俺の家にTASがやって来た   作:ニコnc

7 / 10
浩一くんと隣人

 部屋に入って三十分ぐらい。

 その間ずっと宇宙語を喋っていた。

 いや宇宙の言語って言うわけではなく、言語不明だから宇宙語と言うわけだ。

 隣のTASは全部理解していたようだけでも。

 

「で、なんの話だったんだ?」

「個人情報垂れ流していただけですが、聞きますか?」

「……いや、いい」

 

 個人情報聞いてどうすればいいんだよ。

 反応し難いんだけど、ほんと。

 

 で、その肝心の宇宙語を喋っていた人は寝ている。

 寝ていると言うか話し終えたら倒れたのだ。

 白目むいてたし、一瞬死んだかと思った。

 一応心臓も動いているらしいし、気絶らしいけども。

 

 倒れてすぐ、TASがそれなりの対応を取ってくれたから助かった。

 ……それなりの、それなりの対応をな。

 

「つーか、騒音ってなんなんだ?」

「もう片方の隣の可能性もありますね」

 

 きっとこいつは知っているだろう。

 知っていて、わざとそう言っているのだろう。

 理由は不明だが、絶対に知っているはずだ。

 

 しかしこう……ここで寝られるととても困る。

 なにが困るって色々絵面がやばいからだ。

 今現在の姿は……言及しないとして、仮にも女性。

 

「TAS、起こせるか? 簡単にでいいから」

「できますよ」

 

 そう言うと少し息を吸って、いつもより明らかに高い声でこう言った。

 

「先生! 原稿を……」

「ご、ごめんなさいぃッ!! ま、まだなんですぅッ!? ……って、アレ?」

 

 ポカーンとして周囲を見渡す。

 そして俺とTASを交互に見て、メガネをかけ直す。

 ちょっとした硬直を挟んで……。

 

「きゃあああああッ!!?? 変態ィィ!!?」

「誰が変態だこの野郎ッ!! なんもしてねぇだろッ!?」

 

 数分後。

 お茶を飲んで落ち着いた女性は、メガネを拭く。

 

「いやー、すいませんっす。ちょっと疲れてたみたいっすね」

「疲れてたって……徹夜してたんだろ」

「そうっすね……締め切りに間に合いそうになかったんで三徹ほど……」

「死ぬだろ、それ」

 

 締め切り……と言うことは、漫画家だろうか。

 大変そうな仕事である。

 

「私、徹夜してると少しおかしくなるんすよね。で、隣の部屋に文句に言いに行くことが多いんすよ」

「迷惑すぎるだろ……って、前から住んでた割には、俺の方に来るのは初めてだよな?」

「いえその……毎回、もう片方の部屋の人に文句言ってたんすよ。そしたらその人……その、鬱になったらしく……引っ越したんすよ」

「えぇ……」

 

 傍迷惑とかそんなレベルを通り越しているんだか。

 いや、怖えな。

 てか、引っ越したってことは……まさか、毎回来るのか? 俺の方に。

 

 TASの方を見ると、相変わらずの無表情だった。

 家に来ることについて、なにも思っていなさそうだ。

 

「いやー、申し訳ないっす。ところでこの部屋って少しおかしいっすよね」

「おかしい……と言うか、そのなんだ。気にすんな」

 

 TASが引き起こした惨状で大変なことになっていた。

 昨日踏んだ『無』がエンドロールを流し続け、隅の方にハマったキノコが変な挙動で振動している。

 瓶に収めたクッキーがいくつも重なって瓶からはみ出ていた。

 ちなみに全て無音である。

 

「あ、私、漫画家の高橋って言うっす。よろしくっす」

 

 そう言えば隣人に挨拶なんてしたことがなかったな。

 こうして会うのが初めてだ。

 

「えっと……浩一だ。よろしく」

「私はTASです」

「たす……? 変な……じゃなくてユニークな名前っすね」

 

 あんま意味が変わってないように思う。

 

「T、A、S、でTAS。聞いたことない?」

「ああ! ……コスプレっすか!」

「……コスプレとは心外ですね」

 

 何故かTASがムッとした顔になる。

 今の何処に怒る要素があったのか全く理解ができない。

 こいつがコスプレと言われて、怒るようなやつじゃないだろうに。

 

 自己紹介を終えるとほぼ同時に、突然外から声が聞こえた。

 聞いたことが……と言うか、さっきTASが出した高い声と同じ声だ。

 

「先生! いますかー!?」

「げっ……ま、まずい! 私、帰るっす! あの、ありがとうございました!」

「あー、うん」

 

 慌ただしい様子で、部屋から出て行った。

 外で怒られているような声が聞こえる。

 

「……はぁ。引っ越したいなぁ」

 

 落ち着いたようで落ち着いていない部屋の中、俺はそう呟いた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。