暴食――【亡霊聖女】と【悪食悪魔】   作:小手毬 秋桜

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『間章:何時かの光景』

 世界が赤く色づき暮れていく時刻。鬱蒼とした森林の中に居たのは何時の事か。

 一千をとうに超えた年月を経ても満たされぬ欲望と共に生きてきた為に似た情景は幾らでも思い起こせる。

「そういえば、あんた達の世界ってどういう感じの所なの?」

 ああ、しかし、こんな質問をされるのは初めてか。

 風にざわめく森の中、手頃な岩に腰掛けたそう少女が訊いたのは何時の事か。恐らくは悪魔を連れた少女が悪魔に憑かれた『悪魔憑き』と呼ばれ始めたその少し後。

 即ち、他の悪魔の出現した場所へとその退治を担う者達よりも先に現れ、滅殺し始めた頃か。

「ああ? ……どうもこうも無く何の面白みもない場所だったな。喰うもんも無えし」

 ボリボリと口の中のモノを咀嚼しながら悪魔は答える。

 それにしても、不味い。口内で噛み潰しながらそう思う。

「ふうん。だからこっちに来るわけ?」

 その身を包む黒いワンピースには不似合いな長剣の刃の状態を確認しながら少女がまた問うてくる。

 少女が左手を動かす度にその手首に嵌められた鉄環に繋がる鎖が小さく擦れ、鳴る。

 鎖の姿をとった呪いによって繋がって約一〇年。一五、六になった少女は既に他の人間とは比べものにならない程の聖性の使い手となっていた。獣の姿をした悪魔だけでなく、人間の姿に似た悪魔達を単身で屠ることが出来る程に。

「ああ、そうだな。あっちでは喰いもんが無い。支配すべき相手が居ない。周りが五月蝿くて怠惰に過ごせない。欲すべきモノが無い。色欲を満たせない。そして空には数多の他の世界が揺らぎながら映っている。それは欲望に充ち満ちた俺らが渇望している当に別世界で、更にはその世界へ征く為の穴がそこかしこに開いている。そうしたら……征くしか無えだろ? 『憤怒』と『嫉妬』の奴らはそれ見て憤怒して嫉妬するが、することは結局同じだ。只々自分のしたいようにする。畢竟(ひっきょう)、これに尽きる」

 飢えを満たすにしても不味すぎる口内のそれを飲み下し、悪魔は下品に笑いそう答える。

 思い返す。本当に何も無い世界。何もない世界で七つに分かれたそれぞれの欲望を、衝動を満たすことしか考えないその世界の住人達。己を含め救いようの無い悪意の塊達を。

 只己の快楽を満たす為に。己の衝動を満たす為に。只、己の生を引き伸ばす為に生きる獣型共にはないその純然たる不純なその意思が、人型の悪魔の力の源だ。

 獣型は生きる為にだけ力を振るう。その身に宿した魔力の総量が人型と比べ総じて少ない故に他者からそれを奪わねば滅びてしまうからだ。

 人型は生きるだけならば何もする必要が無い。存在に足る魔力はどんな雑魚だとしても宿しているが故に。只、やりたいからやる。()りたいから()る。()りたいから()る。支配()りたいから支配す()る。欲しいから略奪す()る。怒り、嫉妬から蹂躙す()る。怠惰でいたいが故に怠惰を()る。

 己の快楽の為だけに他者を、他世界を蹂躙し尽くす。獣は死を恐怖し他者を他世界を侵すが、人型は己の渇望を満たす為だけに侵略する。その差が絶対的な力の差を生む。そしてその味にも。

「迷惑な話。魔王達はもっと配下をしっかり律した方が良いと思うわ」

 深く息を吐きながら少女が言う。

 刹那、座り込み長剣の点検をするその背後より影が蠢く。

 大型の犬に似た外形のそれ。赤い光を纏いて少女へと襲い来る。

「――ッ」

 次瞬、それに気が付いた少女。手に持つ得物が翻る。夕陽のように赤い髪が揺れる。

 生理的悪寒を生じさせる粘ついた咆哮と共に迫る犬影。

 通常の獣よりも凶悪で鋭利な牙を、爪を少女へと――

「――シッ」

 しかしその爪牙が届く前に、青い燐光を散らした長剣がそれを両断していた。

 断末魔と共に崩れ落ちるそれを横目で見据えながら悪魔は、

「きひひ。それは無理な話だ。七王()っても只他の奴らより強いってだけだからな。つーか、渇望具合も他の奴より強いから自分が通れる穴が出来たら喜び勇んで世界を蹂躙しにくるぜぇ? ま、七王が常時垂れ流してる魔力に耐えられる大穴なんざ滅多に開かないんだがな。きひひひッ」

 と、また笑う。

「はぁ。あぁそう。……ああもう、まだ他にも居たのか。これで何十?」

 サラサラと灰へと化す獣魔の遺骸には目をくれず、溜息を吐きながら周囲へと視線を写す少女。

「ひゃはは。もう要らねえ。ここまで不味いってのは何の罰だこれは」

 少女と同じく周囲の気配を察し、苦々しげに笑う悪魔。

 彼らを囲むように、幾重もの異形の獣の影が。形は大型の犬に似ているそれ。しかし決定的な違いは禍々しく捻れた牙と爪。犬の顔には瞳はなく、胴体に数多の瞳が爛々と煌めいている。そして何よりの違いは、六本足であることであった。

 それらの生み出す羽蟲の群れの雑音よりも耳障りな唸り声が大気を揺らす。

「身体能力――強化」

 十数体の獣魔の群れを隙なく見据えながら少女が呟く。

 凛とした、少女の甘さを微塵も残さない冷たい声で紡がれたその呟きと同時、青く光る精緻な幾何学模様がその身に浮かぶ。

「硬度、切れ味、耐久力――強化」

 続いて、手に持つ長剣を腰だめに構えつつまた呟く。

 次瞬少女に浮かぶ紋様が瞬いた。次の間に、握る剣を青い烈光が覆う。

 対する異形の獣達は六肢を折り曲げ前傾姿勢をとり、醜悪な牙を剥き更に唸り声を大きくする。そしてその身を覆うは赤の烈光。

 張り詰められた糸のような緊張感が場を支配する。

 双方静止。

 否――

「キヒヒッ。『奇跡』とやらはまだ言葉にしねえと出来ねえか。思った刹那よりも短くならねえと、強えのと殺し合()ったら昇天だぜ?」

 その場の空気など知ったでは無い。悪魔は常の態度で笑声と共に少女へと喋りかける。

 ケタケタと緊張感無く笑う悪魔。

 それを受け重苦しい停滞が動く。笑声の止まぬ悪魔へと向かい、濁った咆哮を上げながら跳びかかる一体の獣魔。

 その跳躍は地面を抉り、速度は剛弓の放つ矢のそれを遙か上回る。

 瞬く間、迫る異形の獣。その顎。

 しかし――

「雑魚が――」

 ――遅い。少女の左手と鎖に繋がれた右手をゆらりと獣魔に向けた悪魔はそれまでの軽薄な言動から一転、冷たく鋭利な声色で呟いた。纏う黒衣の内から赤い光が微かに散る。

 次瞬、彼の右手首から伸びる呪鎖が跳ねる。ジャラリジャラリと蛇がとぐろを巻くように螺旋を作り出す赤い鎖。その鎖の渦に捕えられた魔犬が更に大きく吠える前に――

「――これ以上吠えるな。鬱陶しい」

 そう言い終わるのとほぼ同時、水平に獣魔へと向けていた掌を握る。微かに散る赤い燐光。

 刹那後、水気の多い果実を枝ごと潰したかのような濁音が響く。しかし潰れたのは果実などでは当然無い。

 それは断末魔を上げる間も無く何も無い空間に握り潰され、崩れ去る異形の犬。

 それが皮切り。他の魔犬達が動き始める。

 一斉に爆ぜるかの如く、自分達に仇なす外敵である一人の人間と一体の悪魔へと向け疾駆する異形の獣達。

「フッ――」

 短く息を吐き振るわれる、迫る爪牙を両断する少女の剣の青き一閃。

 全身の瞳を見開きながら散る六本足の魔犬。

 横合いから別の獣魔が迫るが、それも身を翻し返す刃で水平に切り捨てられる。

 ドサリ、と地に落ち崩れる一匹。しかしそれを踏み砕き、顎を開いて襲い来るまた別の一匹。

 

【挿絵表示】

 

「うざってぇ。手前ぇら五月蠅(さばえ)か鬱陶しい。とっととおっ()ね」

 唸り声と共に跳び回る六足の魔犬達へと吐き捨てるように悪魔が呟いた。溜息と共に振るわれる左手の獣爪は空を裂くかの如く。

 何も無い空間を肉食獣を思わせる彼の爪が走る。

 空を斬る彼の獣爪。

 しかし空振りなどでは勿論無い。

 それが振り切られるのと同期するように、爪の範囲外で今当に跳びかかろうとしていた獣魔を赤い燐光が引き裂いた。

 

【挿絵表示】

 

「相変わらず憎らしいほどの汎用性。魔法って便利ね。……チッ。ハァッ――!」

 間合いなど知ったことではない。空間に唐突に生じる赤い斬撃。更に振るわれるそれを視界に収めつつ長剣を振るう少女は言う。

 それを受けて悪魔は笑う。ケタケタゲラゲラ、汚泥の底から響くような不快な笑声を響かせ大笑する。ああ、やはり良いなこの人間はッ。

「キハハハハッ!! 俺達は魔力(いのち)を削って書き換えてんだ。聖性(せいしんりょく)で同じ事やろうなんざ傲慢の奴らよりも傲慢で強欲の奴らより強欲だなッ! ギャハハハッ」

 笑いながら、更に赤い斬撃(まほうのいちげき)を繰り出し異形の獣を屠る悪魔。

 世界の理を書き換える『奇跡』と『魔法』。一見同じ効果を持つ両者だが、しかし絶対的な違いが存在する。

 『奇跡』は人しか使えない。

 『魔法』は悪魔のみが使いうる。

 『奇跡』の源は『聖性』。それは人の持つ精神力を変質させたもの。

 『魔法』の源は『魔力』。それは悪魔の存在を維持させている命そのもの。

 『聖性(せいしんりょく)』を酷使すれば疲弊し衰弱するだろう。使い切ってしまえば意識を失うやもしれない。

 だが悪魔達が使う『魔力(いのち)』は酷使し使いきってしまえば、結末は死だ。

 故に世界を書き換える力は『魔法』の方が『奇跡』と比べ強い。

 それ故、『奇跡』のそれと比べ圧倒的な汎用性を『魔法』は持っている。彼と少女を繋ぐ『重さは無く動きを制限しないが一定の距離以上を離れることを許さない鎖』も悪魔である彼の『魔法』であるし、また一匹顎を開いて喰らいつかんとする獣魔を屠る『空間に生じる斬撃』もまた、彼の『魔法』の行使によって出現している。

「ハァッ!!」

「ヒヒャハッ!」

 数多の歪んだ獣声と一つの裂帛の気合、それと軽薄な哄笑とが響く茜に染まる世界に少女の青い斬撃と悪魔の赤い斬撃の軌跡が走る。それに刻まれ引き裂かれ魔獣の数が更に減っていく。

 異形の獣が崩れ落ちる音に混じってジャラリ、と地面に棚引く鎖が擦れ不快な音を響かせた。

 この鎖も『魔法』。だが書き換えた理を世界が修正するが故に、十年もの間持続的に効果の続く『魔法』というのは存在しない。

「……あぁーうざってえー。おい餓鬼。こいつら一個に纏めるから好きなだけ切り刻めや」

 また一匹屠った後に、もう飽きた彼は軽薄な笑いを止めて不快そうに息を吐き、少女へと言う。

 少女の答えを待たず彼の右手に燐光が浮かぶ。それが繋がる鎖へと伝わっていく。

 刹那の内に鎖の全長の半分程まで赤い光が浸透したのを確認した悪魔が、つい、と右腕を持ち上げる。すると淡い紅光を散らしながら蛇のように鎖がのたうった。

 あの所作の合間に発動した『魔法』によって何倍にも延長されたそれが軌跡のみを残して跳び交う獣魔達の六本の足を悉く搦め取り、一塊に纏めてしまう。

「嗚呼ッ! なんて不味そうな肉団子だ!! キヒャヒヒヒッ」

 そう彼が哄笑と共に叫んだ頃には、少女との中間地点に約一〇匹の不気味な獣が足を鎖に束縛され、一つの肉塊としてただ唸るだけだった。

「ああ、ホントね。あんたに似合いのゲテモノだ。塵も残さず食べなさいな」

 赤い燐光を散らし魔犬達を緊縛する鎖の端に繋がる少女が、青い燐光を散らす剣を地面に刺して悪魔を見据え冷たい声色で言い放つ。

 青と赤、二色の光は『聖性』と『魔力』が世界を書き換えているという証。散る燐光は書き換えた理が世界の修正力によって修正されていくその過程で生じる残滓。故に書き換えた理はいずれ元に戻る。それを防ぐには『書き換え続ける』か『修正にかかる時間に莫大な時をかける程圧倒的な量の『聖性』或いは『魔力』を行使し世界を書き換える』こと。

 一〇年を経てもその強度に微塵の劣化も見られぬこの鎖は前者か後者か。それは――

「不味そうだと言ってるんだがな。『暴食』の『悪食』の俺でも好みってもんがあると何年言えば理解するんだ?」

「後二〇〇年はかかるんじゃないかしらん?」

「キヒャハッ! 理解する気無いってか!」

 青く澄んだ瞳を細め、挑発的な笑みでもって返す少女の言葉に呵々大笑する悪魔『悪食』。

 クスクス笑う少女の笑い声とゲラゲラ大笑する彼の不協和音に重なるように、粘つく獣声が混ざり込む。

「嗚呼、五月蝿え」

 その異形の唸り声を聞いて笑声をピタリと止めた悪魔が言うと、

「ええ、五月蝿い」

 それに応えるように少女が呟く。

 そしてどちらともなく動き出す一人と一体。赤い軌跡を描く悪魔の右手が翻り、少女の青い軌跡を残す剣撃が幾重にも走る。

 断末魔も残さずに、肉塊は微塵となって崩れ去った。

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