専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

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第103話 フルーツタルトとマグカップ

「あのー……一応清水谷先輩に言っておいたほうがええんやないですか?」

 

「え……ええやん、ええやん言わなくても! 別に怪我とかしてへんし!」

 

 昼下がりの午後。

 掃除機で割れたマグカップの破片を吸い終えたふなQが、竜華に連絡しようとするのを必死に止めようとする哀れな女がいた。

 

 園城寺怜、24歳。

 人より少しだけ生活力のない、女児力抜群の癒され系女子である。

 

「別に言っても、清水谷先輩が園城寺先輩に怒ったりとかしないと思いますけど?」

 

「せ、せやろか……でも、余計な心配かけさせたくないし」

 

 ふなQの予測は正しいことは、怜も理解している。

 怒られることは、絶対にないだろう。

 しかし、遠征に行っていたことを謝られた上で、優しく怪我がないかどうかを詰問され、プラスチック製の食器以外使用禁止にされる未来は、容易に想像することができた。

 

「とりあえず、持ってきてくれたフルーツタルト食べたいで!」

 

 スマートフォンに手をかけているふなQに、怜は話題を逸らすためにそう提案した。

 

「コーヒーより、紅茶のほうがええですよね?」

 

「せやなー」

 

 怜の答えを聞いて一度メガネを上に上げてからふなQは、キッチンの方に歩いていった。

 怜はふなQが持ってきてくれた紙袋から、フルーツタルトを取り出してダイニングテーブルの上に広げた。

 一見すると、配膳を手伝っている殊勝な心がけのようにも見えるが、実際には怜がはやくタルトを眺めたいから、やっているだけである。

 

 まんまるのタルトの上で、色とりどりの果物が、宝石箱のように輝いている。

 

「なかなか、ええ感じやんな。うん」

 

 こういう目で楽しめるお菓子は、なかなか趣きがあって良い。

 赤土さんもこの前自宅に遊びにきた時に、買ってきてくれたし、密かに流行になっていたりするのだろうかと怜は思った。

 

 キッチンから戻ってきたふなQが、ダイニングテーブルに置かれたティーカップに、紅茶を注ぐ。

 ふわりとたちのぼるダージリンの爽やかな香りに包まれながら、園城寺怜はお皿の上のフルーツタルトを凝視していた。

 

「あ、紅茶春摘みのやつにしたんやな」

 

「よく匂いだけでわかりましたね……良くなかったでしょうか?」

 

「いや、ええと思うで」

 

 生クリームを使ったショートケーキなら、お菓子に負けない力強い味わいの紅茶が、好まれるのかもしれないが、フルーツタルトだとさっぱりとした口当たりの紅茶とも相性が良いだろうと怜は思った。

 

「そら、よかったです。あ、切ってもええですか?」

 

「サンキューや。たのむで」

 

 ふなQは刃渡りの長いシェフナイフでタルトを8等分に切り分けて、わくわくしながら待っている怜のお皿の上に置いた。

 

「おー上手やん。さすがふなQや!」

 

 怜はそう言いながら、フルーツタルトに舌鼓をうつ。生クリームよりもなんとなく健康に良さそうな味がするが、実際に健康に良いのかは謎である。

 怜が一粒ずつフルーツをフォークでさして食べているのを、紅茶を飲みながら眺めていたふなQが、ティーカップから口を離して言った。

 

「先輩はプロどこのチームに行くとかって、決められたんでしょうか?」

 

「んーまだ、全然やなー。いくつか話は貰っとるんやけど」

 

「あ、それでしたら……」

 

 ふなQは、カバンの中からミチミチに膨れ上がった封筒を取り出して、テーブルの上に置いた。

 詰め込みすぎているので、封筒の封入口が切れないか不安になる。

 

「あ、サンキューや。そこ置いといてや」

 

 フルーツタルトを食べるのに忙しかったので、怜はふなQに雑に返事をした。

 

「か、完全に貰い慣れてる反応ですね……」

 

「そういうふなQも渡し慣れてるやん」

 

「私は職員ですし……でも、ここまで分厚いのは、初めて渡しましたよ」

 

 頭を中指で掻きながら、ふなQはそう言った。

 

「神戸はウィッシュアートとったから、あんまりお金なかったんちゃうん?」

 

「こういうのって、スポンサーから直で出とるのもあったりで、職員でもいくら使えるのか把握してないんです。まあ、結果的に自由に使えるんでええんですけど」

 

 しれっとふなQはコンプライアンス的に問題がありそうなことを言ってから、言葉を続けた。

 

「うちには清水谷先輩もいますし、泉もおりますし……園城寺先輩が一番安心して麻雀できる環境があると思うんです」

 

 たしかにふなQが言うように、竜華と一緒なら生活に困ることもないし、それなりにのんびりした麻雀人生を送ることが、できそうである。

 なにより、竜華と一緒に居たいから同じチームが良いと言って、竜華のご機嫌を損ねることはあまりないように思える。

 そこまで考えてから、怜はフルーツタルトの上に乗ったキウイに、フォークを突き刺して言った。

 

「たしかに、竜華おると安心できるな」

 

「それなら、是非是非!」

 

「でも、今の神戸クソザコやしなぁ……」

 

「そ、それは言わない約束でっしゃろ! プロとして考えたら、競争が激しくないほうがええやないですか?」

 

「まぁ……そうやけど」

 

 漠然とだが、強いチームに行きたいという願望が怜にはあった。

 恵比寿、もしくは松山。

 姉帯さんや天江さんと麻雀を楽しめる松山の環境には、心を動かされるものがあった。

 

「それに、江口先輩が今年FAしたら獲ろうって画策しとるんですよ。もちろん江口先輩が権利行使するとは限らへんですし、確定ではありまへんけど……」

 

「千里山メンバー勢揃いで神戸で優勝目指すっていうのも、おもんないですか? 私だけプレイヤーとしてやのうて、裏方からなのは残念ですけど、精一杯支えさせて貰います」

 

「せやなぁ……それも、なかなか楽しそうや」

 

 ふなQの話を聞いているとたしかに、わくわくしてくるものはあった。

 しかし、千里山女子高校での絆は高校時代に輝いていれば良いのであって、プロになってからも同じチームで優勝目指すのは、なんとなく腑に落ちないところがある。

 

 思い出は思い出のままに。

 

 軽く目を閉じてから、怜は言った。

 

「結果的に同じチームになることもあるかもしれへんけど、それはもうええねん」

 

 怜がはっきりそう言うと、ふなQは少しびっくりしたような顔をした。

 

「もう、ええというのは……?」

 

「千里山は高校インターハイ団体で5位、個人で1位をとった。その一瞬の輝きを誇りに思って……夢の続きはないんや」

 

 怜が言い終わると、喉が乾いたのでティーカップに口をつける。

 春摘みダージリンの爽やかな香りが鼻に抜けてから、少し冷めた紅茶の渋みが舌に残った。

 

「私は、私自身のために麻雀をする」

 

 はっきりとそう言い切って、怜は気持ちが少し楽になった。

 チームメイトはいらない。

 麻雀と対戦相手だけあればいい。

 

「……泉に聞かせてやりたいくらいですわぁ」

 

 眉間に皺を寄せて、ふなQは眼鏡の位置を整えた。

 泉の名前が出てきたので、一応ふなQに聞いておこうと怜は思った。

 

「ふなQ、昨日の試合見とった?」

 

「ええ、一応。泉もでてましたし」

 

「昨日のアレ、竜華怒ったりせーへんの?」

 

「昨日の?」

 

 不思議な顔をしたふなQを見て怜は、ふなQに言っても仕方がないことを察した。

 軽くため息をついてから、怜は空になったティーカップのハンドルを白い指で弄びながら言った。

 

「おまえの牌譜全部見とるぞって、泉に伝えておいてや」

 

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