専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

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第111話 雀聖戦挑戦者決定戦 『一閃』

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第1半荘 南2局 1本場

大星 淡   64,100

姉帯 豊音  52,000

清水谷 竜華 43,200

園城寺 怜  40,700

 

 停滞した状態が続いたまま南入し、怜の親番になっても姉帯さんに動きは見られない。

 大星さんとの点差が開いていくのを、じっと耐え忍ぶ。

 

——ええ加減動けや……大星さんの一人勝ちにさせて何が面白いんや

 

 心の中で毒を吐いた怜だったが、ここで強引に動いたところを刈り取るのが、姉帯さんの狙いであることは明白なので少し頭をクールダウンさせる。

 局の序盤こそ、牌の流れは最悪だが中盤にかけて流れが良くなりまた悪くなるという展開が続いている。

 姉帯さんのミエミエの仕掛けをはじめこそ、せせら笑っていた怜だったが、同じような展開を何度も実行されるとフラストレーションが溜まってくる。

 フローリングの上に真っ黒の原油を滴り落としたような闘牌。

 

 自分で動かず相手の自滅を待つ。

 これが、姉帯さんの麻雀の本質だ。

 

 怜は三向聴から進まない自分の手牌に苛立ちを覚えながら進めていくと、大星さんがリーチをかける未来が視えたので、妨害するために鳴きを入れた。

 

リーチ!!!

 

 しかし、そんな怜の努力も虚しく大星さんの気合のこもった発声と共に、リーチがかけられる。

 

 2巡先に姉帯さんの満貫和了が視える。

 

 大星さんのリーチに対応して、姉帯さんが追っかけリーチをかけて北単騎で大星さんから直撃を奪う映像が目の前に、鮮明に再生される。怜は自分のゲームプランが砂上の楼閣のようにガラガラと崩れ去るのを感じた。

 怜の手が止まる。

 姉帯さんにトップを奪取されてしまえば、彼女はこの重い展開を継続することが出来るようになるため、怜の勝ちの目はほとんど消えてしまう。

 

——ふざけんなや! 立直かけなくてもええやん! ダマで和了すればええねん!

 

 恐れを知らない金髪の二条泉の顔を怜は睨みつけたが、状況は全く好転しない。

 逡巡してから安牌の七索を切ると、姉帯さんのツモ切りの後にノータイムで竜華に合わせられた。

 当然大星さんが和了することもなく、未来はなにも変わらない。

 再び回ってきた手番。

 

 ツモった牌を手牌の上に置いてから、怜の手が七索と北の間を彷徨う。

 

 一度、目を閉じてから怜はゆっくりと北を掴んで河に捨てる。

 

ロン! 8300!

 

 一瞬驚いた表情をした姉帯さんだったが、裏ドラをめくってから、淀みなく点数の申告がされた。

 その和了を見て大星さんの表情が青ざめていたので、ようやく事の重大さに気づいたらしい。

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第1半荘 南3局

大星 淡   63,100

姉帯 豊音  61,300

清水谷 竜華 43,200

園城寺 怜  32,400

 

 絶望的な点差になったが、姉帯さんがトップにいるよりかは、いくらか良いように怜には思えた。

 しかし、今の動きを見た姉帯さんの守りが硬くなるのは確実。より慎重な闘牌内容にシフトしてくるだろうと怜は予想した。

 これまで牌の流れで揺さぶりをかけてくるような内容だったが、南3局はさざなみひとつない凪のような場況である。

 怜の手は全くと言っていいほど進まず、対子すら作ることが難しい。

 しかし、そんな状況を切り裂くように竜華の鋭い発声が響く。

 

カン

 

 竜華の9索の暗槓が晒される。何故この状況で材料が揃うのかはわからないが、その仕掛けで状況は一変した。

 停滞していた流れが一気に、竜華の方へと向かう。

 竜華のリーチ宣言に対応して姉帯さんが追っかけリーチをかけるが、全く問題にせず和了牌の三索を引き当て一発ツモを決めた。

 

ツモ、4000、8000

 

 理牌のされていないバラバラの竜華の手牌が開けられる。3索と6索の両面待ち。

 カンで有効牌を引き入れてから、一発ツモを決めているのだから、竜華の牌のカウンティングはもう済んでいるのだろうと怜は推測した。

 

 何の変哲もない黄色の麻雀牌だが、その一牌一牌の個性が、竜華には見えている。

 

 一人沈みになってしまったが、姉帯さんに親被りで8000点削れたのは悪くないなと怜は思った。

 一躍トップに躍り出た竜華の親番となった南4局。そのまま竜華が突き放すように思われたが、支配の網を抜けることは叶わず流局で第一半荘は終了となった。

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第1半荘 終了

清水谷 竜華 60,200

大星 淡   59,100

姉帯 豊音  52,300

園城寺 怜  28,400

 

 怜は減ってしまった自分の持ち点を眺めやってから、ため息をついて椅子の背もたれにもたれかかった。

 

——大星さんのリーチで、姉帯さんに差し込み要求されたのはしゃーないとして……この半荘は焼き鳥やしなぁ

 

 一瞬のキレで大星さんと姉帯さんを抜き去るという自分のゲームプランを竜華に先にやられてしまい、大きく計画の変更を怜は求められていた。

 トップとの差は3万点以上。そして、竜華のガン牌も効くようになってきていたりと、試合開始時点から状況は、確実に悪くなっている。

 

——竜華のこと少しノーマーク過ぎたかもしれへんなぁ……まあ、マークしていたからといってなにか動けるわけでもあらへんけど。

 

 牌の流れが重いと鳴くことも難しく、未来に介入できる選択肢が限られる。

 

「園城寺先輩、大丈夫ですか?」

 

 怜が物思いに耽っていると、唐突に聴き慣れた声が聞こえて来た。

 

「なんや、ふなQか。どうしたんや?」

 

「なんや、やないでしょう……休憩時間ですよ、一旦引き上げましょう」

 

「あーせやなぁ……」

 

 ふと周囲を見渡すと、卓に残っているのは自分しかいなくなっていた。これでは、ふなQが心配して迎えに来るのも無理はない。

 

「あーすまんな、とりあえず休憩するで!」

 

「ええ、お菓子やジュースを用意してますから」

 

「牌譜もあるやろ? サンキューや」

 

「もちろんです」

 

 怜は席から立ち上がって、控え室へと向かった。麻雀の内容について一切話さないふなQの優しさに怜はお礼を言った。

 控え室へと戻った怜は、糖分補給のために、紙パックのいちごミルクをストローで飲みながら、今日の第一半荘の牌譜を机の上いっぱいに広げた。

 

「タブレットやなくて、わざわざ印刷しといてくれてたんやな」

 

「そのほうがええかと思いまして」

 

「サンキューや」

 

 ふなQにお礼を言いながら、怜は牌譜を食い入るように見つめた。

 雀聖戦の挑戦者決定戦は本戦とは異なりハーフタイムで、外部との接触や牌譜の確認が許されている。

 牌譜はリアルタイムでプロ麻雀トップリーグのHP上に公開されているので、誰でも閲覧可能である。

 

「とくにめぼしい情報はあらへんなぁ……」

 

 牌譜の内容を全て頭に叩き込んでから、怜はそうつぶやいた。

 怜が実際に卓に囲んで感じ取った情報と牌譜との間に大きな差異はない。

 

「そうですか……すみません」

 

「いや、ふなQが謝ることやないやろ。いくつか見えなかった仕掛けも確認できたし」

 

 甘いものを摂取して一息つくと、また頭が回り始めてくる。

 第1半荘では重い展開が続いたが、姉帯さんが3位に沈んでいる以上、第2半荘では速い流れが来る可能性が高い。

 

「今日の相手めっちゃ強いわ、第1半荘なかなか反撃の糸口がつかめへんかった」

 

 怜がふなQにそう報告すると、ふなQはメガネを上にクイっとあげて少し目を逸らしながら言った。

 

「今日の面子は全員タイトルホルダーですし、本当に各雀団のトップが来てますから」

 

「姉帯さんも竜華も随分雰囲気変わってもうたし、プロ麻雀は魔境いうんもそうなんやろな」

 

 姉帯さんの麻雀を見る限り、高校時代とはほとんど真逆である。苦労を重ねたことがその闘牌からひしひしと伝わってくる。

 大星さんや玄ちゃんのように高校時代から大きく闘牌内容が変化していない雀士は珍しく、大半の雀士は闘牌内容の変更を余儀なくされている。

 ここにきて怜は、7年という年月の重みを感じていた。

 

『雀聖戦挑戦者決定戦C卓、第二半荘を開始いたします。C卓出場選手は試合会場にお戻りください。繰り返します……』

 

 第二半荘の試合準備のアナウンスが、控え室に響く。

 

「ん……牌譜とかジュースとかわざわざサンキューや」

 

「ええ、応援しています」

 

「それじゃあ呼ばれたみたいやし、行ってくるで!」

 

 一人沈みの第一半荘。

 トップとの差は大きく、開始時のゲームプランも壊れてしまった。暗澹たる状況と言っても良い。

 

 ただ、それでも

 

 勝っても負けても麻雀は、楽しく打つもんや。

 

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