それが現れる、という情報がマギーを通じてアイカたちにも入ってきたのは奇しくも、「ロータスチャレンジ・ver.エルドラ」なる高難度クリエイトミッションがぶち上げられた日だった。
先日邂逅したヒロトが受けていたストーリーミッションである「エルドラ」関連は試験的に先行実装されたシークレットであり、隠し球として運営は巨大なレイドバトルをその最後に仕込んでいるのではないか、というマギーの推測はともすれば突拍子もないものだ。
バイト先の店頭に飾るためのSDCSハイパーキャプテンガンダムを組みながら、すっかり最近は自身の家で過ごすことが多くなった絵理へと、愛香は問いかける。
「マギーさんの言ってるこの話、本当だと思う?」
愛香は若干ではあるが、その情報の疑わしさを捨てきれずにいた。
ヒロトたちが、「もう一つのビルドダイバーズ」が受けているシークレットミッションには謎が多い。
カザミのチャンネルにアップされていた衛星砲攻略ミッションの難易度もそうだが、妙に凝った舞台設定であったり、某神ゲーに比類するレベルで作り込まれているNPDの思考パターンであったりと、「GBNのミッション」として「エルドラ」関連のあれこれを見た場合には極めて不自然、というより説明がつかない箇所は枚挙に暇がない。
愛香の肩に寄りかかっていた絵理は、その質問を受けて少し考え込むように細い顎に指をやりながら、自らの思考を整理するように、というよりは言葉一つ一つを確かめるように答えを紡いでいく。
「えっと……可能性は、その……ある、と、思います……」
「ふむふむ、その心は?」
「……そ、その……マギーさんを……疑いたくない、っていうのも……あるんですけど……先行実装されたミッションなら……既存にない仕様も、あるのかなぁ……って……」
どうでしょう、愛香。
助けを求めるように絵理は苦笑する。
やってしまったか、と、一瞬愛香は後悔したが、それでも恋人の唇からかなり前向きな、そして現実的な可能性が飛び出てきたことには感謝していた。
「……ん、ごめんね絵理。でも確かに先行実装なら、ありえるのか……」
GBNにおけるNPDの思考パターンが旧来のAIじみている、というのはサービス当初から運営も把握していた。
だからこそバージョン1.78という事実上のバージョン2.0に等しいレベルの先行アップデートでは、感覚のフィードバックだとか、NPDの思考パターンをより原作のキャラクターに近づけるという方向でサブコンテンツの拡充を図ったのは愛香も掲示板を通して把握している。
以前から実装されていたNPDレンタルサービスに限らず、色々とソロプレイヤーやガンプラバトルを嗜まないダイバーでも楽しめるようなサブコンテンツの充実は運営の目標であり頭痛の種だ。
例えば永遠の夜景を実装するために作ったディメンションが全身タイツの鳥頭に占拠されたりだとか、フリーバトルのために作ったディメンションがモヒカンと猿山をコンクリートミキサーにかけてぶちまけたゴモラと化したりだとか、ユーザーの行動が実装に対して斜め上に突き抜けるなど、ままある話にしてこの世の無情の一つなのである。
だからこそ運営も自分たちの目指した方向にコンテンツを楽しんでもらうべく、公認G-Tuberである「ザクムラ」や「ナルミ」といったスタッフ側からダイバーに歩み寄る姿勢を見せているのだ。
そういう意味では、先行実装されたシークレットの結末に大規模なレイド戦を持ってくる、というのは抽選か何かで選ばれた「もう一つのビルドダイバーズ」への溜飲を下げつつ、ユーザー全員──諸々の事情で参加できないダイバーもいるだろうが──が楽しめるという意味では極めて妥当な落とし所だろう。
「……にしても、AIがあんだけ凝ってるのに、GBNの中で見せてもらった映像だとあのコアガンダムもどき、随分テキトーだよね」
「……え、えっと……そうですね……」
愛香が悪態をつけた立場ではないのだろうが、それはそれとして「カザミ」がアップロードしていた映像に写っていた中ボス格と思しきνガンダムもどきとアルケーガンダムもどきの動きは確かに粗末なものであった。
それは絵理が否定しないところからも窺えるだろう。
例えばあのνガンダムもどき──【フェイクνガンダム】は、攻撃のほとんどをフィン・ファンネルに頼っていて、ファンネルと本体の連携によるセルフクロスなど、オールレンジ攻撃が恐れられている所以である戦術を用いていない。
あの日、チィを捕まえるために戦った「テンコ」の操る【天道天照】は、その本気を出した相手に対してはレギルスビットを様々な形に変えて、更にはifsユニットと連携した乱反射などを交えた予測不能な弾幕砲火に、本体の攻撃まで追加するという地獄の欲張りセットみたいなスタイルを貫いているからこそ「一桁への壁」として恐れられている。
愛香が味わったのはその片鱗ばかりだったが、それでも相手の死角にファンネルを回らせつつ、位置取りでもって接近を許さないという立ち回りは絵理も、「エリィ」も用いているようにオールレンジ攻撃の使い手としては挨拶のようなものだ。
この「カザミ」という男だって筋は悪くないどころか、機体の剛性でいえば自身を上回っていると、愛香は素直にそう認めている。
ただ、オールレンジ攻撃の対処に慣れていないだけだ。
それなら、「リビルドガールズ」は愛香のバイトだとか秋乃の大学だとかの都合で参加こそ断ったが、錚々たるメンツが顔を並べた「ロータスチャレンジ・ver.エルドラ」で揉まれれば速成栽培で慣れるはずだろう。
なんせあのチャンプが参戦しているのだから。
自分たちが参加する側になったら一も二もなく断っていたであろう地獄のクリエイトミッションを想像して、愛香は苦笑と共にどこか背筋が震えるのを感じていた。
「……あ、あの、えっと……」
「ん、どしたの絵理」
「……あのアルケーガンダム……でしたよね……? なんだか、動きが不自然だったような……」
GBN内で見た映像に写っていた、アルケーガンダムなんだかそうでないんだか不審な機体こと【デュビアスアルケーガンダム】のトランザム、そしてその軌道を思い返しながら絵理はそっと言葉を紡ぐ。
アルケーガンダムという機体は、一見その大剣の存在からゴリゴリに相手を詰めていくパワータイプだと勘違いされやすい。
だが、その本質は極めてトリッキーな独自の動きで相手を翻弄するユニークアタッカーだ。
脚部のビームサーベルや、末端肥大気味な、人型と異形の中間を取るそのプロポーションから繰り出される攻撃は相手に中々間合いを読ませず、更には擬似とはいえ太陽炉搭載機独特の軽快な機動でもって相手を翻弄するテクニシャンぶりは、「アルケーに故郷の村を焼かれた」とまで憎むダイバーもいるほど癖が強く、そして読まれづらいし読んだとしても通してくる圧を持っている。
だが、動画で見たアルケーもどきことデュビアスアルケーの動き方は、トランザムを発動していることを加味しても極めて直線的だ。
愛香もまた、絵理と同じ景色を脳裏に描きながら、そして彼女ならどうしていたのかと考える。
「……てか、絵理ならあれ倒せるんじゃないの?」
「……そ、それは……た、ただ、グラウカッツェさんの方が、怖かったな、って……」
「まあ実際置きゲロビとかに自分から突っ込んできそうだしねあのアルケーもどき」
GBNにおいても相手より先に飛ぶことは悪手とされやすいが、かといって二次元的な横軸の移動だけでの行動というのは極めて読まれやすいというジレンマも抱えている。
そしてうっかり高機動型に乗った初心者がブーストを噴かしたら移動方向に置かれていた照射ビームに突っ込んで爆散するというのは、古より滝行というスラングで親しまれているほどの風物詩だ。
絵理なら、エリィならば恐らくフィン・ファンネルが描く光の網であのアルケーガンダムもどきをたやすく絡めとっていたことだろうと、宣伝大使が星に帰って久しい究極のニッパーでゲート跡を二度切りしながら、愛香はどこか誇らしい気持ちでふんす、と鼻を鳴らした。
「にしてもレイド戦かぁ」
「……チィちゃんのこと、思い出しますね……」
「流石にあの時みたいにテンコ様とか、クオンさんとかが敵に回らないだけいいっていうか……流石に親玉のアルスとかいうNPDがチャンプより強かったらクソゲーでしょ?」
地獄の「ELダイバー奪還戦」、その光景と脳裏に刻まれた恐怖を思い起こして身震いしつつ、大規模レイドのボスより強いチャンプってなんなんだと改めて恐怖を覚えながら愛香は言った。
GBNの最上位は人外魔境どころの騒ぎじゃない。
そして、そんな最上位が楽しめるバランスをぎりぎり保ちながらも決してチャンプ目線で調整しない運営班には頭が上がらないというものだ。
「……思うところもあってロータスチャレンジには参加しなかったけどさ、あれが……ううん、このレイド戦がもしかしたら、ヒロト君にとって何かの終わりになるなら、新しい始まりになるなら、あたしはそれが贖罪になるのかな、って思うんだ」
「……愛香……」
「知らなかったとはいえ、後から許可貰った身だからね」
今は自身の部屋の机に寛いだような姿勢で飾られているフェアライズガンダムの姿を思いながら、愛香は少しだけ胸を氷の針で突かれたような痛みに、曖昧な笑みを浮かべて絵理へと懺悔する。
ただこれは、愛香にとっての本心であることは確かだった。
クガ・ヒロトという個人がどんな痛みを抱えてGBNに潜り続けていたのかなど、愛香にはわからないしそれを尋ねる権利もない。
ただ、そこに深い悲しみが横たわっていたことぐらいは、彼の目を見れば想像できる。
そして、「カザミ」の動画に映る彼の姿だけでなく、あの日直接会って許しを貰った時の目は、そこから少しだけ前に進んでいたような感じがしたのだ。
妖精の名を冠する惑星はこの宇宙には存在しない。
しかして架空のソラにそれが浮かんでいるのなら、仮想の世界に果てがないのなら、きっとコアガンダムという可能性の心核はそこに手を伸ばし、旅をすることができると愛香は信じている。
「……愛香も、飛べますか」
絵理の質問は浮かべた笑顔と同じように控えめだった。
それはきっと、答えがわかっていたからだろう。
以心伝心、という言葉も今は古くなってしまったのかもしれないが、ぺたぺたと自身の頬に触れる絵理の体温からはその親愛と確信が伝わってくる。
「うん、あたしも……きっとこれで、もう一度飛べるから」
だから、全力で楽しもう。
そんな約束を明日に託すように、愛香と絵理は軽いベーゼを交わすのだった。
信じるか信じないかどうかはともかくとして、またGBNのアクティブユーザー二千万人を巻き込んだ大規模イベントが開催されるかもしれない、という噂は身内だけのものだったはずなのに、瞬く間に千里を駆け抜けている。
人の噂も七十五日とは古い諺だが、良くも悪くも──というよりは悪い方に触れているが──七十五日で消えてくれない情報化社会で、噂話というのはとにかく話題性があれば自動で増殖するかのように拡散して一人歩きしていくものだ。
既に祭り状態になっている掲示板を開いているタブを閉じて、キョウスケは自身のフォースネストに何故か集まっていた、錚々たる面々を前に嘆息しつつも問いかける。
「……で、これは本当だと?」
「なに、本当か嘘かはともかく祭りというのはな、踊らねば損なのじゃぞキョウスケの坊よ」
古城の食卓に座する、古風な喋り方をする少女──テンコは、とりあえず形式的に問いかけてみましたとばかりなキョウスケの問いに、少しのからかいを込めてそう答える。
「こちらとしても艦隊戦が望めるのなら、本領というところでしょう」
「YES! このGBNで戦艦はどうも冷遇されてる気がするのデース……でも、このイベントならAll OK! ワタシたち『GHC』のバーニング・ラヴを見せてやれマース!」
そしてその円卓に座しているのはテンコだけではない。
彼女に同調して、普段から戦艦による艦隊戦をこよなく愛する、GBN最大のフォース同盟である「GHC」を率いる男、「提督」のあだ名を頂戴する「アトミラール」とその妻である「コンゴウ」はどこか興奮気味に、テンコの「踊らにゃ損」という言葉に同意を示した。
確かに、想定される戦力があの要塞砲を守護していたガンプラ群だと考えれば、それがレイド戦に引っ張り出されてくるのなら艦隊戦は避けられないだろう。
そうした時に狂気のフルスクラッチでハイパーメガ粒子砲をさながら拡散波動砲のごとく運用している「GHC」の艦隊がレイドバトルモードに移行した各サーバーに自慢の艦隊を分散配置するというのは極めて心強い。
「うむ……想定される戦力比は此方に勝るとも劣らない、まさしく終末の具現……って、いうかテンコ様と一緒に戦えるってだけで大分こっちとしては美味しいっていうか」
「……貴女の想いは理解した、だから落ち着いてはくれないだろうか、クオン」
竜人として威厳あるロールプレイをしていたかと思えば素に戻って、憧れのダイバーと同じ円卓に腰掛けてかつ同じ戦場で戦えることに興奮を隠しきれないクオンを宥めながら、キョウスケは自身のフォースネストがこの会議に使われることになった経緯を思い返して目頭を抑える。
曰く、無駄に広くて人がいなさそうだったから。
そんな、悪戯っぽい笑みと共にからかいが八割、本気が二割ぐらいの感じで提案を持ちかけてきたテンコのそれはまあ確かに事実ではあった。
無駄に広い古城を買ったことは確かだし、普段であればユユとキョウスケ以外人の出入りがないのもまた同様に確かだ。
だがそれでは自分がろくに絡む相手もいないぼっちみたいなものじゃないか、と、キョウスケは半ば当たっているからこそ耳が痛い事実に溜息を吐きながらも、ここにこうして錚々たる面子が集まってくれたことそのものには感謝をしていた。
「二千万対二千万ねぇ……鯖が持ちゃいいんだけど。まぁ、そっちはともかくアイカたちは乗り気っぽいし、チィたち『リビルドガールズ』も今回ばかりはロハで踊る阿呆にならせてもらいやすぜ」
「……イリハ……がんばる……たのしい……たたかい……たのしくない……でも、チィは……たのしい……」
「ん、ありがとイリハおねーちゃん。危なくなったらいつでもチィってかアキノの後ろに隠れていいからね」
「……うん……アキノ……がんばる……だから、イリハも……がんばる……」
そして、「リビルドガールズ」代表として大学の定期考査に勤しんでいるアキノに代わってこの魔物たちが集う円卓会議に出席していたチィは、どこか場違いなものを感じながらも、乗り気なアイカとそしてイリハの手前、それを表に出すことなくキョウスケの問いを肯定した。
サーバーが持つかどうかについてはわからないとしても、とりあえず先行実装シークレットミッションの最後に皆で楽しみましょう、というのは運営的にも極めて健全だし、イリハを保護している女性も同じような趣旨のことを言っていたと、チィは彼女から聞き及んでいる。
「君たちは騒動の槍衾に囲まれやすいな……しかし、まあこうも有識者が集まってそうだと言っているんだ、僕としてもレイド戦が開催されるものとして動くつもりだ。今日は珍しくいないが……それはユユも同じだよ」
「ヴァルガの主人に言われちゃあ世話ないっすな、まあチィも言えた義理じゃねーんだけど」
「何をいうか、退屈するより余程いい。祭りというのはな、敬いをもって行われる神事なのじゃ。故に我らは楽しむという敬いでそれに応えねばならんのよ」
「……お、おう……できれば楽しみで鯖に穴開けないでほしいっす、テンコ様」
どんな相手にも金の交渉以外では割と平坦に接しているチィでも、この年齢不詳な少女の蘊蓄を伴った言葉にはどうにも圧というか年の功というか、そういったものを感じずにはいられなかったし、故にこそ多くの人間が彼女を様付けで読んでいるのだろうと気圧される。
「テンコさま……? たのしい……? うやまい、たのしい……」
「うむ、最高に楽しい祭りじゃ、のうアトミラールの坊よ」
「ええ、タチバナのクソッタレ共ももういないんです、ならこちらとしても盛大に──アルスとやらを歓迎してやるべきでしょう」
アルスの正体が実は異星からの侵略者で、大分前に起こった電波障害の主犯であるかもしれない、という旨のことはカツラギとトーリを、そして今ここにはいないアリアを通してアトミラールも聞き及んでいる。
となれば、「エルドラ」で起きていることは全て現実であり、あの少年たちは凄まじい重荷をその両肩に背負って戦ってきたということになるのだろう。
アトミラールは軍帽を目深にかぶり直し、組んだ指の隙間から虚空に「アルス」の姿を、そしてあの忌まわしき衛星砲を描きながらそれを睨みつける。
彼らが──「もう一つのビルドダイバーズ」が「エルドラ」で手荒い歓迎を受けたというなら、こちらもGBN流の歓迎でもって返すのが礼儀というものだろう。
礼には礼を、無礼には無礼を。円卓に集まっていた次元覇王流格闘術の継承者、「ワールド」もそれには同意していた。
「よくわかんないけど、あっちが戦うってんなら、それで……『BUILD DiVERS』がアルスってのと決着つけなきゃいけないんなら、オレは全力でその手伝いをさせてもらいますよ」
「言うじゃねえかワールド、となれば俺も乗っかるのが筋ってもんだ」
ワールドが切った啖呵にタイガーウルフも乗っかることで、この円卓における一つの議決が承認されたと見做したのだろう。
代表者として立っていたキョウスケはそれを俯瞰すると、静かに仮想のグラスを持ち上げて、掲げてみせる。
「それではレイド戦に向けて、一つ乾杯で締め括りましょう。あとは各々交流を深めるという形で……と、無粋ですね、言葉はいらない……ただ我々の、ダイバーたちの勝利を祈って!」
『乾杯!』
それは、世界を救う戦いである。
だが、その真実を知っているのは、きっと今も遠い星で使命を果たそうとしている「もう一つのビルドダイバーズ」だけなのかもしれない。
それでも、「アルス」とやらの侵攻がレイドバトルであれ侵略であれ、ダイバーたち二千万人に向けられた宣戦布告であるのなら。
我々はガンプラとそこに込めた愛と想いで歓迎という名の迎撃をしよう。
この円卓に居合わせたダイバーも、そして居合わせずとも大規模レイドバトルを楽しみにしている、或いは半信半疑ながらもどこかで期待しているダイバーも。
きっと、同じ想いを抱いて、明日だと推測される決戦に控えているのだった。
よく来たな、迎撃する