深夜零時。
つけっぱなしのテレビに映し出されている深夜バラエティ番組の出演者の笑い声が、部屋に響く。
私はすやすやと眠る未来視さんの横を通り抜けて、テレビの音量を落とした。
「んっ…………」
テレビの音が小さくなったのが気になったのか、未来視さんは小さく声をあげて一度寝返りをうった。
はだけた浴衣から、未来視さんの真っ白な細い脚が和室の畳の上に投げ出される。
「うわぁ……さすがにこれは先輩には見せられないっすねぇ」
無防備な姿を曝け出す美人さんを見て、先輩がへんな気をおこしてしまってはいけないので、押し入れから一枚布団を取り出して未来視さんに優しくかけてあげた。
奥手の先輩がチームの同僚の奥さんに手を出すとは思わないし信頼しているのだが、浴衣、人妻、旅館、お泊まりと役満を聴牌しているような状況なので念には念を入れておいたほうがいい。
布団をかけられたことを気にした風でもなく幸せそうに眠る未来視さんの整った寝顔を、そっと眺めやる。
「それにしても、麻雀があれだけ魅力的なのにこの容姿とか、天は二物を与えるものなんすねえ」
清水谷さんは未来視さんのことを世界一可愛いと言っていたが、それはヤンデレ特有の贔屓目が入っているとしても、学校の中で一番可愛いくらいの実力はありそうである。
その上、麻雀のほうは名門千里山女子高校のエースとしてインターハイ個人戦を制覇し、先輩後輩同期どこを見渡してもプロ雀士がいるというエリート中のエリートだ。
「結婚していなければ、未来視さんでも良いんすけど……」
先輩のなかにぽっかりと空いた心の穴を、埋めてくれるような素敵な人が現れることを私は信じている。
未来視さんは純朴な美人さんで麻雀の実力もたしかな上に、先輩との相性も悪くはなさそうだ。
なにより、先輩自身が未来視さんの麻雀を好んでいて楽しそうに話している。
先輩は人当たりが悪いわけではないが、少し気難しいところがあるので、そうした面が出てこない未来視さんは、理想の相手なのかもしれない。
「まあそれでも、人妻はないっすね。人妻は」
燃え上がる恋と秘密の密会。
不倫という響きは昼ドラ感があって、悪くはないが現実にやるのは、社会的にも精神的にも追い詰められる。
そもそも奥さんを寝とったら、未来視さんもろとも愛に狂った清水谷さんに先輩が刺されそうなので、論外である。
茨の道をわざわざ好き好んで歩んでいく必要もないので、私は未来視さんを先輩のお嫁さん候補から外す。
「今日は藤白プロの声を聞けたのは、ラッキーだったなあ」
日中に藤白プロから未来視さんに、電話がかかってくるまでは藤白プロが千里山出身であることを忘れていた。未来視さんは、着信があった時は高校の先輩からの電話をイヤイヤしていたようだったが、通話ボタンを押してあげるとなかなか親しそうに話していた。
実力には天と地ほどの差はあるとはいえ藤白プロは、私と同じ他家を錯覚させて戦うタイプの雀士なので、密かに応援している。
あまりファンサービスには積極的でなく表舞台にでてこないので、楽しそうに話している声が聞こえたのは本当に貴重だ。
「電話でもサバサバした感じの声で、なかなかカッコよかったっすねえ……まあ、私は先輩一筋っすけど」
未来視さん、清水谷さん、藤白プロと千里山には容姿に優れた人が多いなあと分析をしていると、未来視さんがまた寝返りをうった。
もしかしたら、枕がなくて寝にくいのかもしれない。
私は未来視さんの横に枕を置いてから、先輩の寝室へと向かった。
今日はどんな寝顔をしているだろうか。
音を立てずに先輩の寝室に忍び込んで、ローベッドで寝息を立てている先輩の顔をそっと覗き込む。
穏やかな顔だ。ただ、寝ているだけでも超カッコいいので先輩はやっぱりすごい。
スマートフォンで寝顔と全体像を1枚ずつ撮影してからアルバムに加える。
ここ最近は、眉間に皺が寄っていたり厳しい表情の寝顔も多かったので、未来視さんが遊びにきていることが、良い刺激になっているのかもしれない。
タモ材のデスクの上に綺麗に整えられて置かれている牌譜の紙上の涙の跡を、そっと人差し指で撫でる。
「先輩は真面目で私と違って頭が良いっすからねえ……立ち直れると良いんですが」
こんな時に、私に出来ることはなにもない。
先輩を信じてじっと待つだけだ。
自分の牌譜ばかりを眺めるのではなく、シャープシューターさんや二条さんのようなライバルの牌譜を眺めるようになったのは、先輩にとって大きな進歩。ただ、それでも復帰にはまだまだ時間が必要だと思う。
六大学で憧憬と期待に押しつぶされながら積み上げた石を、崩してはまた拾い集めて。もっと高い石垣を作り上げなくてはいけない。
こういう時に、先輩を麻雀でサポートしてくれる人がいればいいのに。
かおりん先輩や元部長さんでは当然無理だし、私では支えになることはできない。大学の関係で信用に足る人は、結局最後まで出来なかった。
最初は一般入学で麻雀部に入ってきた先輩のことを見向きもしなかったのに、結果を出せば伊稲大のスターとして持ち上げて、先輩がどれだけ無理をしているかも知らずに、頼り切っていた人たちばかりだ。
プロレベルになるとコーチの意見すら、参考にもならないことが多く、常に孤独な戦いを強いられるのだと、私は先輩を見守っていてそう思った。
信頼できる人などいない。
「だからこそ、先輩に気苦労をかけさせないように、私が全力でサポートしてあげないといけないっすね」
スマートフォンのカレンダーを確認する。
精神的に負担がかかっているからなのか一月たってもまだ来ていないので、そろそろだろうか?
先輩のカバンの中から、サプリメントと常備薬の入ったポーチを取り出して、鉄分のサプリメントを先輩の目のつきやすい位置に、移動させておくことにした。
「あとは、加湿器の水が少なくなっているから変えておかないと」
旅館の空調は暖かく快適だが、乾燥がひどい。先輩の喉が痛くなっては大変なので、私は急いで加湿器の水を足した。
加湿器から吹き上がり消えていく白い水沫。
眺めていると私なんかでも、少しは先輩の幸せに貢献できているようで、幸せな気持ちになれた。
先輩にいつか素敵な人が現れることを信じて。