東京もっともっと麻雀ドーム。
恵比寿と代官山の間に立つ巨大建造物の関係者出入り口に、大勢の報道陣が詰めかけている。
その記者たちの群れを警備員さんが押さえ込んで無理矢理、道が作られる。
『園城寺さん!! 挑戦者決定戦に向けてなにか意気込みを一言!!!!』
『今年のドラフト会議の注目選手であることは間違いないですが、プロ志望届の提出は考えておいでですか?』
「あー後で答えるから、通してやー、すまんな」
記者たちの質問が飛び交うなかを、ベージュのビジネスジャケットを羽織った怜と、その後ろに付き従うグレーのスーツ姿のふなQが足早に通り過ぎる。
無数のフラッシュが瞬いていて、まるで天の川のようやなと怜は思った。
プロ麻雀の雰囲気を存分に堪能して、小綺麗な関係者控え室にたどり着くと、怜はジャケットをふなQに手渡し、どっかりとソファーに座り込んだ。
「やっぱプロ麻雀はええなあ、インターハイのときよりずっと大勢の報道陣きとるわ」
「ふ、普通……挑戦者決定戦でこんなに出待ちされたりとかないんですけどね」
「そうなん?」
「いや……園城寺先輩でとりますしね。プレッシャーかけるつもりはないですけど、すごい注目されてますよ」
「なるほどなぁ」
あまり目立つことは好きではない怜だが、世間から麻雀で期待されているというのは、なかなか悪くないなと感じた。
なにより、警備員さんが道を作ったところを歩くのがモーゼになったようで、テンションが上がったというのもある。
ソファーから立ち上がり控え室の麻雀卓につくと、怜は言った。
「牌譜が見たいで!」
「まだ対戦相手、決まってませんけど……」
「調整のためにやっときたいんや。誰でもええで」
怜がそういうと、ふなQはカバンから牌譜を取り出して雀卓の上に広げた。
花田ちゃんと友清さんの牌譜だ。
この同門対決の牌譜は、テレビでも見ていたことがある。時期は忘れたが、花田ちゃんの鳴きのセンスが光っていた試合だ。7索切りからの8索ポンが印象に残っている。
「花田ちゃんも出ればええのに、参加権あったやろ?」
「個人戦もありますし回避というのも選択肢ですねぇ……ランキング上位の選手は出る試合選べますから」
個人戦のランキングは、タイトル戦のシード権に関わってくるため、プロ雀士にとっての優先度は高い。
そのため、春季個人戦と時期を同じくする雀聖戦挑戦者決定戦の出場を、回避するトッププロは少なくない。
「そういえば、竜華も全然出てへんかったなこのタイトル」
「宮永咲が、タイトルずっと持っとるのもあると思います。全然、勝負にならないこともありましたから」
宮永さんは雀聖戦と相性が良いのか、プロ入り以来、圧倒的なパフォーマンスで雀聖位のタイトルを保持し続けている。昨年も挑戦者決定戦を破竹の勢いで突破した大星さんを、文字通り破壊してタイトルを防衛した。
「宮永さんの雀聖戦の牌譜もっとる?」
「もちろんです」
ふなQがカバンの中から牌譜用紙を取り出して、机の上に並べていく。
宮永さんの霧氷のように綺麗な麻雀。
牌譜を見ている読者に何一つ疑問を抱かせず、これが正解だと確信させるような説得力があった。
怜が牌の海に浸っていると、小さいノックの後に、控え室のドアが開け放たれた。
「ありゃ? 園城寺さんと一緒か、試合前に悪いね」
広げられた牌譜の対戦相手にして、前雀聖位のキリリとした雰囲気を持つ高身長の雀士が、入室してきた。
「赤土さん、久しぶりや」
「……こちらこそ、久しぶりだね。奈良で会った時以来だっけ?」
「せやな、扇子サンキューや!」
プロ雀士のサインでいっぱいになった扇子を広げて、怜は赤土さんにお礼を言った。
最初に書かれていた玄ちゃんのサインは、ほとんど見えなくなってしまったが、特に問題はない。
「そういえば、そんなこともあったね。船久保さんもお久しぶり」
「ええ、お久しぶりです」
ふなQと赤土さんは面識があるらしく、二言三言互いに情報交換をしている。
「ん……その牌譜か」
赤土さんは、スーツのジャケットをハンガーにかけながら、机の上をチラリと見てそう呟いた。
自身が一方的に宮永さんに嬲り殺されて、タイトルを奪われた牌譜だ。
怜はそーっと牌譜を集めてふなQに手渡そうとしたが、赤土さんに止められた。
「いや、仕舞わなくていい。宮永さんの闘牌は綺麗で、この雀士は本当に下手だったよ」
赤土さんはそう言って、牌譜に書かれている自分の名前を指差した。
「そこまで言うことあらへんと思うけど……この、六萬切りとか魂を感じるで」
「…………ありがとう」
負けたくない、私の方が上だという悲痛な叫びが聞こえてくるような、赤土さんの危険牌押しを指差して怜はそう慰めた。
「このタイトル戦、負けたことを恥ずかしいとは思わない。ただ……こういう戦っていく闘牌が最後まで出来なかったのは、ひどく後悔してる」
赤土さんは軽く目を閉じてから、決意に満ちた表情で言った。
「だから、もうそんな麻雀はしないよ」
強い決意に満ちた赤土さんの赤い瞳で、部屋の空気が張り詰める。
ふなQが赤土さんから離れるように、一歩後ろに下がる足音が聞こえた。
「ああ、ごめんごめん。試合前なのに」
「ん? まだ、時間あるし。赤土さんと話して少し試合勘も取り戻せて、良いリズムで試合に入れそうや」
「はは……相変わらずマイペースだね」
赤土さんは、雰囲気を緩めてゆったりとソファーに座った。
「同じ控え室ってことは、私と園城寺さんが当たることはなさそうだね」
「そういうものなんか?」
「んー、私の少ないタイトル戦経験からするとそうだね」
「なるほどなぁ……」
本人は謙遜してそう言っているが、挑戦者決定戦への赤土さんの進出率はかなり高いので、赤土さんと試合で当たらないというのはそうなのだろうと怜は思った。
「残念だった?」
赤土さんは、頭の後ろを軽く掻きながら怜にそう問いかけた。
「むしろ、そのほうが良かったで」
「嬉しいこと言ってくれるね、結構評価してくれてるんだ?」
「だって、赤土さんとは奈良で麻雀したしなぁ」
怜が正直にそう答えると、赤土さんは笑った。
挑戦者となれるのは3人だけ。同卓者の中でトップを取らなければ、タイトルの挑戦権は得られない。
「……園城寺先輩そろそろ抽選でますけど、誰と当たりたいとかはあるんですか?」
「んー特にあらへんけど、天江さんと当たったら苦戦するやろなあ」
恐る恐る質問してきたふなQに、抽選中と書かれたモニターをボーッと眺めながら、怜は答えた。
天江さんと対戦経験はないが、その闘牌内容を見れば天敵なのは間違いない。
今日の対戦相手が天江さんだったら、それならそれで面白そうやなと怜は思っていた。
自分の麻雀で天江さんの支配にどれだけ対抗できるのか、それを考えるだけで自然と口角が上がってしまう。
怜が対戦相手に想いを馳せていると、モニター画面がぱっと切り替わり、卓の割り当てが表示された。
A卓
天江衣、三尋木咏、赤土晴絵、友清朱里
B卓
松実玄、宮永照、藤白七実、福路美穂子
C卓
姉帯豊音、清水谷竜華、大星淡、園城寺怜
「なんや……天江さんおらんやん。あ! でも、姉帯さんおるで!!!」
C卓に姉帯さんの名前を見つけて、怜のテンションが上がる。姉帯さんは好きな雀士だし、高校の頃に対戦経験もある。どれだけその麻雀が変化したのだろうか。大星さんとの初対戦も楽しみで仕方がない。
「まあまあかな、天江さんと三尋木さんはキツいけど……C卓よりはマシかな。まあどこ行ってもキツいんだけど」
赤土さんは対戦表を見てそう言った。
タイトルの挑戦者決定戦ともなると、どの卓に入ってもトッププロが並ぶ。
「赤土さんやと、B卓のが勝ちやすかったんちゃう?」
「そうだけど、藤白さんがあんまり得意じゃないからね。変われるならB卓の方が良いけど……同じかな」
怜は赤土さんの答えを聞いて、自分のようなエンジョイ勢と違って、プロになると相手関係を喜べなくなるのは、少し可哀想やなと思った。
「園城寺先輩……清水谷先輩といきなり当たってしまいましたけど?」
「あーたしかにそうやな、よく見たら竜華もおるわ」
「だ、大丈夫ですか?」
「ん? なにがや?」
ふなQの言っていることがよくわからなかったので、怜はそう聞き返したが、答えは返ってこなかった。
竜華とならいつでも家にいれば打てるので、あまりありがたみがない。しかし、家でするのとこうした大舞台で戦うのとでは大きく異なるのも事実だ。
プレッシャーのかかる環境で麻雀をすると、見えている景色が変わる。
「でもせっかくやから、竜華やなくて他の雀士と当たりたかったわぁ」