専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

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第113話 温泉宿と着信音

 有馬温泉。

 怜の居る旅館の離れから見える日本庭園にししおどしの音が響く。

 

『プロ麻雀雀聖戦、アマチュアが初の快挙』

 

『園城寺怜、雀聖戦本戦出場決定! 歴史的大事件! インターハイの再来』

 

 部屋の座卓に置かれた二紙の朝刊を手に持って眺めやってから、加治木さんは言った。

 

「大活躍だな……改めてだが、おめでとう」

 

「サンキューや! 結構ギリギリやから危なかったわ」

 

 加治木さんの賞賛に怜は、温泉まんじゅうを食べながらそれに応じた。

 雀聖戦挑戦者決定戦が決着しすぐに、麻雀の練習に取り掛かりたかった怜だったが、竜華の大反対にあってしまい3日間は牌に触らないことを約束させられてしまった。

 

——少しくらいなら大丈夫やと思うんやけど……竜華は心配症すぎてあかんわ

 

 春期個人戦もある竜華は、まだ東京に残っている。

 この状態で怜だけを神戸のお家に返すと、約束を破って麻雀をする確率が200%を超えてくるので、怪我で療養中の加治木さんが湯治をしている旅館にぶち込まれた次第である。

 

「少しくらい牌触ってもええやろ?」

 

「いや、やめておけ。清水谷にもそう言われているし、一般的にもクールダウンを設けた方がいい。私のようになるな」

 

「せ、せやなー」

 

 珍しく厳しい口調で加治木さんに嗜められて、怜は今日は麻雀をするのを諦めた。

 故障中の加治木さんをお目付役にするあたり、竜華は性格が悪いと怜は思う。

 

「まあまあ、園城寺先輩。1日、2日は休んだ方が良いですよ」

 

 そう言いながら麻雀の弱い方の二条泉(本物)が、急須を持って萩焼きの湯呑み茶碗にお茶を注いでいでくれたので、怜は温泉まんじゅうで甘くなった舌を潤す。

 

「というか泉は、こんなところでのんびりしててええんか? 春期個人戦はないけどチームの予定とかあるんちゃう?」

 

 ルーキーは春期個人戦に参加できない。

 ペナントレース開幕にあわせて、雀聖戦予選と春季個人戦を実施する過密日程には、批判も多い。

 これに加えて、プロ麻雀に来るような選手はアマチュアではチームの中心選手であり、過登板の傾向があることから、試合数を抑え新人選手を守るために、近年制度改正が行われた。

 なお、この部屋で両手で温泉饅頭を頬張って幸せそうな笑顔を浮かべている女が、制度改正の原因を作った張本人である。

 

「いえ、二軍の試合はありますけど……私は完全にオフですね。シーズンは精神的にもかなり疲れたので……」

 

「疲れるほど、試合出てないやろ」

 

「その……精神的にですね……ええ」

 

 なんとなく歯切れの悪い回答をする泉に、怜はちょっとだけゲンナリする。

 なんとか、先鋒で1勝こそもぎ取った泉だったがその後は冴えず、中継ぎと先鋒を行ったり来たりしている。

 助っ人外国人のウィッシュアート以外の先鋒が崩壊しているチーム状況なので使って貰えているが、他のチームではそうはいかない。

 泉が疲れている原因は不明だが、その辺の必死さが足りないなと怜は思った。

 

「まあ、二条も練習はしてるわけだし、今日は温泉でのんびりしていくと良い」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 加治木さんは、そう言ってからお茶に口をつけた。加治木さんと泉は、ポジションの同じライバル同士のはずだが仲は良い。

 

「加治木さんは個人戦はあかんの残念やな」

 

「さすがにまだ厳しいな。しかし、牌を持っての調整ははじめて手応えもあるから、実戦までそう遠くはないさ。まずは、一軍復帰のための結果を出さなくてはいけないが」

 

 そう言って苦笑した加治木さんに「応援しとるで」と返した怜だったが、本心では二軍で結果を残さなくても、一軍で登板する機会はあるだろうなと思った。

 それくらい今の神戸の先鋒陣は酷い。

 

「園城寺先輩、雀聖戦見てましたけどほんまカッコよかったです」

 

「せやろーさすがやろー」

 

 怜はなんとなく面と向かって褒められるのが気恥ずかしかったので、泉の褒め言葉を怜は適当に洋榎の真似をしながら受け流す。

 

「あの場面、スローの展開が続いていたらどう対応するつもりだったんだ?」

 

「んーその時はよっぽど運が良くあらへんと負けになるから、続いた時のことはあんまり考えてへんかったで」

 

「姉帯さえトップに立たなければ、チャンスはあると?」

 

「せやな、そんな感じや。竜華に先行されてもうたのは少し想定外やったけど」

 

「なるほどな……少し安心したよ、卓についた時から勝敗がわかるとか言われたら、どうしようかと思った」

 

「それやったら、つまらへんやろ」

 

 笑いながら手を横に振る怜の姿を見て、加治木さんは安心したように軽く目を閉じてから、お茶に口をつけた。

 温泉饅頭も食べ終えて満足した怜が、思い立ったように口を開いた。

 

「麻雀できへんし、お風呂でも入ろかな。泉、大浴場行かへん?」

 

「あ、いいですね。行きましょ」

 

 バスタオルをもって意気込んでいる怜と泉の様子を見て、加治木さんが頭を抱える。

 

「神戸の選手でも目立つのに、新聞の一面に載ってるやつが大浴場に行くやつがあるか……部屋の露天風呂で我慢しろ」

 

「でも、部屋のは銀泉しかないやん。大浴場で金泉も入りたいで!」

 

「…………貸し切りのお風呂があるかどうかだけ後で聞いてやるから、絶対にいくなよ」

 

 眉間にシワを寄せてそう言った加治木さんの表情を見て、怜は大浴場に行くことを一旦は諦めることにした。

 怜は聞き分けのいい、良い24歳児なのである。

 

「しゃーないなあ……部屋の露天風呂にしとくな」

 

 怜がそう言って浴室の方に行こうと立ち上がると、怜の水色のポーチからスマートフォンの着信音が聞こえてきた。

 

「ん……誰やろ、お風呂行こうとしてたのに、竜華かな?」

 

 怜は面倒に思いながらも、竜華に心配をかけさせると後で面倒なことになるので、ポーチからスマートフォンを取り出して座卓の上に置いた。

 

 着信中

〜藤白 七実〜

 

 表示された呼び出し画面に映る名前を見て、部屋の空気が凍る。

 

「……無視してええかな?」

 

「は、はやめに出た方がええんやないでしょうか?」

 

 完全にビビっている泉の返事を聞きながら、怜は両の腕を組んで、座卓の上で震えながら着信音を鳴らし続けるスマートフォンと対峙する。

 

 電話に出たくはないが、このまま放置しているのも面倒なことになりそうである。

 

 どうようか悩んでいると、怜にある一つの名案が思いついた。

 

「泉、うちはお風呂行ってるから電話出れへんやん?」

 

「……えっ?」

 

「お風呂入ってたら電話出れへんやろ?」

 

「は……はい」

 

「だから、先輩の電話を後輩が代わりに出るってそこまで不自然なことでもないと思うんや」

 

「い、いや! 絶対嫌ですからね! 自分で電話でてください!!!」

 

 必死に出たくないと頭とおててを横に振りながら主張する泉への怜の中での好感度が下がる。

 

——無理矢理電話取らせてもええけど、泉と話したことで機嫌を損ねさせて、藤黒さん降臨させても面倒やしな……

 

 どうしようかと、スマートフォンを前に怜が悩んでいると、スマートフォンの画面が切り替わり通話が勝手に始まった。

 

『ん……やっと繋がったか? おい、怜か?』

 

「はい、もしもし。園城寺です」

 

 勝手に通話が始まったことに震え上がりながらも、冷静な声で怜は藤白先輩に応対をはじめる。

 

『おっ! 繋がったか、先輩からの電話くらい早く出ろや、なにしとったん?』

 

「はい、申し訳ありませんでした。お風呂に入るところだったもので」

 

『そうか。まあ、ええわ。それより、おまえ雀聖戦残ったな』

 

「はい」

 

『それでこそ千里山のエースや、宮永倒してこい応援してる』

 

「はい、ありがとうございます。頑張ります」

 

 藤白先輩の言っている宮永が、挑戦者決定戦で先輩を下した宮永照のことなのか、雀聖位の宮永さんのことなのかは不明だが、怜は適当に返事をしておくことにした。たぶん、両方だろう。

 

『姉帯との麻雀は良かった。今は、もう牌触っとるんか?』

 

「いえ、2、3日は牌に触らないように竜華に言われているので」

 

『ああ、それが良いだろう。じっくり調整していけ、牌譜だけは確認しておけよ』

 

「はい、ありがとうございます」

 

『本戦の結果はまだだが、挑戦者に決まったからには、今度怜の祝賀会をせなあかんな』

 

「はい、ありがとうございます」

 

『それじゃ江口に言っておくから、怜は何か食べたいものとかあるか?」

 

「は、はい……そうですね……魚とかお寿司が食べたいです」

 

『ああ、寿司か? 私も食べたいと思ってたんだ。怜は気がきくな』

 

「はい、ありがとうございます。楽しみにしています」

 

『良かった、じゃあまた連絡するから。おめでとう』

 

「はい、ありがとうございます」

 

 最後に怜がそうお返事をすると、上機嫌のまま藤白先輩からの電話が切れた。

 藤白先輩は自分のことを後輩思いの優しい先輩だと思っているので、怜にとっては迷惑なことではあるが、高校の後輩に色々としてあげたいのだろう。

 とくに怒られることもなく安心したので、直立不動の体制を崩して、怜は一つ大きなため息をついた。

 その様子を見て完全にドン引きしたように、加治木さんが目を逸らす。

 

「お、お話は終わりましたか?」

 

 和室の隅の押し入れの襖から、泉がそっと顔を覗かせて様子を伺ってきた。

 

「電話で、そこまで隠れることないやんけ……」

 

「いえ……そうなんですけど。通話が勝手に始まったので、もしかして藤白先輩に私がいることもバレるかなと」

 

 完全に疑心暗鬼になっている泉が面白かったので、怜はあることないことを適当に吹き込んでおくことにしようと思った。

 

「藤白先輩は能力で電話先の相手の状況が漠然とわかるみたいや、挨拶せんかったから、泉のことめっちゃ怒ってたで」

 

「う、嘘ですよね……」

 

「ほんまや」

 

 泉の絶望に染まった声を怜が適当に肯定すると、泉は顔面を蒼白にして押し入れのなかへと戻っていった。

 

「……千里山って、そんな感じなのか?」

 

「怖いのは藤白先輩だけで、あとは普通やで」

 

 加治木さんの問いかけに、怜は正直にそう答えた。上下関係が厳しいと言われてしまうこともある千里山女子高校だが、あの畜生が千里山のスタンダードだと思われても困る。

 泉を見てもわかることだが、基本的には上下関係はなく和気藹々とした校風だ。

 完全に藤白先輩が異質なのである。

 

「電話も終わったし、早速温泉さんに入るで!」

 

 怜はそう言って押し入れの奥に潜んでいる泉を誘ってみたが、返事が返ってこない。

 

 電話は終わったのに、なにを思い悩んでいるのだろうか?

 

 湯煙立ち登る温泉に早く入りたい。

 

「泉、温泉さんはいるで!」

 

 大事なことは2回言っていくスタイル。

 

 これが、園城寺怜の持ち味だ。

 

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