「あ、ありがとう竜華。これ、大事に使わせてもらうな」
竜華が買ってきてくれた、ポップな水玉模様のプラスチックマグカップを両手に持って怜は半泣きになりながら、そうお礼を言った。
「うちが家にいない時はこれ使ってな。危ないことがあった時は、遠征中でもうちにすぐ連絡してくれればええからね」
「うん」
あれだけ言わないように念押ししたにも関わらず、ふなQから普通に竜華に連絡されてしまい。無事、プラスチックの食器への変更を言い渡された次第である。
あっという間に、自分の『くおりてぃーおぶらいふ』を滅茶苦茶にされてしまい、怜はふなQに怒る気力も消え失せていた。
竜華に貰ったプラスチックマグカップをローテーブルの上に置いて、パジャマ姿のまま竜華の太ももに頭を預ける。
「ふふっ、甘えん坊さんやなぁ」
髪を優しく撫でてくれる竜華に恨み言を言いたくなるのを抑えこんで、怜はテレビのリモコンをとってテレビの電源をつけて、プロ麻雀中継に番組をあわせた。
画面の中に、藍色の和服を着た三尋木さんの姿が映し出される。
「三尋木さん、だいぶ老けたやんな」
「ときー失礼なこと言ったらあかんで」
呼吸をするように、無礼なことを言う怜のことを竜華が軽く嗜める。
地味な和服を着ていることもあって、目元のシワやくすみが気になる。昔のように華やかな赤系の着物を着れば良いのになと怜は思った。
「三尋木さんって今年30?」
「んーFAしてから時間たっとるし、もう少しいってそうやな」
赤土さんが今年で33になるというから、おそらくそのくらいだろう。三尋木さんと赤土さんは同じくらいだったはずだ。
怜が高校生の頃は若手雀士の筆頭で名人位まで獲得した三尋木プロが、ベテランの域に入っている。時代の流れは早い。
「瑞原さんはとっくに引退しとるし……野依さんと、赤土さんくらいやなあ」
怜がそう呟くと、帽子を被った姉帯さんが画面外からすーっと妖怪のように登場した。
カメラが切り変わるが体が大きすぎて、おでこから上が見切れている。
「お、姉帯さんもでとるやん!」
よろこぶ怜とは対照的に、竜華の表情が曇る。
「ん、どうしたんや?」
「いや、姉帯さんと対戦したことってあんまり無いんやけど。個人戦頑張るなら、研究せなあかんなぁって」
竜華がじっと姉帯さんのことを眺めやっているのを、怜は下から覗き込んでからまたテレビの方に向き直った。
プロ麻雀トップリーグ 大将戦
第1半荘 東1局
松山 姉帯 豊音 143,700
恵比寿 三尋木 咏 116,700
大宮 渋谷 尭深 86700
佐久 上埜 久 52,900
姉帯 豊音 昨年度成績
ドラフト1位 個人戦順位 3位
宮守→松山
3勝3敗30S
昨年度は最多セーブを獲得した松山の守護神。高い身長から繰り出される角度のある闘牌で、チームの連続優勝を狙う。
三尋木 咏 昨年度成績
ドラフト1位 個人戦順位 4位
妙香寺→横浜→恵比寿
10勝3敗11H
日本を代表する高火力雀士。昨年度はポイントゲッターだけでなく中継ぎでも存在感を示した。無冠に終わった悔しさを今季ぶつけられるか。
渋谷 尭深 昨年度成績
ドラフト4位 個人戦順位 56位
白糸台→大宮
3勝1敗1H
大宮2枚目のポイントゲッターにして、大星淡の高校時代の先輩。流れを掴んだ際の役満和了が売りの高火力雀士。
上埜 久 昨年度成績
ドラフト5位 個人戦順位 25位
清澄→信濃大→フリー→DS石油→帝国新薬→
佐久
10勝5敗0H
新人王を獲得した佐久のポイントゲッター。
可愛いらしいお団子ヘアが、チャームポイント。
知り合いばかりの面子に、怜の気持ちが少し高鳴る。
「姉帯さんだけじゃなくて、久もでとるやん! あと、白糸台の人も」
怜がそう言うと、部屋の空気が凍った。
——な、なんかよくわからへんけど……地雷踏んでもうた。
竜華の頭を撫でる手が止まったことに、震え上がりながら、怜は竜華の次の言葉を待った。
「久?」
「う、上埜さんのことやで……」
「ふーん?」
そこまで言われて、怜は、無意識に久のことを下の名前で呼んでいたことに気がついたが時すでに遅しである。
麻雀の試合が始まったが、あまり頭に入ってこない。姉帯さん対三尋木さんという好カードなので、試合に集中したいのだが部屋の沈黙が辛すぎる。
断頭台に頭を預けているような錯覚を怜は感じだが、ここで膝枕を中断すると竜華のご機嫌が斜めになる確率が、200%を超える。そのため、大人しく身動きせずに過ごしている次第である。
「あ、姉帯さんと三尋木さん相手にするとしたら、どっちが厄介やろか?」
「んー姉帯さんかな」
話題を逸らすために、竜華に話しかけた話題も一言で終わらされてしまい、八方塞がりとなってしまった。
——だ、誰か助けてや……
怜はそう神様にお願いしてみたが、当然のことながら助けなどこないので諦めて試合をぼーっと眺めていることにした。
三尋木さんが食い下がるも、姉帯さんの支配の力は強力で、全員の手の進みが途方もなく遅い。
強引に鳴いていった姉帯さんが裸単騎で満貫をツモると、試合の結果が見え始めた。
牌の流れをコントロールする引き出しの多さによるアドバンテージが大きすぎる。
特に大きく他家よりも点棒を持った状態での強さが尋常ではない。
「ほんまに安定感あるなぁ……高校に対戦した時とはもう別人や」
高校時代やプロ入りすぐの彼女は能力を使いたがるというか、自身の能力に振り回されて麻雀を壊す場面が稀に見受けられたが、今はそれがない。
年々上手くなっていく姉帯さんの麻雀を見続けてきた怜がそう呟くと、竜華もそれに同意した。
「せやなぁ……うちも頑張らへんと」
「あれ? 去年は今年で引退とか言うとったのにずいぶん乗る気やん? 嬉しいで」
「ほら、怜と麻雀する時に楽しんでもらえへんかったら嫌やし」
「そ、そか……」
にっこりと笑う竜華の表情を見ながら、もう少し自分とは離れたところで、麻雀の目標を置いてくれへんやろかと怜は思った。
「ときー、今日は何食べたい? 外食ばっかりで飽きてもうたやろ? ごめんな」
「せやな、竜華の作ったもの食べたかったわぁ。薬味たくさん揃えて湯豆腐とかええな」
「じゃあ、そうしよか」
「サンキューや」
少しずつご機嫌が戻ってきた竜華に安堵しながら、怜はテレビ画面を向き直った。
第一半荘のオーラスは、牌の流れが明らかに早くなり、結果として久が跳満を和了して喜んでいた。
しかし、どこまで久が自分が利用されていることを自覚しているのかは、怜にはわからなかった。
「まあでも、使われてるのわかってたとしても上埜プロとしては、そうするしかあらへんのか」
波風が立たないような試合展開で、着実にアドバンテージを積み上げていく姉帯さんの麻雀を見て、雀聖戦の挑戦者決定戦で当たるとええなぁと怜は思った。
自分の麻雀は、今の彼女に通用するのだろうか?
そう考えただけでも、わくわくが止まらなくなる。竜華のせいで今日の牌譜は前半はよく見れなかったし、タブレットで後で保存しておこうと怜は決めた。
勝負への準備はいくらだってかけられる。
姉帯さんを倒して、宮永さんと麻雀をする。
「うちはやったるで! 絶対姉帯さんに勝つんや!」
挑戦者決定戦で姉帯さんと当たることを勝手に確定させて、園城寺怜は1人テレビの前でパジャマ姿で盛り上がっていた。