ブラウンシュヴァイクからフォーゲルに転生したけど、立ちはだかったのはヤン・ウェンリー(原作読破済み転生者)だった 作:ひいちゃ
果たしてイゼルローンとフォーゲル機動艦隊群の運命は!?
『先輩、まだですか!? 損耗率も弾薬も、そろそろ限界です!』
イゼルローン回廊の、帝国側にある小惑星帯。イゼルローン要塞の索敵システムの死角にあたるこの地点に艦隊を展開していたヤン主力艦隊。その旗艦ヒューベリオンの艦橋には、そんなアッテンボローの悲鳴が何度も響いていた。
アッテンボロー、モートン、カールセン率いる艦隊三個艦隊は、帝国軍フォーゲル機動艦隊群の四個、合流してきたバルトハウザー艦隊と元グリルパルツァー艦隊合計およそ一個艦隊を相手に、激戦を繰り広げていた。
巧みに艦隊を動かし、損耗を抑えつつ、帝国軍を逃がさないように立ち回っていた彼らだったが、それもそろそろ限界を迎えようとしていたのである。
だが、それでも待ってもらうしかない。制圧前に、帝国軍に引き返させてしまっては、今度は要塞に潜入してきたシェーンコップたちが窮地に陥ってしまうからだ。
とはいえ、それも限界かもしれない。ここに来てヤンは、最悪の決断……作戦の中断を下すべきか、その選択を頭の片隅に置いた。
イゼルローン要塞から朗報が届いたのはその時である。通信士が、指揮デスクにあぐらをかいて座っているヤンに報告する。
「シェーンコップ大佐から入電です! 『ティーパーティの準備はできた』! 繰り返します! 『ティーパーティーの準備はできた!』」
その報告に、ヒューベリオンの艦橋が沸いた。ついに念願のイゼルローンの攻略が成ったのだ。
だがそれでも、ヤンは表情を崩さなかった。まだ終わったわけではない。引き返してくるフォーゲル機動艦隊群を追い払わないと、勝ったことにはならないのだ。
「よし、ただちにイゼルローン要塞に急行! 接収に取り掛かるぞ! アッテンボロー、待たせたな。聞いての通りだ。後は私が対処する。各艦隊はただちにアスターテに帰投してくれ」
『寿命が縮むかと思いましたよ……了解です』
そして通信は切れた。ヤンは一息つくと、指揮下の艦隊に号令を下した。
「よし、全艦、発進! 目標はイゼルローンだ!」
* * * * *
一方のフォーゲル機動艦隊群。
「閣下、敵艦隊が撤退を開始したようです」
副官のナギ大尉からその話を聞いたわしは一息つく。やれやれ、やっと退いてくれたか。急がねばなるまいな。
「よし、このままイゼルローン要塞に急行するぞ!」
「え? 閣下、再編はどうするのです?」
ナギ大尉の問いに、わしは首を振る。
「そんな暇はない。奴らが引いたということは、それはもう退いてかまわない状況になった、ということだ。それはつまり、奴らの要塞制圧が最終段階に入ったということだ。一刻の猶予もない。奴らが要塞を完全掌握する前に、要塞に突入し、取り返さなくてはならん」
「なるほど……。猪突猛進な脳筋ではないんですね、司令」
この状況になっても、変わらぬ毒舌の彼女に苦笑しながら、わしは全艦隊に帰投の号令を下した。果たして間に合うか……?
* * * * *
イゼルローン要塞の指令室。
その司令官席のデスクに、ヤンはあぐらをかいて座っていた。その傍らには、フレデリカとシェーンコップの姿もある。というか、指令室の中には同盟軍の人間しかいなかった。
そう、要塞は数歩遅く、同盟軍に完全掌握されてしまっていたのだ。
オフレッサーを下したシェーンコップらは、大急ぎでサブシステム室に向かった。罠を使ってとはいえ、オフレッサーを下した薔薇の騎士たちを前に、帝国兵たちの士気は落ち、彼らの前を阻むものはもちろん、落とし穴に落ちたオフレッサーを助けようとする者もほとんどいなかった。
かくしてサブシステムに到着した彼らは、ただちに吸排気ダクトから睡眠ガスを流し、要塞内の帝国兵を昏倒させ、無力化したのであった。オフレッサーは起きてこられると面倒なので、眠らせたまま脱出カプセルに押し込み、そのまま要塞内から放逐した。カプセルには数週間分の空気と水、食料がある。そうすぐ死ぬことはないだろうし、運が良ければ帝国軍に助けられるかもしれない。もしそうならずに宇宙の迷子になったとしても、それはシェーンコップの責任外のことである。
かくして要塞を完全掌握した同盟軍は、こうして引き返してくるフォーゲル機動艦隊群と対峙しているのであった。
「トゥールハンマーのほうはどうだ?」
「はい、エネルギー充填、完了! いつでもいけます!」
ヤンはそのオペレーターの報告にうなずくと、少し考えるように目を閉じたあと、再び口を開いた。
「よし、発射角、上下角80度、左右角-40度、誤差修正5度に設定。設定ができ次第発射してくれ」
それを聞いてオペレーターはきょとんとした。その発射角は確かに敵艦隊に向いているが、フォーゲル機動艦隊群のどの艦隊にも直撃しない、彼らをかすめる角度だったからである。これで発射しても、敵に打撃を与えることはできない。
オペレーターと同じく、きょとんと驚いた表情をしているシェーンコップに、ヤンはいたずらっぽい笑顔を向けた。
「トゥールハンマーを敵艦隊に撃つのは戦いではなく、一方的な虐殺、だろ?」
シェーンコップはそのヤンの言葉に、再び驚いた。まるで自分がその言葉をこの後に言うのがわかりきっていたかのような口ぶりだったからだ。
驚いた彼だったが、シェーンコップは、魔術師と呼ばれるほどの男なら、自分の考えを読むこともたやすいのだろうと思うことにして、それ以上このことを考えるのをやめたのだった。
もっとも、ヤンは原作で、シェーンコップがそう言っていたのを思い出し、彼に配慮するとともに、先に言ってやっただけなのだが。
そして、ヤンには他の想いがあった。
ヤンは現世ではともあれ、前世では日本人のサラリーマンだった。転生した後でも、その前世での人格は、今の彼に少なからず影響している。そんな彼は、前世での核や、現世でのトゥールハンマーなどのような大量破壊兵器を使うことに、少なからぬ抵抗があったのだ。やむを得ない場合には仕方ない、とはいえ、できるならばその兵器で多くの人を死傷させるのは避けたい、と思っていた。
「設定のほうはどうだ?」
「あ、はい。設定はできました」
「よし、発射!」
* * * * *
イゼルローン要塞へと急ぐわしの目に、イゼルローン要塞に現れた光の点が映ったのはその時だった。
しまった、遅かったか! しかもこのタイミングでは回避運動も間に合わん!
わしは覚悟を決めて、目をつぶった。
だがしかし。
目を開けると、先ほどとは変わらぬ景色が眼前にあった。どうやら、天上ではないよう……だ。
わしはあわてて、オペレーターに問いただす。
「と、トゥールハンマーはどうなった?」
「は、はい。発射はされましたが、我が艦隊をかすめる角度に発射されまして、被害はありませんでした……」
オペレーターは、そう信じられないような表情と口調で言う。
助かった……のか? まだ頭の中が混乱してるわしに、ナギ大尉が戦慄すべき報告を持ってきた。
「司令。要塞を占拠した叛乱軍から通信です。『ただちに降伏、さもなくば撤退されたし』……と」
「……」
その報告を聞き、わしは考え込む。今の通信と、トゥールハンマーをわざと外したこと。そこからわしはあることを導き出した。
それは、叛乱軍の司令官は、大量虐殺のような真似を嫌う、人道的な人物ではないかということだ。普通の司令官なら、一撃目で容赦なく、我らを抹殺しようとするだろう。だが、この司令官はそれを嫌い、敵味方問わず犠牲を少なく済まそうとしている、また非道な手段を極力使わずに済まそうと考えているのではないか。
それは甘くはあるが、わしは悪い気はしなかった。敵味方ではあるが、その司令官には尊敬の念を抱くし、好ましい人物だとも思う。前世にて、自領の惑星に核をぶち込んだ、どこかのブラウンシュヴァイク公にも見習ってほしいくらいだ。
では、その甘さに付け込んで、このまま奪還に向かっていくのが得策だろうか。いや、それはダメだろう。いくらそんな甘くも尊敬すべき司令官とはいえ、それに付け込むようなことをしたら、彼が今度こそ我が艦隊に死神の鎌を振るわないという保証はない。というかわしなら、そんなことをしてきたら容赦なくトゥールハンマーを撃ち込む。
それに、今のトゥールハンマーで、我が艦隊の士気はかなり落ちてしまっている。艦橋要員はもちろん、ヒルデスハイムなどは失神してしまっているほどだ。とても、今の状態で要塞を奪還できるとは思えない。
……仕方あるまい。わしは覚悟を決めた。この事態を招いたことの責任をとる覚悟を。
「……叛乱軍の勧告を受け入れる。我が艦隊はただちにイゼルローン回廊から帝国本土へ撤退する。敵軍に、勧告を受け入れ、この宙域から撤退すること、撤退が済むまで、我が艦隊に一切の攻撃はしないことをお願いすることを、通達してくれ」
「了解……」
ナギ大尉はいつもの彼女らしくない青ざめた顔で、この場を離れた。仕方あるまい。彼女にとって初めての敗北だからな。
わしだって、内心では打ちひしがれているんだ。彼女に気丈にふるまうように言うのは酷というものだろう。
返事はすぐに返ってきた。こちらからの要請は無事に通り、我が艦隊がイゼルローン回廊を出るまでは、一切の手出しをしないと約束してくれた。
それを受けて、わしは艦隊を粛々と、この宙域から撤退させたのだった。
……さて。では、辞表と、部下の赦免嘆願書を書く準備でもするとするか。
* * * * *
イゼルローン要塞の指令室。
「グリーンヒル大尉。要塞からの帝国兵の退去状況はどうなってる?」
「はい。先ほど、最後のシャトルが帝国本土に向けて出発。これで退去作業はほとんど完了しました」
「そうか、それはよかった」
そう言うと、ヤンは微笑んで紅茶を一口すすった。
「イゼルローンを攻略し、これを取引材料として、帝国に休戦を持ち掛ける……。これがプラン・アルファですか。原作でも似たような案が出ましたね」
「あぁ。原作では、政治家たちの暴走と、どこかのフォークとかいう馬鹿のせいで、この後一気に帝国領侵攻になだれ込んでいき、我が軍が大きな損害を受けたことで、その後ラグナロック作戦に至っちゃったけど、今回はそういうこともないだろう。後は今後の交渉次第だね」
と、ヤンとフレデリカが会話しているところに、一人の通信士官がやってきた。
「司令。一つ報告すべきことが」
「何かな?」
「はい。先ほどから、この要塞のサブ通信回線に、『健康と美容のために、食後に一杯の紅茶』という電文が、何度も入電しているのです」
それを聞き、フレデリカは目を見開いた。ヤンも、驚いた様子はないものの、渋い顔をする。
「閣下。その通信文は……」
「あぁ。これはもしかしたら……」
その瞬間、指令室の電気が一斉に消灯した。それだけではない。指令室の全コンソールも、全て同時にその灯を消している。
「……してやられたな」
* * * * *
一方、アムリッツァ星域に到達した、我がフォーゲル機動艦隊群、旗艦シェルフスタットⅡ。
その司令官執務室で、わしは部下の赦免嘆願書を書いていた。既に辞表は書き終え、封筒に入れてある。オーディンについたら、これをそのまま宇宙艦隊司令部に提出するつもりだ。
シェルフスタットⅡともこれでお別れか。何か寂しくなるな……。でも、退役したら何をしようか。一度、シュザンナの顔でも見に行ってやるか。あぁ、この敗戦の責をとらされて処刑される可能性もあるか……。せめてそれでも一目、シュザンナの顔を見たいところだが。
と、そこに。ナギ大尉から艦内回線で通信がきた。
『司令。ローエングラム司令長官から通信です。回線つなぎます』
「あぁ、そうしてくれ」
すると、目の前の通信スクリーンに、ローエングラム公の姿が映し出された。覚悟ができてると言っても、やはりこうして向かい合うと緊張するわい。
『フォーゲル上級大将、イゼルローンの陥落、痛恨事であったな』
「はい。誠に申し訳ありません。謝罪して済むようなものではありませんが……。閣下、この敗戦は全てこの私の責任。私はともかく、部下たちには寛大なご処置を……』
だが、なぜかローエングラム公は少し柔らかい笑みを浮かべた。
『いや、卿が謝罪することでもないし、責任を取ることでもない。私も、奴らがそのような手を使ってくるとは読めなかったのだからな。むしろ、門閥どものように、滅びの美学に酔って要塞に無理に突撃し、多くの艦や兵を失うことはせずに、被害を最小限にとどめて撤退したのは褒められることだろう』
「ですが……」
『ふふ、心配するな。実はキルヒアイスがこんなこともあろうかと、イゼルローン要塞に密かにある罠を仕掛けておいたのだ。今頃、叛乱軍の奴らは慌てているであろう』
「は、はぁ……」
* * * * *
「ロジックボム?」
イゼルローン要塞のドック、そこに係留されているヒューベリオンの艦橋で、フレデリカはヤンにそう尋ねていた。
「あぁ。あの通信文を受信した時、仕掛けられたプログラムが発動して、要塞の制御システムを破壊するようにしていたんだろう。ただ緊急停止するだけでは、復旧される可能性があるからね。まさにボム……爆弾というわけさ」
ヤンは苦笑を浮かべながら、フレデリカに、要塞内に発生したことについて説明していた。説明を受けた彼女は、それを理解しながら、ある一つの懸念を述べた。
「それでは帝国は、逆に我々を籠の中に閉じ込めるために、ボムを爆発させたんでしょうか?」
その質問に、ヤンは首を振って否定する。
「いや、それはないと思うな。我々の侵入を完全に防ぐことができるこの要塞を、我々を一網打尽にするためだけに台無しにするのは、あまりに割に合わないから。あくまで要塞が万が一にも奪われた時のために仕掛け、要塞を我々に奪われ、使われるくらいなら、と発動させた、というところだろうと思うよ」
電文の謎についても、ヤンは説明した。
あの言葉は、特に意味があって決めたわけではない。帝国軍が、帝国軍の通信で使われる可能性の少ない単語を集めて文にしただけ。ヤンも同じ方法で暗号文を作ったんだから、同じものになる可能性は低くない、と。
「それにしても、せっかくプラン・アルファがうまくいくかと思ったけど、こんな手でひっくり返してくるとはね。さすがに役に立たない要塞を取引材料にはできない。やっぱり一筋縄ではいかないか……さて、脱出の準備はできたかい?」
ヤンに聞かれたオペレーターは、ちょっとびっくりしながらもうなずいて答えた。
「はい。全ての人員の乗艦、完了。いつでも出発できます」
「よし、それでは、ケツまくってアスターテに逃げるとしようか」
* * * * *
「そのような罠を仕掛けていたのですか」
『あぁ。いざというときのために仕掛けていたのだが、まさかそれがここで役に立つとはな』
そう言って苦笑するローエングラム公。彼の話では、イゼルローンが万が一にも落ちた時のために、要塞の制御システムに、その制御システムを一発で破壊する罠を仕掛けておいた、というのだ。
さすがキルヒアイス軍務尚書。あらゆる可能性を考えて、そのための備えをしていたとはさすがだ。そういえば、同盟領侵攻作戦の時にも、もしもの可能性を考えて、我が艦隊の輸送艦とイゼルローンに指向性ゼッフル粒子を積んでいたし、本当に、『さすが』という言葉しか出てこない。
「それでは我が艦隊はこれから、要塞を奪回しに?」
『いや。制御システムを破壊してしまった今、あの要塞はもはやただの置物に過ぎん。それを取り返すために戦力と労力を費やすのはよろしくないと思わんか? オーベルシュタインなら、『技術と労力の浪費だ』と苦言を呈するところだろう』
「はぁ……」
『そういうわけだ。貴官と指揮下の艦隊群は、この後、アムリッツァ星域に駐留し、引き続きイゼルローン方面に目を光らせてくれ』
「了解しました」
そして通信は切れた。かくしてわしと部下たちの首の皮はなんとかつながった、か……。本当にキルヒアイス軍務尚書には頭が上がりそうにないな。
そしてわしは頭を切り替えて、アムリッツァに駐留するために、艦隊の再編作業を始めるのであった。
今回、イゼルローンのシステムを破壊したのは、そのまま同盟軍に渡しては、逆に帝国が同盟に侵攻するさいに最大の障害になるので、そうなる前に潰してしまおう、という判断からです。
さてさて、次からはいよいよ、新章に入ります!
次の章で帝国と同盟との戦いに決着がつく予定。どうぞお楽しみに!……していただけると幸い。
次回『プラン・ガンマ』。
転生提督の歴史が、また1ページ