるのかなって、そう思うんだ」
ヒロトも偶然持ち歩いていた学生鞄から、タッパーに梱包されていたコアガンダムIIを掌に乗せて、アイカへと提示してみせる。
そこには二つの星があった。
太陽系を巡って、いずれは星の海原へと飛び立っていくためのコアガンダム。そして、架空のソラに浮かんで仮想のソラを飛ぶ、存在しないけれど星の海原に浮かんでいるコアガンダム。
二人が追いかけている星は違えど、そこにある願いは、きっとコアガンダムが描くフェアリィ・テイルは、この瞬間に、確かに、そして微かに交わり合っていたのだ。
「ヒロト君……」
「……フェアリィって架空の星、俺も知ってるから……よく似合ってて可愛いと思う。それじゃあ、ヒナタが待ってるから」
くるりと踵を返して手を振りながら、ヒロトは教室へと引き返していく。
「……よかったですね、愛香……」
「うん……っ……!」
どうして涙がこみ上げてくるのかはわからない。
ただ、いつもとは違って、絵理の胸に顔を埋めて愛香は一頻り泣いた。溢れる涙を止める術を見つけられず、子供のように泣きじゃくった。
だけど愛香はその瞬間にどこか何かで赦しに触れたような、そしてまだヒロトが抱え続けている鎖に縛られた痛みに触れたような気がして、どうにも、居てもたってもいられないような気持ちを抱いたのだ。
きっとまだ、ヒロトは星を追いかけている。
そして愛香もまた、星を追いかけ続けている。
だからこそ願うのだ。
だからこそ、その可能性の心核へと祈るのだ。
同じ痛みの旗、その下に集った彼にも、そして自分に痛みから立ち上がる始まりをくれた彼にもどうか輝く星が、見つかりますようにと。
そしていつか、彼がもう一度その荷を下ろして、その手に光を掴めますように、と、仲間と共に、笑い合える日がきますように、と。
遂に交わる二人の旅路