マギーによる歓迎の挨拶と、アトミラールの率いる「GHC」艦隊の砲撃を交戦の合図として、メインサーバーに繋がるディメンションに集結した有志連合たちの戦いは開幕した。
アルスにとっての過ちがあったとするならば、彼がこのGBNにおける最大戦力を「BUILD DiVERS」及び「シド」と仮定していたことに他ならないが、しかしてそれは、手を抜いていたことを意味するわけではない。
「こいつ……硬いぞ、なんなんだ!?」
「ひゃーっはっは! ダメじゃないかキンケドゥ! 落ち着かなきゃあ! こいつは……レイドボスだと仰っていたのだよ! ドゥガチ様が!」
F91をクロスボーン・ガンダムX1と同じ色に塗装した、キンケドゥをモチーフにしたアバターを使用しているダイバー、「ツジー」が放ったヴェスバーは、エルドラウィンダムの防楯に弾かれて明後日の方向に逸れていく。
ツジーもまたマギーに召集をかけられる程度には優秀なダイバーであり、彼が作り込んだF91も、このメインエリアの防衛を任される戦力であることに疑いはない。
しかし、アルスが用意した主力部隊は、このGBNにおいて一機一機がレイドボスレベルの体力や防御力、そして火力を持った存在として判定されていた。
速度重視で連射したためであるとはいえ、ヴェスバーを弾き返したことからもそれは伺えるだろう。
しかし、ツジーの動揺を諫めるように、両眼に眼帯を着けるという狂気的な発想以外は真っ当に、漫画作品「機動戦士クロスボーン・ガンダム」に登場する、ザビーネ・シャルのなりきりロールプレイをしている男は、エルドラウィンダムが盾を構えた隙を縫うようにそのショットランサーをコックピットへと突き立てることで撃破する。
彼はX1を見ると追いかけずにはいられないほどにザビーネロールにのめり込んでいるダイバーとして知られているが、しかしてその愛と実力は「ツジー」同様に一流のものだ。
「推定戦力比は……三十対一かそれ以上、しかしこのGBNにはコックピット判定がある……クク……キンケドゥ、ダメじゃないか、そこを狙わなきゃあ!」
「だからおれはキンケドゥじゃない! どっちかっていうとシーブックだろ!」
キンケドゥ扱いしてくること以外は概ねまともなザビーネルックのダイバーにそう返しながらも、ツジーは言われた通りに襲いかかってくるエルドラウィンダムのコックピットを狙って、ビームシールドをサーベル刃の代わりに使うことで両断する。
そうだ。この戦いにおける相手の戦力が未知数である以上は、こちらが動揺して手勢を減らすことこそ最悪の手となる。
それを理解しているからこそ「GHC」は本気で艦隊を投入して、今も改ドゴス・ギア級戦艦「天城」の艦首に備えられた拡散ハイパーメガ粒子砲のリチャージを行っているのだ。
そして、何もレイドボスと例えられるのは敵ばかりではない。
ずしん、と、コックピットが振動する感覚が、ツジーとザビーネロールを行っている男が戦場展開していた空域を飛んでいたアイカとフェアライズガンダム、そして「リビルドガールズ」全員にも伝わってくる。
「クオンさんが動いた?」
「……恐らくは……」
『そう、我は動き出した……ならばここに具現するは一つの終末! さあ、往くがいい、「リビルドガールズ」! 我も……ちょっとは格好いいところ、見せたいんだから!』
クオンのジャバウォックはその腕で、巨大戦艦が轡を並べる戦場の中心地を指して、アイカたちを導くかのように、高らかにそう言い放った。
彼女の胸によぎっているのは何も高揚ばかりではない。
かつて、このGBNにおけるモヒカンの巣にしてチンパンのラスト・リゾートと名高い「ハードコアディメンション・ヴァルガ」を巻き込んだ一つの戦いがあった。
ヴァルガが静止した日、と形容されたその祭りに──クジョウ・キョウヤとテンコの戦いに乗り込めなかった後悔はある。
そして、先日の「ELダイバー奪還戦」の背景をクオンは知らずとも、それが運営と誰かが組んで筋書きを記した、ただのドラマに過ぎないことはわかっていた。
だからこそ今、この世界を守る本気の戦いで、思うがままに暴れたい。
マギーから、仔細は伏せられていてもこの戦いがこの世界にとって重要な、運営方針に関わるようなものであることはこの場に、メインサーバーに集った全員に、そして各サーバーに分散した有志たちにもある程度は伝えられている。
このレイドバトルの失敗はともすればGBNの崩壊に繋がりかねない。
ならば、この戦いを楽しむことは間違っているのだろうか。
「否! 断じて否である!」
自問自答した答えを叫び、衝動のままにクオンはジャバウォックのテイルブレードを振り回し、そしてビーム・マグナムによる攻撃とビーム・トンファーによるラッシュという、相対する者にとっては悪夢でしかない必殺の連携を用いて、瞬く間に、蜂球のように群がるエルドラウィンダムや、その中に混ざっていた、上位個体として判定されている【エルドラダナジン】すら一撃の元に叩き落とす。
マギーは、この戦いを「お客さんへの歓迎会」と言っていた。
そして、ガンプラバトルとは何であるのか。
不毛な戦い、苦行とも形容されるような手作業を乗り越えてこの電子の海へとダイブしたその果てに待ち受けている終わりのないその道に、ダイバーたちは何を見出し、何のために闘いへと駆り立てられるのか。
その答えは人によって様々だ。
アームド・アーマーVNによる巨爪がエルドラダナジンを引き裂いて、そして突如として現れた巨大なレイドボス──サイコドートレスとでも形容すべき個体と、ジャバウォックはがっぷり四つに噛み合って、さながら怪獣大決戦の如くそのパワーをぶつけ合う。
「なれば……ううん、これは愛! 大好きだから本気になれる!」
憧れているテンコの背中を追いかけるのも、そして今も戦場の中心で、己の庭であるハードコアディメンション・ヴァルガに吹き荒れる蒼い極光をこのメインサーバーに持ち込んで辻斬りを行っているキョウスケに自身の背中を追いかけられるのも、全てはきっと、皆この世界が大好きだからだと、クオンはそう思っている。
「その通りだ、クオン!」
「フ……漁夫の利天誅、ヴァルガでは基本であるな……ってここヴァルガじゃないんだけど!」
「……いや、すまない、その……手癖で」
がっぷり四つに組み合って、ハンドビームとテイルブレードによる近距離での応酬を繰り広げていたジャバウォックとサイコドートレスの隙間を縫うようにして、GNバエルソードを両手に携えたキョウスケの機体──ディバインダブルオークアンタが、サイコドートレスの巨体を縦一文字に切り裂いてみせた。
ずるい、と、クオンは叫んでいたが、それはそれとして不毛な戦いにはさっさと蹴りをつけたかったところでもあったので、キョウスケの乱入には多少感謝していたし、その表情に浮かんでいるのは相変わらずヴァルガの流儀を戦場に持ち出す彼に対する呆れの苦笑だ。
だが、そうなっていると黙っていないダイバーがもう一人いる。
巨大戦艦からリフト・オフしてきたサイコドートレスに、Iフィールドの暴嵐とでもいうべき、全身を攻撃判定と防御判定に包み込んだ白と黒のG-セルフ、そのカスタムモデルであるG-イデアが突撃していく。
「もう、お兄様! またそうやってユユ以外に色目を使うなど……!」
「色目を使っていた覚えはないが……まあいい、僕らはあの艦を沈めるぞ、ユユ!」
「……貸し一つですからね、ユユは嫉妬深いのです……!」
どこかHi-νガンダムとνガンダムを思わせる二人が彼方へと飛び去っていくのを見送りながら、「ジャバウォックの怪物」はどこか満足げに、群がる無数のレイドボスからその身を盾とする形で、多くのダイバーにターゲットが向かうことを防ぐ。
しかしてそのサイコ・フィールドを容易く突破できるレイドボスがいるだろうか。
いたとしたなら、それは単なるクソゲーだ。
相変わらず、災害のように暴れ回る上位ランカー陣を一瞥した上で、チィは静かにそう呟いた。
「しっかしこいつぁ大事だな……アイカ! 作戦は頭に入ってんだろうな!」
「勿論☆ チィちゃんたちも頑張ってね!」
「ええ、委細承知しております、あのターンXもどきは私とチィとイリハ、三人で!」
「あ、アルケーは……わたしが……!」
「νガンダムをあたしが倒す!」
アイカたちは互いに作戦を確認しあった上で、切り込み隊長として、チャンピオンたちが今も暴れ回っている戦場の中心地へと散開して飛び込んでいく。
事前の協議で「リビルドガールズ」が一番槍を担うことになった理由は極めて単純なものだ。
アイカたちの戦闘スタイルは、強敵に対して突きつけられる一本の剛槍であるからだ。チャンピオンは、全員を集めた上で事前にそう説明をしていた。
要するに、全員が全員高い機動力から繰り出される強力な単体攻撃を持っていて、かつこのレイド戦においてタンク役を引き受けるには耐久面で不安を抱えているから鉄砲玉としては申し分ない、ということだ。
まず最初に戦場へ到着したエリィは、相も変わらず初手でトランザムを起動し、直線的な軌道で切り掛かってくるデュビアスアルケーガンダムの一撃を回避し、背部のブーストポッドからフィン・ファンネルを射出する。
「やらせない……この世界、大好きな……わたしと、アイカさんのGBNは……っ!」
トランザムシステムの切り合いであるなら、単純なぶつけ合いで負ける道理はこちらにない。
迷う事なくトリガーを引いて、エリィはトランザムの発動を選択した。
かつては事あるごとに怯えていた気弱な少女の面影はもはやそこにはない。
どうやって生きていくのか、その最終解答を導き出すことができた愛する人と、そしてこの空を駆ける愛するガンプラでもって、GBNに現れた異星からの侵略者を討ち払わんと、再構築された因幡の白兎は、リビルドウォートはバイザーに隠されたその双眸に力強く光を灯す。
そうして、射出されたフィン・ファンネルを単射から照射に切り替えると、エリィは光の網を描くようにファンネルを操作して、先読みで自身を狙うファングを撃ち落としていく。
「……わたしは、目が見えない……でも、この世界だから見える……アイカさんと同じ景色が、そして皆が戦うこの場所が……!」
エリィにとって、気配を読み取って先行射撃で撃ち落とすことなど最早容易い芸当だった。だがそれは全て、自身に向けられてきた悪意や敵意、そういうものと向き合わざるを得なかった今までの人生がそうさせてきたことでもある。
それでも、GBNがあったから、もう一度翔ぶことができた。
たった一度だけじゃない蹉跌と再生、それを繰り返すことができたのは、自分が「リビルドガールズ」であるからで、そしてそのきっかけとなったアイカがいてくれたから。
──だからこそ、この世界を守ることでわたしは、愛する人への恩返しとする!
恐れることなく、果敢に攻撃をかけていたのが一転して防戦に回ったデュビアスアルケーをビームライフルとフィン・ファンネルの連携で追い込みつつ、エリィは「置いた」攻撃へと直線的な敵機を巧みに誘導していく。
それはさながら、マリオネットを操るかのように華麗な芸当だった。
掌の上で転がされ、そして踊らされていたデュビアスアルケーはエリィが目論んだ通り、移動先に置かれていた照射ビームに自ら突っ込む形でその耐久値を減らしていく。
『これは……一体……? あの少女は……?』
アルスは、戦場を俯瞰して見つけたその光景に困惑していた。
あの「パル」と呼ばれていた少年がデュビアスアルケーに対して置き攻撃を加えたのは偶然で、トランザムを切ることができないという欠陥にしたって、また造れば関係ないのだから、自身の開発したエルドラコアガンダムとそして各種アーマーは完璧だと、少なくとも今までは考えていたのだ。
だが、ガンプラの民はアルスの想像を遥かに超えて、自身の用意した戦力を叩き潰している。
戦艦で乗り込めば戦艦が迎撃にあたり、そして巨体を持つ機体を導入すればそれに匹敵する巨体のガンプラが立ちはだかる。
しかし、アルスの想定が甘かったと詰ることはできないだろう。
一撃では落ちないデュビアスアルケーの耐久値もさながら、模造品、フェイクでありながら彼の作り出した「ガンプラ」の出来は極めて良好な部類に入る。
それでもここはGBNだった。
あらゆる愛が、あらゆる機体が、あらゆるガンプラが百花繚乱とばかりに集って愛の花を咲かせるこの世界を予見することができたのであれば、彼はそもそも「BUILD DiVERS」と「シド」を最大戦力として規定せず、チャンピオンや「ビルドダイバーズのリク」をはじめとしたハイランカーたちをコピーしていたことだろう。
「……これで、終わりです……! アイカさんのために……!」
──落ちて、ください!
か細くも力強い声で断言するエリィの叫びと共に放たれたビームライフルの弾丸が、光の網に絡め取られて四肢を破壊されたデュビアスアルケーのコックピットを撃ち抜いて、その機体をテクスチャの塵へと帰せしめる。
「くふふ……やるのう、『リビルドガールズ』」
メインサーバー外縁部に陣取った艦隊を片手間に葬りながら、その様子を観察していたテンコはどこか満足げに、そしていつかは手合わせをしてみたいとばかりに期待を込めた悪戯な笑みを口元に浮かべる。
そして、その右手──ゴッドフィンガーを改造したマニュピレータには、無慈悲にも外縁部に配備された艦隊から飛び出してきた【エルドラアースリィガンダム】の頭部が握られている。
この決戦のためにテンコは自らの愛機を一新していたのだが、これではとんだ期待外れだ。
物の十秒程度でスクラップとなったエルドラアースリィガンダムの首を放り捨てながら、驚異度が一際高いと認定されたのか、自身に群がってくるエルドラダナジンやサイコドートレスを【天照神威】はその威光でもって鏖殺する。
元よりこの天照神威はキョウヤのガンダムTRYAGEマグナムとの決着をつけることをそのビルド構想の念頭にこそおいていたものの、マギーから聞きつけた「この世界の危機」に間に合わせたいと思ってロールアウトを急いだ経緯もあった。
故にこそ、この程度が危機であるとはテンコには思えない。
だが、それは慢心がそうさせるのではない。ただ、彼女の直感が、強いていうのならば、GBNの同類であるが故に想わせるアラートが、「アルスにはまだ何かがある」と告げているのだ。
「……はてさて、鬼が出るか蛇が出るか」
どちらであっても、ろくなことにはならないじゃろうがの。
テンコは嘆息しつつも恐らくそれは──アルスの用意した分析であり、切り札の発動は近いことと、自身の予測が大方当たっているであろうことに一抹の不安を覚えるのだった。
※※※
それは、突然に訪れた。
エリィとは比べるべくもない、稚拙なファンネルの展開とファンネルに頼り切った戦いを敷いていたフェイクνガンダムのコックピットを、アイカのフェアライズガンダム、そしてビルドボルグの切っ先が捕らえようとしていたまさにその瞬間だった。
──体が、重い。
擬似感覚のフィードバックにしては度を越している重さが、アイカの両肩に、そしてフェアライズガンダムへと重くのしかかる。
『電子データにより構成される世界……ならば……』
アルスは、ハイランカーたちの連携によりやや劣勢に立たされながらもその分析を止めることは決してなかった。
そうして得られた結論は、「ガンプラの民」の本拠地であるこの世界は自身と同じデータで構成されている物である、というものだ。
ならば、それに対する対処も極めて原始的なもので良い。
そうして、アルスの指示によって座乗艦である旗艦から放たれた砲撃が射線上に陣取っていたガンプラを何機か吹き飛ばす。
だが、アルスの狙いはそこにはない。
ターンXもどきことリバースターンXと戦っていたアキノですら、その砲撃はどこか特定の地点を狙って放たれたものではないと確信できるほどに狙いは稚拙だった。
だが、砲撃がGBNの空へと着弾したその瞬間、あの忌まわしきブレイクデカール事件の時と同じように、空模様にはクラックが走って、崩壊したテクスチャからは穴が空いたコロニーのように乱気流が吹き出し始める。
それだけではない。
アイカが呟いていた通り、機体が、そしてガンプラを動かしている操縦桿が妙に重いのだ。
背後から、普段であれば喰らうはずもないオールレンジ攻撃の一撃をもらいながら、アキノは小さく舌打ちをする。
「一体、何が……!?」
「野郎、F5攻撃とか随分こすい真似してくれんじゃねーか……!」
「……イリハ、くるしい……おもい、からだ……」
チィが忌々しげに呟いた通り、アルスが試みた攻撃はガンプラを、そしてそれを駆るダイバーたちを狙ったものではなく、彼らが浮かび、戦っているこのサーバーをこそ狙ったものだった。
こすい、と評された通りろくでもない手段ではあるが、GBNのデータが全てサーバー上に浮かんでいるのなら、それを攻撃するというのは極めて理にかなっている。
普段であれば避けられるような攻撃が、遅延や処理落ちによって回避できなくなったことで、それまで優勢に渡り合っていた有志たちは次々と苦戦を強いられていく。
「……ぐっ、この……上手く機体が動けば、これぐらい!」
フェイクνガンダムのビームサーベルを辛うじてビルドボルグで受け止めながら、アイカはこのラグが起きている中でもなんとか奮戦しているアキノたちを見遣ってほっと胸を撫で下ろす。
とはいえ、ラグだろうがなんだろうが折り込み済みで戦っているチャンピオンや「ビルドダイバーズのリク」は例外だとしても、戦力の量はともかく質で優っていたはずの有志連合は一転して守勢に回らされたことに違いはない。
中でもあの「ジャバウォックの怪物」や、「GHC」の戦艦群は巨体ということもあってラグの影響をもろに受けているようだった。
クオンが先行入力していたはずのテイルブレードは入力から数秒の遅延を経て空を切り、そしてサイコドートレスの巨体から放たれるビーム砲を、キョウスケが事前に展開していたGNソードビットがバリアを貼ることで辛うじて弾き返す。
「……恩に切る、じゃなくて……ありがとう!」
「君を失えば有志連合の戦力は圧倒的に低下する! 当然のことだ!」
アルスのセコいところは、数だけでも処理落ちを起こしそうな軍隊を送り込んできたことにもある。
それとサーバーによるF5アタックが合わされば、避けられる攻撃だって避けられなくなるのも道理というものだ。
アイカはフェイクνガンダムが放つフィン・ファンネルに翼を焼かれながら、小さく舌打ちをする。
それでも、有志連合全体を見れば、まだ希望は消えていないとわかる。
アルスがサーバーへの直接攻撃という手段に出た直後、「エルドラ」から帰還してレイド戦に飛び入り参上した「BUILD DiVERS」の面々──それを率いるヒロトが敵艦への直接攻撃という指針を出したことで、ラグと処理落ちに阻まれながらも有志連合の機体群は、まず彼らと、そして「ビルドダイバーズのリク」が率いる「BUILD DIVERS」が突貫しやすいように露払いに努めていた。
無論、フェイクνガンダムの対処を引き受けているアイカもその一人である。
「ヒロトくん!」
刹那、戦場にアイカのよく知った叫び声があがった。
ヒロトの操るコアガンダムⅡが、敵艦へのアースアーマーと合体しようとしたその瞬間、アーマーを奪うという形で本家アースリィガンダムのそれを身に纏った【アルスコアガンダム】が放った砲撃から、乱入してきたガンペリーが身を呈する形で盾となる。
「ケンさん!」
「店長、無茶して……!」
映像作品「機動戦士Ζガンダム」に出てくるキャラクターである、ヘンケン・ベッケナーのダイバールックに身を包んだ彼は、紛れもなくヒロトの盟友にして、アイカのバイト先で店長を務めているマツムラ・ケンその人だった。
恐らくあのガンペリーには、ヒロトが作ってきたアーマー類が詰め込まれていたのだろう。
ラグと遅延に翻弄されながらも、エリィとは程遠いフェイクνガンダムの攻撃を回避しつつ、アイカは咄嗟に左手で引き抜いたコアスプレーガンによる攻撃を、「アルスのアースリィガンダム」へと牽制射として放つ形でヒロトへの支援を行った。
ヒロトが何を考えているかはわからない。
それでも彼の瞳から希望が尽き果てていないのなら、このコアガンダムを借りている身として──できることはあるはずだ!
「行っけぇ! ヒロト君! そして……コアガンダム!」
「プラネッツシステムに限界はない! エクストラ……リミテッド・チェンジ!」
アイカの叫びがヒロトに届いていたかどうかはわからない。
だが、その刹那に、たった一瞬とはいえ、二つの星が双眸に灯す光は交錯し、戦場に翡翠の軌跡を描いていた。
そして、ラグと処理落ちに、サーバーへの負荷という極限状態にブチ切れていたのは、何もチィたちELダイバーだけではない。
「不正アクセスは許さない……!」
今の今まで散々胃壁を削られるような思いをしてきたカツラギだってそれは同じなのだ。
わざわざ自作したガンパンツァーで、戦場となったメインサーバーに乗り込んできた彼は、トーリが突貫で作り上げた修正パッチを直接当てるという荒技によってクラックの修復と、サーバーへの負荷軽減を成し遂げて、見事にアルスの目論見を潰していた。
見ているか、アルス。
カツラギがそう呟いたかどうかは定かではない。
だが彼の怒りはもはや阻止限界点を突破したコロニーのごとく巨大で、そして胃壁とストレスを薪としてそのソウルドライブは全力で燃え盛っていた。
「からだ、かるい……GM……がんばった、だから……」
リバースターンXがラグと併せての四方八方から行うオールレンジ攻撃という凶悪極まりないコンボでアキノたちを追い詰めていたのも束の間、修正パッチが適用されたことで一気に身体が軽くなったイリハは、それまで自身の盾となってくれていたアキノとチィの眼前に躍り出る。
「イリハおねーちゃん!」
「チィ、だいじょぶ……イリハ……がんばる!」
チィの心配を受け止めながらも、毅然とした表情でイリハは叫んだ。
艦隊からの攻撃を一身に受け止めてくれていた「天城」は殆ど轟沈寸前で、あのラグと遅延という極めて凶悪にして最悪な状況下でも敵を屠っていたアリアのバエルは、白亜たる悪魔の王は全身に傷痕を刻んでいる。
そしてそれはアキノのミネルヴァガンダムも、グラスランナー形態を維持しきれず、モビルドール姿へのパージを試みたチィも同じだ。
そんな中でも自分が傷付いていないのは、皆がその挺身によって護ってくれていたからだと、イリハははっきりと認識していた。
だからこそ、皆にその恩を返したい。
人間のことはまだ怖いかもしれない。チィと一緒じゃなければ接客だってままならないかもしれない。
それでも、「リビルドガールズ」はイリハに沢山の「たのしい」をくれた。
GMを始めとした運営陣は、イリハが立ち上がれるまで、その心が再びこの世界に舞い上がるまで、しっかりと見捨てることなくサポートをしてくれたのだ。
小さく目を瞑り、息を整えて、イリハはその「言葉」を、そして、ツカサとコーイチという生みの親にして育ての親が搭載していたシステムを起動する。
「イリハ……がんばる、たのしい、まもる! サイコ・シャード!」
それは、局所的に全ての武装を破壊する──という括りでは原義的に大雑把になってしまうのだが、それでもこのGBN内においては、確かにそのような効果を持った武装であることに違いはない。
スカート部分とバックパックから展開されたものと、そしてバックラーに隠されていた金色のパーツが結合することでリングを形成することで、モビルドールイリハの切り札たるサイコ・シャードは完成する。
そして、リバースターンXという敵の弱点は、言ってしまえば全身を武装としていたことそのものなのだろう。
カザミの配信によってこのレイド戦を知ったダイバーたちが雪崩れ込んできたことで、戦況は一気に優勢へと傾いている。
イリハのサイコ・シャードは味方を巻き込むことなく、オールレンジ攻撃を放とうとしていたリバースターンXの機能を全て停止させる形で、そのコアユニットを無残にも戦場のど真ん中に放り出す。
「いいねぇ、イリハおねーちゃん! やんぞアキノ!」
「百倍返しといったところでしょうか……承知しました、チィ!」
──これで、トドメだ。
アキノとチィはビーム・トンファーとビームピアサーを展開する形で、コアユニットだけとなっていたリバースターンXの胴体と頭部を貫いて爆発四散せしめることに成功する。
これで、アルスに残された切り札は、アイカと戦っているフェイクνガンダムだけということになった。
だが、それが切り札たり得ないことなど、この場にいる全員が分かっていた。何故なら、アイカは「リビルドガールズ」のリーダーにして鉄砲玉だ。
エリィという恋人が巧みにファンネルを扱うのなら、あんなAI制御のファンネルごときに翻弄されてやる道理などあるはずもない。
アキノは小さく笑い、イリハは自分の作戦が上手く行ったことに安堵しながら泣き笑う。
そしてチィは、ミッションコンプリートだとばかりに、指先で物質化した1BCを弾き飛ばしながら、この場にいる三人の代表者として、今まさにファンネルの雨霰を掻い潜ってフェイクνガンダムのコックピットにビルドボルグを突き立てようとしているアイカへと皮肉混じりの激励を飛ばす。
「殺っちまいなぁ、アイカ!」
チィの叫びさえもアドレナリンが見せる興奮の中には届かないのかもしれない。
それでも。
「……が、頑張って、ください! アイカさん……!」
「任せて、皆……! アルスだかELSだか知らないけど……!」
エリィによる支援の砲撃が、フェイクνガンダムが頼みの綱としていたフィン・ファンネルを叩き落としていく。
そして、その死角を突くようにしてアイカの背後に回った最後の一基も、独自のアーマーを纏った赤いコアガンダム──【ガンダムアニマリゼ】が放った一撃で叩き落とされて、フェイクνガンダムは事実上丸裸にされる形で、アイカへとビームライフルによる牽制射撃を放つ。
だがそれは温い。妖精の女王を止めるにはあまりにも温すぎる。
チィの声援、エリィの激励、そして今まで歩んできた全ての軌跡に対して感謝を捧げるように、リビルドウォートが作り出したパワーゲートを通過したフェアライズガンダムは、一つの光の矢となって、眼前の敵を、フェイクνガンダムを撃ち貫く。
「エリィちゃんのために……死ねええええええッ!」
アルスだかなんだか知らないが、そんな事情は関係ない。
奮戦を続け、とうとう敵の旗艦だけに戦力が絞り込まれた彼への対処とそして戦後処理を行うのは、二つの「ビルドダイバーズ」であって、「リビルドガールズ」ではない。
この世界に救われてきた人間はきっと、アイカたち以外にもいくらでもいることだろう。
それは仲間たちだって、そうに違いない。
アキノは過去の亡霊を振り切って前に進むことができた。
チィとイリハもまた、過去の軛を断ち切って、未来へと向けて再構築されたELダイバーとしての人生を歩んでいる。
そして、エリィは──アイカと、そしてそこにある返しきれない恩とともに、目が見えない自分というマイナスだと思っていたありのままの自身を、そして傷痕を持っている顔さえも「綺麗だ」とアイカが認めてくれたからこそ、生きることを諦めずに、この世界とリアルに立っていられるのだ。
ならば、アイカは。
フェイクνガンダムのコックピットにビルドボルグを突き立てる、その刹那の内に、いくつもの思い出がアイカの脳裏をよぎって、そして泡沫のようにはじけて消えていく。
なんのために捨てたのかさえわからないものたちのこと。
なんのために泣いてきたのかさえわからない、青い、青すぎて心に痛みを覚えるような、青春のこと。
それら全てが赦されたなんて、アイカは思っていない。
ずぶずぶと、装甲を裂いて突き立てる刃を深く沈めながらも、アイカは皆が必死に守ろうとしているこの世界に、ただ静かに、祈るような思いを馳せる。
エリィにとって、アイカがいなければ前に進めなかったというのなら、それはまたアイカにとっても同じだった。
エリィがいてくれたから、皆がいてくれたから、そして。
──いきてれば、ぜったいにいいことあるから!
幼い頃にいじめられていた誰かを庇って、ぼこぼこにぶちのめした時に言い放った言葉が、そして、その時に差し出したイルカを象ったバレッタの記憶が、アイカの脳裏を過ぎる。
ああ、そうか。
そうやって、始まったんだ。
ここにたどり着くまでに刻んできた、いくつもの足跡のことを想う。
透明よりも澄んで、綺麗な輝きが描く軌跡のことを、そして、今ここに立っている強い理由と奇跡のことを、アイカはその脳裏に描く。
裏ではコーイチとアンシュが駆る【ロードアストレイダブルリベイク】が残った巨大戦艦を撃破する姿がある。
有志連合たちは各サーバーにも現れて、アルスが派遣した艦隊やガンプラを順調に撃破していることだろう。
そして、アルスとの決着は今まさに、リクとヒロトがつけようとしている。
ならばこの戦いは、「リビルドガールズ」が戦ったことの意味はどこにあるのか。
フェイクνガンダムが爆発する衝撃を全身に受けながらも、毅然と立ち上がって架空のソラを舞う妖精の女王はその双眸に翡翠の光を灯して、静かに手を伸ばす。
そして、空から降ってきた因幡の白兎が差し伸べられた手を取って、ダブルオースカイメビウスと、全てのアーマーを継ぎ接ぎで纏ったコアガンダムIIがアルスへと止めを刺す、その瞬間を見届ける。
「エリィちゃん」
「……なんですか、アイカさん……?」
「あたし、ここにいて良かったって、そう思うんだ」
「……えへへ、わたしも、です……」
多分きっと、ここがいいって、ここにいたいって、ずっと叫び続けてきたんだ。
アイカはこぼれ落ちてくる涙を拭いながら、コンソールに映る恋人の、否、きっとそんな言葉でさえ陳腐に感じてしまうほど大事なひとの姿を目に焼き付けながら、「ELダイバー奪還戦」を除けば正式に認定される第三次有志連合戦に幕が引かれるのを確かに見届ける。
──あたしは、ここにいる。エリィちゃんが、ここにいる。
アイカの唇が誦じたその言葉はどこか、歌のように聴こえて。
チィがいる。アキノがいる。イリハが、キョウスケが、ユユが、クオンが、テンコが──それぞれに理由を抱えてこの電子の海にいる。
きっと、理由を抱きしめて、理由に抱きしめられて。
今日も、「たのしい」と「だいすき」と共にこの場所に、立っているのだ。
そんな当たり前を、だけどきっと、何よりもかけがえのない始まりをその胸に抱きながら、アイカとエリィはここに至るまでの足跡を数えて、二人で涙と共に、そっと微笑み合うのだった。
きみの一歩とぼくの一歩、これは、蹉跌と再生の御伽噺。