ブラウンシュヴァイクからフォーゲルに転生したけど、立ちはだかったのはヤン・ウェンリー(原作読破済み転生者)だった 作:ひいちゃ
新キャラ、ナギさんの登場に、グリグリ、まさかの転落!
どうぞお楽しみいただけたら嬉しいです。
「シュリンプハイム大尉、軍務省に出した、要塞司令官の交代の陳情はどうなってる?」
わしの質問を受けて、傍らに立つ20代前半ぐらいの女性は、なぜかむすっとした顔をして答えた。
「はい。なんとか通り、今月末に、新しい要塞司令官が配属されるそうです。ところで司令。私の名前はシュリンプハイムではありません。シュトックロルムハウンゼン大尉、です」
「あぁ、そうだったな。すまん、シュトックハウゼン大尉……あれ?」
彼女はまた機嫌を悪くしてしまったようだ。本当に名前が長くと困るな。
「あー、シュトックロルムハウンゼン大尉」
「なんです?」
「貴官には済まぬが、貴官のことは、ファミリーネームのほうではなく、『ナギ』とファーストネームで呼ぶようにしたい。かまわないかね?」
「はい。士官学校でも、長い名前を呼ぶのはみんな大変なようで、『ナギ』と読んでましたし、かまいません」
「そうか。それはありがたい」
「ですが」
「ん?」
「一応、ボケ防止のサプリメントを飲んだほうがよいかと思いますよ」
「……」
さて。彼女は、ナギ・フォン・シュトックロルムハウンゼン大尉。艦隊司令官となり副官の任から外れたバルトハウザーの代わりに着任した、新しい副官だ。
貧乏貴族の令嬢として生まれ、家計を助けるために軍に入隊したという。顔が若干濃いものの、かわいらしい女性だ。性格も同年代の女性らしく、少し落ち着き、でも明るくはあるが、少し毒舌家で、ちょっと腹黒なところがあるのが難点か。
わしが副官のナギ大尉と話していたのは、このイゼルローン要塞の人事についてだ。
旧体制時代から、イゼルローン要塞の指揮系統は、駐留艦隊の指揮を行う艦隊司令官と、要塞自体の防衛を担う要塞司令官の二つに分かれていた。
ローエングラム公が政軍両方を掌握してからは、要塞指揮官は艦隊司令官……つまり、わしの指揮に従うように指揮系統が改められたが、それでも、艦隊と要塞とで責任者が分かれているのはそのままであった。
……なお、普通は艦隊指揮官が要塞指揮官に従うのが筋と思うのだが、それがなぜ逆になったかということをキルヒアイス軍務尚書に尋ねてみたところ。
「卿の才覚に期待してのことです。頑張ってください(にっこり)」
という返事が返ってきた。これは、評価されているのか、プレッシャーをかけられているのか、どちらであろうか。
現在のイゼルローンの要塞司令官は、トーマ・フォン・シュトックハウゼンという人物であるが、彼は指揮官として劣っている部分はないものの、特に優れている部分もあるわけではなく、いわば平凡といった感じの軍人である。あと、頭が固いのも欠点だな。
今までのような、平凡な時代であれば、彼のような軍人でも務まったろうが、叛乱軍が攻勢を仕掛けてきたこのご時世では、やっぱり不安を感じてしまう。前世でのイゼルローン失陥は彼のせいでもあると、アンスバッハから聞かされていたこともあった。
そんなわけで、わしは何度も、軍務省に要塞司令官の交代を陳情していたのだ。
前の戦いで、かなりの損害を出していたこともあり、なかなかわしの陳情は通らなかったが、何回も陳情を繰り返し、今回ようやく、新しい司令官がやってくることになった、というわけだ。
* * * * *
と、そこで、要塞内に警報音が鳴り響いた!
「何事だ!?」
総合指令室に駆け込んだわしがオペレーターに問うと、そのオペレーターは緊張した面持ちで答えてきた。
「はい。イゼルローン回廊の叛乱軍側出口に、敵艦隊を発見! 三個艦隊、こちらに向かってきます!」
三個艦隊? いくらあれだけの戦略を見せた叛乱軍とはいえ、三個艦隊だけでこのイゼルローンに向かってくるとは、とても無謀ではないか? いや待てよ。それだけの叛乱軍だ。何か手があるかもしれんな。
とはいえ、敵がやってきてるのに、手をこまめいているわけにもいくまい、うむ。
「よし、ただちに出撃する。敵が何か手を仕掛けてくる可能性もある。バルトハウザー艦隊とグリルパルツァー艦隊は、要塞周辺に展開し、もしもの時に備えよ。身分が明らかにならない者は、決して要塞内に入れないように。これは、要塞司令部にも通達しておくように」
「了解しました」
* * * * *
一方。ヤン独立軍総旗艦・ヒューベリオン。
その艦橋のレーダースクリーンには、回廊出口に展開し、少しずつ前進している他の三艦隊に向かっていく、フォーゲル機動艦隊群の四艦隊が、四つの光の点として映し出されていた。
「あえて我が軍の艦隊を囮に使うとは、考えましたね、閣下」
そう目を輝かせて言うフレデリカに、ヤンは頭をかきながら言った。
「前にも言った通り、イゼルローンを守るのは、ゼークト提督ではなく、帝国の最精鋭の一つと言われるフォーゲル機動艦隊群だからね。これぐらいしないと、向こうもこちらの振りに引っかかってくれないだろう。でも、彼らが要塞の近くに艦隊を置いていったのは痛い。さすがにゼークト提督とは違うか。ここは、シェーンコップ大佐や薔薇の騎士の演技力に期待するしかないな」
そのヤンの言葉に、ムライが咳払いし、困ったように言葉を返した。
「司令、そんな投げやりな……」
「そう考えるしかないんだから仕方ない。まぁ、失敗したら私が責任とって退役しちゃえばすむことさ」
* * * * *
「提督。前方から、我が軍のものと同型の巡航艦が接近」
そのころ、イゼルローン要塞の至近に展開していたバルトハウザー艦隊旗艦、ヴェーレスにその報告が入った。
「所属確認はしたのか?」
「はい。門閥の残党と名乗っております。残党の首魁であるフレーゲル元男爵と、あと要塞を無力化するための秘策を手土産にしている、と」
「ふむ……。だが、本当にそうなのかわからん奴を入れるわけにはいかん。まずは彼らにそれを質すよう……」
と、そこに、近くに展開しているグリルパルツァー艦隊の旗艦、エイストラから通信が入る。
「ならばバルトハウザー少将。その役は私がやろう」
「そうか、済まぬ。我が艦隊はこのまま監視を継続する」
「了解」
だが。
「例の巡航艦、再び要塞に向けて出発しました」
「なんだと!? まだ数分しかたっていないぞ! グリルパルツァー少将はちゃんと彼らの身分確認をしたのか!? そのへんを少将に問いただせ!」
「それが……。『問題はない』『ちゃんと身分確認はした』の一点張りで、しまいには通信回線を閉じてしまわれました……」
「何を考えているのだ、グリルパルツァー少将は……」
バルトハウザーは知らない。グリルパルツァーに、フェザーンからの手が回っていることを……。
* * * * *
「閣下、薔薇の騎士たちは、無事に要塞内に潜入できた模様です」
フレデリカからそう報告を受けたヤンは、一度頭をかくと、あきれたような口ぶりで言った。
「一時はどうなるかと思ったけど、うまくいってよかったよ。それにしても、その受け入れた艦隊の指揮官はなんなんだろうね。素性の怪しい者を入れるなんて、よほどのバカか、それとも、もしかしたらフェザーンからの調略を受けているのか……まぁ、そのおかげで作戦がうまくいったから、願いかなったりだけどね」
そう話すヤンの指揮する艦隊は、他の指揮下艦隊が展開している場所にはいなかった。
では、どこに展開していたのか? それは……。
* * * * *
一方、イゼルローン要塞内。
そのドック内で、要塞司令官のシュトックハウゼン上級大将は、門閥の残党を名乗る者たち……実は薔薇の騎士(ローゼンリッター)の変装……と対面していた。
「私が、要塞の防衛の責任者であるシュトックハウゼン上級大将だ。それで、門閥の残党を名乗るフレーゲル元男爵は?」
そう聞いてくるシュトックハウゼンに、残党を名乗る者たちの一人……シェーンコップ……は、帝国流の敬礼を返して答えた。
「はっ。小官は、元リッテンハイム家の私設軍に配属されていた、ラーケン少佐であります。元男爵は、我々が帝国に再亡命するにあたり抵抗し、銃撃戦の末、重傷を負ってしまったので、シャトルの中に寝かせております」
「そうか。それでもう一つ、貴官がこのイゼルローンを無力化する鍵を知っていると聞いたが、それは……?」
「はい、それは……」
そう言うと、シェーンコップは巧みな動きで、護衛の兵を倒しつつ、シュトックハウゼンの後ろに回り込み、羽交い絞めにした。
「それはこういうことです。上級大将閣下!」
「き、貴様ら……。叛乱軍か!」
「いかにも。同盟軍薔薇の騎士連隊隊長、ワルター・フォン・シェーンコップだ。覚えておいてもらおう。さぁ、司令官の命が惜しくば、メイン管制室にエスコートしてもらおうか」
そして、シェーンコップは、部下の薔薇の騎士連隊員たちとともに、シュトックハウゼンを動きを封じたまま、メイン管制室に入っていた。
要塞司令官を人質にとられ、手も足を出ず立ち尽くす要塞の管制員たち。しかしその時、シュトックハウゼンの副官、レムラーがナイスプレイを見せた!
一瞬のスキを突いて、彼はコンソールの一つに飛びつき、それを操作したのだ!
「貴様!」
薔薇の騎士の一人が、とっさに銃を抜き、レムラーの肩を撃ち抜いた!
しかし彼は、肩を抑えつつ、勝ち誇った笑みを浮かべてこう言った。
「ははは、ざまを見ろ叛乱軍め。今の操作で、制御系をここからサブシステムにつなぎなおすとともに、艦隊のほうにも緊急事態を知らせた。ここからではいくらいじっても、要塞を制御することはできんぞ!」
だが、それにも、シェーンコップは動じなかった。彼は不敵な顔をして言い返した。
「なかなかやるじゃないか。だが、それでこちらを追い詰めたと思ってもらっては困るな。リンツ、ただちにサブシステム室に向かえ」
「わかりました」
シェーンコップの指示を受け、薔薇の騎士の副隊長、カスパー・リンツ少佐が部下の一隊とともに、管制室を出て行った。
* * * * *
一方、このころ、グリルパルツァー艦隊旗艦エイストラにて、グリルパルツァーは驚愕で立ち尽くしていた。
彼はただ、「叛乱軍からの亡命者と名乗る者を通してやれ」と言われたのみで、まさかそれが、イゼルローンを陥落させるためだとは聞かされていなかったのだ。
そして何よりも。
(な、なんということだ……! このままでは私は、裏切者として粛清される……! いや、そこまではいかずとも、利敵行為として断罪されるかもしれない……! いや待て。確かフェザーンは、奴らのところへの亡命の手はずと整えてくれると言っていた。ここは彼らの元に逃げ込んで、彼らに責任をとってもらおう、うむ、それがいい)
このすぐあと、エイストラから一隻のシャトルが脱出したことに、誰も気づく者はいなかった。
* * * * *
同じころ、同盟軍三個艦隊と交戦中の、我が機動艦隊群、旗艦シェルフスタットⅡ。
その艦橋でわしは、驚くべき報告を受けていた。イゼルローン要塞に敵の工作隊の潜入を許してしまい、要塞司令官のシュトックハウゼン上級大将が敵の捕虜にして人質にされたというのだ。
「なんということだ……。だからあれほど……。それで、グリルパルツァー少将の艦隊と、バルトハウザーの艦隊は?」
「はい。両艦隊とも、敵から『要塞から離れよ。さもないと司令官の命はない』と勧告を受けて、要塞の周辺空域から離脱し、こちらへ合流すべく移動中とのことです。あと、グリルパルツァー艦隊のほうは、指揮官が突然いなくなった、とのことで、緊急にバルトハウザー少将が指揮しているとのことですが」
その報告を受けて、わしはうなり、そして考え込む。
ただちに救援に行くべきではあるが、目の前の敵艦隊からの攻撃も激しく、今から要塞のほうに向かう余裕はない。
……仕方あるまいな。
「やむを得ん。我が艦隊群はこのまま戦闘を継続。なんとかこの戦いにけりをつけた後、要塞のほうに戻るぞ!」
「え、提督? シュトックハウゼン上級大将の身柄はどうするのですか?」
「仕方あるまい。要塞と司令官、天秤にはかけられぬ。司令官は代わりがいるが、要塞が奴らに制圧され、トゥールハンマーを撃たれたらおしまいだ。その前に、なんとしても要塞を取り返さなくてはならぬ」
「なるほど……」
同盟の薔薇の騎士がサブシステムを制圧して、要塞を掌握するのが先か。それとも、帝国のフォーゲル機動艦隊群が、目前の戦いに区切りをつけて要塞に引き返すのが先か。
イゼルローンの戦い。勝利の女神は、いまだどちらに祝福のキスを与えるか、決めかねている……。
さてさて、次回はまたまたちょっと驚く展開になっていきます!
今まで名前が全然出ていなかったあの男がまさかの……?
次回、『薔薇の騎士、と言っても男色じゃないそうです(後編)』
転生提督の歴史が、また1ページ