専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

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第110話 雀聖戦挑戦者決定戦 『ゲームメーカー』

「わー園城寺さん久しぶりだねー」

 

 トレードマークの白いリボンを付いた黒い大きな帽子を被った松山の巨人が、怜のおててを両手で掴んで固く握手を交わす。

 

「プロの試合はよう見て、応援してたで」

 

「ほんとに? ありがとー」

 

 怜との再会にテンションの上がった姉帯さんは、怜の手をとったままぶんぶんと動かした。

 姉帯さんとの身長差がありすぎるせいで、怜はほとんど挙手ような体制になる。

 

——あ、握手するのはええんやけど……これ竜華に見られたらヤバそうやな……

 

 旅行先で、マッサージを受けることすら許してくれなかった竜華である。

 おててを繋ぐ=浮気と心の中にいるリトル竜華が言うので、不安を覚えた怜は試合会場の雀卓の前で姉帯さんに揺らされながら周囲をキョロキョロと見渡した。

 幸い、竜華はいないようである。

 

「あ、姉帯さん少し痛いわ! やめてや!」

 

 怜が強い口調でそう言うと、姉帯さんは手を離してしょんぼりしたように肩をすくめた。

 

「あーそっか……ごめんねー」

 

「そんなには痛くなかったから、大丈夫や。次はやめてな」

 

「うん、気をつけるね」

 

 落ち込む姉帯さんを見て怜は少し心が痛んだが、こちらも今後の将来がかかっているので仕方がない。

 怜が姉帯さんを慰めていると、会場のタイルの床を革底のパンプスで、カツカツと踏み締める音が聞こえてきた。

 

「この人がテルーの言ってた園城寺か、お手並み拝見だね!」

 

「おーん? えらい自信満々なのはええけど、こっちが年上なんやからさん付けしてくれや」

 

「えー私は、自分より強い人にしかそんな呼び方したくないからさあ」

 

 ふわりとした金髪をたなびかせて、大星さんは不遜にどかっと卓に座り込んだ。

 この態度でこれまで先輩から殴られなかったのか不安を覚えた怜だったが、闘牌をするならこのくらいの心持ちでやったほうが良いのかもしれないと思い直した。

 

「まあ、ええわ。大星さんよろしく頼むで」

 

「うん、よろしく」

 

「わー冷たい声の美人さん、ちょー怖いよー」

 

 3人が試合前に良い雰囲気で雑談していると、突然部屋の空気が凍った。

 絶対零度のような殺気を隠そうともせずに、竜華が入り口からゆっくりと歩いてくる。

 

「よろしくお願いします」

 

「うん、よろしくねー」

 

 目が完全に異常者のそれである竜華の挨拶に、姉帯さんが少し口角を上げて返した。姉帯さんも、プレッシャーを隠す気はないらしい。

 試合準備のアナウンスが鳴る。各選手が卓に座るのを見てから怜も卓についた。

 賽が投げられ巨大な電光掲示板に、自分の名前が表示され、牌と牌の擦れる音が響く。

 

 勝負は二半荘。

 

 これまでの予選と違って、得点差は関係ない。自分の麻雀をして一位を取れば良いだけのシンプルなルール。

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第1半荘 東1局

東 大星 淡   50,000

南 園城寺 怜  50,000

西 姉帯 豊音  50,000

北 清水谷 竜華 50,000

 

 卓から上がってきた配牌を一瞥して、怜は一度目を瞑った。

 バラバラの五向聴の配牌。七対子を目指したほうが良いのではないかと思うほど、役の繋がりもない。

 

——まあ、これは予想通りやなあ……大星さんも姉帯さんも配牌に影響及ぼせる能力を持っとるし。

 

 大星さんのダブルリーチが入らないのを確認してから、怜は北を第1打目に捨てた。当然鳴きは入らない。

 誰も動かないまま巡目だけが過ぎていく。

 捨て牌が2段目に入っても四向聴。速攻も派手な和了もない地味な麻雀になる覚悟を怜は固めた。

 山も少なくなってから大星さんのリーチ宣言が入ったが、竜華の捨てた牌を鳴いて順番を飛ばしながらズラすと和了の目は消えた。

 大星さんの手牌だけが卓に晒されて、雀聖戦挑戦者決定戦の最初の一局は、流局で幕を下ろした。

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第1半荘 東1局 1本場

大星 淡   52,000

園城寺 怜  49,000

姉帯 豊音  49,000

清水谷 竜華 49,000

 

 ぐしゃぐしゃの配牌の原因を作っているのは、大星さんの絶対安全圏と本人が呼んでいる他家の配牌を妨害する能力に加えて、姉帯さんの能力にある。

 

 姉帯さんの能力は、獅子原さんほどではないが、詳細はわかっていない。

 

 プロでのキャリアがあるにも関わらず、能力の既知のアドバンテージが崩れていない例は珍しい。多様な能力を持っていることの最も大きな恩恵だろう。

 条件付けが難しいか、姉帯さん自身も正確には把握しきれていないところがあるのだろうと怜は思っている。

 

 先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口。

 

 六曜の並びのうち、追っかけ立直で有利になる先負と裸単騎でツモ和了できる友引は、特定の条件下で発動するタイプの能力で、詳細もはっきりしている。

 残りの四曜が、卓全体の有効牌を操作する能力だということは知られているし、卓全体の有効牌の引きを悪くする仏滅の力を使って彼女は松山の守護神に登り詰めた。

 

ツモ!!! 1000、2000!

 

 姉帯さんの元気なツモ発声が響く。

 怜の手牌は聴牌に程遠く鳴くことも難しいが、姉帯さんには綺麗な両面待ちの手が入っていた。

 

 大星さんのダブルリーチが入らないということは、姉帯さんは仏滅の能力を使っている可能性が高い。

 

 しかし、その後追いついて和了しているのだから、彼女はどこかのタイミングで牌の支配を緩めて自分に有効牌を呼んでいるはずだ。

 

——ただ、問題は……牌の流れで全然その操作がわからへんことやな……

 

 今の一局を振り返っても、自分に不思議な牌回りはなかった。

 

 悪い配牌からずっと悪いツモ。

 

 運がないと言えばそうなのだが、不自然とまでは言えない。

 怜はため息をついて手牌を卓に流し入れてから、この試合のゲームメーカーの顔を眺めやった。

 

 天真爛漫に自分の和了を喜んでいるが、妖怪のような空恐ろしさを感じる。内面では幾重もの権謀術数が渦巻いているのだろう。

 どうやって相手を嵌め殺すか、それだけを考えた姉帯さんの麻雀に、背筋がゾクゾクとするような喜びを感じる。

 

「やるやんけ」

 

「それほどでも〜」

 

 声をかけて様子を探ってみた怜だったが、帽子のつばを持ってえっへんと喜ぶ姉帯さんの表情からは、何も読み取ることができなかった。

 

——伊達に何年も守護神やってへんなぁ……攻略の糸口はよ掴まんとあかんな

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第1半荘 東2局

姉帯 豊音  54,300

大星 淡   49,900

園城寺 怜  47,900

清水谷 竜華 47,900

 

 親番になったものの配牌は冴えない。

 他家の様子を伺いながら、ゆっくりと集めていこうと考えていると、大星さんからダブルリーチが入った。

 姉帯さんの牌の支配の流れが変わった可能性もあるが、仏滅の能力が発動しているからといって、必ず大星さんのダブルリーチを止められるとは限らない。

 大星さんと姉帯さんはポジションの関係もあって対戦機会が多いため牌譜が揃っているので、怜も情報の面で遅れをとることはない。

 

——まあ、一度目のチャンスは見逃せって言う言葉もあるしなぁ……牌の流れを見ながら、無理のない範囲で寄せていこか。

 

 姉帯さんの溢れる牌に少しずつ待ちを寄せていこうとするが、全く有効牌を引くことができない。

 

ツモ! 3000、6000!

 

 大星さんの手牌が派手な倒し方で、開けられる。萬子の混一色にダブルリーチ。能力者でなければとてつもない豪運である。

 

「跳満だよー、どうだーい」

 

「んー普通やな」

 

「えートヨネみたいに、やるじゃんとか言ってくれても良いじゃん」

 

「んーせやなぁ……すごい、すごい」

 

 怜が適当に褒めると、大星さんは不機嫌そうに頬杖をついた。子供っぽいが和了後すぐに牌を卓に投げ入れたあたり、抑えるべきところは抑えている。

 怜は、麻雀の強い二条泉という蔑称を心の中で大星さんに命名しながら、卓の点数表示を眺める。

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第1半荘 東3局

大星 淡   61,900

姉帯 豊音  51,300

清水谷 竜華 44,900

園城寺 怜  41,900

 

 親かぶりで随分と減ってしまった点数。悲観するほどでもないが、大星さんと姉帯さんの双方の支配を受けている現状は、好ましい展開ではない。

 

——でも、うちの能力やと他家に動いてもらわんと、どうしようもあらへんならなぁ……

 

 最善を尽くして変化を待つしかない。

 

 幸いこの場況は、大星さんの絶対安全圏の影響を3者が受け、姉帯さんの仏滅を参加者全員が被るという構造上の歪みがある。

 

 牌と牌の擦れる音が響く。

 怜にとって最悪の現状だが、これ以上悪くなることはないという安心感を感じた。

 怜は手の甲がビリビリと痺れるようなプレッシャーを感じながら、卓から上がってきた五向聴の配牌を切り出す。

 

 この状況を打開できるのは、姉帯さんしかいない。彼女がゲームメーカーであり、この卓のゲームチェンジャーなのだ。

 

 怜は思わず口角が上がってしまいそうになるのを抑え込んで、一瞬だけ目を閉じてから卓に向き直った。

 まだ、対局ははじまったばかり。

 焦る時間じゃない。

 

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