「あばぅ……(知らない星だ……)」
おう、ちょっと寝惚け気味のバーダックだ。
目が覚めると見知らぬ星に到着済みだった。知らない天井より大分ヘビーだ。
自動的に開いていたハッチから這い出れば、足裏に土の感触。裸足だからな。ちなみに俺の装備はパンツ一丁である。赤ん坊としては正解だが、侵略者としては大間違いな格好だ。
さて、俺のポッドが着陸したのは森の中のようである。……ここからどうすればいいのだろうか。
地上げのために来たのはわかっているが、やりたくないのが正直なところ。急に冷酷非道なサイヤ人になれと言われても無理だし、何より戦闘力10のベイビーではなぁ……地球人の成人男性の約2倍といえど、残念ながらまだこの体に慣れ切っていない。よちよち歩きすらままならないのではサバイバルして生きていけるかも微妙だ。他の辺境の星行きのサイヤ人はどうしているんだろうか。生きてる方が不思議じゃないか? ある程度訓練してからの方が効率が良いだろうに。なぜ生まれてすぐに飛ばすのか、理解に苦しむ。クズには訓練してやる時間も惜しいってか?
「あぅ、あぶぅ……(で、どうするかね……)」
ポッドの前にちょこんと座り込み、短い腕を組んで途方に暮れる。
考えるポーズをしているからといって何か閃くわけでもないのだが、下手に動くのも気が引けた。変なモンスターみたいなヤツに襲われたら一発で死ぬからな。ここならポッドに逃げ込んで身を守るぐらいは出来るだろう。まあ、破壊されればお終いだが。ないよりはマシってことだ。
しかし、そうは言ってもずっとここに留まっているわけにもいかない。餓死する前に食料の確保くらいはしなきゃな。とりあえず木の実くらいで手を打っておけば一晩はしのげるかと思う。問題はどうやって採集するかだが……ところで、さっきから耳鳴りが酷いのは何なんだ? 宇宙船なんてものに乗っていたからだろうか。耳の奥でずっとキーーーーンとアラレちゃんの効果音みたいな音がしている。飛行機で耳鳴りがした時は飴を舐めるだとか唾を飲み込むだとかすればいいと言われるが、こりゃどうもそれで治りそうにないぞ。自然に治まるのを待つしかないな。
そうして耳鳴りに悩まされながら座り込んでいた時、ガサリと茂みが動いた。
咄嗟にポッドの中に這い込み、奥の方で身構える。冷や汗を流しながら注視していれば、「おや?」と人の声。
「赤ん坊じゃないか」
目の前に現れたのは、モンスターでも何でもなく、1人の男だった。年齢は40歳前後。見た目は殆ど地球人と変わらないが、尖った耳はこの星の住人の特徴だろうか。
男はポッドを見たが、特に驚くでもなく近づいて来る。そして俺をひょいと抱き上げた。
「こんな赤ん坊を置き去りにする良識のある親がいるわけはなし、1人で出歩いて迷子になるわけもなし……お前、捨てられたのかい?」
「ばぁっ?(はぁ?)」
「ふむ、尻尾があるな。耳の形も変わっている。まさかそれが理由で捨てられたのか? 酷いことをするものだ」
「あぅ、あばぁっ(いや、違っ)」
この人、サイヤ人を知らないのか? 悪名高い戦闘民族だぞ? まあ辺境の星と言うくらいだ。地球のように宇宙社会から隔絶されてても不思議はないだろうが……それにしても動じなさ過ぎやしないか。尻尾がある赤ん坊だぞ? もうちょっと驚くもんじゃないか?
何なんだこの男。まじまじと見れば、相手も興味深そうに俺を持ち上げたりひっくり返したりする。
「ふむふむ……名前は……バーダックか」
「だぁ!?(何で!?)」
なぜ名前がわかったのだろうか。驚いてじたばたしていると、男は俺のパンツの端を引っ張って言う。
「よかったなぁ、名前はちゃんと付けて貰えてたんだな」
どうやらパンツに書かれていたらしい。よく見れば確かに腰の辺りに何か文字が並んでいるが、俺にはさっぱり読めん。言葉がわかるのに文字がわからないって何か落ち着かないな。
そうして男は俺を観察していたが、暫くすると、うむと頷いた。
「よし、バーダック」
「あぅ?(はい?)」
「うちの子になるか」
「まぁうぁっ!?(何っ!?)」
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温かさに目を開けると、頭を撫でる手がある。
「おお、起きたのか」
「……少し寝過ぎた」
応答する俺の口から出るのは喃語ではない。体を起こし、地面に胡座をかいて肩を回す。長時間寝たせいで凝り固まっている。
「あまり根を詰めると倒れるぞ。ほどほどにしなさい」
お前はまだ子供なんだからと言う人物は、例の俺を拾った男だ。
あれからもう5年になる。ここはスルピク星という辺境の惑星で、現在俺はこの男──ザウアに養育されている。犬猫を拾うようにして大丈夫なのかと思ったものだが、案外しっかり育ててくれた。俺は前世の記憶がある分純粋な子育て程の苦労はなかったはずだが、この通り普通の子供に比べて違う面で面倒だろう。よくもまあ投げ出さずに5年も俺の親代わりをしてくれたものだ。
「ああ、そういえば今日は新しい書物が届く予定だったんだ。一息入れてお前も一緒に読むかい?」
今度の書物は原生生物についてのものだと楽しそうに話す。この俺の育ての親は生物学者で、ちょっとした変人だ。俺を見つけた時も研究のために森を散策している最中だったらしい。ナメクジが家の中で大量発生したり、実験用にと得体の知れないアメーバだかスライムだかを捕獲して来たり、一緒に暮らしているとなかなかに驚かされるが、だから俺を拾ってくれたとも言う。
「そうやって元気に動き回るのも結構だが、頭を動かしてやるのも必要だぞ」
「うん……本は好きだ。勉強も嫌いじゃない。でも、今はこうしている方がいい」
「いや、お前がやりたいことを咎めようというのではない。お前は賢い子だから心配はしていないよ。学校の学び程度では退屈なんだろう? 他の子と同じようにやる必要はないさ。ただ……」
「ただ?」
途切れた言葉の先を促せば、ザウアは眉をひそめて言った。
「未完成な身体で無茶をし過ぎではないかな」
「そんなことない。俺にはこのくらいが丁度いいんだ」
俺は満足に走り回れるようになるとすぐに身体を鍛え始めた。仮にもサイヤ人の肉体。戦闘に特化した身体は5歳児といえどかなり頑丈なのだ。
今まで生活を共にして、生物学者なら、いや、生物学者でなくともザウアは俺が普通の子供とは違うのが外見だけではないと気付いているはずである。一日中筋トレや走り込みをしても壊れない身体を持っているのだと知っているはずだ。だというのに、彼は「無茶をするな」と殊更言い含める。挙げ句にはこうしてトレーニングを見守っているし。いくら親心からの心配でも、ちょっと過保護なんじゃないか?
無意識に不満気な視線を向けてしまっていたのか、ザウアが苦笑する。
「まあ好きにするといい。自己管理が基本だが、危なくなれば私が止めてやる。そのために同行しているんだからな」
ほらな。やっぱり過保護だ。非戦闘タイプのザウアが近くにいると全力を出せないから、正直言ってありがた迷惑なんだが。
しかしそれを悪くないと思う自分がいるのも確かだ。こんな平穏さが続けばどんなにいいか。殺戮兵器として送り込まれた事に後ろめたさを感じないではないが、俺はここでの暮らしが存外気に入っている。
ただ──
『殺せ』
「……っ!」
「どうした?」
動きを止めた俺の顔をザウアが覗き込む。
『殺せ』
「何でも、ない」
頭蓋をかち割らんばかりに脳内で響くそれを無視しつつ、何とか答える。
この声。こいつが邪魔なのだ。
ポッドから出た時にはただの耳鳴りだったそれは、日を追うごとに声になっていった。始めのうちはそう頻繁ではなかったが、この頃では殺せ殺せと一日中要求される。
確かめる手段はないが、赤ん坊の脳に侵略をプログラミングするシステムか何かがポッドに備わっていたのかも知れない。もしそうなら、俺と同じく地球に飛ばされた悟空も頭を打っていなければ同じ声を聞くことになっていたのだろうか。だとすれば記憶を失ったのは幸運だ。
『殺せ』
俺が馬鹿の一つ覚えのようにトレーニングをし続ける理由の半分はこいつだ。こいつを意識の外に追い出すために、常に体を動かしている。
それでも声は日に日に大きく響くようになる。そのうち1秒の間もなくなるんじゃないかと、最近は本気で懸念している次第だ。まったく、神もこの辺をもうちょいどうにかしてくれればよかったのに。
「バーダック、大丈夫か?」
心配顔で頭を撫でられ、ああと頷く。
「問題ない。もう少し動いてから──」
「駄目だ。今日はもう休んだ方がいい」
言葉を遮った彼は俺を抱き上げる。これでも精神年齢はとっくに成人済みだ。最初こそ抱っこはやめろと反発していたが、慣れてしまえば存外心地良い。そのまま体を預けてしまえば、少し頭の中の声が大人しくなった気がする。
「まったく、だから無茶をし過ぎだと言ったんだ。バーダック、お前は賢いが自分に優しくするのは下手だな」
そうは言っても、だ。
幸か不幸か、この星の環境は前に述べた通り良好だ。子供を育て易そうなと言えば伝わるだろうか。気候は穏やかで自然も豊か。宇宙技術が発展していないお陰で周辺の星との交流はあまりなく、星を隔てた争いも起こらない。住人達は──勿論個体差はあるが──比較的温厚で親しみ易い。ここが辺境の地でさえなければ移住者も多く訪れるのではないかと思う。フリーザ軍のサイヤ人達が健在の今、高く売れる星が見逃されるはずはない。俺が侵略を怠っていれば必ず別の者が侵略しに来る。
どうせ話し合いなんか出来はしない。ナッパみたいな奴が来て“クンッ”をされるのがオチだろう。悲しいかな、戦闘タイプのいないこの星で、対抗出来る可能性があるのは俺だけだ。いつ、どうなるのかわからない以上、のほほんとしてはいられない。トレーニングを続けるもう半分の理由はそれだ。
相手がちょっとしたモンスターしかいない、実戦経験もろくに積めない環境である。しかも一瞬で治癒出来るアイテムもないため、瀕死からの回復を繰り返すバーダック親子
でも、そこで諦めるのは違うだろう?
色んな意味で俺は死んではいけない存在だ。それに──
「さて、昼食はお前の好きなナッツのスープでも作ろうか」
俺を抱える親代わりの男の腕。こればっかりは蔑ろに出来ない。5年ってまあまあ長いんだぜ。情が芽生えてしまうくらいには。
無謀? 上等だ。ドラゴンボールってそんなもんだろ?
少年漫画らしく足掻いてやろうじゃねぇか。
「もう少し寝ていなさい」
赤ん坊をあやすようなリズムで背中を叩かれ、俺の意識は落ちて行く。
『殺せ』
鬱陶しい声を聞きながら。
スルピク星:
言わずもがなピクルスから。住民の名前のバリエーションに不安があるが、登場する人数はそう多くないはず。大丈夫だ問題ない(目を逸らす)。
ザウア:
バーダックの保護者。名前はザウアークラウト(キャベツの塩漬けを発酵させたドイツの漬け物)から。温厚な学者だが、少々変わり者。
子供時代からスタートさせたせいで見えないゴール……いや、心配しなさんな。道筋は見えてますんで。